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お姉様と私と婚約者

早速だけど、私のやるべきことは何かしら? 私は頭が悪いから、一つ一つ整理しなくてはいけないわ。


まず、私は先月、十三の誕生日を迎えたわ。お姉様は今十五。早い子はそろそろ結婚して、婚約者がいなかったらちょっとやばいお年頃なの。

でも、一つ問題があるのよ。お姉様は今、婚約者がいらっしゃらないの。どうしていないのかって? 親が至らなかった? いいえ、いくらお母様とお父様でも長女の婚約者はしっかりとお選びなさっていたわ。

至らなかったのは私の方。


先月の頭の頃だったかしら。本当は気づいていたのに、対策を打たなかった私のせいね。

お姉様の婚約者は、侯爵より二つ位が下の子爵の跡取り息子。吹けば飛ぶような子爵の長男がお姉様の婚約者だなんて、笑ってしまうわ。でも、お姉様の幼馴染で、お姉様もお慕いなさっていたから、それでもいいかと思っていたの。それが、年を経るにつれ、あの男はお姉様ではなく、私に思慕の念を抱くようになってしまった。

最初は間違いだと思った。でも、どんどんお姉様に対する態度が冷たくなっていって、私にはどんどん優しくなって。

バカみたい。お姉様を捨てて、私を取るなんて。

気持ち悪い。肌を這い回る手も、怖気が走るいやらしい目も。


油断したの。

あの男がこんなクズだと知ったらお姉様が傷つくと思ったから。天真爛漫で何もわかっていない私が、男が気持ち悪いだなんて、言うわけにはいかないと思ったから。

普段はあの男と二人きりにならないように巧妙に立ち回っていたのに、その日は風邪をひいていて、しかもピアノのお稽古の後で、油断してしまった。


気がついたら草陰に引きづり込まれて、口内にぬるり、と気持ちの悪いものが侵入してきた。

必死に抵抗したけど、十三歳の女の子が、一回り大きいお姉様の婚約者に力で勝てるわけがなかった。

後ろでがさり、と音がした。


お姉様が信じられないと言う顔でこちらを見ていた。


違うの! お姉様! 

助けて!


当然だけど、口が塞がれてて声が出なかったわ。笑えるわね。


お姉様は、きっと私が姉の婚約者を横取りするようないやらしい子だとお思いなさったでしょうね。

ああ、なんて死んでしまいたい。


優しいお姉様はお母様に働きかけて、自分の婚約者を私の婚約者にしてくださった。

なんて毎日がワクワクするのかしら。


お姉様は少し鈍感なところがあるとはいえ、これは少し迷惑だわ……でも、子爵家の彼がうちに釣りあうとも思えないし、私の価値を最大限に利用すればもう少し上を狙える、と考えたお父様が間も無く婚約を解消するでしょうね。

お姉様はないがしろにされているから、あんな男で甘んじられたんだわ。


ーーーーーーー


「ねえ、お姉様。お姉様は舞踏会にいかないの?」

「ジャクリーン、またその話? 行かないわ。私が行っても壁の華になるのが関の山よ」


お姉様は美しい緑の目を曇らせておっしゃる。


「お姉様なら絶対そんなことないわ! いいなぁ、わたしも行きたいわ!」


この国では、十四にならないと社交デビューできないの。


お姉様は慈愛こもって微笑みなさった。そばで仕えていた執事のサウロは私を呆れた目で見る。


サウロはお姉様が五年前、スラム街を通りかかった時にたまたま瀕死になっていたところを拾った少年なの。今十三、四ぐらいかしら? 褐色の肌をしていて、黒髪がすごくかっこいいの。


でも私のことはあまり好きではないみたい。

最初は私だって同い年くらいだし、仲良くしようとしたのよ? でもいつも敵意のこもった目で見てくるし、気がついたらお姉様に懐いていたんだもの。いつでも私とお姉様を見比べてはため息つくから、私だって嫌になってしまうわ。

だから今は私が話すだびに「こいつはなんて世間知らずなんだ」って言う顔をしてくるのが鬱陶しいけど、気づいていないふりで我慢するしかないの。


「ねえ、だってお姉様婚約者がいなくなってしまったじゃない!」

「……っ」


お姉様は傷ついた顔をなさって、サウロは私を憎しみ込めて睨んだ。

でも私は婚約者を奪っておきながら無邪気なふりをする。


「お母様とお父様も心配してたわ!」

「……あの人たちは心配なんかしないわ」


私は聞こえないふりをする。


「だってお姉様の歳で婚約者がいないのなんて変よ! 舞踏会に行って、素敵な人を見つけましょうよ」

「あのね、ジャクリーン、あなたにはまだわからないのかもしれないけど……いえ、そうね……でも、私が引っ込み思案なのは知っているでしょう? だからお母様やお父様が選ぶのを待つわ」


