空飛ぶドラゴン
研究者にハマってしまいました。
僕がまだ若かった時、隣の王国と戦争があった。
祖国は強かったけど、王国はもっと強くて戦争に負けてしまったんだ。
この王国は領土拡大を目的として戦争を続けていて、たくさんの従属国を持つ。僕達の祖国もその一つになった。
ある日、宗主国の王様が言った。
「余はドラゴンが欲しい」
ドラゴンは架空の生物だ、僕たち従属国の人はみんな笑ったよ。宗主国の王様は、現実と夢物語の違いも分からない、とんだ愚王だとね。
でも、これは間違っていた。
ドラゴンが欲しい王様は、将軍に捕まえてくるよう命じた。
その行先は、王国になにかと反発していた、とある従属国だ。
将軍は、大軍を引き連れて従属国に赴いた。
それはそれは、酷い有様だったらしい。
あれは粛清だ。王様はドラゴンじゃなくて、これを欲していたんだ。
これには、他の従属国も恐れ慄いた。後ろめたい考えがある国も、そうで無い国も、再び王国に誠意を見せたが、粛清は続いた。
「先月、西の従属国に軍が来そうよ」
怖いわ、と僕の幼馴染みは言った。西の従属国はここから近い。
「大丈夫だよ、この国は従属したばかりだから、来ないと思うよ」
そう言って、落ち着かせるけど、僕自身も次はこの国だと考えてた。
幼馴染みは子爵令嬢だ。彼女の子爵家は、医師の名家の分家筋で、彼女自身も医学を学んでいる。
「いてて…」
「もう、また怪我して!」
「ごめんごめん。いけると思ったんだけどなあ」
僕の夢は、空を飛ぶことだ。今日も木と紙で作った翼と共に、崖の上から飛び降りた。最初は上手く風に乗ったんだけど、強風に煽られて見事に落ちた。
「しみるっ、もっと優しくしてよ」
「わざとやっているの!せっかく戦争から無事で帰ってのに。もっと自分の体を大切にしなさい」
幼馴染みは、今日も薬箱を持って、僕の元に来てくれた。
怪我と手当てとお説教と、いつもの僕らだ。
「次は手当てしてあげないからね!死んでも知らないわよ」
「…」
そんな、あんまりだ…。僕は無言のまま、彼女をじっと見つめた。
「もう!だったら、怪我しないように気をつけるのよ!」
「うん、分かった」
彼女はこの顔に甘い。
次の日も崖に行った。
今回作った翼は自信作だ。今までに木の枠組みと紙を材料にして、たくさんの翼を作ったが、これが一番風に乗れた。成功だ!
「あの角度!たわみ!素晴らしいと思わないかい?あとは、プロペラと噴射装置をつけて、自動で進むようにしたいんだ」
「着地はどう考えているの?」
幼馴染みは怒りながら言う。今日は風に乗れたけど、着地に失敗して足を怪我したからだ。ベッドの上で、治療を受ける。
「…ごめんなさい」
謝り、彼女をじっと見つめる。彼女はこの顔にとても甘い。
「私はね。心配なの。貴方も死ぬんじゃないかって…」
涙が溢れ、頬が濡れた。
幼馴染みは、兄の婚約者だった。兄が死ななければ、生きて戦争から帰ってくれば、結婚するはずだった。
兄は馬鹿だ。こんなに綺麗な人を残して死んだ。
幼馴染みも馬鹿だ。僕の見て、死んだ兄の面影を追っている。僕のこの顔に甘いのは、兄によく似ているからだ。
だから、僕は兄のふりをした。空を飛ぶことは、元々兄の夢だった。兄にそっくりな僕を見て、幼馴染みに笑って欲しかった。
「泣かないで。僕は君を残して、死んだりなんてしないよ」
なのに、彼女を泣かせてしまった。
僕は馬鹿だ。兄の真似をすれば、兄に代わって笑いかけてくれるかもしれない、愛してくれるかもしれないと期待していた。
一番の大馬鹿だった。
◇◇◇
怪我が治った。ベッドの上で練った構図を、早速再現する。
「翼、噴射機、プロペラ、これをソリに着けるんだ。着地の時も、滑るように減速して止まるから、大丈夫だよ!」
そのため今日は崖でなく、山の斜面へ行った。
機体に乗り斜面を滑って加速する。だけど飛べずに、そのまま麓まで滑り落ちた。
「フフフ、そうね。大丈夫だったわね」
幼馴染みは笑った。少し意地悪だけど、嫌じゃない。
時々泣かせちゃうけど、やっぱり空を飛ぶことになると、彼女は笑顔になる。
「摩擦?重さかな?」
あれも違う、これも違うと、考えて改良して、飛べるように模索を続けた。
そして、そよ風が心地良いある日、僕は意気揚々と、機体に乗り込んだ。
摩擦を減らすためソリは車輪にした、削り取り重さを最小限にした、加速を良くするため重心を変えた、ーーーやれることは全部やった。
斜面を下る。機体はかつて無いほど加速し、飛び上がった。
僕は舵を取って、大きく旋回した後、ゆっくりと着陸した。成功だ!
