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ドレスと私とリオ殿下

この日、私はこの上なく興奮していたの。

もちろん、お姉様とお出かけなんて滅多にないから、それが嬉しかったのもある。でも、何より嬉しいお知らせがあったの。

なんと、あの百年に一度の美貌と噂される、王太子様がパーティに出席なさるって噂があったの! あの! 王太子様が!


私は仲間のみんなときゃあきゃあはしゃいでしまったわ! だって、王太子様のお姿が見られるだなんて、夢みたい!



王太子のリオ様は、お姉様と同い年の十五歳。

アメジスト色の瞳に、夕闇のように美しい紫色の髪! あれ? これってどっちも紫って意味だったかしら……とにかく、神秘的な紫がとっても素敵なの。


性格は公平無比で、相手にも自分にも厳しいんですって。敵には全く容赦がなくて、向こうの人には冷酷王と呼ばれているとか……。


と言っても、実物は見たことないの。

王太子様は文武に優れていて、幼い頃から戦神リオと言われてるくらい、ずーっと戦場にいるからお友達も誰もお姿を見たことがないの。でもその美しい絵姿だけは出回っていて、最初は全部で五種類だったんだけど、今は増えて二十種類くらいあるから、みんなで被ってしまったものは交換しあったりしてるの。


リンネさんはいつもそれを一歩引いて見ていたけど、まさか王太子様と知り合いだったなんて!

今日はなんて素敵な1日なのかしら!



顔をしかめてドレスを眺めていらっしゃるお姉様。


「お姉様は嬉しくないの?」

「そうね。どうせ、私とは別の世界に住んでいる人だもの」

「ふ〜ん」


私はそれでも嬉しいけど……。

でも、いくらお姉様でも王太子様を狙うのは無謀よね。戦神なんて、本の虫のお姉様と正反対だもの。

お姉様には、将来宰相位に着くくらいのちょうどいい男を狙ってほしい。できれば本が好きで、物静かな人がいいわね。

それで私はその兄弟か誰かを捕まえて、姉妹で実家から離れて暮らすの。我ながらいいあいであ? だわ!


ーーーーーーー


綺麗な青空に美しいお庭! いろんなお花が咲き乱れて、それが真っ白なテーブルクロスによく映えたの。


なんていい日なの。私は嬉しくてくるくる回ってしまった。柔らかな若草色のドレスがまあるく広がった。わざわざ王都の最高級仕立屋さんを呼んで作ったオーダーメイドのもの。ああ、もったいないわ……でも今年の流行りのレースもフリルもいっぱいつけられててすごく可愛い! これは売らずにとっておこうかしら。


「今日はご招待ありがとう! リンネさんに会えて嬉しいわ!」

「いいえ、私もジェシーに会えて嬉しい」


リンネさんは薄紫色の瞳を薄めて答えた。緩やかなウェーブを描いた栗色の髪がゆるく三つ編みにまとめられている。

あまり表情が豊かではない方なんだけど、すごく心が温かいって私はもう知っているの。


「リンネさん、今日のドレス、とっても可愛いわ! 今までにみたことのない色ね」

「うん。これは肌色と言って、東方の輸入品らしい。ジェシーも着る?」

「ふふ、わたしがこれを着たら裸に見えてしまうわ! リンネさんのお肌が真っ白だから映えるのよ」

「ありがとう、照れる。ジェシーのドレスも可愛い。ところで、そっちの方が姉?」


リンネさんは首を傾げてお姉様を見た。


お姉様は今日も美しいのだけど、お父様が新しいドレスを許すはずもなく、一昔前に流行った堅苦しい襟詰(今の流行りは鎖骨を出す開放的なスタイルよ!)の真っ白なドレスを着ていた。でも、お姉様が着るとなんて美しいのかしら。まるで天使みたい。

お姉様はどうしても白は嫌だったみたいだけど、艶やかな黒髪がマッチして最高に天使だわ!

