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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人ならざる者
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月夜の狩り

 今、私は魔力の制御をうまくできるようになるための練習をしている。落ちている石を握りつぶさないように拾い上げるというものなのだが、これが思ったより難しい。それどころか、拾う以前に手をかざしただけで石が粉々になってしまうのだ。


 蝙蝠たちはというと、皆木陰で休んでいるようだった。森の中は川の通り道を除いてほとんどが木々で覆いつくされていた。日は高く上り、光が降り注いでいるというのに、この森の下は薄暗さすら感じるほどだった。

 そして、そんな日の光を避けるように、あの蝙蝠たちは木の枝に捕まり休んでいるようだ。黒い体に似つかわしく暗い場所を好んでいるのか……?


 そんな蝙蝠たちの様子を眺めていると……ふと背中辺りに感じる違和感に気づいた。じわじわと熱くなり……まるで痺れるような痛みをピリピリと感じる。一体これは……。

 そう思った私は、違和感の感じる背中に手を伸ばし……自身に生えた一対の黒い翼に手を触れた。


「……痛っ」


 翼に一瞬だけ触れると、そこにチクりと刺されたような痛みが広がった。そして、その痛みをきっかけに翼から背中全体へ……じわじわと痛みが広がっていくのを感じた。そして、それはやがて体全体に広がることになる。


「(……これは……。)」


 ふと自身の手のひらを見ると、先ほどまで綺麗な白い肌であったはずのその手は、何かに焼かれたようにただれ、赤くなっている。今はまだ我慢できるが、かなりの痛みが体の……それも肌が日の光にさらされている場所だけに異常が起こっている。

 間違いなく日光に原因があると感じた私は、急いで日光から避けるように近くにあった木の下へ隠れるように入った。幸い、この森は昼間にもかかわらず薄暗いほどに光を通さない。


 しかし……日光が当たらなくなってなお、痛みは依然としてあった。それどころか、じわじわと……だんだんとその痛みは大きくなっていく。

 私はただれた手をもう一つの手で覆い隠すように抑えた。そして、もう一つの手もやはり……同じように痛々しく、赤くただれていた。


 蝙蝠たちは、ただ暗い場所を好んでいる……というだけの理由でこうして木陰に隠れているのだろうが……私はどうやらそれとは違う。日の光というもの自体に弱いようだ。先の出来事から、私の翼が何かしらの攻撃に弱いということは分かった。それと似たようなものだろうが……これでは下手に外は出歩けないな……。

 

私の頭は自分の想定以上に冷静に……自体を呑み込んでいるようだった。





 体中に感じる疲労感に任せて、私は一本の木に体を寄せた。肉体的な面もあるが、精神的な疲労も大きいだろう。ゆっくり落ち着くまもなく……あまりにいろいろなことが起きすぎた。

 私は休憩がてら再び魔力の制御の練習をしようと、近くに落ちていた小石に手を伸ばした。そして、ふと視界に入った白いものに意識が移り……石に手を伸ばしていた手を止めた。そして、私の目線の先に見える木に目を向けると……その枝には他の黒い蝙蝠たちの中、ただ一匹明らかに目立つ色をした白い蝙蝠が止まっていた。

 暇つぶしと言わんばかりに白い蝙蝠は自身の纏う魔力を自由に動かし……私の【喰溶(モス・メルト)】の劣化版のようなものを使えるようになっている。洞窟で魔物に襲われた際は、一切戦う意思を見せなかったため戦闘能力はないと思っていたのだが……それなりに魔法を使えるようだ。少なくとも……私よりも魔力の扱いが上手いように思える……。




 ところでお前、名前とか欲しくないか?

