不相応
「……ねぇ」
前を歩くディーンとトムの後ろで、なるべく体を小さく縮めながら歩くレナが、ぼそりと言った。
「どうした?」
「なんかここに入ってから、視線感じない? それもそこら中から……」
レナの問いかけに、トムは吐き捨てるように言った。
「ハッ! そりゃそうだろうよ。みんなに注目されて満足か?」
「冗談じゃないよ! なんか勘違いされても困るし……」
レナは自信なさげにそう言うと、二人の影に隠れるようにより一層体を小さく縮めた。レナのそんな言動も、トムの不満げな態度も、そのすべてはこの冒険者組合に入ってからの周囲の反応が原因だった。
「まあ……当然の反応だろう。そんなものを身に着けていればな……」
「もう……勘弁してよ……」
ディーンが苦笑いを浮かべながら言うと、レナが気だるげにディーンの体に寄りかかる。ディーンが言っているレナの身に着けている物とは、当然ローブの事である。魔道具であるそれは、間違いなくただならぬ力を秘めているが、それとは関係なしに見た目から目を引くものがある。
その鮮やかな青は空か海の青を彷彿とさせるものがあり、グラデーションを伴うそれは、見る者に思わずローブの生地を見ているということを忘れさせてしまう程の美しさがある。
それだけこのローブを作った者が優れている……ということだろうが、そんなものを身に着けているレナを周囲はどう思うか。もしかすると、そんな魔道具を身に着けることが出来るほどの凄い冒険者がやって来たと勘違いされてしまうかもしれない。
幸いこの場にいる者はトムの顔の広さもあってか、彼ら三人を知っている者がほとんどであったためそういった勘違いをされることはなかった。
どちらかと言うと、よく見知った彼らの内一人が、銅級冒険者としてはあり得ないものを身に着けているということに驚いている様子だった。その上、トムとディーンにはさほど大きな変化がないことも、彼らの中の疑問をより大きくする結果となった。
「どうやら時間には間に合ったらしいな。ひとまず一つ目の問題はクリアといったところか……残念なことに、もう一つの大きな問題が残ってるけどな」
そうトムは呟くと、素早くレナの方へと振り返った。
「問題って……別に私が見られてるからって、何が問題に……」
「大問題だ! お前ばっかり目立ちやがって!」
「目立ち……って、それでいい気分になれるのはトムだけだよ!」
二人の声は少なくとも冒険者組合の中にいる者たちの多くには聞こえるほどの大きさだったようで、既に集まっていた視線がさらに三人に集中することとなった。その上、二人がいる場所というのはちょうど広間の中央辺りであった。
いきり立った様子でトムが反論をしようとするのとほぼ同時、二人の間に割って入るようにディーンが立ちはだかった。
「全く……いつまで子供みたいなことを言っているつもりだ……」
「なんだ、ディーン! お前もレナの味方っていうわけか!」
ディーンに向けて一歩踏み出そうとするトムを、ディーンは片手を前に出して止めた。
「まあ待て、トム。どうやら噂になっているのは俺たちだけじゃないらしい……」
そうディーンが言う通り、確かにこの建物内には二つの話題でもちきりだった。一つは言うまでもなく三人のことについて。冒険者組合に入ってから、口数の少なかったディーンは、周囲の冒険者たちがどんなことを話しているかについてずっと聞いていたということだった。
多くは自分たちについて。その内容は、やはり思わず目を引くレナのローブの事についてだった。そして、もう一つは――
「はぁ? ミスリル級冒険者だって?」
トムがそう言うとほぼ同時――
冒険者組合の奥側から勢いよく扉が開かれる音――それとともに、まるで濁流か何かでも流れ込んできたかの如く、その方向が賑わい、人が移動するのを感じた。
「あれがミスリル級冒険者か……」
「見ろ、あの魔法使いを……あんなでかい杖見たことないぞ!」
開かれた扉を囲むように集まった冒険者たちが、ひそひそと話す声が聞こえる。あいにく、人混みの中に入ることのできなかった三人は、一体彼らが何を見ているのかは分からないが……集まった冒険者たちが口々に話すのは、噂のミスリル級冒険者についてだった。
「どうやら話が本当だということは分かったが……一体ミスリル級冒険者が一体ここに何をしにやって来たんだろうな……」
「う~ん……依頼とか?」
ディーンとレナがそんな疑問を口にすると、横でその話を聞いていたトムがいつになく真面目な顔で答えた。