サウロがバカみたいに「お綺麗です!」って連呼していたのもわかる。


「お初にお目にかかります。ハルバート家の長女の、エリス・ハルバートと申します。どうぞよろしくお願いします」


お姉様は見とれてしまうほど美しい淑女の礼をなさった。リンネさんも同じようにする。


「初めまして。リンネ・アートンという。公式の場ではないので、どうか気楽にしてほしい」

「あ、はい……」

「ジェシーに聞いたところ、あなたは読書家らしい。普段は、どんな本を読む?」

「え、おもに歴史書や、政治思考、道徳心理についての本ですが……」


お姉様は言った後、少し後悔をした顔になられた。私には見当もつかないけど、多分すごく難しい本だわ。

ところが予想外に、リンネさんは目が輝かせて身を乗り出した。


「なんと、歴史に興味がある? では『アリスター家の悲劇』は読んだ?」

「読みましたわ! 歴史好きには入門書のようなものですもの!」


お姉様はパッと顔を明るくした。


「あなたとは気が合いそうだ」

「ええ」


二人はがっしりとかたい握手を交わした。


喜ばしいわ。


「ふふ、二人が仲良くなれそうでよかった! じゃあわたしは他のお友達に挨拶してくるわね!」

「気をつけてね」

「ええ!」



会場のかしこにいたお友達に挨拶をしていると、次々とお料理が運ばれてきた。

リンネさんが演説台に登り、


「これより、アートン家のパーティを始める。でも、その前に特別ゲストを召喚する」


会場のあちこちで息を飲む音が聞こえてきた。やっぱり、みんなリオ殿下がいらっしゃることをご存知だったのね。

私はかっこよさに悲鳴をあげる準備をしたわ。


「我がいとこ、リオ殿下」


ええ、そうだったの!? 私は一人でに驚いた。


どこからかドラムのででででででで……という音が聞こえた。

庭のアーチに注目が集まる。



そして彼がやってきた。



彼はなんということがないような……まるで日常の一幕であるかのように歩いて入ってきた。

なんというか、私にとっては驚くほど、彼は自然体で、気負うものがないように見えた。いいえ、事実、これは彼にとっては日常茶飯事、ただのくだらないお遊戯会であったに違いないわ。


とにかく、彼はいつものようにーー彼にとってはだけど、軍服を着ていた。胸にはいくつもの名前もわからない勲章のようなものをつけていた。


私は唖然と口を開けていた。声なんて出なかった。

知らないうちに、手に持っていたグラスが傾いて、中身がドレスを汚していた。



王太子リオは驚くほど美しい少年だった。


人間味がないほどに彼は完成されていた。

顔の造形は神が創りたもうたもの。風になびく髪はこの世で一番美しい色。冷徹な瞳の色は覗き込んだが最後、二度と現世に戻ってこないように思われた。

唯一、人間味が感じられたのがほおに一筋走る傷だが、それさえも彼の美しさを高めているようだった。



「音楽、やめ」


デデデデデデ……デンっ!


ハッと我に返った。


私、うぬぼれていた……この世には、あんなにも美しい人間がいたんだわ。

自分が恥ずかしいわ。昨日の夕食あんなに食べるんじゃなかった……。なんでもっとダイエットしておかなかったのかしら。

周りを見ると、みんな自分のお化粧を確認したり、ドレスを見下ろしたりしていた。

え! 私のドレスが濡れてる!? どうして!??


そんな私達には目もくれず、リオ殿下はリンネさんの元に歩み寄った(そのお姿が素敵で何人か倒れたわ!)。


「ようこそ、いとこ。二年ぶり?」

「三年だな」

「長いね」

「そうだな」


嬉しいのかしら? 二人とも無表情だからわからないわ。


「みんな、パーティ始めていいよ。いっぱい食べて」


この一言で、みんなノロノロ動き始める。でも、リオ殿下の圧倒的な存在感に目が離せないみたい。私もその一人。

絵姿で見るより百倍、いいえ、千倍素敵!