魔力を遊ばせている白い蝙蝠を見つめながら目線でそう伝えてみた。すると、理解をしたのか……こちらを興味深そうな表情で見つめてきた。別にあれに愛着がわいたわけでもないのだが、名前がないと呼ぶのに不便だろう。

 しかし、そうはいっても急に名前が思い浮かぶわけでもない。


 一体どうするか……面倒くさい……白いから【シロ】でいいか。


 そもそもこんな奴一匹の名前を考えるのに無駄に時間を割く必要もない。分かりやすいからそれでいいだろう。当の本人はというと……なんだか不服そうだが。もう決めてしまったのだ。

お前はシロだ。そうして、半ば強引に決めてしまったが、群れのリーダーである白い蝙蝠の名前はシロになったのである。








 日が落ち始めた。薄暗い木の下にもわずかにだが日の光は注がれていた。しかし、その細い光の柱もやがてうっすらと消え始め……周囲は闇に閉ざされ始める。遥か遠くの平原の方を見つめると、そこには赤い光とともに地面へと沈んでいく太陽の姿があった。

 これだけ日が落ちれば、昼間のようなことになることはないだろう。そう思った私はゆっくりと緑生い茂る地面から立ちあがると、木陰の外へと出て行った。


 日中、木陰でずっと石を拾う……ということをしていたおかげか、何とか石に触れることはできるようになった。とはいえ、つかんだ瞬間粉々になってしまうのだが……。

 さらに、その合間に新しい魔法も使えるようになった。


「【闇鎖(ダーク・チェイン)】」


 そうつぶやくと、私の周りに三つ魔法陣が展開され、そこから黒い鎖が現れる。三つの鎖は一本の木にめがけて飛んでいくと、木の幹を貫通し30センチほどの穴があく。これは魔物を一匹一匹倒すのが面倒であり、しかし【喰溶(モス・メルト)】だと溶かしてしまい、魔物の血を得ることができなくなってしまうこともあったため考え出したものだ。


「これなら大丈夫そう……」


 とはいえ、あの不味い血を飲むのはやはり嫌なのだがそういうわけにもいかない。ドラゴンからもらった赤い液体があるとはいえ……そして川の水を飲んでしまったことも相まって、さすがに喉の渇きを感じ始めている。不用意に水など口にしてしまったことが悔やまれる……。

 やがて、空を覆っていた赤い光も青く変わっていき……黒一色に染まった頃。完全に日が落ちたのを確認すると、私は夜の空へと飛び立つのであった。






 しばらく森の頭上を飛んでいくと、大きめの魔力を感知した。大きいとは言っても、あくまで蝙蝠たちと比べた場合の話だ。洞窟にいた魔物たちに比べれば大分劣る。

 森の上空を飛んでいると、一部木の密度が低く、開けている場所を見つけた。その中心には何やら巨大な影が確認できる。こうしてこの場所が開けている……というのも、恐らくはこの魔物が原因だろう。木々が押し倒され、この場所が開けている、ということが分かる。


 影に向けて素早く降り立つと、その正体が明らかになる。黒色の毛を全身に纏った巨大な狼が前に立っていた。力の制御がある程度できるようになり、魔力を押さえられるようになったためか怯えている様子もなく、低い唸り声を上げ、明らかな敵意を向けてくる。


 狼がこちらをしっかりと見据えた……と思うと、地面をその巨大な足で踏みしめ、鋭い歯の生えた口を開けて襲い掛かってきた。私はそれを冷静に確認すると、真横に飛んでかわした。狼は自身の勢いに急に方向を変えることもできずにそのまま前へと突っ込んでいく。

 そして相手の背後。がら空きになった敵の姿を、私は見逃すはずもなかった。素早く先ほどの魔法を発動し、狼の腹を貫いた。

狼の真っ赤な鮮血が飛び散り、狼は腹を貫かれても、その足から生み出された勢いが止まることはなく、前へと走り続けていた。しかし、既に狼に息はなく、そのまま、まるで猪のように木へと突っ込んでいくと、しばらく前へ進み続けていたが、とうとうその足を止め、地面に崩れ落ちるようにしエ倒れた。


 相手の懐に潜り込んで、蹴りでも叩き込めばすぐに終わっただろうが、いちいち返り血を浴びるのが嫌なのだ。何しろ今の私の格好はドレスである。それに……これを血で汚すのはあまり気が進まない。

