株式会社―勇社― 現世で業を積み過ぎた社畜、最強の勇者となり顧客満足度1位を目指す
テスト投稿用の書き出し作品です。連載化は検討中。
金曜日、午後7時。
背後から不穏な影が迫る。
「釈地くん、すまないのだけど、仕様変更だ」
人の少なくなったオフィスに、上司の声が響き渡る。
本日の残業および休日出勤確定の瞬間である。
っていうか、それよりも……
「え……? いや、リリース来週の水曜日なんですけど……」
普通のプロジェクトならば、一週間前には、すでにプログラムの変更は凍結されているのが当たり前だ。
プログラムを変更するということは、単にソースコードを書き変えるだけではなく、それに伴う仕様検討や動作検証をする必要がある。
それなのに、リリース一週間を切ってからの仕様変更なんて無茶振りもいいところだ。
正直、簡単には受け入れられない点は他にもある。
「これで三回目ですよね?」
一度決まったはずのシステム仕様が完成してから三回も変わったのだ。
「本当にすまない。しかし、顧客がどうしてもと言っていて……」
「……」
ならば、仕方ないか……
お客様は神様。
納得いかない部分もあるが、上司だって、きっと断りづらかったのだろう。
「釈地くん……君ならば、何とかできるだろう?」
「……」
できるかできないかで言えば、きっと何とかできるのであろう……
「……わかりました。やります」
「本当か? ありがとう!!」
上司は満面の笑みだ。
「今度は、もう少し早めに言ってくださいね……」
「あぁ! 二度とこんなことがないようにするから」
前にも、同じ件があったような……
「変更仕様については、先程、メールしておいた」
「はい……確認しておきます」
「それじゃあ、すまないがよろしく頼むよ」
「あ、はい……」
上司は自席へ戻っていく。
自席に着くと、鞄を手に持ち、そそくさと扉の方へ向かっていく。
上司には妻子がいる。
実務は行っていないため、残ったところで、これから俺が行う仕様変更の作業で何かの役に立つかと言えば、答えはノーだ。
妻も子もおらず、次世代への貢献度、皆無な俺からすれば、せめて少しでも未来を担う子供達を幸せにしてやって欲しいと願うばかりだ。
「……さて、やるか……」
低予算案件。
このプロジェクトはとにかく金がない。
普通ならこんなに仕様変更していれば、会社は大赤字だ。
だが、そこは俺のサービス残業で補填している。
というか、俺はこう見えて、名ばかりの役職だけ与えられており、会社経営者の扱いにされている。
経営者になると、基本的に会社側には残業代の支払義務が発生しないのだ。
「はぁ……」
最近、いつ、家に帰ったけな……
週休二日制とは、なんだったのか。
家賃は完全に払い損な気がしてきた。
流石に住所不定はいろいろとまずいので、もっと安いアパートにでも引っ越せればいいのだが……
しかし、引っ越しをするような時間もなければ、気力もない。
「……」
昨年、三十代に突入したものの、幸い、妻は当然のことながら彼女もいない。
言い訳するわけではないが、女性と交際するような時間もなければ、気力もない。
故に、エンカウントが限りなくゼロに近い。
しかし、おかげで仕事に集中できるというわけだ。
「……」
ふと思う。
俺っていわゆる……社畜なのだろうか?
