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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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停滞する議論

 すっかり静まり返った冒険者組合(ギルド)、執務室の中。部屋のど真ん中に鎮座するテーブルを挟んで、向かい合うように置かれたソファーで向かい合う二人。ギルドマスターであるリオルと、ミスリル級冒険者パーティー『不死鴉』のリーダーであるセルベスである。

 テーブルの上には五人分の飲み物の入れられたコップが置かれ、その内二つはテーブルの隅に置かれている。


 片方のソファーにはリオルが一人。そして、もう一人のソファーにはセルベスと、その隣にアスベルが、なにが面白いわけでもないのにも関わらず、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

 今は執務室の扉は閉められてはいるが……先ほどの状況を知っているであろう、この建物にいた者たちは皆、静まり返っている。その証拠に、いつもならば聞こえてくる賑やかな声も今は聞こえない。


「全く……いつもこれなのか……」


 リオルがあくまで独り言として、かろうじて音が出る程度の声で言った。しかしそんなリオルはお構いなしに、まるで自分に話しかけられたとでも言うように、その小さな声を聞き取ったアスベルが、やれやれと言った様子で答えた。


「本当だよね~……リーダーは見ての通りの、()鹿()だし、ナンは無口だし。まともなのはニーナと()()()だけだよね~」


 アスベルの物言いに、セルベスが分かりやすく苛立ちの表情を見せた。二人が座るソファーの後ろで立っていたニーナは、思わず苦笑いを浮かべた。


「……一番の問題児が何を言う……?」


「はぁ? 全然意味が分からないんだけど?」


「……言葉の通りだ……」


 ちょうど、リオルが思っていたことを代弁するように、ニーナの隣に立っていたナンが言う。顔は兜に隠れて見えないため、どのような表情を浮かべているのかは分からないが、恐らくはリオルと同じような心境だろう。


「でも……どうしてナンはさっき黙って見てたの? すぐに止めればよかったのに……」


「……いつもの事だ……」


 ニーナの問いかけに、ナンは黙って正面を見つめたまま言う。


「……すぐにお前が来るだろう……?」


「……そのことは、ちゃんとギルドマスターに伝えたの? 私が来ることを全然知らなかったみたいだけど……」


「…………」


「また肝心なことを言わなかったりしてない……?」


「……悪い……」


 ばつが悪そうな様子で、まるで小鳥がさえずるような小さな声でナンは言った。ニーナは小さくため息をつくと、改めてリオルに小さく頭を下げた。


「それでは……本題に入りますが……いいですか?」


 リオルが改まった口調で言うと、その様子に何かを感じ取ったのか、セルベスの表情が真剣なものへと変わった。


「異変が起きているのは大森林か?」


「……その通りです」


「一度、金級冒険者のパーティーが調査に向かったが失敗。原因は吸血鬼(ヴァンパイア)である可能性がある――」


「加えて言うと、さらに銀級冒険者一人と銅級冒険者十数人が行方不明。恐らくは帰ってくることはないかと……」


 リオルの表情が曇る。改めて事態の深刻さを理解したセルベスはテーブルの上に置かれたコップを勢いよく飲み干した。アスベルも流石に二人の様子から雰囲気を読み取ったのか、口元の笑みを消した。そしてセルベス同様にテーブル上のコップに手を伸ばすのだが……唯一異なったのは、それが両手であり――かつ、長い袖で手が隠れたまま器用にコップを両手で挟むようにして、口元へ運んでいく。

