十九羽 主人公登場
振り下ろしたこん棒は確実に山虎の頭を捉えた。
人体を容易くミンチに変える殺傷力のこん棒は、鼓膜が破裂しそうなほどの破裂音と共に山虎の頭部を粉砕――――――せずにへし折れた。
「カ、カタイ………」
全力攻撃の衝撃が腕に跳ね返り、前腕の骨と手首を痛めたギューキはこん棒と共に折れた右腕を握りしめて後退る。
マウンテンタイガーもまた、無傷とはいかなかったものの、ギューキに比べれば軽傷だ。
追い出されたとはいえ、この虎は魔物の森の生態系よりもずっと強い生態系を生きていたのだ。この森の頂点捕食者たる山虎に、いかに洗練された統率が取れようと、牛と馬のコンビが敵うわけがなかった。
「逃げろギューキ!」
復活した虎がギューキの右腕に噛みつく。
「イデデデデデ!! イデェ!」
容赦なく食い千切る勢いで虎の牙が食い込み、折れた骨をかみくだかれる苦痛にギューキはたまらず悲鳴を挙げる。
「止めろおぉぉぉ!!」
親友を助けるためにケンタは山虎を背後から攻撃するも、それを予測していた山虎に後ろ足で軽く蹴っ飛ばされた。
〝軽く〟とはいえ、ケンタの何倍もある巨体からの蹴りだ。
その威力はプロのサッカー選手が半分の力で幼稚園児を蹴り飛ばすがごとき所業だ。
蹴られたケンタからすれば、手抜きだろうが殺人キックであることに変わりはない。
蹴られた胸の骨にヒビが入り呼吸が苦しい。地面を転がって大木に叩きつけられた頭は頭皮が裂けて血を流している。
身体を起こそうとしたら前足に激痛が走り、前のめりに転ぶ。
無茶な体勢で地面を転がってしまった影響で、足を骨折しているようだった。
ケンタが身を砕いて身体を起こそうとする傍らでは、ギューキが食われまいと必死の抵抗をしている。
「ウオオォォォォオオオ!!オオオオオ!」
左拳で山虎を滅茶苦茶に殴りまくっているが、血の匂いで興奮している虎はそんなものじゃ止められない。
激しく抵抗すればするほど山虎の興奮と敵意を煽るだけに終わるのだった。もう腕が食いちぎられる寸前だ。
喉が張り裂けんばかりの絶叫が響く。
とうとうギューキの腕から筋繊維がぶちぶちと嫌な音を立て始めた。
噛みつかれただけの傷ならまだしも、ちぎれてしまえば水の精霊の薬でも治せなくなる。
いよいよ後が無くなってきた。
その時だった。
「うおおおおお!! 俺の仲間になにしとんのじゃボケぇぇ!!」
森に響くは山虎の因縁の敵の声。
その声に気をとられた山虎へ、山よりも巨大な黒竜による体当たりが山虎に炸裂!
その鉄よりも硬い鱗の鎧から繰り出された突進攻撃を食らった山虎はド派手に血を撒き散らしながら豪快にぶっとんで木々をへし折り、骨が砕け、岩に頭蓋を叩きつけられてあっさりと死んだ。
こうして、彼のリベンジはひっそりと幕を降ろしたのだった。
この竜の名はブリトラ。
彼らが新しいリーダーを任せた転生者のドラゴンだ。
ブリトラという新しい名前を嫌がるからみんな思い思いのアダ名で呼んでいる。精霊の薬で小さくされていた筈なのだが、なぜまた元の大きさに?薬が抜けたのだろうか。
「チビドラゴン、オオキクナッタナ!」
腕の痛みも忘れてギューキはドラゴンの頭を撫でる。
「いやヨシヨシとかいいから速く治療しろよ! せめて止血と消毒は必須だろそれ!?」
左腕からドバドバと景気良く大量出血するギューキに対し、現代日本人の感性を持つブリトラは至極真っ当な指摘をする。
「お前も足が折れてるじゃないか! 二人とも俺の背中に乗れ! さあ、速く!帰るぞ!」
有無を言わさずに魔物二匹を背にのせてブリトラは飛ぶ。
その速度は背に乗せた二匹に気を使っているのか緩慢だ。
「精霊ちゃーーん! 速く来てくれーー!!」
魔物の街に到着するなりブリトラの絶叫が響く。
「どうしましたどす、ドラゴンはん―――ってギューキくん、ケンタくん?! その傷どうしたの!?」
「説明は後! 速く傷薬持ってきて!」
「はい、分かりました!」
血塗れのケンタとギューキを見てキャラを作ることさえしなくなった精霊。
ギューキも血の流しすぎで顔色がかなり青くなっているが今の精霊の顔も負けず劣らず青くなっていた。
◇
「ほら、薬塗るわよ。 腕どかして邪魔!」
「ダッテ、ソノクスリ、シミル」
「いいから早く腕出しなさい!」
「アーーーーーーー!」
どこかで聞いたような悲鳴を聞いて、その光景をボーッと眺めていたブリトラはこう思うのだった。
「なんつー悲鳴挙げてんだよ」
と。