いや、そんなことはないと思ってきたのだが……
「はぁ……」
再び、ため息が出る。
この案件が終わったら転職……いや、もういっそ転生でもして勇者にでもなりたいな。
「はは……」
何を考えているのだろう。頭がおかしくなってきたようだ。
「……」
なんかお腹空いてきた。
気分転換に、コンビニに飯でも買いに行くか。
◇
コンビニはオフィスから徒歩で五分程度のところにある。
夏なのに、すっかり日も暮れた街の中をフラフラと歩いていく。
「……!」
ふと、赤信号に捕まり立ち止まると、横断歩道の向こう側に、すこぶる綺麗な女性がいた。
片側一車線道路なので、比較的、近くでその女性の姿を見ることができた。
お祭りにでも行っていたのであろうか、夏らしい水色の浴衣を着ている。
日本人らしい綺麗な黒髪は肩位までの長さだ。
色白でどちらかというと薄い系統の顔をした美女。
しかし、どこか陰のある浮かない表情をしており、それがまた一つの趣となっている。
普段なら女性に関心を示すことなど稀なのだが、その日に限ってなのか、彼女があまりに可憐であったからなのかは分からないが、気がつくと俺は、なぜか引き込まれるようにその人のことを見つめていた。
と、その女性が一歩前へ歩み出す。
それを見て、自分も横断歩道を渡ろうと歩き出そうとする……が、踏みとどまる。
なぜなら、信号は赤のままだったからだ……
「っ!?」
自殺? 都合よく……いや、都合悪く、大型トラックがちょうど交差点に差し掛かろうとしていた。
嘘だろ……?
「うぉおおおおおおおお!!」
無我夢中で、俺はその女性に向かって猛進する。
◇
「お名前と前職を教えてください」
「はっ?」
何これ……マジでなんだこれ。
六畳くらいの白い部屋。
部屋の後方に扉はあるが、窓はない。
俺は、ぽつんと置かれたパイプ椅子に座っており、三メートルくらい先にスーツ姿の三名の人物が不機嫌そうな顔を並べて座っている。
俺はこの光景を知っている。
そう……これは面接だ。
「どうされたんですか? とりあえずお名前と前職をお願いします」
真ん中に座る男性の面接官が質問を繰り返す。
俺は、反射的に回答する。
「あ、釈地 勇気です。前職はシステムエンジニアをしていました」
それにしても何だ、この面接官は……
体格の良さが際立つこともさることながら、赤毛にツンツンの髪型って、面接官にしてはアバンギャルド過ぎるだろ。
世の中、スーツさえ着れば、正装というわけではないんだぞ?
両隣に座っている二人の女性も中々のものだ。
どちらも綺麗な顔をした女性ではあるが、やはり髪色が常軌を逸している。
一人は銀髪、もう一人は水色だ。
仮にも社の人事を預かる面接官が、時代を先取りし過ぎた価値観を取り入れている……
俺の卓越した直感が、俺自身に一つの警鐘を鳴らしている。
この会社はやばい。
ん……? でも、もしかして地毛ってことも有り得るか。
良く見ると、西洋風の彫りの深い顔立ちをされている。
だとしたら、俺の考えは盲目的なのかも――
いや、待て。っていうか、それ以前にこの状況は何だ?
確か、トラックに轢かれそうになった女性を助けようとして……
「シャクチさん、おめでとうございます」
「あ、はい!?」
「貴方は幸運にも勇者への転生のチャンスを与えられました」
「っ……!?」
よく意味がわからない。
「おや? あまりに嬉しくて言葉になりませんかね? ですが、現実のことですので、ご安心ください」
赤髪面接官の発する言葉からは俺の安心を促す要素が何一つ見当たらなかったが、とりあえず俺は死んだってことでいいのだろうか。
確認するしかない。
「あの……私は死んだのでしょうか?」
「あっけなく即死でした」
赤髪面接官は、何の配慮もないように即答する。
死んだかどうかだけでなく、不甲斐ない死に様まで教えてくれるとはなんと親切なのでしょう。
「そ、そうなんですね……」
赤髪面接官のあっさりとした態度のせいで、死とは特別なことでもないように思えてくる。
「シャクチさんは、経歴書から一次二次試験をパス。最初から最終面接へのご案内となっております」
「あ、はい……そうですか。有難うございます」
書いた記憶のない経歴書は大変、高評価をいただいたようだ。
「それでは、勇者への志望動機を教えてください」
「え?」
「ん……? 志望……されましたよね? 勇者……」
赤髪面接官が怪訝そうな顔をする。
「あっ……」
そう言えば、転生して勇者にでも……のようなことを考えていたっけ……
「そ、そうですね。仕事が大変過ぎて頭がおかしくなっていたようです」
「ほう……」
面接官達は難しい顔で俺を見つめる。
やべ……つい本音を……
これは……落ちたな。ってか、これ、落ちたらどうなるんだ?