「やった!飛べたよ!」
機体を飛び降り、幼馴染みの元へ駆け寄る。
僕は、両手で彼女を抱き上げて、くるくる回った。
「やったんだ!空を飛べたんだ!」
「見たわ、すごく高く飛んでいた!」
彼女も歓声を上げ、共に一日中喜んだ。
◇◇◇
祖国に軍が来たのは、その三日後だった。
「ドラゴンを捕まえた者は、褒美を取らせる」
全土に、そんな御触れが出た。
ドラゴンを見つけられなかったら、隠しているのではないかと、従属国への攻撃を始めるそうだ。
ドラゴンは、空を飛び、火を吹く、架空の生物だ。実際には存在しない。誰にも見つけられないのは、明らかだった。
「だったら、作ればいい…」
「え?」
「空を飛ぶ事は出来るんだ。あとは、火薬なんかを上空から落下させれば、火を吹くドラゴンになる」
「何言っているの!そんな事して、逆に怒りを買ったらどうするの? 殺されちゃうわ」
「ドラゴンは、どう足掻いても捕まえられないんだ。だったら、そうするしか無いだろう?」
僕は次の日、軍へ出頭した。
もちろん。まともに取り合って貰える訳もなく、牢に繋がれた。
「…せめて、見てくれたって良いじゃないか」
最初は騒いでみたけれど、殴られたのでやめた。
こうなるなら、幼馴染みを連れて、逃げればよかった、と考えていると、何だか外が騒がしくなった。
「ドラゴンを捕まえた者を連れてこいと、将軍直々のお達しだ」
むすっとした顔で軍人さんが言った。
そのまま、連れて行かれた先は、応接間のような部屋だった。
奥にはニコニコした顔で、宗主国の王様が座っていた。
「其方が、ドラゴンを捕まえた者か!良くやった、褒めて遣わす」
「…まだ、決まった訳ではありません。虚偽の可能性も御座います」
側に控えていた人が、そう反論する。おそらく、この人が将軍だろう。僕をギロリと睨んだ。
「それを今から確かめるのだ! 捕まえたドラゴンは何処にいる?」
「は、はい。…近くの山の斜面にございます。宜しければ、飛んでご覧に入れましょう」
「赦す!好きにせよ」
こうして、久しぶりに外へ出された。軍人さんの監視があるけど、気にしない。
「それでは、参ります」
僕はいつものように、機体へ乗り込むと、斜面を滑り下りた。
空へと飛び上がる。
最初に飛んだ時のように大きく旋回し、油の入った瓶に火をつけて落とした。少しだけ地上が燃えた。
どうだ、火を吹くドラゴンだ!
あとは、着陸するだけだ。
体勢を整えようとしたときに、強い風が吹いた。僕は、バランスを崩して、そのまま地面にぶつかった。
ああ、幼馴染みをまた泣かせてしまうな。
僕は意識を失った。
◇◇◇
気がついたときは、ベッドの上だった。
「ああ、意識が戻ったのね!」
幼馴染みは、ぎゅっと僕を抱きしめた。嬉しいけど、ちょっと痛い。
「軍の、人は…?」
「帰ったわ。貴方がドラゴンを見つけてくれたからよ」
彼女はそう言って笑ってくれた。でも、頬には泣いた跡がある。
「……君に心配ばかりさせてしまったね」
「分かったら、今度からこんな馬鹿な真似はしないで!」
いつものように、怒られた。
「……えへへ、ごめんなさい」
怪我と手当てとお説教と、いつもの僕らだ。
回復して自由に動けるようになった頃、宗主国から直々に招かれた。
「ドラゴン、あれは良かったぞ!約束の通り、褒美を取らせるが、何が良い?」
「えっと、だったら、ドラゴンの改良をしたいので、研究費をください!」
正直に述べると、側に控えている人達に睨まれた。
言葉を改めよう。
「では余が研究施設を作ろう、其方にはその所長を任せる。好きに研究するが良い」
「有難うございます!」
こうして、僕は宗主国に移り住むことになった。
「君が大好きだ。一緒に来て欲しい!」
来る前には、幼馴染みにプロポーズした。じっと見つめて、彼女の返事を待つ。
「…その顔、ワザとでしょう?」
「あ、バレてたの?」
だって、彼女はこの顔に甘い。
「だって、君は兄のことをまだ慕っているでしょ? 使わない手は無いなって…」
彼女は、びっくりした顔で僕を見る。そして、ため息を吐くと、小さく言った。
「好きでも無い相手を、そんなに心配しないわ。…私はね、貴方自身の言葉と表情で、プロポーズされたいの」
「え?それって「もう、知らない!」
彼女は顔を真っ赤にして、僕の言葉を遮った。そのまま逃げるように立ち去る。
「待って!やり直す、やり直させて!」
返事を貰う前から、僕の頬の緩みっぱなしだ。
ご覧頂きありがとうございました。