「まあ、お前の依頼ではあるだろうが……ただの依頼ではないだろうな。でなきゃ、わざわざ王国へやってくる理由が分からない。ミスリル級冒険者ともなれば、ほとんどが王都の冒険者組合から依頼を受けるはずだ。よほどのことがなければ、わざわざここには……」
トムはそこまで言って言葉を途切れさせた。その理由はここ最近の出来事。自分の世話になった相手であり、金級冒険者でもあるジオン。彼とそのパーティーがここへやって来た理由は、確か近頃噂になっている森の異変に対する調査であった。
ミスリル級冒険者がやってくる理由としては、それ以外考えられない。
トムがそんなことを考えながら、いまだ群れる人混みの方へ視線を向けていると……ふと聞き覚えのある声が響いた。
「おい、お前ら邪魔だ! 早くどけ!」
図太い男の声だった。威圧感のあるその声は冒険者組合中に響き――それから集まっていた冒険者たちが解散するのに時間はかからなかった。ギルドマスターとしての能力に加え、冒険者としての力も兼ね備えている彼に逆らおうとするものはこの場にはいないのだ。
「出発は明日にしよう。馬車の手配はそちらに任せられるか?」
「分かった。よろしく頼む」
恐らくはパーティーのリーダーであろう、金髪の男とギルドマスターの短い会話の後、男は真っすぐ冒険者組合の外に通じる扉へと歩き始めた。
周囲の視線など一切気にせずに堂々と歩く姿は、やはり高位の冒険者というべきか。彼と同じく剣士であるディーンとトムの視線は、彼が腰に差している二本の剣に向いていた。
そして、ちょうど金髪の男に続くようにして現れたのは、二人――見た目からして、一人は魔法使いだろうが、もう一人は一風変わった格好をしていた。それを見たディーンが――まるで信じられないような表情を浮かべていたことを、トムは見逃さなかった。
「アスベル、何をだらだらしてる? 早く行くぞ」
「はぁ……本当、セルベスってそういうところは真面目っていうか……面白くないっていうか……」
「……何が言いたい?」
「ね、ねぇ……二人とも早く行こうか! これ以上ここに居るのもなんだし……」
三人のうち一人が慌てた様子でそう言うと、金髪の男は不満そうな表情を浮かべながらも、再び歩き始めた。
「……ディーン、俺たちも早く依頼の手続きを済ませないとな……」
「……分かってる」
いつになく暗い表情を浮かべたディーンは、トムの言葉に一度頷くとそのままトムの後に続くように歩き始めた。なぜディーンがそんな表情を浮かべているのか……それを理解できないレナは、首を傾げながらも二人の後を付いていくのだった――
「あれ? それって魔道具? なんで、君みたいな子がそんなものを着てるの?」
聞いていて、思わず気の抜けるような……しかし、どこか不気味さも覚える……そんな声が響いた。レナが後ろを振り返るよりも早く……何者かがレナの体を後ろから抱きしめた。
「なにこれ~……すっごいよく出来てるね。それに見た目も綺麗……これ、本当に君の?」
レナの体をしっかりと押さえ、ローブに手で触れながら声はレナに問いかける。しかし、今のレナには、その質問にゆっくりと答えていられるほどの余裕はなかった。
「(う……動けない!? どうして……)」
まるで体が動かない。相手の様子からするに、そこまで必死になってこちらを押さえつけている様子もなければ、実際に体に感じる手の感触から察するに、押さえ方もそこまで力を込められるようなものではない。
しかし、実際に込められている力はあまりに強い。いくらレナがもがこうとしても、もがくことすら出来ないほどだ。
「それに、この杖……あたしのと、どっちが強いかな~……」
「(く……苦しい……)」
腹の辺りに込められた強い力に、だんだんと意識が薄れていくレナ。視線を地面に向けていたレナは、恐らくは視界が暗くなっていくことを感じただろう。
「……アスベル……その子を殺すつもりか……?」
「はぁ、何言ってるの? あたしはただこの子の着てるものが気になっただけで……」
「……お前は加減を知らないのか……早く離せ……」
自身の見つめる先にある地面に、自分以外の何か巨大な影が現れたことに気づいたレナは、拘束され思うように動かせない体を必死に動かすと、その先にあるものを視界に入れた。
突如として自身の目の前に現れた、レナよりもずっと大きな体格をした、その全身鎧の人物の存在は、レナに恐怖を与えるに十分だった。
「ひっ!?」
「ナンだって怖がらせてるじゃん。ナンは体が大きすぎるんだよ」
「…………」
周囲からの視線など気にしない様子で、まるで友人同士が話すような調子の二人のやり取りを聞きながら、レナは自身を拘束する力が弱まったのを感じた。
「ごめんね~、痛かった? でも気になったからさ~。君、名前なんていうの?」
