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お姉さまと王都といじめっ子


「王都に行きたいわ!」


朝起きて開口一番にそう叫ぶと、お姉さまは目をこすりながら起き上がった。艶やかな黒髪が流れる。目の下にクマがあるから、また夜更かししていたのね。本に夢中になるといつもそう。夜十時には寝てしまう私と違って、お姉さまの寝る時間はいつも不規則なの。そんな生活していてお肌が荒れないのかしら? 羨ましいわ。


「突然どうしたって言うの? ジャクリーン」

「最近王都に行っていないでしょう? 久しぶりに行きたいわ。お姉さまも行きましょ?」

「私はいいわ……ファあぁ……まだ読み終わっていない本があるの」

「もうっ、お姉さまったらしっかりしてちょうだい。お姉さまが読み終わっていない本なんて山ほどあるでしょ!」

「今回は違うもの……あのね、この前リンネ様とお話しした『アリスター家の悲劇』を読み直そうとしたらどんどん関連の物語も気になってきて」


お姉さまは目を泳がせながら言い訳じみた口調で言った。本のことになると人が変わってしまうの。困ったものだわ。


「問答無用! なの! もう一回読んだのにもう一回読む必要なんてないじゃない」

「そんなことないわ。本っていうのは読み直すたびに新しい発見があるものよ」

「そう? そんなことはどうでもいいの! とにかく、王都に行くからついてきて、お姉さま!」

「どうでもよくないもん……」


お姉さまはしぶーい顔をしながら、渋々と承諾されたのだった。



実を言うと、別にお姉さまがついてこなくても構わない。むしろ監視されて私の行動が制限される分、ついてこないで欲しいくらい。でも、あまりお姉さまを一人でこの家には置いておきたくない。

まさかサウロが里帰りしてしまうなんて……これじゃお姉さまを守ってくれる人がいないわ。あの人の故郷ってスラムじゃない、帰ってどうするって言うのよ。


「ねえ、ジャクリーン。たったこれだけの護衛でいいの?」

「五人もいれば十分でしょ?」

「でも今日、リカさんもいないのに……」

「リカがいても護衛の代わりにはならないわ」


わざわざ数日前からリカの里帰りを唆していたのよ? 絶対この機を逃せない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ガタン、ガタン、と馬車が揺れながら進む。前回王都に行ったのは五年前かそこらだったはず。なかなか着かなくて癇癪を起こしていたけれど、ハルバート家は比較的王都に隣接しているサルーニャ地方を支配しているから……五時間くらいで着くかしら。 


この王国ーークラフト国は、数年前までは人間連盟の中ではせいぜい中堅どころであった。ところが、数年前から戦場に出始めたリオ殿下が頭角を現してから、クラフト国は破竹の勢いで領地を拡大していった。無論、人間同士で争うとなると当然、連盟を組んでいた他の国家から袋叩きにされるので、我が国が目をつけたのは今までタブー化されていた人外(• •)であった。


「お姉さま、お姉さま! ねえ、王都に着いたら何をしましょうか? 私は【オーエン】(若い令嬢もお年を召したマダムもみんな夢中、今を時めく謎に包まれたデザイナー集団のことよ!)のお店を覗きたいわ」

「そうね。サリストテレス先生の新作が出ているか気になるから、本屋に行こうかしら」

「えー……お姉さま、また本屋さん? いつもそうじゃない。外出するたんびに本屋さんなんだから」

「いいじゃない。私が好きなのはそれくらいだもの」

「そうやっていーっつもわたしは一人でお店を回ることになるんだわ」

「でも……」


とお姉さまは言いかけ、顔をうつむかせた。

やってしまったわ……。

いつも家族でお出かけするとき、お母様が嫌がっているのに、お父様は無理矢理にお姉さまを連れてきては、そのくせお店に入るときは「お前のような者が家にいるなど恥だ」と言って別行動させるの。歪んでいるわ。

お父様はご満悦だろうけど、お姉さまはお姉さまで本屋さんを満喫していることを教えてあげたいわ。その時だけ、私はお姉さまの本ばかさ加減に感謝するの。もっとも、お姉さまの鈍感さに甘んじるべきではないのでしょうけど。