どうにか話しかけられないかしら? 一人じゃ怖い……でも、サインとか欲しいわ。

どうしよう……と思っていたら、リンネさんがこっちを向いて、


「この子は私の友達のジャクリーン。こっちはエリス」

「そうか。私の名はリオ。我がいとこが、いつも世話になっているようで」


なんとリオ様が! 話しかけてくださったの!

お声も素敵!


「いいえ! とんでもないわ! わたしもリオ様に会えてすごく嬉しい!」


あら? 緊張のしすぎで変な答え方をしてしまったわ! 恥ずかしい。

リオ様はピクリと眉を動かした。


「そうか」


あれ? お気を悪くされてしまったのかしら……?

お姉様は慌てたように、


「私はジャクリーンの姉の、エリス・ハルバートと申します。ハルバート家の長女でございます」

「ハルバート家というと、確かサルーニャ地方のリンゴが特産だったか?」

「はい。今年も豊作になると、我が領民は申しております」

「ふうん。時に、去年の収穫量はどのくらいだったか」

「はい、30tを収穫し、そのうちの20tは輸出し、10tは王都へ。ただ、去年は王都ではあまり売れなかったとか」

「そうだな。母上が東方からの輸入品にはまってしまって、商人がこぞってそっちに力を注いだからな」

「まあ、では今年は王都への搬入は控えた方がよろしいのでしょうか」

「いや、先日リンゴが肌にいいと聞いてから狂ったようにリンゴを求めている。覚悟をしておけ」

「はい」


お姉様はにっこりと笑った。心なしかリオ様も頬を緩めていた。


「よく勉強をしている」

「ありがたいお言葉です」





話し終わると、貴族子女がわっとリオ様に群がり、あっという間にそのお姿は見えなくなってしまった。

リンネさんが大きな瞳をパチパチと瞬かせた。


「それにしても、エリスはすごい。リンゴの内訳まで知っているの?」

「あはは……たまたま知っていただけよ」


お姉様は苦笑なされた。

でも、私はそれがたまたまじゃないのを知っている。お姉様は夜遅くまで勉強し、領民の生活を頻繁に視察している。「領民が申しております」って言ったのはそのまんま、領民から聞いたものだって私は知っているの。


「家にいても暇だもの」

「そうなの? 私は朝から晩までマナーとか憲法とか、レッスン詰でとてもそんな気力は出ない。あなたはマナーも完璧なのに経済も精通している。すごい」

「そんな……」


お姉様は困った顔になられた。そして、かすかに悲しげな瞳。


お姉様はレッスンなんて受けていない。


お父様が受けさせないの。

「お前に金を使う余裕がない」と言っておきながら、私のドレスにお金をかけるの。

サイテー。早く禿げればいいのに。


わからないわ……私はちゃんと毎日マナーのレッスンを受けているのに、どうしてお姉様のお辞儀の方が百倍綺麗なのかしら。



と、こんなことを考えていたら、遠くで小さく悲鳴が聞こえた。


「何かしら?」


人だかりをぎゅうぎゅうに押されながら無理やり中に入ると、二人の女の子が向かい合っていた。

一人は私のお友達のマリア様。もう一人は面識がない子。ずいぶん型落ちしたドレスが着ているけど、あいにくお姉様ほど美しくないから、かわいそうなくらい浮いている。

そんなドレスをよく見れば、赤い染みが広がっていた。

マリア様は困りきった顔。


「マリア様! どうかしたの?」

「ああ! ジャクリーン様! それが……」


聞くと、マリア様はお友達と談笑していたらこの少女がぶつかってきて、ついワインを彼女のドレスにこぼしてしまったらしい。彼女は泣き出してしまって、どうすればいいのかわからないのだそうだ。


