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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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信ずる者と信じざる者

「出かける前に食料を調達しておかないとな……」


「……食料? それってどういう……」


 レナの問いかけにトムは呆れたように答えた。


「当たり前だ。行く先々に町があるわけでもあるまいし……」


「あ……そっか……」


「しっかりしてくれ……今回はいつもの依頼とは違うんだぞ」


 今までの三人の依頼は、ほとんどが王国内……あるいは、その周辺の草原で行うものであった。先日のように大森林へ向かうということは少ない。それですら日をまたぐ、ということはなかったのだから、レナにとっては今回の依頼は初めての経験だろう。


「一応聞いておくが、レナ……お前は野宿……なんてしたことあるか?」


 ディーンの静かな声の問いかけに、レナはあごに手を当てる仕草をしながら言った。


「う~ん……トムに連れられて、練習でしたことはあるけど……依頼とかではないかな」


 それを聞いたトムは信じられないような目を浮かべた。


「はぁ? まさかお前、あの一回だけなんて言うなよ?」


「え……そうだけど?」


 トムとディーンは互いに顔を見合わせた。普段は一致することのない二人の感情が、たった今、調和した瞬間だった。


「おいお前、帰ったら毎日野宿な」


「えぇ!? 屋根がある家がちゃんとあるのに、わざわざ!?」


「当たり前だ! 冒険者が野宿にも慣れてないなんてことがあってたまるか!」


 そう怒鳴るトムの声には、怒り……というよりも、呆れの感情が強かった。対して、ディーンはしばらくの沈黙の後、意を決したように言った。


「なぁ、レナ……本当に、お前……経験ないのか? ()()()()()とか……」


「え? だって小さいときは、お母さんもお父さんもいるでしょ? ()()()()わけでもあるまいし……」


 その瞬間、三人の間には何とも言えない微妙な空気が流れた。深刻そうな表情を浮かべたディーンに対して、レナはそんなディーンの表情に込められた感情を理解していながらも、それが意味をするものを理解できないでいた。

 まるで何でもないことであるかのように答えたレナの発言は、三人の間の認識の違いを表していた。しかし、冒険者として同じ人生を歩んできたにもかかわらず生まれた、この小さな違和感という事実は、確かにディーンとトムの中に刻まれた。