「それに、私が宝石だの何だので飾り付けたところで、ジャクリーンのように美しくなれないわ」

「何をおっしゃるの!? お姉さま! お姉さまは誰よりも美しいわ」

「そう言ってくれるのはあなただけよ」


お姉さまが長く黒い睫毛を伏せると、その目元に幽かな影を落とした。そんなに美しいのに、どうして自信が持てないの? 鏡だって、何個もあげたじゃない。

お父様もお母様も、お姉さまを嫌っているって、わかりきっていることじゃない。そんな人たちの言うことをいちいちきにする必要なんか、ないでしょう……。


そんなこと、愛されている私が言えたことではないのでしょうね。だって、私は美しくない、醜いだなんて言われたことは一度もないし、自分で思ったこともないわ。確か、こう言うのを自己肯定感、と言うのだったかしら? お姉さまはそれが育たないままここまできてしまったのね。


お姉さまが持ってきた本をめくり出してしまったものだから、私は頬を膨らませながら窓の外を眺めるしかないのだった。

心地良いとは言えない座り心地だったけど、リカもいない中前日から緊張して早起きした私にとっては十分だった。


ーー夢を見た。


私が三歳の頃。つまりお姉さまが五歳の頃。お姉さまの産みの母親が亡くなった年。

前妻様は、公爵位のお姫様だった。お姉さまと生き写しのような美貌に公爵位ともなれば、求婚者は後を絶たなかったでしょう。

お父様は話してくださらないから、お話の鱗片から察するしかないのだけれど。前妻様は浪費家だった。そして、求婚者の中で一番裕福で、爵位もそこそこだったのはお父様だった。きっとそこに愛はなかった。いいえ、お父様にはあったかもしれないわ。でも、彼女にはなかった。そして結婚後も心を許してくれない彼女にあてつけるように、お父様はお母様と浮気したのでしょう。

私がこの家にやってきた時、前妻様はもうすでに虫の息だった。誓って言うけれど、決してお父様が妻憎しと毒薬を盛ったわけではなくってよ? 心臓の病で、生まれた時から体が弱かったらしいの。


私が間違えてその部屋に入ってしまった時、一人の女の子が涙を流しながら私を睨みつけた。その子は、ベッドに横たわる誰かの手を堅く、祈るように握っていた。


『……だれ?』

『あたし、じぇしーよ』

『でてってよ』

『なんで?』

『いいからでてってよ!』


女の子は大粒の涙を流しながら私にぬいぐるみを投げつけた。


『あなたたちがきたから、おかあさまがなおらないんだ!』

『じぇ、じぇしーそんなのしらないもん!』


私は幼心に恐ろしくなり、部屋から逃げ出した。その数日後にベッドの人物は亡くなり、お父様は気にしていないことを周りにアピールするかのように、急いでお母様と結婚式を挙げた。

そして会ったお姉さまは、まるで別人のように感情が抜けた顔をしていた。


私はきっと一生その言葉を覚えている。




「ジャクリーン、そろそろ王都よ。起きて」

「早いわ」

「ええ。最近、リオ殿下が道路舗装にも手を出しているって話、本当みたいね」

「ふーん、すごいのね」

「すごいなんてものじゃないわ。全く……」


お姉さまは呆れ顔。

馬車を降りると、一面に華やかな景色が広がった。

カラフルな衣装を着た人々が往来を行き来し、道のそばには様々な品物の露店が並んでいた。客寄せの声、踊り子の音楽、大道芸への賞賛や拍手。香辛料の匂い、異国の香水や喫えた炭の臭い。そういったものが一斉に襲ってきた。


私は声も出ず、口を開けっぱなしで周りを見渡した。圧倒されていた。

私がきた時はこんな華やかな王都ではなかった。もっと汚かったし、臭かったし、人も少なかったわ。

これがリオ殿下の功績だと言うの? お姉さまも賞賛するわけね。


「すっっごい……ねえ! お姉さま! すごいわ!」

「本当に……素晴らしいわ……」


いつも冷静なお姉さまですら惚けた顔で落ち着きなく周りを見回していた。


「こんなに繁栄しているなんて……きっと異国の本も多く入ってきているに違いないわ」

「お姉さま、うっとりした顔でそんなことを考えていたの? 本当に本ばかなんだから!」



とりあえず色々見て回ることにした私たちだけど、何しろ人が多いものだから護衛の人たちはあちこちにぶつかったり、難儀しているみたい。都合がいいけれど、本当に見失ってしまったら困るわ。だって私もお姉様も誘拐してしまいたいほど美しいでしょう?