そのまま成仏コースか?
それならそれでもいいような気もするが。
でも、勇者……ちょっとだけ面白そうな気もしてしまう。
しかし、勇者の面接ということは、会社の面接ではないということだよな?
そういえば、俺が死んじまったら上司、大丈夫かな……顧客ともめていないといいのだけど……
「貴方はとても見込みがありそうです」
「へ……?」
「通常は一旦、お帰りいただいてから、合否連絡をするのですが、特別に、この場で採用とさせていただきます」
え!? 今の質問だけで採用されちゃっていいんですか?
一次二次面接もパスだったって言っていたし、俺ってそんなに勇者としての才能が!?
「ほ、本当に私でいいんですか?」
「勿論です。むしろ貴方でなければならないと言っても過言ではありません」
赤髪面接官は力強く言う。
選ばれし者である勇者。
それが、俺じゃなくちゃならない。
そんなことを言われれば、正直に言って、悪い気はしない。
「有難うございます!」
俺は起立し、頭を下げる。
「うむ、大いに期待しています」
自分でも単純な奴だと思うのだが、やってやる! という気持ちが漲ってくる。
「弊社、株式会社勇社のために大いに貢献してください」
「はい!」
赤髪面接官の言葉に、俺は勢いに任せて、元気よく返事する。
「……」
株式会社……ゆうしゃ……?
「それでは、勇者控え室の方へ案内しますので」
「あ、はい……」
これまで終始、赤髪の男が話していたが、水色髪の女性面接官が初めて発言する。
……勇者控え室?
◇
なんか一杯、いるんだが……
水色髪の女性に案内された少し広めの控室は、まるで総合病院の会計待合室のようで、ソファが平行に並べられ、部屋の前方には、大きなモニターが一つあった。そして、そのソファには、騎士風の装いをした、まるで勇者のような恰好をした人達が三十人くらい椅子に腰かけていた。
男女比は3:1くらいであろうか。
年齢的には、下は十代、上は四十代くらいに見える。
なお、自分もここへ来る前に、水色髪に案内された更衣室にて、勇者スタイルへの変装を完了しているため、服装で浮くという心配はない。前世の世界であれば明らかに職質対象になるであろうこの剣もここでは堂々と腰に携えることができる。
着替えの際は、正直、多少の羞恥心があったが、これだけの勇者スタイルの集団を前にして……俺はいったい何をしているんだ? という気持ちが一層強くなる。
しかし、冷静に考えて、その場で採用、その場で職場に直行って、株式会社勇社……なんとも凄まじいスピード感を持った会社だ。
「それでは、勇者シャクチ、そこのソファに座って、召喚をお待ちください」
「え……?」
水色髪は、ほぼ何の説明もすることなく、去っていく。
「えぇ……」
少なくはないモヤモヤ感を抱えつつ、仕方がないので、指示通り、空いていた後方のソファに腰かける。
そして、前方のモニターを確認する。
勇者リチャード召喚中
勇者ジャンバダサバダ召喚中
勇者ジャンヌダルク召喚中
勇者ケンタロ召喚待機中
などと表示されている。
なんかすごい人が混じっているような気がするが、つまり、ここにいる人達……召喚待機中の勇者ってことですよね?
俺の想像していた勇者像とは多少の乖離があるようだ。
「君も新人の勇者かい?」
お……?