「……おっと、そうだ。俺は先に馬車の方へ向かう。俺たちが来ることをちゃんと伝えないといけないからな。ほかの冒険者の顔も見ておきたいしな……」


「ああ、分かった。レナ、行くぞ」


「あ……うん」


 小さくレナに手招きをしてからディーンは歩き出した。レナはディーンの背中を追いかけながら、先ほどの二人の……そして自分の言動を思い出していた。









「こんなものか……」


「これで足りるの? 数日分しかなさそうだけど……」


 怪訝そうな表情を浮かべてレナは言った。ディーンが抱える荷物はそこまで大きなものではなかった。水や食べ物も含めるのならば、もっと多くてもよいとレナは感じていた。


「結局、食糧を持っていくとは言っても大した量にはならないな……。そこまで多くの荷物を持ち運べるわけでもない……」


「飢え死にしなきゃいいけど……」


「水に関しては現地調達が主だろうな。食料も草原の魔物を狩ってその肉を食べるか……」


 ディーンのその言葉を聞いた瞬間、期待に目を輝かせながらレナは言った。


「じゃあ私は魔感鳥(マジックバード)かなぁ~」


「あれは魔力が充実した場所にしかいないだろう? 魔力濃度の薄い草原にはいないだろうな……」


 ディーンの言葉に、落胆したようにレナはため息をついた。ディーンはやれやれといった様子で、レナの肩に手を置きながら言った。


「まぁ、可能性が全くないというわけじゃない……。もしかしたらはぐれ鳥が現れるかもしれないな……」


「本当!?」


 レナは下げていた頭を素早く上げ、ディーンの顔を見つめた。その表情は、まるで子供のように無垢なものだった。


「あまり期待はするな……俺もトムも遠距離から獲物をしとめるということはできないからな……他の冒険者が獲ったのを分けてもらうしかないしな……」


「大丈夫、私が魔法で仕留めるから……」


「レナ……お前は、今魔法が使えないんじゃなかったか?」


 レナは興奮した様子で話していたが、一転――再び落胆の色を浮かべた。


「はぁ……しばらくの間はお腹いっぱい食べれないってことだよね……」


「まぁ、そうだな……草原にはそもそも魔物の数は少ないからな。ただ、いつ戦いが起こるかも分からない。あまり食べすぎるのもよくないだろう?」


 レナは改めて深いため息をつくと、ディーンの持つ頼りない荷物を見つめた。あれだけで、自分のこれから始まる何日にも渡る旅の食糧を賄わなければいけないということを思うと、レナは不安でいっぱいだった。しかし、ディーンのなんでもないような様子を見ると、それが何か重大な問題というわけではないのは確かだった。


「なんか……冒険者って大変だね」


「何をいまさら言ってる……早く行くぞ。トムが待ってる」


「あ……ちょっと待って……」


 早歩きで歩き出したディーンに向けて、レナは少し手を前に出して呼び止めた。しかし、レナの視線はそれとは真横を向いている。


「……どうしたレナ? 一体何が……」


 ディーンは怪訝そうな表情でそう言って、レナのそばに歩み寄った。レナの見つめる先には、暗い路地が広がっていた。人通りの多い王国の商店街――そこから広がる()がそこにはあった。

 まともな世界に収まることのできなかった者たちが集まる世界――貧民街。王国で一般的な平民として生きている者たちには想像のつかない世界がそこには広がっている。

 異様な雰囲気がそこから漂っているのにもかかわらず、そのすぐ横を歩く大勢の人間たちは、それに触れもしない。関わる必要もなければ、関わってはいけない存在でもある。そのことをこの場の多くの人間は理解しているのだろう。それは、ディーンも例外ではなかった。


「……早く行くぞ」


「え……?」


 否応なしに話を進めようとするディーンの姿は、レナにとっては不自然なものだった。


「俺たちには触れる必要のないものだ……」


「で……でも、あの子が……」


 そう話すレナの視線は、間違いなく貧民街に通じる路地へと向いているのは確かだったが、それは貧民街という存在に対して向けられた――漠然としたものではなかった。明確な()()に向けて、レナの視線は、確かに注がれていた。


「あのままだったら……きっと死んじゃうよ……」


 その少年が身に着けているものは、とても衣類と呼べるものではなかった。まるで、薄い布を一枚身に着けているだけ……。そして、それは所々が赤く染まっている。それが何であるのか……そして、それが何を意味しているのかは、二人には確かめずとも分かった。


「……関係ないことだ……」


 ディーンは少年から目を逸らした。それは、まるで少年のことを視界に入れたくないとでも言っているかのようだった。

 レナがあの少年を助けたいと考えている――ということは、ディーンはとうに理解している。にもかかわらず、ディーンは頑なにそれを否定しているようだった。


「……もういいよ、私はあの子を助けるから……」


「……! レナ……」


 うつ伏せに倒れた少年にレナは駆け寄ると、少年の状態を確認できるように、一度仰向けにした。その時、レナは自分の力でも簡単に少年を動かすことが出来たことに違和感を覚えた。


「……飢餓、それにこれは誰かから殴られた痕か……」


「そんな……」


 ぼさぼさに乱れ、伸びっぱなしの少年の黒髪は、まるでみずみずしさというものを感じないものであった。手足はひどくやせ細っており、首元には骨が浮き出ている。痛々しく刻まれた赤い痣や傷跡を見て、レナは心が痛んだ。


