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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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"不死鴉"の訪問

「……これは?」


「ああ、お前に渡してほしいと言われた……」


 そう言ってディーンがレナに渡したのは、小さな魔石が埋め込まれた首飾りだった。魔石は外の光に照らされ、綺麗な青色に光っている。大きさこそ小さいが、魔石である以上は、その価値は生半可なものではない。それも、優れた魔法の使い手である()()の手によって作り出されたものとするのならば、なおさら――


「なんだぁ? あの爺さんそんなものまでわざわざあの短時間で作ったのか?」


「いや、これは昔に作ったものらしい。レナ、お前が今着ているその魔道具の元の持ち主のものだそうだ。」


「……元の、持ち主……」


 ディーンから受け取ったその首飾りを真剣な目で見つめるレナの脳裏には、ロウの姿が浮かんでいた。まるで、何かを後悔でもしているようなロウの表情。その答えが、恐らく――いや、間違いなくこの魔道具の元の持ち主にあるということは明白だった。

 ロウの話によれば、それは()()()()の弟子と言っていたが……


「(う~ん……気になるところではあったけど、聞けそうな様子でもなかったしなぁ……まぁ、いっか)」


「あぁ! レナばっかりずるいぜ!」


 ディーンからレナへ渡された首飾りを、トムが妬ましそうな表情で見つめながら言う。


「何もおかしなことはないだろう……? 元々レナのためにあそこには行ったんだからな。俺たちの装備だって、次ここに戻ってくる頃にはできているだろう」


「……そりゃ、そうだけどなぁ~……」


 トムは腕を組みながら複雑な表情でレナを見つめていた。ディーンは小さくため息をついて言った。


「まぁ、確かに魔道具に比べれば……というところではあるだろうな。そのローブをもらったのも完全にあの店主の好意によるものだ。本来であれば、俺たちには到底手の届くようなものじゃない」


「……かもね」


 レナがどこか落ち込んだような様子で答える。そして、僅かな恐れすら含んだ手つきで改めて自分の身に着けているローブに触れた。屋内にいたときにも見たローブの青い輝きが、日の光によってさらに際立った。


「それで、ずっと聞きたかったんだが……実際、()()の着心地はどうなんだ? 魔道具なんてそう簡単に手に入れるものじゃない。貴重な意見を聞きたいところだ」


「おう、それは俺も思ったぜ。なんかやっぱり……不思議な力、みたいなのを感じるのか?」


 トムのあまりに曖昧な表現にディーンは呆れた様子で横目にトムを見つめた。レナは、それに対して首を振りながら応える。その、明らかに心から喜んでいないレナの様子に、トムは勿論の事、ディーンも不思議そうな表情を浮かべた。


「着心地は確かにいいよ? サイズもぴったりだし。だけど、気分は最悪かな……」


「うん? そりゃ、どういうことだ?」


「簡単に言うとね……すっごくだるい。多分、私にはまだこれは使いこなせてないんだと思う……お爺さんにも言われたけど、慣れないと簡単な魔法も使えないみたい。」


「えぇ!? そりゃマジかよ!!」


 トムが露骨に嫌な顔をした。しかし、そこには本当の意味での悪意はなく、どこか喜んでいるような素振りだった。


「なるほど……まあ、当然と言えば当然。魔道具は伊達に、魔道具と呼ばれているわけではないみたいだな……しかし、逆に考えれば、それだけの物をただで手に入れて代償がそれだけということを考えれば、十分じゃないか?」


「あぁ! 本当、最高だな! なんてったって、大層素敵な贈り物をもらって、その代償がたったの役立たず一人だ」


 トムがあからさまに嫌味を込めた言葉を放つ。顔はどこか空の向こうを向いてはいるが、誰に向けて放たれた言葉なのかは誰の目にも明らかだ。レナはそんなトムの言動に顔をしかめたが、トムの言葉にも一理あると感じたのか、自身なさげに顔を下に向けた。

 そんな二人の様子を見て、呆れたようにディーンはため息をついた。


「……そういえば、今思い出したんだが。お前が言っていた、あの赤い魔石とやら……名前が思い出せないからって、聞くつもりじゃなかったのか?」


「あ……」


 重苦しい空気を変えるように、放たれたディーンの言葉を聞いたトムは、先ほどまでのレナへの不満など、何処へやら……はっとしたように言った。


「全くついてないぜ……まぁ、大したことでもないけどな……」


「……ねえ、一体何の話、それ? さっきも少し話してたけど……」


「あぁ、それは……いや、この話はあとにしよう。そろそろ目的地に付きそうだ」


「ふぅ、思った以上に時間がかかっちまったな。時間ギリギリだな……」


 三人の前に現れたのは、木を基調として立てられた巨大な建物。全体的に色の黒い木材が用いられているため、その外観は暗い印象を受ける。しかし、取り付けられた窓から見えるのは、賑やかな建物の中の様子。そしてそれは決して中だけではなく、建物の外にも、木でできた壁に寄りかかるようにして話す()()()たちの姿が見える。


