一羽目 我輩は竜である
暖かい暗闇の中で目が覚める。
周囲の様子を探ろうとしても、光は一筋も指してはいない。
目を開けてるのに真っ暗で、まるで羊水に包まれてるみたいだ。
ベッドの中で寝ていたオレが、どうしてこんな場所にいるのか。どうして水の中にいるのに溺れていないのか。
身体を起こそうとすると、頭がなにか、固いものにぶつかった。
どうやら殻みたいなもので包まれてるらしい。
でもちょっと殴れば砕けそうだ。
早く外の状況を知りたいし、殻を殴って割ってみる。
卵の殻を割る音がして穴が開く。そこからオレを暖めていたお湯が流れ出る。
流れに身を任せて外へ出たオレが見たものは、ギラギラと照りつける太陽と、無限に続く砂漠だった。
………………見渡す限りの砂漠のど真ん中にいたのだ。
「なんだ、これ? ここどこ??」
喉から出る幼い声に違和感を感じる。
自分の声は始めて聞いたはずなのに、もっと低い声だったはずのように感じる。
いや、感じるんじゃない。そうだったはずなのに。
あれ? でも本当のオレって何だっけ?
今、オレは殻を破って産まれたばかりの『なにか』だ。
なのに、どうしてずっと昔のオレのことを知ってるんだ?
目が覚めてるのに、まだ夢の中にいる不思議な感覚で、手を見れば、それは爬虫類の無機質な手。
所々鋼質の銀色が見え隠れする、黒い皮膚に被われた手。
指には細くて鋭い鉤爪。
オレの知ってるオレの手は、もっと肌色でなんか体毛が生えてたような気がするんだが?
意識ははっきりしてるのに、記憶が曖昧だな………。
背中に不自然さを感じて、手を回したら小さな翼らしき器官があった。
この小ささでは空を飛べたりはしないだろう。
尻尾もついてるのか、地面をびしびし叩いてる感触がする。
地面は砂漠らしく柔らかいけど、なんだか砂糖のようにベタつき、甘い匂いを漂わせてる。
試しに一口、舐めてみる。
「あまーーーーい!!」
砂は甘かった。いや、これは砂じゃない。
「きな粉だこれ!!!」
丁度お腹減ってたし、一生懸命きな粉を舐めて小腹を満たした。
『ようやく落ち着いたかい、マイマスター』
「はい? 誰?」
『オレっちはおまえの頭のなかにいる。 【解説】とでも呼んでくれ』
「オレの頭の中? オレの妄想二重人格?」
『断じて違うわ! オレはあんたのサポート役として派遣されたんだ。 以後、よろしくな』
「はい、とりまよろしくー」
『んじゃマスター。 まずはあんたの状況を確認しようか』
「オレは今どうなってるの?」
『まず、おまえは異界からこの世界に転生してきた』
異界、転生。
二つのワードがオレの脳に電流の刺激を流す。
思い出した! オレは人間だったんだ!
同時に、人間だったオレの知識、記憶がいくらか戻ってきた。
これは大きな進展じゃないか? 名前も親も友達も思い出せないけどね!