「ここの子供ならば特に珍しいことでもないだろう……腹を空かせていない者の方が少ない。それに治安もよくない……力がない子供が襲われるのもおかしなことじゃない……」


 レナは、自分の持っていた革袋を地面に下ろすと、その紐を解いた。


「いいのか……」


「私のお腹よりも、この子の方が大事だよ」


 そう言って、レナは袋の中から黒い塊を取り出し、それを細かくちぎって少年の口へと入れた。

 これは、魔物の肉をすりつぶしてから乾燥させたものであり、栄養豊富で比較的柔らかく食べやすい。そのうえ、魔力を多く有する魔物から作られたものであるため、魔力の活性化にも繋がる。

 生命の源でもある魔力を活性化させることができるため、この状況でこれを与えるのは最適な選択だが、同時に長距離を旅する冒険者にとって重要なものでもあった。


「う……ぅ」


 口に入れられた魔物の肉を飲み込むと、少年は息を吹き返したように小さな声を漏らした。しかし、苦し気な様子は変わらなかった。


「やっぱり、この傷をどうにかしないと……でも魔法は今使えないし……」


 その瞬間、レナは確かに背後に現れた人間の気配を感じた。


「だ……大丈夫ですか!?」


 それはレナにとっても、ディーンにとっても見覚えのある人間だった。背丈はレナに近く、色白でまるで少女のような顔立ち。一風変わった黒と白を基調とした服に、半透明のベールを携えた帽子。ここ、セリオン王国では見られない格好だ。


「ひどい傷……すぐに治してあげないと……」


 レナが支えるようにして仰向けに横になっていた少年の元に駆け寄ると、彼女は胸の前で両手を合わせ、祈るような姿勢をとった。

 レナとディーンがその行動に触れるよりも先に――突如、辺りが緑色の光で包まれた。それが目の前の人間から放たれているということに、レナが気付くのに時間はかからなかった。その光は、まるで春先の朝の暖かな日差しのように心地の良いもので、レナが抱えていた、これから始まる旅への不安も、少年の生死に関して感じていた焦りも……そのすべてを忘れてしまえるようなものだった。


「ぁ……あれ、からだのどこもいたくない……」


 聞き覚えのない声にレナは一瞬何かと思ったが、その答えはすぐに出た。あれだけ傷だらけだった少年の体からは、痣の一つも残らず消え去っていた。


「大丈夫? もう歩ける?」


「う……うん。ありがとう、おねえちゃん」


「そっか。じゃあ、ちょっと待っててね……」


「……?」


 不思議そうに首をかしげる少年を置いて、彼女は持っていた袋から一つの丸い果実を取り出した。その果実は、片手でかろうじて持つことができるほどの大きさで、色は鮮やかな赤色をしていた。しかし、完全な赤というわけではなく、ところどころに黄色が混じっていた。


「はい、これを食べて。おなか、空いてるでしょ?」


「う……うん!」


 ぱぁっと明るい笑顔を浮かべた少年は、両手で渡された果実を持つと、長い間十分に食べることができていなかったのか、時折涙すら浮かべて果実をあっという間に食べつくしてしまった。


「おねえちゃん……それに、そっちのおねえちゃんもありがとう!」


「あ……うん!?」


 少年は彼女と……そしてレナにも頭を下げると、にっこりと満面の笑みを浮かべた。レナは困惑しながらも、少年に頭を下げ返した。少年はしばらくの間、自分に訪れた幸せに浸っている様子だったが、やがて現実を思い出したのか――表情から明るさが消えた。


「でも……ぼく、おうちもないし……おかあさんもおとうさんもいないし……このさきいきていけるか、わかんないよ……」


 少年は今にも泣きそうな顔をしていた。その姿は、少年の今までの生活がどれだけ過酷なものであったかを、容易に想像させた。

 しかし、少年の顔を覗き込むように座り込んでいた彼女は、一切表情を崩すことなく笑顔を浮かべ続けていた。そして、少年の背中をそっと撫でると、まるで子供をあやす母親のように優しい声で言った。