初対面であるはずのレナに対して、馴れ馴れしい口調で言う女に、レナは彼女が何とか聞き取れる程度の声で言った。
「レナ……です……」
「うんうん、レナちゃんね? あたしはアスベル。よろしくね~」
アスベルは機嫌よく言うと、なお興味深々と言った様子でレナの顔を覗き込むように見つめる。レナは思わず視線を逸らすと、自信のなさそうな様子で言った。
「あの……私、どこかで……その、アスベルさんに会いましたか?」
「ううん? 初対面だけど?」
どうしてそんなことを聞いたのか分からない、と言った様子で首を傾げるアスベル。レナは、まるでおかしなものでも見るような目でアスベルを見つめていた。
「……やめろ、アスベル……一体お前は何がしたい……」
ふいに背後から現れた強大な影に、レナは一瞬体を震わせたが、すぐにそれが先ほどにも世話になった、この得体のしれない存在から自分を守ってくれる、まともな存在――ということに気づき、思わずほっと息をついた。
「ああ、そうそう忘れるところだった。あたしさ……そのレナちゃんのローブと杖が気になったんだけど……君、まだ冒険者になって長くないよね? 銅級冒険者かな……?」
「……確かにそうですけど」
「さっきも言ったけど……それ魔道具だよね? それもかなりのもの……それをどこで君は手に入れたのかな……?」
「っ!? も……貰い物ですよ……」
「へぇ? 貰い物? そんなに質のいい魔道具を……それをただでくれる人が一体どこにいるのかなぁ?」
思わずレナの背筋に寒気が走ったのは、決して気のせいなどではないだろう。口元に笑みを浮かべたアスベルは、何か恐ろしい形相をしているわけでもなく、一見穏やかなものであったが、それは決して好感を持てる笑みなどではなかった。
まるでそれは、レナを嘲笑しているような――ちょうど、追い詰められた獲物が必死に言い訳を並べるのを、笑いながら見ている捕食者のような……そんな冷たい笑みを浮かべていた。
「ぁ……ぇ……」
思わず抑えきれない声が漏れたレナは、すぐ最近に似たような感覚を感じたことを思い出した。それに比べれば今の、この状況は大したことがないとも思えるが、それでも感じた恐怖は、それと同じ性質のものだった。
しかし次の瞬間には――まるでそんなことを感じていたレナが嘘であったかのように……背筋に走る寒気はなくなってしまった。残ったのは、今度は本当の意味で穏やかな笑みを浮かべたアスベルの姿だけだった。
「なるほどね……嘘はついてないみたいだね。……そもそも君の力じゃ、あたしの考えているようなことは出来ないか……世の中にはいい人がいるんだね~」
「全く……魔道具が盗まれたものかどうかなど……問い詰める相手を考えろ。……仮にも自分の後輩に対して……」
表情が見えないためはっきりしないが、恐らくは呆れた表情をしているのだろう。ナンがため息交じりに言った。
「うんうん、ごめんね~レナちゃん。つい、いつもの調子で疑っちゃったよ。」
「あ……はい……」
まるで状況が理解できないレナは、ほとんど反射的にアスベルの問いかけに応えた。アスベルはレナの返答を聞くのも待たずにくるりと振り返ると、後ろから現れた――彼女の仲間の一人だろう相手に視線を向けた。
「ねえ、アスベルちゃん……早く行こうよ。セルベスがまた怒るよ?」
「はぁ、セルベスなんてどうでもいいじゃん……どうせ何も考えてないんだから」
「なんだと!」
「はいはい、行けばいいんでしょ行けば……」
もはやレナへの興味は失せてしまったようで、まるでつい先ほどの事など忘れてしまったかのように会話を続けるアスベル。レナは諦めたように、自分を待つ二人の元へ戻ろうと歩き出したその時――
「ああ、それと……」
これ以上、何か話しかけられることなど全く想定していなかったレナは、突然背後から掛けられたアスベルの声に思わずビクリと体を震わせた。
「そのローブと杖をくれた……いい人? あげるにしても、渡すものは考えるべきだと思うな~あたしは。そんなまともじゃないものをくれるなんてね……」
それだけ言い残すと、レナの返答も待たずにアスベルはくるりと体の向きを変えると、そそくさと冒険者の出口に向けて歩いて行ってしまった。
「ほんと、何なの……」
「おい、何やってんだ? もうこっちで手続き終わらせちまったぞ?」
「何か絡まれていたようだが……それに相手は噂のミスリル級冒険者のようだったが……? 大丈夫か?」
「うん。別に悪い人じゃなかったよ……変な人だったけど」
レナは、わずかに開かれたままの冒険者組合の玄関を見つめると、そばにいる二人には聞こえるほどの声で言った。