 それにしても、ここまで洞窟を通り、時には魔物と交戦をしてきた。既にボロボロになっていても不思議ではないはずなのだが……不思議なことにこの黒いドレスは破れているどころか、汚れさえも一切ない。それというのも、不思議なことに攻撃されたりなどで破れても、しばらくするとまた元通りになっているのである。一体どういうことなのか……。



 ふと、そんな疑問が頭によぎったが、今の私にとってはそれほど重要なことではなかった。それよりも今はあの倒した魔物についてだ。

 そうして、周囲の木々をなぎ倒しながら息絶えた狼が視界に入ると……そこには大勢の蝙蝠たちがその死体に群がり始めていた。


 それ、私の獲物なんだけど……。


 そう思ったのも束の間……次の瞬間には、すっかり干からびた様子の狼から大量の蝙蝠たちが飛び立っていた。どうやら、この蝙蝠たちも食事は私と同じらしい。違いと言えば……彼らは魔物の血を一切苦を表情に出すことなく飲みつくしたということか……。あんなものをよく飲めるものだ。


 そうして、すっかり干からびて小さく縮んでしまった狼の死体に対し、いまだに貪欲にもしゃぶりついている白い蝙蝠の姿があった。







 すっかり夜も更け、ちょうど三匹目に遭遇した魔物を倒したところだ。その魔物は、ちょうど蛇とネズミが混じったような姿をしていた。

 二匹目以降、蝙蝠たちは魔物の血を飲むことはせずに、私に譲ってくれるようだった。譲る……というよりも、もう必要ないといったところか……。


 私は切断されたその魔物の蛇のような頭からあふれ出す赤い鮮血を、丁寧に手ですくうようにして飲んだ。全く美味しくない……それどころか、吐きそうなのを必死に抑えて呑み込んでいる始末だ。

 しかし、川の水を飲むよりかは当然ましで、喉が潤うのは確かだ。無事、外に出ることが出来て、飲むものには困らないと思っていたのだが……そんなことはなかった。こんなことならば、あのドラゴンからもらった赤い液体は飲まなければよかったとさえ思う。何しろ、あの味を知ってしまっては、他のものなど……ましてやこの魔物の血など飲めたものではない。


 魔物の死体は依然として赤い血を垂れ流しながらそこにあった。蝙蝠たちがやったように、この魔物の血を吸いつくすことなど私にはできない。直接口をつけて飲むなどしたくない。こんなに不味いものに直接口をつけるなど私には耐えられない。

 それに、とても満足とは言えないが……それなりに喉の渇きを癒すことが出来た。これ以上この魔物の血を無理して飲むことはないだろう。そう思い、私は魔物の死体から離れた。


 そして気づいた……当然のように魔物の死体に張り付いている白い蝙蝠の姿を。たしかに二匹目の魔物を倒した時もこうだった。このシロは、あまりに貪欲すぎる……。魔物の血を飲みつくすどころか、挙句の果てにはその肉にまでその歯を突き立てている。

 とんでもない奴だ……。私はそんなシロの姿を見て、心からそう感じた。








 先ほどから、私は魔力の強い方向へと森を進んでいるのだが、魔物がだんだんと強くなってきている。魔力量だけでいえば、洞窟内でいうスライムくらいはあるかもしれない。とはいえ、それでも大したことはないのだが。

 朝になるまでまだ時間はある。これ以上森の探索をするくらいなら、平原の方へ一度行ってみた方がいいかもしれない。私はそう思い立つと、空中で一回転するようにして体を逆向きに向けた。そして、今まで進んでいた方向とは逆方向に向かって飛んでいった。

 

 ふと、空を見上げると……月はちょうど私の真上にあった。夜明けまでに森へ戻り、日差しを避けられる場所を見つけなければいけない。

 何か日が出ているときにも行動できる方法があればよいのだが……。


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