「大丈夫。この世界にはね? とっても優しい神様がいるの」


「かみさま?」


 少年は目の端に涙を浮かべながら、彼女の次の言葉を待っていた。


「そう、()()()()様っていうの。その方はね、自分のことを信じてくれていて、優しい人を助けてくれるの。」


 彼女は、路地から垣間見える小さな空を見上げながら言った。その瞬間……彼女の言葉を聞いたディーンが、憎悪に満ちた恐ろしい表情をしたのを、レナは見逃さなかった。


「ふぃあーさまが……」


「そう、だからあなたも……どんなに苦しいことがあっても、決して諦めないで。同じように苦しんでいる人たちと一緒に助け合って生きていって。そうすれば、きっとフィアー様が助けてくれるから……」


 すでに少年の表情には不安の色は一切なかった。その表情は、むしろ――この先に待ち受ける未来に対して、大きな期待を抱いているようにも思えた。ディーンの表情が、一層歪むのをレナは見た。


「わかったよ! ぼく、ふぃあーさまにみとめてもらえるようなやさしいひとになる!」


 少年は、満面の笑顔を浮かべながら走り去った。彼女はその姿が見えなくなるまで手を振っていたが、やがて思い出したかのように、レナとディーンの方へと向き変えった。その表情はやはり穏やかなものだったが、心なしか表情が沈んでいるように見えた。


「あなたは……レナさんですよね?」


「はい、そうです……」


 彼女は、先ほどまでとは打って変わって、落ち着いた様子で言った。


「やっぱりそうですか……私、ニーナといいます。冒険者組合(ギルド)ではアスベルちゃんが本当に申し訳ないです……彼女は、私と同じパーティーの仲間なんです。私が早く止めにきていれば良かったんですけど……」


「い……いえ! 気にしないでください。別に何かされたわけでもない……ですから」


 レナが語尾の言葉を、自信なげな声で言ったことに察したのか。ニーナは改めて、申し訳なさそうに頭を下げた。


「……でも、いいんですか? さっきの果物……元々、あの子にあげるつもりではなかったんですよね?」


 レナのその言葉を聞くと、ニーナは複雑な表情を浮かべた。


「本当は帰ってからパーティーのみんなと食べようと思っていたんですけど……私が我慢すればいいだけの話ですから……」


 ニーナの話を聞いたレナは、意外な心境だった。彼女と同じパーティーの仲間であるというアスベルの印象は、レナの中ではお世辞にも良いものとは言えなかった。実際、本意ではないとはいえ、下手をすれば殺されかけていたし、良く言っても変わり者……という印象は変わらなかった。加えて、ギルドマスターのリオルの話でも、彼女や彼女の仲間は、

彼女はもちろん、その仲間の印象は良いものではなかった。

 しかし、今までのニーナの言動を見る限り……それはレナの中のイメージと合わなかった。変わり者などでは決してなく、その言動もごくまともなもの。それどころか、あの子供に対するニーナの対応は、少なくともレナの中では理想的なものであった。

 相手のために自分の利益を犠牲にすることができる人間――そう、レナは確信していた。だからこそ、レナはディーンの態度が理解できなかった。


 依然としてディーンの表情は重いものだった。しかし、とうとうディーンもその沈黙に破る気になったのか……ゆっくりと、その重い口を開いた。


「ああやって……神だのなんだの言って、無駄な希望を子供に与えるのか……?」


 ディーンから放たれた言葉は、とても辛辣なものだった。


「神なんてのはいやしない。あんたはあの子供の未来を奪っただけだ。どんなに他の誰かを傷つけても……それで生きていける可能性があるかもしれない。でも、あの子供は一生あんたの言ったことを守り続けるだろうな……。ありもしない希望を待って……」


 それは到底、あのニーナの先ほどまでの対応を見ていた者が口に出来るとは思えない言葉だった。そして何よりレナを驚かせたのは、それをディーンが口にしたからであった。普段のディーンからすると、あり得ない暴言だったからだ。

