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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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変わりゆく風

 王都ヴァンテールとセリオン王国の周囲を、まるで巨大な壁のように囲む、アルステン地域。それはまさしく()であり、他国との交流を断ち切るものとして佇んでいる。

 アルステン地域の大部分はアルジオ平原と呼ばれる巨大な平原が占めており、その広さゆえに王国もその全貌は把握しきれていない。


 そんなアルジオ平原にひっそりと存在する小さな集落。狼人(ウェアウルフ)たちの住まうそこでは、休む様子もなく数人の狼人が集落内を行ったり来たりを繰り返していた。その肩には巨大な革袋が担がれ、ぎっしりと詰まったその革袋には、何か硬く小さなものが大量に入れられているということが分かる。

 そこには、以前までの集落の様子とは決定的に違う……活気があった。狼人(ウェアウルフ)たちの表情には希望が浮かんでおり、この先の未来をはっきりと見据えている。


 そんな彼らの心中の根拠は、どうやら一人の狼人(ウェアウルフ)の存在にあるようだった。その狼人(ウェアウルフ)は一際中の詰まった革袋を肩に引っ担ぐと、周囲の狼人(ウェアウルフ)たちと軽く会話をし、そのまま革袋を背負った集団の中に混ざっていった。






「相変わらず精が出るな、ヴェルド」


「そう言うウェン、お前もじゃないか……」


 私は額を拭うウェンの傍らに投げ出された革袋と自分のものを、見比べながら言った。平気そうな表情をしてはいるが、相当きついはずだ。何しろ、私の革袋には他の者たちよりも一回り多くの量の魔鉱石が入っているため、かなりの重さがある。当然、それと同じ量を運んでいるウェンも然り。

 ウェンのその行動も分からなくはない。友人として、私と常に同じ位置にいたいのだろう。昔からウェンはそうだった。とはいえ、ウェンは集落の他の者たちと同じ……普通の狼人(ウェアウルフ)であることは違いない。


 その道を踏み外してしまった私とは違って――


「しかし……ここも豊かになったもんだ。魔草だけでなく、まさか魔鉱石までこんなに採れるとはな……」


 そう言ってウェンは自分の投げ出した革袋……そこから溢れ出した、寂然と光り輝く魔鉱石を見つめた。淡い青光は、魔鉱石としての価値がそこまで高くないことを示しているのだが……私たち狼人(ウェアウルフ)にとってみれば、魔鉱石自体が貴重なものである。むしろ、かえってその淡い光が、元はただの石であるということをより際立たせ、感じるものを神秘的なものとしていた。


「恐らくは魔力風の影響だろう。大森林の潤沢な魔力がこちらに流れて来たか……」


「あぁ、確かに……普段の希薄さに比べれば、今はかなり強い魔力を感じる」


 周囲を見渡しながら……ウェンも、この魔力の変化に気づいているのだろう。魔力風の影響――その言葉を振り返って、私は間違っていると分かっていながら、それを口にした自分に後悔した。同時に、親友に嘘を言ってしまったことへの、後ろめたさも感じていた。


 私は知っている。恐らく、それは狼人だけに収まらない。この事実にたどり着いた者は、我々亜人などよりもずっと広い知識を持っている人間……彼らを含めたとしても、私以外にはいないだろう。

 魔力風の原因……あれだけの事が起こった、人間の国は一体どうなっているだろう。多分、大事件を起こした犯人、そしてその裏に何があるのかを必死になって調査していることだろう。誰が想像するだろうか……事の黒幕は、堂々と人間の国に入り込んだ吸血鬼(ヴァンパイア)であり、その目的は一人の亜人の子供の救出であるなどと……


「(あの方は……今頃何をしているのだろうか……)」


 あの方の性格上、大きく目立つような行動はしないだろう。どこかしら、人間の立ち入らないような場所にいるのだろうが……もしかすると、まだ大森林にいるのだろうか。しかし、最近魔草を採るために森へ立ち入った時には、それらしき気配は一切感じなかったからそれはないだろう。

 今起きている集落周辺の影響も、間違いなく彼女が関わっていることは間違いない。でなければ、こんな的確にこの周辺に影響が表れるなどということはあり得ない。やはり以前彼女が集落へ立ち入った事が、今になって影響として現れたのか……それともそれ以外に……