隣にいた人物が話しかけてくる。
「そ、そうです」
「僕はフェオ。よろしくね」
「私はシャクチと言います」
「シャクチさん、よろしくね」
フェオと名乗る人物は、二十代くらいの男性。
割と整った顔立ちをしており、表情も<希望に満ちています>といった具合だ。
緑色の短髪は、イケてる男児特有の束毛感があり、一言で言うとイケている。
前世では、あまり絡むことのなかったタイプであるが、今は誰とでもいいから状況の共有をしたかったため、彼の社交性に感謝する。
「フェオさんもここへ来たばかりなんですか?」
「いえ、自分は昨日、ここに来ました。なかなか案件が決まらないようで」
勇者になって、まさか<案件>という単語を耳にするとは思わなかった。
要するに案件を受注したら、現場に召喚されるということなのだろうか?
まるで派遣社員のそれじゃないか……
「君は、前世でどんな業を積んだんだい?」
「かるま?」
フェオが嬉々として、謎の質問をしてくる。
「待っている間に先輩勇者に聞いたんだけど、前世で積んだ善行や悪行、そういった業が転生後の僕達の強さや特性に強く反映されるらしいんだ」
「そうなんですか……」
善行、悪行か……システムを作ることで、小さな社会貢献はしていたのかもしれないが、とても自慢できるものではないな。
あえて言うなら、最後に女性を助けようとしたことくらいか。
「うーん……女性を一人、助けたくらいですかね……」
「立派じゃないですか」
「あ、ありがとうございます……」
「……えーと、フェオさんは?」
こちらからもフェオに聞いてみる。
なぜなら、フェオは輝きのある目でこちらを見つめており、いかにも自分にも聞いて欲しいというように見えたからだ。
「え? 僕ですか? 聞きたいですか?」
「あ、はい……」
正直、大して聞きたくもないのだが、そんなことを言うのは野暮であろう。
気持ちよくしゃべるがいい。
「仕方ないですね……僕は前世でも、勇者のようなことをしていましてね。約百名の人々を救ってきたんです」
「おー、それはすごいですね」
平行世界か何か出身の方なのかな?
もうこの程度のことでは驚かない。
人間の適応力とは凄まじいものだ。
「え? 250万で、フルパーティですか? 少々、厳しめです。その額だと、新人しか派遣できないですねぇ」
「……」
ずっと気になってはいたのだが、勇者達が控える後方はオフィスのようになっており、忙しなく大変生々しい商談のような会話が聞こえてくる。
「フェオさん、あれ、何かわかります?」
俺はフェオに聞いてみる。
「どうやら神達が顧客の召喚士と勇者召喚の人材と単価について交渉しているようですね」
「そうですか……」
しばらく神の会話に耳を欹てる。
「いや、これ以上、単価を下げるのはちょっと……こちらも慈善事業でやっているわけではないので……」
「ユクシア国王様専属召喚士のベオーク様ですね! いつも有難うございます! 弊社の最上級勇者ウィルド要するフルパーティをご用意可能ですが、いかがいたしましょう」
「あぁ、新人でもよろしいですか? であれば、早急に手配致します」
会話を聞く限り、神とは感情で動くものではなく、随分と理性的なようだ。
地獄……いや、天国の沙汰も金次第というわけか。
「あ、シャクチさん! 僕、呼ばれたみたいです!」
「……」
……なんかそんな気がしたんだ。
前方のモニターには、確かに勇者フェオ召喚待機中から召喚準備中に変わっている。
そして、勇者シャクチにも同様の変化が生じている。
「あ、シャクチさんもですね」
「はい……」
「最初のクエストはどんな冒険になるのか。楽しみですね」
「……そ、そうですね」