 ディーンの言葉を受けたニーナの表情は、ひどく平坦なものだった。そこには驚きも怒りもなく無表情――しかし、若干の陰りが見えた。


「……私の信じるものを、よく思わない方がいることは理解しています……。こうして軽はずみに神の名前を出して、あの子に希望を与えてしまったことも。ですが……」


 ニーナの瞳には一切の迷いはないようだった。


「信じるものをフィアー様は決して見捨てたりはしません。きっと、あの子も……」


 レナはニーナの言葉に、頭の中で激しくうなずいた。レナは特定の宗教を信仰しているわけではなかったが、それでもニーナの気持ちはよく理解できた。そして、実際に一人の貧民街の子供に小さな希望を与えたのだから。それがいくら無責任なものであったとしても……

 しかし、ディーンの言葉は、そんなレナの気持ちを踏みにじるものであった。


「なら、その何とかって神様は、きっと貧乏人には興味はないんだろうな。興味があるのは教会のお偉いさん方か……」


 ディーンはニーナを強く睨みつけると……冷たく言い放った。


「あんたみたいな、口だけの妄想を語る信仰に厚い方々だけだろうよ……」


 その瞬間、レナは初めてニーナに対して恐怖を覚えた――


「……今、何とおっしゃいましたか?」


 それは、彼女の中に初めて怒りの感情を……それも殺意に近いものを感じたからだ。


「……私に対して、何を言おうと構いません。私が未熟なのは確かです。しかし、今の言葉は……フィアー様への侮辱ですか?」


 それまでの彼女の口調は、丁寧でありつつも柔らかみのあるものだった。しかし、今の彼女のそれは、ひどく無機質なものだった。言葉には、まるで温かさを感じず、ただただ冷たく、冷酷なもの……

 しかし、それ以上にレナが恐怖を感じたのは、彼女から感じられる()()が想像を超えるものであったからだ。まったく感じさせないため、レナはすっかり忘れていたが彼女は自身よりもずっと高位の冒険者である。そう考えると、不思議とレナの中で納得がいった。


 さすがにディーンもこの事態を想定していなかったのか、焦りの表情を見せていた。レナは、ディーンのことを恨みがましく見つめながらも、一つ気になることがあった。それは、ニーナから感じられるあの力の中に――魔力以外の何かを感じたからだ。

 とは言え、今のレナにそれ以上のことを考える余裕はなく、単なる気のせいだと感じるだけだった。それよりも、今にも襲い掛からんとしているニーナに、意識を集中するほうが重要だった。



 互いが向かい合う――その時間は1分にも満たないものであったが、レナとディーンの二人にとっては、とても長いものと感じたことだろう。やがてその均衡を破ったのは、他でもない……ニーナだった。あれだけ、彼女の周囲に纏わりついていた殺意が、まるで嘘であったかのように消えてしまったのだった。

 ニーナは我に返ったように、きょろきょろと周囲を見渡すと、レナとディーンを視界に入れた。そして意気消沈した様子で、ゆっくりと口を開いた。


「申し訳ありません……あと少しでこの力を……人を傷つけることに使ってしまうところでした……」


 ニーナの表情から感じ取れる感情は、申し訳なさと後悔が入り混じったようなものだった。しかし、それは単にレナとディーンに対するものではなかった。決して簡単に済ませてしまうことのできないような、深い後悔の念――まるで人が変わったように笑顔を失った彼女の表情が、それを歴然たるものとしていた。


「……すみません、私のせいで無駄な時間を使わせてしまって……」


 かろうじて、レナが聞き取ることができる程度の声でニーナは言った。


「またどこかで会ったらその時はよろしくお願いします……レナさん」


「……はい、ニーナさんも……今回はありがとうございます」


「いえ……それに、ディーンさんも……」


 小さく笑みを浮かべてニーナは頭を下げると、レナと……そしてディーンの隣を通って、路地の外へと歩いて行った。それが無理をしているということは、レナには嫌というほど分かった。

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