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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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黒い従者の女

「ねえ、ディーン……どうしてあんなことを言ったの?」


「…………」


「ディーンらしくないよ……」


「…………」


「いくら何でも酷いよ……ニーナさんは別に何も悪くないよ? あの子が助かったのも、あの人のおかげだし……」


 レナの不安げな問いかけに対して、ディーンに答える気は無いようだった。ディーンは、ゆっくりとその顔をレナの方へ向けると、睨みつけるような目で言った。


「……お前にはあれが何も悪くないことに……ただ、子供を助けているだけの優しい人間に見えたか……」


「……え?」


 レナにはディーンの言っている意味がよく理解できなかった。何しろレナにとっては、ニーナはただの子供を助けているだけの優しい人間――それ以外の何物でもなかったからだ。

 ディーンはレナへ向けていた目を一度閉じると、再び前を向いて歩きだした。その表情はどこか鬱々としたものだった。


「いや、何でもない……すべてはさっきも言ったとおりだ。貧民街の子供に無駄な希望を与えても仕方がないだろう……」


「だからって……あそこまで……」


 レナの言葉は、目の前に現れた光景に阻まれ、最後まで続くことはなかった。二人の前方には、数台の馬車が止まっていた。そしてその前に立つのは巨大な門。左右には見上げるほどの石壁が広がっており、その上には何人もの鎧を着た兵士たちの姿が見える。

 ここは王国と外とを繋ぐ門の一つであり、今も開かれた門からは、絶えず人が行き来をしている。セリオン王国には、こうした王国に入ってくる人間を検査するための場所がいくつもある。そして、入ってくる人間はその多くが他国の商人であるようで、馬車をいくつも引き連れて門を通っていく様子が窺えた。


 門より外に広がるのは巨大な平原――アルジオ平原である。平原には王国の王家所有の領土がある程度広がっており、そこにも村単位の小さな文明が点在している。しかしそれらの文明は、もはや王国の影響はほとんど受けることなく独立しており、王国も完全には把握していないのが事実である。そして、そこには亜人の集落もいくつか含まれている――という噂もある。


「さて、来たか。こちらの準備はもう出来ている、いつでも出発できるらしい」


 そう言って、レナとディーンの方へ近づいてきたのはトムだった。


「まったく、いつ来てもここは賑やかだな! さすがは世界一の貿易国といったところか……ってどうした、お前ら?」


 そう言って、トムは不思議そうな顔で二人を見た。二人の間に流れる重苦しい雰囲気を感じ取ったのだろう。トムは不機嫌そうな表情を浮かべて言った。


「……まさか喧嘩か? 言っておくが、もし向こうで魔物に襲われたときに、それを引きずられても困るんだが……」


「べ……別に、喧嘩なんかじゃないよ……」


「そうか? ならいいんだが……」


 トムは疑わしげにレナをうかがっていたが、やがて後ろを向くと、馬車の方に向けて歩き始めた。レナは軽く目線をディーンに送ると、トムの後を追いかけた。


「一緒に向かう冒険者の顔は見てきた……全員知った顔だったがな。依頼人もほとんどが商人だったな。他は、王国から自分の国に帰るところ……といったところか」


 トムは巨大な門の前に止まった馬車を見つめながら言った。馬車はここから見える限りでは数台ほどで、その周囲には冒険者と商人らしき者たちが見えた。


「ねえ、トム。その冒険者の中に……弓とか魔法とかみたいに、遠距離の攻撃ができる人はいた?」


「ん? あぁ、魔法使いはいなかったが、弓使いがいたな。よかったな、魔法使いはお前だけらしい。」


 レナは不思議そうに首を傾げた。


「え……どうして?」


「魔法使いの存在が冒険者たちに重宝されるのは知ってるな? みんなお前に期待しているらしい。正確には、お前個人に……というよりも、魔法使いに対してだが。」


 トムの言葉通り、馬車の周囲には魔法使いらしき姿は見えなかった。それも実際不思議なことではなく、魔法使いの数は冒険者全体で考えれば少ない。今回の依頼でレナ一人だけというのもおかしなことではない。

 そして、魔法の存在は冒険者にとって大きな助けとなる。魔力がなくなれば戦うことができなくなる反面、攻撃にも支援にも回ることができる。また、魔法によって生み出すことのできる火や水の存在は、今回のような旅では重要なものとなる。レナは思わず頭を抱えた。


「ま、うちにいるのは魔法使いにもかかわらず、現在魔法の使えない()()()()()だがな」


「うるさい……」


 トムのからかうような言い草に、レナは眉をひそめて言葉をこぼした。


「……そういえば、私たちの護衛する馬車があるんだよね。護衛対象はパーティー一つにつき一つの馬車みたいだし……そこの人たちにはもう会ったんだよね? どんな人たちだった?」