「どうした、ヴェルド? 何かこの事について気になることがあるのか?」


 ふと、自身が呆けた表情をしていたことに気が付いた。不思議なものでも見るかのような顔でウェンが私の顔を覗き込んでいる。また、無駄な心配でも与えてしまったか……こんなことをいくら考えても、答えは出ない。


「いや……何でもない。何はともあれ、集落が豊かになったのなら何の問題もない」


「そう、だな……お前の言う通りだ、ヴェルド。魔草を森に行かなくても採れるようになったおかげで、集落に蔓延していた病気を完全に淘汰することができた。それに、ヴェルド……お前のおかげでもあるんだ」


「……?」


 ウェンは何故か明確な自信を持った顔で言う。一体どうして、そんなことを言う? 私が今の集落の現状に何か貢献したことが……


「森にたった二人で……それも子供を一人連れて帰ってきたお前の功績は、そう簡単に済ませていいものじゃない。もちろん運もあっただろうが……実際、お前のおかげで死人を一人も出さずに、また森から帰ってきたじゃないか」


 ウェンの言う通り、私はあれからもう一度大森林へ向かった。その時も確か、魔草と……それに森でしか取れない自然の素材が必要だったためだ。違ったのは、一緒に森へ向かったのがヴォンではなく、集落の男たちであったということだ。私としてはむしろ、守るべき存在ではなく、自分で自分の身を守ることのできる者たちであったことから、頼もしかったほどだ。


「全く……あれからどうしたんだ、お前は。森へ息子と行って、無事に帰ってきた。と思ったら人間の国へ二度も行く。すっかりたくましくなっちまって……今じゃ、知ってるか? 集落一の男だって、お前言われてるぞ?」


 ウェンは笑いながら、私の肩に手を置いた。体に触れたウェンの手は以前と何も変わらないもので……変わってしまった自分自身に私はただ、一抹の寂しさを感じていた。


「俺はもう、とてもついていけないな……親友として誇らしいよ」


 その言葉を聞いて、私は私自身がわずかにほっとしたことを感じた。かつての友人が自分とは離れた場所へ行ってしまったこと――それをウェンがどう感じているのか、聞くのが怖かった。言うまでもなく……私はいつまでも、ウェンと同じ場所にいるつもりだ。今も、これからも……


「俺は集落のためにできるだけ多くの事をしたいだけだ。ヴォンのためにも、これから生まれてくる子供たちのためにも……」


「……そうだろうな……お前ならそういうと思ったよ」






 緋色に染まった空は徐々に白みを帯び始め、完全に顔を出した太陽が大地を照らした。まだ空も暗いうちから動き始めていた私たちは、普段ならばそろそろ休憩に入るところだ。しかし、私も含めた集落の者たちの動きが鈍ることはなかったのは、やはり精神面が大きいだろう。ウェンもそうであったように、今――私たちの目には確かな未来の展望が見えている。


「父ちゃん!」


 ふと目をやれば、そこにはこちらへ手を振りながら近づいてくる一人の小さな影が見える。私が必死になって守ろうとし……そして守りぬいたもの。


「ヴォン、そろそろ休憩をしよう。みんなにも伝えてくれるか?」


「……伝えるのはいいけど……俺はまだ元気だよ」


 そう言うヴォンの様子は、元気そうな顔を浮かべてはいるが……やはり疲れが見える。集落の者たちも張り切って働いているようだが、彼らの中で変わったのはやはり精神面に過ぎない。私のように、身体面で大きな変化があったわけではない。


「いや、無理はするな。別に急いでやるべき仕事じゃない。それに、みんなが休んでいるのに、お前だけ働かせるわけにはいかないだろう?」


 そもそも、現在集落にとって重要な資源となりうるのは魔草のみ。幸運なことに、魔鉱石もこうして大量に採ることができてはいるが、これがすぐに何かの役に立つといえばそんなことはない。これを扱うことができるような技術を私たちは持っていない。

 これほどの魔鉱石……人間たちは口から手が出るほど欲しいこと間違いないだろう。とはいえ、私たちが人間たちと物のやり取りをするのは、あまりに時期尚早すぎる。私たちには商人としての能力はなく――それどころか、受け入れられることすらないだろう。


「(いつまでもこうして集落として、ほそぼそと生きていくのもいいが……後世のことを考えるのならば、安定した生活と亜人としての地位……それを確立させるべきか)


 そうして私の頭に浮かぶのは、かつての亜人たちの姿。人間という巨大な集団に対抗するために、彼らもまた一つの大きな集団――即ち、国を形成した。結果彼らは破れ、こうして亜人と人間の間には深い溝が刻まれることとなり……敗者である私たちは散り散りとなった。無論、この状況を打開すべきなのは、今までの苦しい生活を考えれば明らかだ。しかし――