これまでの流れから、色々ときな臭さを感じており、期待感よりも圧倒的に不信感の方が勝っているのですが……
<召喚が確定しました。勇者フェオ、勇者ウル、勇者ケン、勇者シャクチは第八召喚室にご集合ください>
集合を促すアナウンスが流れる。
「行きましょう!」
フェオは待ち切れないというように召喚室へと向かう。
俺は召喚室がどこだかわかっていなかったので、ちょうど良かった。
◇
「私が今回、貴方達を担当する神のアンスールです」
召喚室につくと、女性の神がいた。
しかし、俺はその人が初対面というわけではなかった。
面接官の銀髪の方だ。
結局、面接では一言も言葉を発することがなかったが、どうやら普段は神の仕事に従事しているようだ。
このスーツ姿の女神さまは、銀髪のロングに、色の薄い瞳はどこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
表情はあまりなく、自己紹介の言葉も抑揚は少なめで、どちらかというと堅い印象だ。
「今回のクエストはドラゴン討伐という内容です」
「おー、ドラゴンですか。最初としては悪くないですね」
フェオは怖気づくことなく言う。
俺とフェオの他に呼ばれたウル、ケンの二人も不安そうな表情には見えない。
「まぁ、詳しい内容はクライアントに聞いてください」
アンスールは適当に言う。
いわゆる丸投げだ。
株式会社勇社は、基本的に、社員の自律性を重んじる社風のようだ……
……頼むからもう少し説明して欲しいものだ。
「それでは、迷える勇者達に神の加護があらんことを……」
取ってつけたような祈りを捧げられると、魔法陣のようなものが出現する。
「では、行ってきます!」
フェオの言葉と同時に、俺を含め四人の足側から体が消えていく。
頭が消えるのと、ほぼ同時に目の前が、これまでとは異なる光景に切り替わる。
そこは木造の建物であった。
元の世界の現代的な家は外観では木造かどうか判断することは難しいが、今いる場所はすぐに木で作られていることがわかるくらいには、内部も木のぬくもりが感じられる作りになっていた。窓にはカーテンが掛かっていて、外の様子は窺えない。
「あ、どうも! 勇者さん達ですね?」
後ろから女性の声がする。
声のする方へ振り返ると、とんがり帽子にマントという、いかにもな感じの魔法使いのような装いの小柄な女性がこちらを見ていた。青紫色のショートヘアで、衣装は全体的に黒をベースに紫の装飾でまとめている。
推測するにおそらく召喚士という人だろうか。
「初めまして、召喚士さん、僕は勇者のフェオです」
フェオが早速、爽やかに挨拶をしたことで自身の推測が恐らく正しかったことがすぐに判明する。
「は、初めまして! 私はハガルです」
召喚士は少し緊張した様子で答える。
「私は勇者のウルという」
「僕は勇者のケンって言うんだ! よろしく!」
大柄でワイルド、タフネスそうなウル。
小柄で快活、槍を携えた、すばしっこそうなケンもそれぞれ挨拶を済ます。
しかし、その名前の前の勇者のというのは、つけないといけないのだろうか?
少し気恥ずかしいので、普通に答えよう。
「私はシャクチです」
「あ、はい、すみません。村長を呼ぶので、少々、お待ちください」
「……」
ハガルはそう言うと、そそくさと建物の外に出て、そして一人の腰が折れた老人を連れて戻ってきた。
そして、老人が厳かに口を開く。
「皆様、よくお集まりいただきました。私はこの村の村長を務めております」
「初めまして、僕は勇者のフェオです」
「私は勇者のウルという」
「僕は勇者のケンだよ」
自己紹介で、勇者のって付けるのは常識なんですか?
頼むから、召喚士さん、先に村長呼んどいて欲しかった!