「ねえ、はぐれてしまったら大変だわ。誰か一人きてちょうだい?」


そう手招きすると、護衛の人は顔を見合わせた。しばらくして押し出されてきたのはいかにも普通、って感じの人だった。多分一番威圧感を与えない人選をしたのね。


「まあ、護衛の人なのにかっこいい顔をしているのね」


と上目遣いでいうと、真っ赤になって、


「えっ! い、いえ、自分なんて、そんな……」

「謙遜しなくていいのよ。あなたは私たちを守ってくれるナイトだもの。ねえ、手を繋ぎましょ?」

「えっ!?」


後ろのいかついおじさんたちもびっくりした顔。お姉さまなんて大きな目がこぼれ落ちちゃいそう。


「だってはぐれちゃったら困るわ?」

「な、何をいっているの。ジャクリーン。侯爵家の娘がそんな……」

「まあ、どうして? 護衛の方とはぐれないように手を繋ぐだけよ。お姉さまは私と手を繋ぎましょ」

「でも……」


と、護衛の人と二人してもじもじしている。


「あっ! あんなところに【オーエン】のお店があるわ! 行きましょ、お姉さま!」

「えっ」

「ちょ、ちょっとジャクリーン!?」


両手の二人を無理やり引っ張って人混みの中へぎゅうぎゅう入っていくと、後ろから「あっ」とか「お、お嬢さウギュっ」なんて声が聞こえてくる。あら、そんなに急いだら怪我をしてしまうわ?


「いやだわ、他のおじさまとはぐれてしまったみたい」


しばらく走って息が上がってきた私は止まって道の端によると、作戦が成功したことにホッと胸をなでおろした。護衛は私の右手の一人を除いて、一人もいなくなっていたのだった。

困ったように両側の二人に首を傾げて見せる。


「もう、いきなり走り出すからでしょう。戻って探しましょ」

「いやよ。こんな人混みの中から探すなんて、日が暮れてしまうわ」

「ジャクリーン……」

「あ、あのっ、幸い、私がいますので、よかったら、どうぞ、はい」


若い護衛は顔を真っ赤にして言い募った。


「護衛対象からはぐれるなんて、護衛失格ですので、まさか、お嬢様方は心配なさらずに、はい」

「まあ、さすが話が分かるのね! わたしそういった方、大好きだわ」

「あっ、あ、はい」


彼はさらに赤くなって黙り込んでしまった。


「じゃあずーっと手を繋いでいましょうね」

「ヒャい」


わかりやすい態度にくすくすと笑ってしまう。


「じゃあいろんなもの見て回りましょ?」



まず、何をするべきかというと、目星はつけているの。

そりゃあできたら学園内に味方か情報をくれる人を作りたいわ。でも二つ年上の知り合いなんていないし、たとえいたとしても「お姉さまの近況は?」とか「お姉さまにいい人はいる?」なんていちいち聞けないわ。

だから学園付近の建物内の従業員か住民を内通者に仕立て上げるのが早いと思うの。やだ、内通者なんて過激な言葉を使ってしまったわ!

その中でもお姉さまを一番観測できる場所ーーズバリ、本屋か図書館よ!

本の虫のお姉さまのことだから、きっと二日に一回は図書館に行くことでしょう。とはいえ、学園の図書館は敷地内にあるから今は手が出せないわ。だから今日の目的は学園に一番近い、もしくは王都で一番大きい本屋さんなの。



「あっ」


お姉さまが唐突に立ち止まった。


「どうなさったの?」

「あの子……」


その視線の先をたどっていくと、薄暗い路地裏で5人くらいの子供が輪になって、寄ってたかって一人の子供をいじめているようだった。通り過ぎる人は迷惑そうに見るだけで、誰も関わろうとしない。


「まあ、ひどい」

「止めなくちゃ!」


お姉さまはすぐさま私の手を振りほどき、人をかき分けて走っていく。それに一歩遅れて付いていくと、


「あなたたち! 何してるの!」

「あ? 誰だよねーちゃん」


頭のてっぺんから靴の先まで泥だらけの、歯の抜けた子供が答えた。


「何って、教育だよ。こいつ、生意気にも靴とか履いてたからさ」

「靴を履いているからなんなの? あなたたちだって靴を履いているでしょう?」


お姉さまは毅然と言い放ったが、よく見れば他の子供たちも似たような格好で、靴というよりは薄い布を足に巻きつけているだけだった。

その中でも一層貧相で惨めだったのが、いじめられていた子だった。元が何色かもわからないくらい薄汚れてしまったボサボサの髪に、服……服? がほつれて穴だらけの布を巻きつけただけの格好。