「(そんな大きなことを考える余裕など私にはない……私はただ)」


 そうして見つめる先にあるのは、私の言葉を聞いたヴォンが他の狼人(ウェアウルフ)たちのもとへ向かう、その後ろ姿。そして、私のもう一人の家族の待つ、小さな藁でできた家だった。


「(今や国どころか……一種で成り立った小さな集落ばかり。国など……夢のまた夢か)」




「お~い、ヴェルド? また考え事か」


「……あぁ、少しな……俺たちも休憩するとしよう」


「そうだな……この機会にお前に聞きたいことがたくさんあるんだ。例えば……お前の変化の秘密とか? どうしてそんなに頼もしくなったのか教えろよ!」


「はは……何も変わっちゃいないさ」


 ウェンの言葉が本気なのか冗談なのかどうかは分からない。しかし少なくとも、ウェンは私との間に隔たりなどは一切感じていないようだった。何も変わらないウェンの姿に、私は自分の心配が単なる杞憂に過ぎなかったことに気づき安堵した。


「ヴェルド、お前の息子が呼んでるぞ? 早く俺たちも行こう」


「ああ、ちょっと待ってくれ……あれは」


 ヴォンがこちらに手を振っているのが見える。その脇には、力尽きたように地面に寝転んでいる狼人(ウェアウルフ)たち。水分補給をするためだろう、聖地の方へ向けて歩いていく者たちも見える。聖地の湖から流れる川の水は透き通っていてとても綺麗なものだ。私たちの大切な水分補給源であり、その周辺地域が聖地と呼ばれる理由の一つでもある。


「サビ様……?」


 しかし、私の視線はそれらとは真逆に向いていた。狼人(ウェアウルフ)にしては小柄な体格。体には、肩から足まで隠れるほどの白のローブを身にまとっており、首からは魔物の骨が付けられた首飾りをしている。この集落では一段目を引く存在であり、当然それは外見だけの話ではない。

 サビ様は呆然としている私の前に立つと、小さく首を縦に振り頷いた。そして、私の背後にいる者たちに小さく目配せをすると、私だけに聞こえるような声で静かに言った。


「ヴェルド、少し話が……とても重要なことです。村長から……あなたにも相談したいと……」


 その様子から、これが決して軽い気持ちで発せられた言葉ではないということは明らかだった。なぜ、そんな重要な話に私が必要であるのかという疑問もあったが……私の返答は既に決まっていた。


「……分かりました。私でお力になれるとあらば、是非とも……」


 恐らくは村長の下へ……歩き出したサビ様と少し間が空くようにして歩き始めた私は、不安そうな表情を浮かべたヴォンに向けて、普段通りの表情を見せた。これで多少なりとも彼らの不安を取り除くことはできただろうか……ウェンの表情はよく見えなかったが、彼のことだ。また心配をかけてしまったな……

 道中、サビ様とは一言二言会話を交わす程度であった。それが最近の集落の者たちの様子や私の家族の話題など、直接的に今回の話に関係がなさそうなものであったこと考えると、サビ様の意図としては、私の不安を和らげることだったのだろう。


「(サビ様は……本当に集落のことを気にかけていらっしゃる……)」


 そんなことは今更だ。今まで、唯一の集落の医者として、この集落の狼人(ウェアウルフ)たちを守ってきたサビ様のことだ。しかし、それはサビ様とこうして言葉を交わすことで、より鮮明なものとなった気がした。







 私とサビ様は、集落の外へと向けて歩き出していた。てっきり私は集落の中心の家で事を行うものであると考えていたが、むしろサビ様は集落の外へ向かって歩いている。目の前に広がるのは、無限に広がるとも思える広大な平原。魔力の希薄さに加えて、吹き抜ける冷たい風は、実際には緑あふれる光景にも関わらず、まるでこの場所が荒廃した大地であるかのように錯覚させる。


 ふと、サビ様と私の視界には複数の人影が現れる。一人は村長のようだった。ちょうど人一人が座れる程度の平らな石に腰かけた彼は頭を抱え険しい表情を浮かべていた。その様子は、ちょうど先日――()()が集落にやってきた時のものに類似する。