お姉様が何をお考えなさっているのか、私にはわかるわ。きっとご自分を犠牲にして、政略結婚の道具として甘んじようとしているの。

でもね、私はお姉様にそんなことになって欲しくないの。お姉様がいつの日か駆け落ちできるように、図書館で侯爵家を継ぐ勉強だってしているのよ? まだまだ理解できなくて寝落ちしてばかりだけど。

ただ、問題はお姉様の考えが一部、合っていらっしゃることなの。お父様はきっと私の美しさに価値を見出しているけれど、お母様は私に恋愛結婚をして欲しいと望んでいるの。自分たちがそうだからって、娘にも期待しないで欲しいわ。

私が人に真に愛される瞬間なんて来ないのに。

だからきっとお姉様に政略結婚の駒になってもらう気だわ。お姉様の意思なんてどうでもいいと思っているのよ。


一番いい方法は、お姉様が公爵様くらいの方と恋に落ちることなのだけど。

でも、お姉様ったらお友達も作らないでずっとお部屋にこもりっぱなしなんだもの。だからお肌も真っ白でいらして……まるで雪のように美しくていいとは思うのだけど、今にも倒れてしまいそうで心配だわ。


「お友達のリンネさんがね、確か近々立食パーティを開くって聞いたわ! それならわたしもお姉様と一緒に行けるわ。ねえ、お姉様と行ってみたいわ。だめ?」


私は首を傾げて上目遣いで(私が一番可愛い角度)でお姉様にお願いする。


お姉様は苦笑なさって、了承してくださった。



私が部屋をさった後、ふとお姉様とサウロの会話が聞こえてきたわ。本当はいけないことなのだけど、私は壁に張り付いて、こっそりと聞き耳を立てた。


「さすがジャクリーンね……まだ社交デビューもまだなのに、たくさんのお友達がいて……」

「あいつは頭悪いから、周りの奴らもそうでしょ。ファッションとかにしか興味ない貴族の女」

「やめなさい。サウロ」

「だってそうでしょう。あいつ、エリス様の婚約者を奪っておいて、何が「だってお姉様の婚約者はいなくなってしまったじゃない!」だ! お前のせいだろうが!」

「……いいのよ、ジャックがジャクリーンが好きだって、なんとなくわかってたもの。それでジャックが幸せになれるのなら……」

「……あなたは優しすぎるんだ」


私はこっそりと壁から身を起こした。



全くサウロってば!

私はプリプリとしながら部屋に向かった。

言ってると思ってたけど、やっぱり私の悪口を裏で言ってたのね!

あいつ、肌だけじゃなくて腹も黒いのね。絶対モテないわ!


とは言っても、彼は結構うちのメイドの間じゃかっこいいって騒がれて、だからお姉様もやっかみを受けてたりするのよね……。


はあ、前途多難だわ。


それにしても、やっぱりお姉様はあのクズ男のことを思って身を引いたのね。困ったわ、お爺様執事バルドーのお話だと、間も無くジャックと私の婚約は解消されるらしいけど。

バルドーはお母様の生家から付いてきてくれた執事で、どちらかといえばお姉様ではなくて、私の味方をしてくださるの。それが少し嬉しいと感じてしまう私はきっと悪い子ね。



部屋に着くと、私のお付きのメイドのリカがドアを開けてくれたわ。


「おかえりなさい! お嬢様!」

「ただいま!」

「またエリスお嬢様のお部屋に行ってたんですか?」


リカが渋面を作る。

この子が私のお姉様への引け目の一要因でもあるの。

マリーおばあさんが腰痛に悩まされているのは前々から知っていたから、リカのお家(お父様のお友達)がお金に困っているのを渡りに船とばかりに乗ってしまったの。

だってわからなかったんだもの。マリーおばあさんがお姉様のおばあちゃんがわりで、お姉様がすごく懐いていただなんて。

マリーおばあさんのことは好きだったけど、いつも私よりもお姉様に先に飴をあげるし、同い年のお友達が欲しかった。それに話すときはいつもすごく近くまで近寄らないと聞き取ってくれなかったし、話すときも口が臭くて、だんだん嫌になってしまったの。


わかってるの。全部言い訳だって。


でも、だって、お姉様は今でも時々マリーおばあさんを訪ねていらっしゃるんでしょう? 