二度目の自己紹介はなんとなく気恥ずかしさが微増する。
「……シャクチです」
「うむ、ご紹介、ありがとう……神様からも、すでに聞かれているかと思いますが、今回の依頼は 凶暴なドラゴンの討伐をお願いします」
ということは、恐らく村長が召喚士に勇者の召喚を依頼したということだろうか。
「近頃、ドラゴンが村の近隣の森に現れるようになり、村民達が襲われている。悲しいことにすでに十四人もの犠牲者が出ているのじゃ。勇者さま達には、どうかドラゴンを退治し、村の安心の確保、そして犠牲者の無念を晴らして欲しいのじゃ」
村長は沈痛な面持ちだ。
「わかりました! 必ずや遂行してみせます!」
フェオが鼻息を荒くして答える。
「おー、なんと頼もしい。新人と伺ってはおりますが、だからこそ、誠心誠意尽くしていただけると信じております!」
「はい!」
フェオの目の輝きは最高潮に達する。
「まぁ、本当はお金足りなかっただけじゃけど……」
「ん……?」
「いやいや、なんでもないぞ」
「そうですか!」
「……」
フェオが主人公キャラ特有の難聴により、じいさんの本音が聞こえていなくてよかった。
◇
「作戦決行は明朝。相手はドラゴン、油断できない相手だ。まずお互いのことを知ることから始めよう」
フェオがしきり始める。
村長は、依頼と作戦決行の時期を確認すると、そそくさと去っていった。
この建物を自由に使ってよいと言うことなので、俺達は作戦会議をすることとなった。
召喚士のハガルは建物に残り、部屋の隅で体を休めるように座っている。
「僕はフェオだ。新人ではあるが、前職では人を救うために戦っていた。炎系の魔法と剣技を得意とする」
「私はウルという。前職は傭兵だ。ただし、雇われれば何でもするというわけではない。正義のために戦っていた。聖なる力を扱うことができる」
「僕はケン。前職は王の警護を務めていました。最期に王を救ったことが僕の誇りです。小柄だけど、槍術なら誰にも負けません」
三人が次々に徳の高そうなプロフィールをそれぞれ紹介していく。
そして、三人の視線が自然と俺の方に向く。
皆さん、当たり前のように前職と言うが、これ、前世のことでいいんですよね?
システムエンジニアと言っても伝わらなそうだな……
「え、えーと、シャクチと言います。前職は技術職でした。魔法とかスキルとかはよくわかりません……」
「ほぉー、技術職ですか? 珍しいですね」
「そ、そうですかね……」
「スキルについては、ステータスウィンドウから確認できますよ」
フェオはそう言うと、手を胸の前辺りで上から下にスライドするような動作をする。
すると、彼の目の前の空間に薄いプラスチックのような半透明のボードが出現する。
その辺はゲームのそれなんですね。
俺もフェオを模倣し、ステータスウィンドウを出してみる。
「うひょー、空間ディスプレイかっけぇ」
「はい……?」
「あ、いや、何でもないです」
エンジニアの端くれとして、空間ディスプレイという夢のデバイスに、思わず少しテンションが上がってしまった。
「どれどれ……」
ステータスを表示してみる。
「んー……」
まず目に入ったのは、レベルだ。
レベルは<?>になっている。
「レベルについては、フィードバック方式だから、クエストの結果が反映されるそうだよ。僕たちは初のクエストだから、まだ何も表示されていないんだね」
「なるほどです……」
「でもスキルや魔法はすでに確認できるはずだよ」
フェオのアドバイスを元に探してみる。
「お……? これかな?」
そこには三つのスキルらしき単語が列挙されていた。
スキル:自己研鑽、タイムカード、パワーポイント
「……自己研鑽?」
一つ目を思わず、自分で声に出して読み上げる。
「あまり聞きなれないスキルですね」
フェオも不思議そうな顔をしている。
自己研鑽……って……
そういえばよく自己研鑽の名目で、家で会社の仕事したっけなぁ……
タイムカードといえば、定時でタイムカードだけ切って、自席に戻ったっけな。
記録上は定時で退社したことになっているから、無限に残業ができるという基本スキルだ。
パワーポイント……俺達の強い味方じゃないか。
どれも感慨深い単語達ではあるが、どんなスキルなのかわからない……
まぁ、そのうちわかるのかな?