「あの人……これが魔道具ってことを一瞬で見抜いたよ……」
「あの魔法使いか? まぁ、ミスリル級冒険者になれるほどの実力者であれば、それくらい分かるんじゃないか……? どちらかといえば……お前の方が詳しそうだが?」
「さぁ? そんなこと私にも分からないよ……」
レナはどこか疲れたような表情を浮かべた後、ディーンが何か気がかりなことでもあるかのように、四人の冒険者が出て行った場所を見つめているのに気づいた。
「どうしたの、ディーン……何か気になることでもあった――」
「いや……何でもない」
レナの言葉に被せるような――ディーンの受け答えは、レナからも不自然極まりないものであった。
「……こっちの話だ」
これ以上聞いても無駄であると悟ったレナは、それ以上話すことはなかった。それは、先ほどからこちらの話を聞いている様子でありながらも、一言も話そうとしないトムのらしからぬ行動にもよるものだった。
「お前らも運が悪いな……よりによってこんなの時に来るとは……」
突然飛び込んできた三人以外の声に、レナとディーンは声の方向に振り向いた。二人がそこまで驚きを顔に見せなかったのは、おそらくはその声を一度聞いていたこと……そして、その声の主の存在を認識していたためだろう。
「あいつの言うことは気にしなくていい。見て分かった通り……どこか頭のネジがぶっ飛んでいる奴だ。」
「……ですよね」
思わず反射的にそう答えてしまったレナは、後から自分の言葉を後悔した。一介の銅級冒険者ごときが、冒険者の中でも選ばれし者だけがなることができるミスリル級冒険者を侮辱するような言葉――許されるはずがない。
レナの言葉に目を大きく見開いたリオルを前に、レナはどうすればよいのか分からず固まってしまっていた。しかし、リオルから返ってきた言葉は、予想もしていなかったものだった。
「……ハッハッハ! ああ、その通りだ。まさかここまで一瞬で返答が返ってくるとはな」
「ご……ごめんなさい! 私なんかがこんな事を……」
建物中に響くようなリオルの笑い声に、ふと我を取り戻したレナは、慌てて頭を下げた。
「あぁ、構わない。俺が言われたわけでもないしな……もちろん、あいつに謝る必要もないぞ? あいつは……あれだからな」
リオルは自分の頭を指さしながらそう言った。
「この非常事態だというのにあいつら……緊張感があるのかないのか……おかげで話合いを進めるのにも苦労したもんだ……」
リオルはそう言って呆れたため息を零した。それを見つめるトムは、どこか曇った表情で四人が出て行った扉を見つめていた。
「ギルドマスター……あれがジオンさんのパーティーの代わりですか?」
「ああ。明日には森の調査へ向かう。……なんだ? まさかお前が心配でもしてるのか?」
「いや……冒険者組合の決定に対して、俺にどうこう言う権利はないですよ……」
「だろうな。性格には問題はあるが……実際、実力は確かだろう。」
リオルの言葉に、三人は異様な納得を感じていた。それは実際――高位の冒険者がどのような人間なのかを知らなかったためでもあるだろうが、何より先ほどのレナとのやり取りの中に、彼らを納得させるものがあったのだろう。
「ところで……それは魔道具か?」
「……!? 分かるんですか?」
「あれだけ大声で話していれば嫌でも分かる」
それを聞いて、レナは不安な気持ちに襲われた。また先ほどのようなことがあってはたまらない。レナには、この魔道具が自身には決して釣り合わないものであるという理解はあった。
「余計なお世話かもしれないが、一つ助言しておくと――それが魔道具であるということは隠しておけ」
レナは想定もしていなかったリオルの言葉に、一体それが何を言おうとしているのか分からないといった表情を浮かべた。
「魔道具を手に入れたいと考えている者などいくらでもいる。そんな奴らの前に、魔道具が――それも簡単に手に入りそうなものが現れたとなれば……何かしら行動を起こすのは考えるまでもないだろう」
リオルが言わんとしていることは、至極単純なことであった。レナもそのことをすぐに理解した。想定外のように思えたリオルの言葉は、アスベルと全く同じものであったからだ。
「少なくとも、それを自分の身で守ることができるくらいの実力を身に着けるまでは気をつけろ。ただですら、その魔道具は目立つ」
「……はい」
その後交わされた、トムとリオルの軽いやり取りも……ディーンから自分へ投げかけられた言葉も、レナの耳には届いていなかった。改めて実感した、魔道具というものの価値と自分自身――その間に、レナは自分の中で新しい感情が生まれ始めていることを実感していた。