 自身の目の前で平然と行われる異様な光景に、リオルもいよいよそのことに触れないわけにはいけない――と感じたのか、とうとう重い口を開いた。


「……少し気になったんだが……一体、お前のそれはなんだ?」


「……ん? あたしの何がなんだって……」


「なぜ、袖の長さだけあっていないローブを着ている?」


 もしもこの場に、リベル以外の冒険者組合(ギルド)の関係者がいたとすれば、間違いなく、うんうんと頭を縦に振ったことだろう。


「……はぁ、分からないかな~。これはそういうデザインなの! わざわざ頼んでこういう形にしてもらったんだから」


 そんな注文を付けてくる魔法使いは、恐らくはこの女しかいないだろう――とリオルは内心、ため息をついた。


「……やはりこの中で一番おかしいのはお前じゃないか? ()に嫌われる理由もこれなら納得だ……そんなに弟が大事か?」


 セルベスの意味ありげな言葉に、何かしらまたセルベスを怒らせるような発言をアスベルがするのだろうと思われたが……妙なことに、アスベルは何も言わなかった。


「俺たちがわざわざここへやって来たのは……きっかけが重なったという意味合いが強い。あながち、こいつが言っていたことも間違っちゃいないな。」


 セルベスは隣のアスベルに目を向けながら続けた。


「勿論王国を救うためという理由もあるが――まず、ちょうど王都に帰る途中だった。王国の現状も風の便りで知ったことだ。決め手は原因が吸血鬼(ヴァンパイア)であるということ。それに――」


 そのあとは、リオルには聞かずともなんとなく理解できた。それは、先程のセルベスの意味ありげな言動。そして、アスベルの様子から――


 元々、リオルがアスベルと知り合ったのは、リオルがギルドマスターになるよりも昔。まだ、金級冒険者として、王都で活動していたころの話だ。

 当時、既に金級冒険者として王都で活躍の幅を広げている最中であったリオルとほぼ同時期。他に類を見ないスピードで金級へと昇格した冒険者がいた。それが、当時まだ金級であった()()()()だった。


「(あの頃は王都でばったり出くわすことも何度かあったが……ほとんど一人で行動している様子だったからな。まさかパーティーを組んでいたとは……)」


 リオルは彼女の姿が、とてもパーティーを組んでいる冒険者とは思えない、自由な様子であったことを思い出し、思わず苦笑した。


「(ほかに理由があるとすれば……こいつが原因か……)」


 リオルの記憶の中のアスベルは、第一に自由奔放。他人への影響などは深く考えずに、自分のやりたいことをやる――まさに子供のような人間であった。そして、それは今でも変わっていないようだった。

 そしてもう一つというと――


「まあ、弟が失敗したとなれば……姉としてはその尻ぬぐいをするべきっていうか……」


 アスベルのはっきりとしない物言いに、リベルがおちょくるように言った。


「おいおいどうした? その曖昧な受け答えは? 正直に言えよ~弟が大好きなだけです~って!」


「う……うるさい!!」


 先ほどの余裕などどこへ行ったのか、動揺した様子で顔を赤くするアスベルを馬鹿にするようにセルベスが言う。

 このまま、また先ほどのような状況に発展してしまうのではないかとリオルは一瞬思ったが、今度こそはただ単に言い合いをしているだけであったようで、リオルは、ほっと胸をなでおろした。


「(それも変わっていないか……こんな面倒な姉を持った()()()も苦労するな……)」


リオルは昔と全く変わらない様子のアスベルを見て、少し安心した様子だった。しかし、全く話合いが進展していない現状にも同時に気づいたようで、流石にリオルの顔にも、苛立ちの色が現れ始めているようだった。


「この前だってなぁ? 自分個人の依頼があるからって、王都へ行ってたが……後々、お前の弟が、文句を言ってたぞ? どこぞの馬鹿が、依頼にまでくっついてきて鬱陶しいってな」


「い……いつの間にそのことを!? あたしの知らない間に勝手に……!!」


「……あー、なんだ? いつの間にかここは酒場か何かと勘違いされていたのか……?」


 リオルが頭を掻きながら放ったその言葉に、一瞬にして部屋中の全ての視線が集まった。リオルは、確かに明確な意思をもって誰かにその言葉を放ったわけではない。

 実際、リオルは執務室の誰もいない方の壁に向けて、それを言っていた。しかし、この状況を見れば、リオルが遠まわしに言い争う二人に対して、明確な怒りを持って言っているのは明らかだった。