「別に弁償ぐらいしますのに……」


マリア様は困ったように頬に手を当てた。相手を見ると、そばかすの浮いた顔を涙で濡らして、じっとマリア様を睨んでいた。


感じの悪い方だわ。マリア様だってわざとじゃないし、むしろ彼女の方からぶつかってきたっていうじゃない。


「ねえ、泣いてばかりじゃ何もわからないわ。まず、あなたがどこのどなたか教えて」

「……ハルバート家のお嬢様は、人の名前も覚えていないんですねっ」


何? この人。意味がわからないわ。私にこんな言い方をするなんて……。


「……私は知っているわ。ジャン子爵のご令嬢でしょう?」


お姉様が一歩進み出た。


「はい。そうです……すいません、失礼な言い方をしてしまって」


と言いながら、彼女はお姉様に一礼した。お辞儀をする人が違う気がするのだけど!


「さっき、この方が取り巻きのお嬢様たちとおしゃべりしながら歩いてて、カルパッチョを食べていた私にぶつかったんです。しかもワインをドレスに……お母さんの遺品なのに」

「まあ……」

「そうなの? マリア様」


マリア様は困ったように首を傾げた。


「そう言われると、そうだった気もするわ……ごめんなさいね? 弁償するわ、おいくら?」

「だから私は! そんな風にお金で解決されるのがムカつくんです……!」


ジャンさんは涙をにじませて叫んだ。

わからない人だわ。


「じゃあ結局どうして欲しいの?」

「ちゃんと、謝って欲しいんです……! そんなやっちゃったてへぺろみたいな感じじゃなくて!」

「て、てへぺろ? って何ですの?」


私たちは混乱して顔を見合わせてしまった。

「とにかく」とマリア様。ちょっと泣きそうなお顔。


「ちゃんと謝れば許してくださるの?」


彼女は口をへの字にして頷いた。

そしてマリア様は腰を折りかけてーー、


そこで私はムカついてしまったんですわ。どうしてこの方は高々子爵の風情で、伯爵家のマリア様に腰を折らせているというの?

だいたい、非は双方にあるでしょう? この方ばかりが被害者のように振舞って、偉そうな態度を取られているけど。それにマリア様はちゃんと謝っているじゃない、何がてへぺろ? よ! 意味がわからないわ。みんなでマリア様を取り囲んで、謝らせるなんて、あんまりだわ!


「マリア様! 謝ることなんてないわ!」

「え?」


マリア様はパッと私を振り返る。その目には涙が浮かんでいた。


「ジャン様! わたしにはあなたがいちゃもんつけているようにしか思えないわ! マリア様はもう謝っているでしょ!」

「ジャ、ジャクリーン ……!」

「だから私はもっと誠意を持って謝って欲しいんです!」

「意味がわからないわ! マリア様だってちゃんと申し訳ないと思って、弁償するとまで言ったじゃない!」

「だから、これはお母さんの遺品だから、弁償するとかじゃないんです!」

「ではどうしてそんなもの着てきたの!」

「それは……このパーティに出たいと言ったら、お父さんがこれをって……!」


ジャンさんはいつの間にまた涙を流していた。罪悪感があるけど、我慢だわ。


「マリア様は弁償なさるといってるじゃない! そのお金で新しいドレスを買えばいいの!」

「これはそんなものじゃないんです!」

「意味がわからないわ!」


そして、熱くなった私はついに言ってしまうの。


この後の私の人生すべてを変えた、あの禁断一言をーーーー!




「ドレスなんてまた買えばいいでしょっ!!」










「ーーーーほう? それはいい。ではジャクリーン嬢、あなたはご自分のドレスに幾らかかっているのかご存知で?」







「え…………」



「リオ、殿下っ……!?」




全てはここから始まった。私の波乱と苦痛と愛憎に満ちた人生は。




彼が、そこにいた。


終わりの時と全く変わらない、冷酷な目で私を見つめて。





ポイント入れてくださった方、ブクマしてくださった方、感想くださった方、ありがとうございます。すごく励みになっています。感想は返信しないつもりですが、何度も読み返しています。

この作品を書く上で、姉妹のどっちかを勝たせようとかは思っていないので、ご安心ください。

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