 ――これが王国に次ぐ規模を誇ると言われ、セリオン王国唯一の冒険者組合(ギルド)。しかし、そう言う割には少しその規模は小さいように思えるだろう。

 周りの建物と比べれば、その大きさはかなりのものだが、それでも王城やそれに匹敵する(クルーク)の大図書館に比べれば、どちらが大きいかなど比べるまでもない。

 しかし、もしもこの王国の……この冒険者組合(ギルド)に所属している冒険者を全てが一度に会するということがあったとするのならば……間違いなくこの王国唯一の冒険者組合(ギルド)が、王都に匹敵するほどの規模を誇るのだと認めざるを得ないだろう。


「さ~て、時間は何とか間に合っただろうな……まさか、少し遅れた程度で今までの準備がパァになるってことはないだろうが。このトム様、最初のでかい仕事が全部なくなったなんて言ったら笑えないぜ……」






「そうか……やはり、リベルは死んだ、と考えるほかないか……」


 報告を終えたギルド職員の一人が部屋の外へ出ていく後ろ姿を見つめながら、リオルはポロリと呟いた。分かっていたはずの事ではあるが、わずかにまだ生きている可能性も残されていた。

 しかし、リベルとそれについていった銅級冒険者たちを森へ連れて行った者たちの話によれば、彼らが森の外に戻ってくることはなかったということだ。少なくとも、馬車を止めていた場所には戻ってこなかったということは確実で、結局戻ってきたのは、リベルたちを連れて行った馬車が複数……

 となれば、リベルたちは馬車なしで……自分たちの足でこの王国へ戻って来なければならない。十分な食料もない中、そんなことは不可能だろう。


「全く……今までも何度か森に異変が起こることはあったが、こんなに訳が分からないことは初めてだ」


 異変の原因は強大な魔物によるもの……それも、金級冒険者であるジオンたちが遭遇した黒い影――即ち、吸血蝙蝠の群れの存在から、それが吸血鬼(ヴァンパイア)によるものであると思われる。

 しかし、まだ確定はできない。というのも、ピロー大森林に吸血鬼(ヴァンパイア)が現れる。そんなことは彼らの性質上考えられず、当然前例もない。しかし、上がってきた証拠がそれを否定する……

 そんな状況に、冒険者組合(ギルド)のギルドマスターであるリオルは頭を抱えていた。


「……」


 執務室には直後、静寂が訪れる。今はギルドマスターであるリオルも、以前は冒険者として前線に立ち、日々戦いを繰り広げていた。金級冒険者として、この王国では勿論……王都でも多くの活躍を残した彼ですら――突如として起こった()()空気の変化には、構えざるを得なかった。

 いや……恐らくは、彼だからこそ――この空気の変化に気づくことが出来たのだろう。


「……そんな場所に立っていて、俺が気づかないと思ったか?」


 そうリオルは視線を一切動かさずに言う。すると、何もないはずの彼の背後にわずかに何かが動く気配がした。


「……さっすが、ギルドマスターは違うね~。いや、君だからこそ……かもしれないけどね」


「無駄口は止めろ……本気で隠れる気もないのに何を言う」


「……ふふ……やっぱり、気づいてたんだ?」


 かけられた言葉に応えるように、リオルが後ろへ振り返る――と、リオルのいる執務室の扉が開かれるのは、ほぼ同時のことだった。


「おい、アスベル。隠匿魔法なんて使ってどうするつもりだ、魔物と戦うわけでもないってのに」


「んー? いつもの癖っていうか~……そんな感じ?」


 そんなおどけた様子の声に呼応するように、リオルが振り返った執務室の壁。その周囲の空気が変化した。


 姿を現したのは、真紅の燃えるような長い髪を持つ一人の女だった。先の尖った帽子に全身を包むその黒い漆黒のローブは、かなり袖丈が長いもので、彼女の手をすっぽり隠してしまうほどのものだ。しかし、決してサイズが合っていないというわけでもないようで、その証拠にそのローブの裾は地面に付くことはなく、彼女の足首上すぐ辺りで止まっている。