 流石にこれ以上はまずいと感じたのか、二人は身を翻して、畏まった様子でソファーに座った。


「あ……ごめん、やっぱ怒ってる? いや、あたしもさ……リオルとは知り合いだし。なんかつい気を抜いちゃうっていうか……」


 目をあちこちに泳がせながら、誰が聞いても分かるような明らかな言い訳を次々と並べるアスベル。一切、謝罪するような気配などない様子に、うんざりした様子でリオルは顔に手を当てながら言った。


「ああ、もういい……お前に何か期待する方が間違いなんだろうな……」


「そうそう、何を期待したって無駄だよ? 何を期待してるのかは知らないけど。」


 リオルが怒っていないことを理解するや否や、開き直った様子でアスベルは言った。


「それに、なんであんなに畏まる必要があるかな~? あたしにはタメ口なのに?」


「依頼でもないのに、わざわざ冒険者組合(ギルド)の助力に来た冒険者、それもミスリル級ともなれば、それ相応の敬意がいるだろう? お前にはそんな常識もないのか?」


「あたしへの敬意は?」


「そんなものあるわけないだろう?」


 一瞬の迷いもなく返ってきたリオルの返答に、アスベルは誰が見ても分かるような不満げな表情を浮かべた。それに、さらにセルベスのアスベルをからかうような笑いも相まって、それはより強いものとなった。


「おい、また喧嘩を始めるんじゃないだろうな?」


「いや……もう大丈夫だ。こいつがこれ以上、突っかかってこなければな」


 セルベスがアスベルを指さしながら言う。


「突っかかってきてるの、そっちじゃないですか~? そっちがやる気ならこっちも……」


「いい加減にしてくれ……全く話が進まん……」


 すっかり元の調子に戻ったのか、軽い調子で振舞うアスベルに、いよいようんざりしてきたのか、リオルが頭を抱えながら言った。

 アスベルは、まるで子供のようにすっかりご機嫌な様子で、まるで友達と話しでもするかのように言った。


「やっぱり、リオルはタメ口でいいと思うんだよね。なんか君が畏まって喋ってると……気持ち悪いって言うか」


「お前……こっちはお前ら冒険者と違って、そう単純なものじゃないんだって……」


 ギルドマスターとしての現在のリオルは、冒険者時代のリオルをよく知っているアスベルからすると、とてもおかしなものに見えたのか、けらけらと笑いながらリオルをからかうアスベル。呆れながらも、アスベルとの口論を続けるリオル。そして、いつの間にかその中に入り込んで一緒になっているセルベス。

 三人を見つめながら、ニーナは小さく微笑みながら、誰にも聞こえないような声でそっと呟いた。


「本当……仲がいいんですね……」


「……ここのギルドマスターと、あいつは知り合いとは聞いていたが……単なる知り合い……というわけでもないようだな……」


 ふと隣から聞こえてきた声に、驚いた様子でニーナは声のした方向へ振り向いた。そこには、依然として腕を組んだ状態で、いまだ口論を繰り広げている三人を見るわけでもなく、どこか虚空を見つめている様子であった。


「……耳いいんだね……ナン。聞こえてたの?」


「……俺の故郷ならこれくらい当然()()()……」


 ナンの『故郷』という言葉に、ニーナははっとしたように口をつぐんだ。それは、まるで何か触れてはいけないようなものにでも触れてしまったかのように……


「……気にするな……昔の事だ……過去のことなど気にするな。それよりも今だ……」


「今? それってどういう……」


「ニーナ……今回はそう気楽な仕事でもなさそうだ……危険が付きまとう……」


「それは……勿論分かってるけど……」


「……最悪、この四人の中の誰かが欠ける可能性も考えておけ……」


「……」


 その言葉が冗談などではないということは、彼の纏う空気から明らかだった。


「冒険者というのは、そういうものだ……」


 そう一言、言い残すと、それ以上ナンが口を開くことはなかった。同時にニーナがそれ以上ナンに何かを問い詰めることもなかった。

 執務室の中は、三人の口論がしばらくの間続いていた……

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