 そしてそれほど離れていない場所、そこには小規模の集団があった。十人と少し程度……あえて比べるなら、私たちの集落の人数よりも少し少ない程度か。彼らは互いに小さく集まるようにしてあり、その様子はまるで敵に怯える小動物が、互いに身を寄せ合っている姿のようであった。

 彼らの特徴は人間によく似ていた。しかしその頭には獣の耳が生えており、私たち狼人(ウェアウルフ)と同様に毛でおおわれた尾が生えていた。恐らくは獣人の一種。その中でも戦闘能力に乏しい猫人(ネム)だろう。どうやら傷を負っている者もいるようで、その者たちは周囲の仲間たちに支えられている。


「最初に私が手当てをすることを提案したのですが……聞き入れてもらえませんでした。どうやら私たちのことを信用しきれないようです。相当負担の大きい出来事があったのでしょう……恐らくは」


 サビ様は終わりまで言わなかったが、それだけで十分であった。この平原に住む亜人がああして怪我を負って……そのうえあの何かに怯えた様子。集落が襲われたか……相手は人間だろう。


「ですが……いつまでもあのままにしておくわけにもいかないでしょう? 誰か話を聞いてくれる方はいないのですか?」


「その話ですが……ああ、今ちょうど来られたようです……」


 見れば、一人の猫人(ネム)がこちらへやって来ているようだった。不安げな表情は浮かべているものの、その歩みに迷いはない。村長の前に立った彼は小柄なサビ様と同じ程度の体格であった。そのため私や村長からすれば、少し見下ろす形になる。

 しかし彼は猫人(ネム)の中でもとりわけ小さい――というわけでもなさそうだった。おおかた猫人(ネム)という種族自体が体格の小さい種族なのだろう、人間と同程度だ。身体能力の面でも、人間に比較的近いということを考えると、亜人の中ではかなり人に近いといったところか。外見に限らず、その特徴も……


「あなたが、彼らの代表……ということでしょうか?」


「はい。私は集落の長代理、カワドと呼んでください。」


「代理……ですか?」


 私たちは互いに顔を見合わせる。その表情には疑問の感情が張り付けられていた。


「ええ……長は、人間たちに殺されてしまいましたから……」


 カワドの表情には悲しみと寂しさの入り混じった複雑な感情が表れていた。そして彼の心境が決して、彼だけのものではないことを証明するかのように……集まった猫人(ネム)たちもまた、同じような表情を浮かべていた。


「事情はどうあれ……ひとまずは我々の集落で保護するべきでは? 負傷者もいるようですし……」


 私の最初の疑問はそこだった。彼らの様子を見る限り、人間たちに殺されたのは一人や二人ではない。その心中にあるのは、周囲のすべてに対する懐疑……そして恐怖だろう。身も心も傷ついた彼らが見知らぬ集落に足を踏み入れることはそう容易なことではない。


「私もそう考えています……ただ、あそこから先には入れない者がいるのです……」


「入れない……?」


 カワドの言葉に私は疑問を隠し切れなかった。村長とサビ様はどうやらこの言葉の意味するところを理解しているようだ。




「何かに阻まれる……?」


「はい。単に()()によるものだとは思うのですが……」


「結界? そんなもの、私たちが気付かないはずはないでしょう!」


 サビ様の言葉に驚きの感情とともに、どこか認めたくないという気持ちが村長の表情からは窺えた。この集落において、最も広い知識を持っていたウバラ様。そしてそれを継いだサビ様の言葉だ。さらに魔法に関する知識を持っているのもサビ様のみ。そのサビ様が言っているのだから私たちには信じる他ない。


「私たちには影響を及ぼさないのです……だからこそ、今まで気づくことができなかったとしか……」


「……だとしても、こんなに長い間……気づかなかったなど……」


 荒さの混じった語気でそう吐き捨てた村長は、頭を抱え再び石の上に腰を落とした。大きな驚きとともに、一種のショックを受けていたのは私も同じだった。


「では……なぜ私は入れるのでしょうか……」


 ぼそりと言い放たれたカワドの疑問はこの場の誰もが感じていることであった。我々狼人(ウェアウルフ)の集落の者だけが結界の影響を受けないのだとすれば、なぜカワドはこうして結界の内側に入ることができているのか……サビ様でさえ、その答えをすぐには出せないでいた。