 レナの何気ない問いかけに、何故かトムは急に口をつぐんだ。その様子は明らかに不自然さを感じるものだったのか、ディーンが訝しげに聞いた。


「どうした、トム? まだ会っていないのか? 一応、今回の依頼だけとはいえ、場合によっては命を預かることになる。顔合わせぐらいはしておくべきだが……」


「いや、一応したんだが……少し厄介でな」


 トムは頭を抱えながら答えた。その表情からは、何かしらの問題があったということが容易に察せられた。


冒険者組合(ギルド)によれば、今回の護衛対象は22人。俺たちの相手はどうやら二人らしい。ただ、俺は一人しか顔を見ていない」


「……? どういうことだ」


「……俺が会った女は、もう一人のことを()()()とか言ってたな。その口ぶりからするに、どこかの貴族の家の従者とその令嬢といったところか……その女の服装も平民がするようなものではなかったからな」


 トムは自分の推測にある程度の確信を持っているようだった。しかしまた同時に、どこか腑に落ちないという顔をしていた。


「ただ、こんな平民が使うような馬車で長距離を移動しようとする理由も、娘と従者だけってのも分からない。」


 トムの話を聞いていたレナとディーンの二人は、最後まで釈然としない様子であった。


「まぁとにかく、その従者の女ってのが意地でもそのお嬢様ってのを俺たちに見せないつもりらしい。肝心のお嬢様は馬車の中で籠って出てくる気配がない」


「なにそれ……」


「それは俺も言いたいところだ」


 トムはうんざりした様子で深いため息をついた。いまだ状況をはっきりとは理解できていない二人にも――何か面倒なことが起こりそうという予感だけは確かにあった。


「……まぁ、所詮は護衛と依頼者の関係に過ぎないからな。向こうがあの様子だ、お互い詮索は無し……ということだろうな。()()、分かったか?」


「うん、分かってる……ていうか、なんで私だけ!?」


「なんでって……お前が一番心配だからな。やたらと余計なことに首を突っ込むのはお前の得意技じゃないか?」


「そ、そんなこと! ……」


 そこまで言って、レナは突然何かを思い出したのか――口ごもってしまった。加えて、レナを見つめるディーンの表情が、若干渋いものとなったのが分かった。


「……まぁ、分かってるならそれでいいんだ。」


 トムは少し考えるような素振りを見せたが、それ以上話を続ける気はないようだった。馬車の待つ王国の城壁に向かってトムが歩き出すと、それに二人も続いた。

 今回の旅を共にするのであろう冒険者たちの表情は様々ではあったが、これから始まる旅に不安を抱えているような者はいなかった。


「お前……やっぱりトムか! 久しぶりだな!」


 声のした方に三人は目を向けると、そこには馬車の周囲に集まる冒険者の一人であろう男がこちらに手を振っているのが分かった。かなり背が高く、少し長めのオレンジ色の髪

をしていることからも、男の存在は周囲の冒険者たちの中でも目立つものだった。


「なんだ、妙にバカでかい弓を持ってるやつがいると思ったら……ティム、お前だったか!」


「三か月ぶりくらいか? まさかお前もこの依頼に参加しているとはな」


 男は革でできた軽装備に腰には矢筒、背丈ほどもある長弓を手にしていた。弓には目立った装飾もなく、黄土色を基調としたシンプルなものだった。


「以前会ったときは……確か冒険者組合(ギルド)で、俺の情報を聞くためだったか……」


「お前ほど顔が広い奴となれば、かなり有益な情報を持っていることだろうしな。最近じゃあ、王国の銅級冒険者でお前の名前を知らない奴はいない。情報屋のトム様のことは、な」


「おいおい……情報屋になるために冒険者になったわけじゃないんだがな……まぁ、トム様ってのは間違ってはいない!」


 トムは楽しげな様子で弓使いの男――ティムと話していた。誰ともすぐに仲良くなり、その交友関係は非常に広いトムであるが……それでも誰にでも態度が同じというわけではない。少なくとも、ティムとはそれなりに仲が良いようだった。

 レナはそんなトムの様子を見つめて、思わず笑みを浮かべた。しかし、肩を叩いたディーンの手によって、レナははっとした。


「トムも久しぶりに友人と会えてうれしいんだろう、まだ時間もある」


「うん……そうだね……」


 どこかぎこちない空気の流れる中、二人は短い会話をすると、そのまま歩き出した。レナの前を歩くディーンは、無表情を貫いており全く感情が読めない。やはり先ほどの路地での出来事が関係しているのだろうが……


 二人は馬車と馬車の間を通り、楽しげに会話をする冒険者や商人の間を抜けた。馬車はそれぞれ微妙に形が違い、特に商人のものには屋根のついた荷台に加えて、荷物を載せるための荷台が後方についていた。冒険者たちの中には、前方の荷台に入りきらず、後方の荷台の縁に乗るものもいるようだ。