「きゃぁあああああああ!!」
「!?」
スキルに思い馳せていると、外から女性の悲鳴が聞こえる。
「ど、ドラゴン!?」
休んでいた召喚士のハガルがガバっと立ち上がり、焦燥した様子で言う。
「え? 来ちゃったの?」
ケンも少し焦った様子で言う。
「大丈夫だ! 向こうから来てくれるなんて、むしろ好都合だね」
だが、フェオは動じていないようだ。
「行こう!」
断れる雰囲気もなく、流されるように建物から出る。
◇
建物から出ると、空は暗いが周辺の家からの明かりで真っ暗というわけではない。
似たような木造の建物が点々と立っており、まさに村といった印象だ。
だが、家々は密集しておらず、俺達が案内されていた建物は離れになっており、それなりの空間が確保されている。
そして空には、青白く光る三日月と巨大な空飛ぶトカゲの影が映し出される。
「で、でかい……」
ウルが静かに呟く。
その言葉の通り、ドラゴンは非常に大きく、体長二十メートルくらいはありそうだ。
「……っっ!!」
グギャァアという擬音がぴったり嵌るドラゴンの咆哮が響き渡る。
正直、それだけでちびりそうだ。
「く、来るぞ……!」
フェオの予想通り、ドラゴンが滑空しながら俺達の方に突進してくる。
「きやがれ……!! ドラゴン……!」
フェオが剣を構える。
そして、ドラゴンとフェオが交差するポイントを迎える。
「くらえ! 我が心なる純炎の剣……フレイム・バスタぁあああ!!」
「…………え?」
驚きを発したのはフェオ以外の誰かだ。
正確に誰であるかはわからなかったが、それだけは確信できた。なぜなら、フェオの胴から上は無くなっていたからだ。
「っ……!?」
残されたフェオの下半身は、無数の光の粒になって消滅する。
ドラゴンの口からもほんのりと輝く粒子が零れている。
「うわぁああああああああ!!」
ケンが叫びながらドラゴンに背中を向ける。
ドラゴンはその場で、大きく仰け反る。
「おいおい……まさか……」
次の瞬間には、耳に残る破裂音が聞こえる。
「うわぁああああああああ!!」
ドラゴンの吐いた火の玉が逃走を試みたケンを包み込む。
「ぎゃぁああああああああ!!」
燃え盛る炎の中で、ケンも光となって霧散した。
「シャ、シャクチ殿! 逃げるんだ!」
ウルが俺に叫ぶ。
「えっ!?」
逃げるったってどこに?
そう思っているうちにもドラゴンは俺達に向きを修正する。
やべぇ……死ぬ……
あの時は感じる猶予すらなかった恐怖を今は明確に感じる。
グギャァアアアアアア
「……っ!!」
ドラゴンは考える隙も与えずに俺達の方へ突っ込んでくる。
だめだこりゃ……
俺の中で何か……諦めのようなものが生じる。
……もうやけくそだ。
「ちくしょうがぁああああああ!!」
突っ込んでくるドラゴンに向かって無茶苦茶に剣を振るう。
グギャァアアアアアアァァっっ――――
「…………え?」
さっきフェオが殺されたときと同じ「え?」という疑問の声が聞こえる。
さっきの声はウルの声だったのだろう。
続いて、ズドーンという巨大な落下音が響き渡り、足に衝撃が伝わってくる。
「え?」
今度は俺が思わず疑問の声をあげていた。
俺は自体をよく把握できないまま、その音の発信源を確認する。
ドラゴンの首が地面にめり込んでいた。
◇
「お疲れ様でした」
俺達を送り出した女神アンスールが抑揚のない声で労いを口にする。
ドラゴンが、なぜか討伐されてから、間もなく元のオフィスの第八召喚室に転送されたようだ。
「初のクエスト完遂おめでとうございます」
「……」
アンスールは淡々と祝福するが、素直に喜ぶ気持ちにはなれなかった。
フェオやケンが……
「しゃ、シャクチさん……やるじゃないですか……」
「え……?」
そこには半透明になったフェオ、そしてケンがいた。
「フェオさん!? 生きてたんですか!?」
「面白いこと言うね……僕達、勇者だよ……? そんな簡単に死ぬことはないさ……」
フェオはしかし、顔色悪く答える。
「そ、そうなんですか!?」
まぁ、確かに一回死んで、ここにいるわけだし……
ってか、よく考えると、ここってどこなんだ?