「ほかに結界を抜けることができる方はいるのですか?」


「いえ……私だけです。それに、私も初めは結界の影響を受けていたのです。結界を抜けられるようになったのは、お二人と話をしてからで……」


 私の問いに、カワドは村長とサビ様を交互に見つめながら答えた。少なくとも、集落の外の者が入ることができない――そんな単純なものではないということは分かる。


「どこか入れそうな場所はないのですか? 結界とはいえ無限に続く壁などでは決してありません」


 サビ様の言葉にカワドは若干表情を曇らせた。


「私たちも探しはしましたが……それがないようです」


「それは……どういう」




 カワドの言葉通り、結界はまるで集落を覆いつくすようにして広がっておりどうあがいても入ることができないようだった。サビ様の想定では結界は集落を覆いつくすほどのものではなく、結界は集落の一部を覆っているに過ぎない――ということだったのだろう。実際には結界は集落どころか、聖地にすら及ぶものだった。


「この規模は……いくら何でも大きすぎます。これならば、私たちが気付かなくとも無理は……」


 魔法の知識のない私たちにも、サビ様の反応を見る限りこの結界はそう簡単に済ませてしまえるほどの代物ではないようだった。


「ちなみにこの結界はどれほどのものなのですか……いまいち我々には見当がつかないもので」


 私の中にはこの結界に関して一つの心当たりがあった。というよりも今の私にはそれしか考えうる可能性がなかったと言えよう。


「私程度にははっきりと言い切ることができません。小さな集落のかろうじて魔法が使える程度の狼人(ウェアウルフ)には……しかし、亜人や人間の魔力量ではこれほどの結界を作ることは不可能……それだけははっきりと言ってみせましょう」


 サビ様は依然として驚きの表情で結界の外と内を隔てる薄い壁に目を向けては、まるで何もないかのように壁をすり抜ける自分の手を見つめていた。私の心当たりはより確信に近づいていた。


「……ひとまず今はこの状況を解決しましょう。負傷をしている者もいるようです、あんな場所に居させては良くない」


 その言葉を聞いたカワドはわずかに安堵の感情を顔に見せた。しかしすぐにそれはどこかに消え去ってしまった。こちらが自分たちを煩わしいものとは認識していないことを確認できた安堵、ただ事態は未だ芳しくはない。


「話をしたのはあなただけですか? 他の猫人(ネム)には?」


「お二人とお話をしたのは私だけです。私たちの集落のこともあり、私たちは皆さんを警戒していましたから……」


「では、一度彼らの警戒を解くことから始めましょう。治療を行うにしても彼らの信用がなければ事は始まりません。」


 治療のみならず、一時的かあるいはこの先もずっとであるにしろ、彼らをこの集落で保護するからには今のままでは仕方がない。


「それに彼も最初は結界より内には入ることができなかった。それがサビ様と村長、お二人と話をしてからという事でした。断言はできませんが、それがきっかけとなっているのではないですか?」


 どちらかというとこちらが私の本命だった。サビ様も村長もなんとなく気付いていたはずだ。私の言葉が後押しになればよいが……


「そうですね……あなたの言う通りですヴェルド。ついでにできる限り、ここでできる処置を行って彼らの警戒を解くことにしましょう」


 サビ様はそれだけ言い残すと、カワドと一緒に私に背を向けて歩いて行った。この場には私と先ほどから石の上に座り込んだ村長だけが残されていた。

 村長――彼は終始納得いかないという感情が顔に現れていた。結界の存在、そして他種族との関わり。彼が抱えているのはいずれもそれらに対する不安だろう。思えば彼は以前にも同じような感情を私に見せた。あの時、吸血鬼(ヴァンパイア)である()()に向けていたのは嫌悪感にも近い感情だった。しかしそこにあったのは、やはり集落が危機に晒されることへの不安だろう。


「村長……あなたのせいではありません」


 村長のことをよく言わない者も少なくない。慎重であり過ぎるが故にその感情に囚われる。ウバラ様の亡き今、彼の名前を呼ぶ者も、彼の前に立って集落を導く者ももういない。けれども彼の不安の中に隠された想いは、サビ様と――そして亡きウバラ様と同じだろう。


「恐らくこの結界は最近作られたものです……私にはその心当たりがある」


「……心当たり?」


 彼の重い頭がゆっくりと上げられる。私は強い意志を持って言葉を口にした。


「それは後ほど……サビ様と一緒にお話をしましょう。今やるべきことがあります。」


 自分とサビ様だけに話す――それだけで村長にはおおよその見当がついただろうか。これまでの事件も今回のことも……村長である彼には何の責任もない。

 全ては運命に流された結果なのだから。

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