私はちゃんと知ってるの。マリーおばあさまがおひまをもらってから、毎月お小遣いをこっそり持っていっているのに、誰も気がついてくれないんですもの。別に気がついて欲しいわけじゃないけど、やっぱり少し悲しくなってしまうわ。


「エリス様とあんまり親しくなさると、お母様が困ってしまいますよ?」

「もう! どうしてお姉様と仲良くするだけでみんなあれこれ言うのかしら?」

「お嬢様……」


リカは眉をハの字にしてしまった。

リカは私と同い年で、私と同じように恋愛小説や遠出が好きなの。浅ましいけど、やっぱりマリーおばあさんよりリカの方が好きだわ。


「あのね、今度リンネさんのパーティにお姉様と行くことになったの! リンネさんにお手紙を出さなくっちゃ」

「え、リンネさんのパーティに、エリス様と……ですか?」

「ええ、きっと楽しいわ!」


リカはへにゃんとしょげた顔をしたわ。このわかりやすいところもリカを気に入っている一因なの。

ほら、私ってば笑顔の裏に薄汚い本性を隠している女でしょ? だから癒し系っていうのかしら? 人って自分にないものを求めてしまうものよね。


「でも、エリス様って……その……」


私は首を傾げて見せたけど、リカの言いたいことに密かに頭を悩ませてしまったわ。


リンネさんは一年前、お嬢様だけのピクニックサロンで会った方なの。野の花とかを愛でる会なんだけど、みんな可愛らしくて好奇心旺盛な方ばかりだから、すぐに仲良くなってしまったの。

リンネさんはその中でも特に私と正反対にすごくサバサバしている方なのだけど、妙に馬があって、今でもよく会ったりしているの。

ご存知の通り、お姉様は全然お外に出なくて、世ではいんどあ? っていうのかしら。そんな方だから、リンネさんと気があうか心配だわ。



その夜、家族四人で夕食をとっているとき、お父様がおっしゃったの。


「エリス、今度ジェシー(私の愛称なの)の友達のパーティに行くそうじゃないか。ジェシーに恥をかかせるなよ」

「……はい、お父様」


お姉様は俯いてお答えなされた。


お父様! どうしてお姉様にそんな言い方ばかりするの!


私はそんなことを言わない。ただニコニコ笑って、お父様に新しいドレスをねだる。


「ねえ、お父様! リンネ様のパーティに行くから、新しいドレスが欲しいわ。今度は春らしく若草色のものがいいわ。ねえ、だめ?」

「まさか! お前が欲しいものはなんでも買ってあげよう。私の可愛いジェシー」


お父様はそう言いながらお姉様の方をちらりとみる。お姉様は傷ついてさらに俯かれていたわ。


お父様はどうして気づかれないだなんて思っているのか不思議でならないわ。私を利用してお姉様を傷つけるのは楽しいかしら? 全く男はどうしようもなくて困っちゃうわ!


お父様の歪んだ嗜好に付き合わされてもう十年。そんなに政略結婚した前妻の方が憎いのかしら。

こんなにねちっこい男が自分の父親だなんて参っちゃう。



お姉様の部屋から今日もサウロの罵詈雑言が聞こえてくる。大体はお父様、次にお母様、あとは思い出したように私の頭が悪いとか言ってくるの。

スラム育ちなだけあってサウロの口はものすごく汚いわ。でも、どうして聞いていてこんなに胸がすくのかしら!


お父様の頭皮が禿げそうですって! まったくそのとおりなの! お父様ってば、最近育毛剤をこっそり買っているのバレてないとでも思ってるのかしら? 


「サウロ、サウロ。声が大きいわ。お父様にきこえてしまったらどうするの」

「はっ! 追い出される前にこっちから出てってやりますよ、こんなとこ!」

「サウロが出て行ったら私はどうするの?」

「エリス様……」

「わかっていたことよ。ジャクリーンはみんなに愛される子だもの。仕方ないわ」


一瞬の静けさ。続いて、お姉様が囁くように「お父様……」と呟かれた。


結局、お姉様もお父様も私を通してお互いを見ているんだわ。

馬鹿馬鹿しい!


あ、私ってば、汚い言葉を使ってしまった。だめね。


このことに気づいたのはそう昔でもないけど、気づいたときは全く絶望してしまったわ!


だってそうでしょう? 

私がどんなにお姉様と親しくしてもお姉様の心の傷が治ることはないし、どんなにお父様に訴えたところでお父様が私のいうことを聞くことがないんだもの。

私にできるのはお姉様をないがしろにして従業員の同情をお姉様に集めることぐらいだわ。


みんな私が鈍感でばかなお嬢様だと思ってるわ。でも、私だってたまに考えるのよ!


主人公の子は頭も良くないし、性格もあんまり良くないです。でも彼女なりに頑張っているので、応援してくれるとありがたいです。

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