でも、素直に二人が生きていてよかった。
「再会できてよかったですね。では、とりあえず今回のクエストのリザルトです。まず、レベルが表示されるはずです」
アンスールは感情控えめの声で粛々と進行する。
皆は神に従い、ステータスウィンドウを開くので、俺もそれに倣う。
レベル<360>
何だこれ。三六協定みたいだな。
年間の残業上限を定めた法律だが、我が社は常に残業など存在しないことになっていたので、何の問題もなかったな。
「シャクチさんはレベル何だったんですか?」
「え? 360みたいです」
「さ、さ、さ、さんびゃ……!!」
フェオは口をあんぐりと開けて、露骨に驚く。
「なんですか! そのでたらめな数値は!?」
「え? そうなんですか……?」
標準がわからないため、何とも言いようがない。
「そ、そうですよ! 僕なんて9ですよ! 9!」
うーん、確かにそれを聞くと、高めのようだ……
「ぜ、前世でどれだけ<業>を積めば、そんなことになるんだ……!?」
「業……ですか……」
業……積んだ覚えはないのだけど……
業……業……――――
「あっ…………」
積んでいた。
俺は、確かに凄まじい量の業を積んでいた。
<サービス残業>という罪深い業を――
◇
「そ、それでは……」
フェオ、ウル、ケンは幾分、背中を丸くして、第八召喚室から去っていく。
アンスールが俺に話があるから三人は去っていいと言われたからだ。
なんだか少し気まずさを感じる。
「……シャクチさん、貴方はどうやらすでに新人の域を超えているようですね」
アンスールが相変わらずの調子で俺に語りかける。
「……そ、そうですか」
困惑しているものの、そう言われると、正直、悪い気がするかと言われればそうでもない。
「なので、今回の<顧客満足度>をお伝えします」
こ、顧客満足度……!?
「今回の顧客満足度は……星2つです」
「…………えーと、それは」
「五段階で下から二つ目です」
ですよね。
「今回の顧客、ハガル様からのコメントです」
「……は、はい」
「最初からあいつがやれ。 ――以上です」
とても辛辣です。
「確かにシャクチさんのレベルは異例とも言えるものではありますが、サービス業足るもの顧客満足度が何よりも重要です。顧客が満足できないのならレベルなんてものはクソの役にも立ちません。私から一つアドバイスしておくなら……調子乗るな。ということです」
「は、はい……」
アンスールからの苦言を甘んじて受ける。
「とはいえ、単純なレベルが高いというのは事実です。最近の新人で、すでに新人の領域を超えている勇者が貴方含め、二名だけいました。なので、しばらくは二人で組んで仕事を遂行してください」
「わ、わかりました……」
特に拒否をしなければ物事は勝手に決められていくものである。
「では、入ってください。勇者……ユル」
「はい……」
透明感のある女性の声がして、扉が開く。
「「…………あっ」」
互いを確認した二人の声が重なる。
「ん……? お知り合いですか?」
アンスールが不思議そうに訊く。
知り合いという程でもないかもしれないが、俺はその人を知っていた。
「…………亡くなっていたんですか」
「た、助けてもらったのに、す、すみません!」
女性は焦ったように、ペコペコと謝る。
その愛嬌のある姿は、少しあの時の印象とは違っていた。
どうやら俺の前世最期にして最大の善行は無駄に終わっていたようだ。
そこには俺がトラックから救おうとした彼女がいた。