でも、何よりも目を引いたのは、


「お姉さま……」

「へっ、なんか文句あんのかよ!? だってこいつーー獣人だぜ(• • • •)!?」


そう、その子供の頭の上には、ぴょこんと三角の耳が生えていたのだ。

お姉さまは厳しい表情を崩さず、


「だから、なあに?」

「な、何って……獣人なんだぞ」

「あのね、獣人だからいじめていいことにはならないんだよ? それにもう五年も前に、獣人の人とも仲良くしましょうって、王様が言ったでしょ? 王様にさからうの?」

「はあ!? まじ意味わかんねーし……馬鹿じゃねーの?」


と、歯の抜けた男の子は気の強い表情を崩さなかったけれど、後ろの子たちは王様、なんて単語を聞いて不安になったようで、「ねえ行こうよ」なんて袖を引っ張っている。彼は舌打ちをすると、


「けっ、金持ちのドーラクは楽しいかよ」


嫌悪の表情を隠しもせずそういい、路地裏の奥へと消えていった。

フゥン……。


お姉さまは残された獣人を、服が汚れるのも気にせず優しく抱き上げた。


「その子、どうするつもりなの?」

「気絶してるみたい」

「どうするの?」

「診療所に連れて行くわ」


ポンポンポンと、優しく顔を拭いてあげるお姉さま。


「この子、ひどく衰弱しているわ。ちゃんとした食事をとらせてあげないと死んでしまう」

「でも……」


私は言い淀んだけれど、やっぱりいうことにした。


「その子は助けるべきなの? だって獣人って、野蛮で凶暴な種族ってよく聞くもの」

「あなたまでそんなことを言うの!?」


お姉さまは目を大きく見開き、信じられない、と言う表情を浮かべた。


「だってお母様もよく言っているもの。獣人の人って鶏を丸かじりするんでしょう? 危険だわ!」

「文化の違いよ! それは彼らにとって普通なのよ。草食の獣人だっているわ。それに、まだ小さい子供なのよ。この子はこんな飢えているのはこの国のせい、つまり貴族である私たちの責任でもあるのよ」

「で、でも……」

「ねえ。私たちは恵まれた生活をしている分、施さなければいけないわ」

「そう……お姉さまは優しいものね」


お姉さまが獣人を抱き上げると、今まで戸惑って立ちすくんでいた護衛が慌てたように声をあげた。


「お、お嬢様! そ、そのような汚い……あ、え、えっと、私が持ちます!」

「そう。ありがとう、ルドルフ」

「あっ、いえ!」


この人、ルドルフって名前なのね。

でもこれはいいチャンスね。


「ねえ、診療所に行くのはお姉さまの勝手だけれど。私はもっとお店を見て回りたいわ」

「……ええ、そうね。じゃあ私一人で行くわ。ルドルフはジャクリーンについてあげて」

「別にいい。だって、すぐそこに【オーエン】のお店があるわ。終わったら迎えにきてちょうだい」


ちょうどいいところにあったわ。指をさした先には品のいい白黒を基にした外装があった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


首尾よく一人きりになれた私は、大好きな宝石店には向かわず、むしろどんどん薄暗い路地に踏み込んでいった。


いやだわ。いかにも誘拐犯がいそうな場所じゃない。

あちこちに下水の水たまりがあり、ゴミがそこらに散らばっている。ネズミが時折私の足元を駆け抜けて行く。上には灰色の建物の壁。陽の光が洗濯物に遮られ、光の届かない薄暗い細道を演出していた。

まだ五分しかいないのに、お気に入りの靴の底がすでに真っ黒になっていた。


あと五分歩いていなかったら諦めて出よう、と決意した矢先、耳に数人の話し声が聞こえてきた。


「……チッ、こんなもんかよ。シケてんな」

「しょうがないよ……最近ゴミを路地裏に捨てる人が少なくなってるもん……」

「あーあ! あん時に邪魔さえ入んなきゃな……」

「って言ったって、たかが靴じゃん」

「それをあの獣人野郎が履いてんのがムカつくんだよッ!」


間違いないわ。あの時のいじめっ子だ。

彼を中心として、数人のぼろきれを纏った子供があぐらをかいていた。手にはなんだかわからない黒ずんだ物体。

足の裏は真っ黒。あーあ、かわいそう。



「ねえ、それなら、私がもっといい靴買ってあげるわ?」


いい人、みーつけた!

感想ありがとうございます! 作者は感想がえしが下手なのでしませんが、とても励みになっています。

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[一言] 何かやらかす気満々ですね……
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