「(あれ……落ちたりしないのかな……)」


 レナは荷台の縁に器用に腰掛ける冒険者の姿を見て一瞬そう感じたが、すぐにその考えは否定された。少なくとも、ディーンやトムは可能だろう。魔法使いであるレナには想像できないが、冒険者として魔物と戦う者であれば、馬車の荷台に掴まりながら移動をすることなど朝飯前だろう。

 レナは、目の前を歩くディーンの持つ巨大な剣を見つめながら、改めてディーンの存在をとても心強く感じていた。しかし、同時に不安も込み上げているのであった。


「(本当に……大丈夫なのかな……)」


 レナは、今は役に立たない――自身の持つ杖を見つめた。全体としてシンプルな作りではあるが、その先端に取り付けられた魔石の輝きには目を見張るものがある。それでも魔道具とは到底思えないだろうが、少なくともそれなりの上質な杖としての外観はしているだろう。それが、レナにとっては重荷だった……



 やがて、ほかの馬車とは少し離れた場所にぽつんと佇む馬車を二人は見つけた。荷台は一つ、一匹の馬が引くかなり小さなもの。そして荷台の窓は布で完全に隠されており中の様子は外からでは窺えなかった。

 それは聞くまでもなく明らかだった。訳ありの様子な自分たちの護衛対象。それは、馬車の荷台の縁に腰掛ける女性の姿で確信へと変わった。


 女性は黒い外套を上から羽織っており、顔はフードで隠していてここからは見えない。しかし、黒い髪であることだけは分かった。二人にはその女性が、周囲の風景とは全く相反した――まるで白い紙にポツンと打たれた、黒い点のように見えたことだろう。


「あの人が……トムの言っていた、()()の人?」


「まぁ、そうだろうな……あの外套もかなり質の良いものだ。トムの言っていた通り、確かに平民とは思えない……」


 ディーンとレナは従者の女を見つめたまま互いに頷いた。従者の女は下を俯いたままであったが、やがて二人の存在に気付いたのか、その顔を上げた。


「……先ほども一人の冒険者がやってきましたが……お二人のお仲間でしょうか?」


「あぁ……あれは俺たちパーティーのリーダーだ……」


 女は一切表情を変えることなく言う。レナはディーンがその女と会話をするのを見つめながら、何故か……どこか気味の悪いものを感じた。


「そうですか…………もしかして聞いたかもしれませんが、私たちは……」


「分かっている……無駄な詮索はしない……」


「ご理解頂けて幸いです」


 従者の女はディーンに小さく頭を下げると、それからディーンの傍にいたレナを一瞥――それ以上は話すことはないといった様子で、再び顔を下げた。相手がもう話すつもりはないということを悟ったディーンは諦めた様子でレナの肩を叩いた。


 トムの話を事前に聞いていたレナとディーンにとっては、この状況は分かり切っていたことだった。レナは従者の女の腰掛ける後方――固く木の扉で閉ざされたその先に、なんとなく誰かがいることを感じ取っていた。そして実際――それはそうなのだろう。


「あ……あの、名前は……なんとお呼びすればよいのでしょうか……」


 レナのその急な発言にディーンは驚きを隠せないようだった。何しろ、無駄な詮索はしないと言ったばかり――そんな矢先に、今のレナの発言はそれに反することになる。やはりトムの心配していた通りであったと、ディーンは思わず顔をしかめた。


「そんなものを貴方に言う必要がありますか?」


 従者の女の鋭い視線がレナに向けられた。その瞳は冷たいもので、まるで()()を見るかのような……そんなものにも思えた。ディーンはもういいだろうとレナの肩を半ば強引に、自分の方へ引き戻そうとしたが、レナはその場を動こうとはせず……一瞬、従者の女に気迫に怯んだように見えたが、そのまま続けた。


「でも……呼ぶときに困りますし……お二人は私たちの護衛対象ですから、万が一魔物に襲われるなどの緊急時には……」


 無駄な詮索はしない……しかし、レナの言うことにも一理あるだろう。詮索はしないとはいえ、呼ぶための名前もないとなれば、緊急時は勿論のことながら、これから数日間ともにするのに様々なことに不具合が生じる。

 それを従者の女も理解していたのか、少し考えるような素振りを見せると、自身の背後に目をやった。


 そこで、何かのやり取りが行われたのか……それはレナにもディーンにも分からなかった。ただ、後ろの荷台に目をやった従者の女の表情が、明らかに少し柔らかいものとなったことだけは明らかだった。

 そして、彼女の中で結論が出たのか……女は物柔らかな様子で答えた。


「……分かりました……では、私のことは()()()()とお呼びください」


その瞳には先ほどのような冷たさはなく……若干、人間味を帯びたものだった。


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