「え? ネットによくある異世界転生ってやつ?」
『転生者は大体そう言うが、何度聞いてもそのネットってのはよく分からねえな。 だが、概ねその通りだ。 しっかし、あんまり取り乱さないんだな』
「夢を観てるみたいにおぼろげなような感じ。 リアリティーに欠けてるからパニックとかはならないな」
『そうかそうか! まあ騒がれるよりはマシだけどな! なんせ、発狂されれば落ち着かせるのもカウンセリングもオレちゃんの仕事になっちまうからな! ハッハッハッ!』
「笑い事か? それ」
『まあな。 色んな奴をサポートすれば大抵は笑い飛ばせるようになるぜ!』
「因みに、今いるこの場所は?」
『ここは【きなこ砂漠】。砂漠の砂全部が砂糖たっぷりの甘いきな粉でできた、女の子に大人気のスイーツスポットだぜ』
「ここなら食うには困らないってことか」
甘味しかないから、肉や野菜も入手しなきゃいけないけどな。
『でも水はどうすんだ? 言っとくが、ここはオアシスまで全部菓子で出来てんだ。 湧き水だって全部水飴だぞ』
「メルヘンで草」
『え、草? 草とかも生えてないぞ?』
ネットスラングはやっぱり通じないか。
これがカルチャーショックか。
「ごめん、忘れて。 それで水はどこで入手できる?」
『水なら砂漠を出れば魔獣の森がある。 その森なら小川ならいくらでも流れてっからそこで飲めるぞ』
「ありがとう解説くん。 じゃあ行ってみるわ」
『だが注意しろ。 この砂漠は比較的穏やかな環境だがな、外の森にはやべぇ魔獣がうようよいっからな。 お前さんはドラゴンとはいえ、まだ幼体だ。 襲われたらすぐ喰われちまうぞ』
「分かったよ。 気をつける。 方角はこれで合ってるか?」
『あぁ、もうちっと南に修正しろ。 オレがナビ役やってやる』
きなこ砂漠の甘い砂を踏みしめて進む。
飛ぼうと思って翼をはためかせても、パタパタと気持ちいい音をたてて空気を切るだけだ。
ジャンプしてからパタパタすれば、滑空くらいはできたけど、ファンタジーによくある豪快で優雅な飛行からはまるで遠い。
赤ちゃんだから、飛べないのか。
『因みに、ドラゴンが一番死にやすいのは赤ん坊の頃だ。 特にあんたみたいに孤立してるやつだ』
「外敵に狙われやすいもんな」
水場まで歩いて行くしか道はないけど、足の裏は体温で溶けた砂糖ときな粉で粘っていてかなり気持ち悪い。
この世界の俺が爬虫類で良かったよ。
もし体毛の生えてる生き物(狼とか猫とか)だったら、全身が糖分でベタベタになっていた。
砂漠である以上、太陽の照りつけはかなり激しいと思うのだが、暑さについては今はなんともない。
むしろ暖かくて、気持ちいい。
ドラゴンの身体は人間の身体とは感覚が違うのだろう。
なんにしても、この小さい身体では遠くまで進むのも一苦労だ。
砂山を一つ越えて、三つ越えて、六つ越えてもまだ砂漠が続いてる。
地平線の果てまで、きな粉まみれや。
「なあ解説くん」
『なんだ? 相棒』
「この砂漠、出るまで何時間かかる?」
『五日ってところだな』
「そんなに!?!?」
そんなにかかったらオレ干からびるわ!!
きな粉の食いすぎで喉がカラカラなんだぞ!
「どうにかならないのか!?」
『残念だったな。 オレじゃ助けてやれん。ま、運が無かったってことで諦めてくれや』
「そんな他人事な……!」
『他人事だしな』
解説くんって気さくな感じなのに、案外冷たいのな。
『お前さんみてーに、生まれて、転生して、すぐに死ぬ奴はそれなりに多いからな。 オレがこれまで世話してきた奴らもそうだったよ』
そんな御無体な………。
『あー…………それともう一つ、たった今、念話を飛ばして近くにいる竜族に運んでもらえないか、交渉してるところだ』
「オレ、交渉に使える材料なんて持ってないだろ…………」
『ところがそうでもねぇんだ。 なんせ、オレっちは竜族の長である【長老】がお前さんを助けるためにオレを派遣したんだからな。 なら、そうそう無下にはできない、とオレは思うぜ」
なら長老呼んでこいやと思ったオレは絶対に悪くない。 転生した直後に脱水で死ぬとか草を通り越して森すら枯れるわ。
「その長老ってのは何者なんだ?」
『長老からはその質問には答えるなって言われてんだ。
悪ぃな、相棒。 それと話はまとまった、すぐに迎えが来るぜ。あんたは運がいいよ、本当マジで』
「なんで言っちゃダメなの?」
『その方がドラマチックだろ?』
「アホなんそいつ?」
『やめとけやめとけ。 長老を悪く言ったら他のドラゴンに殺されるぞ』
オレは救助を待ってればいいの?
『迎えに来るのは【姉御】って呼ばれてるドラゴンだ。
あいつは世話焼きでべっぴんさんで有名な雌だぜ? よかったな。 亜成体になるまでは安全が保障されるぞ』
「到着はいつだ?」
『ざっと三日くらいだな』
「長ぇよ!!」
干からびるわ!!
新作です。
よろしくお願いします。