 また、女は斜めに背負うような形で、一本の杖を身に着けていた。その杖は彼女の背丈にも匹敵するほどの大きさで、恐らくは彼女を見た者たちの目を最初に引くのはこの巨大な杖だろう。


 そして――それが決して、ただの杖でないことも、リオルの目には明らかだった。


「毎回、お前のその……()、とやらに付き合っている暇はないぞ。面倒事を起こされてもたまらん」


「……気を抜きすぎだ…………そんな余裕はないぞ……」


 次に現れた二人はというと……一人は金髪の男だった。年齢は20代後半か30代……と思わせるのは、あくまで彼の表情が見せる貫禄のためであり、まだ若さの残るその顔つきは、もう少し若く見えてもおかしくはないだろう、とリオルに思わせた。


「(それに……二本か。珍しいな……)」


 そしてリオルの視線は、もう一人の方へと移る。全身を頭まで覆うプレートアーマーに、背中には巨大な大剣を身に着けている。一昔前の騎士の風貌といった印象を受ける。見た目からは、その性別は区別がつかないが、先ほど発した声……そして、リオルにとっても、あまり目にすることはないほどの大きさのあの巨大な大剣、それを振り回すということを考えると、男であると考えるのが自然だろう。


「(やはり……ミスリル級の冒険者ともなると、どのメンバーも目を引く者ばかりだな……)」


 ミスリル級の冒険者など、そう多くいるような存在ではない。冒険者組合(ギルド)に所属している者も、そのほとんどが王都の冒険者組合(ギルド)であり、その多くが以来のために、一か所にとどまることがない。

 こうして彼ら、ミスリル級冒険者パーティー……『不死鴉』がわざわざこの王国へやって来たのも、今回の森の異変……それがミスリル級冒険者を有するほどに、深刻な問題であるということに他ならない。

 しかし、当然それだけが問題ではない。実際、王国の問題はまだ周囲の国々に伝わりきっているわけではなく、また、王国が要請をして彼らがやって来たわけでもない。


「王国の危機となれば……駆けつけないわけにはいかないからな」


 金髪の男が真剣なまなざしで自身の握った拳を見つめる。それはちょうど、覚悟を決めた男の表情――にも近い、そんな表情だった。しかし、そんな彼の台詞を台無しにするように……赤髪の女が口を開いた。


「うんうん。王国の現状を知ったのは、王国内に入ってからだけどね~」


「なっ!?」


 男の表情が先ほどとは一変し、そこには怒りの感情が現れ始める。にもかかわらず、それをまるで楽しむかの如く、赤髪の女はニヤニヤと笑みを浮かべながら続ける。


「ついでに言うと、王国に来たのも王都に帰るついで、って言うか……ただの通り道?」


「おいっアスベル! あまりふざけたことを言ってると!!」


 金髪の男が顔を真っ赤にして声を上げる。それとは裏腹に、怒りを向けられたことの本人である――アスベルと呼ばれた赤髪の女が、からかうように笑った。

 ここまで怒るような事でもない、とリオルはほんの仲間同士の会話の一部とでも考えていたが、この状況は今にも血を見る戦いが起こりそうな気配がするほどであった。金髪の男がいよいよ自身の剣に手をかけ始めたあたりから、リオルもさすがにこの状況がただでは済まないことを確信したのか、止めに入ろうと考えた瞬間――


「……構わない、いつもの事だ……」


「!? しかし、この状況は流石に……」


「……しばらく、そのままやらせておけ…………その内収まる……」


 リオルを止めたのは、あの全身をプレートアーマーに包んだ男だった。男は一度リオルの前を手で遮るようにしてそう言うと、そのまま手を組んだまま状況を傍観し始めた。


 ……恐らくは、彼らにとってはこれが普通なのかもしれない。恐らくはこの先起こるであろう、喧嘩と言う名の戦闘も……

 しかし、彼らにとってそれが喧嘩であろうと、ここは人々の賑わう街中、その真っただ中に佇む冒険者組合(ギルド)である。ただの喧嘩では済まされない。


 依然として、金髪の男は明らかな敵意をアスベルと呼ばれた女に向けている。しかし、彼女はニヤニヤとした表情を浮かべるばかりで戦おうとする姿勢は一切見られない。しかし、それが一層、男を苛立たせるのか状況が良くなる兆しは見えない。

 全身鎧の男の傍観を続ける姿勢に、助力は望めないと悟ったリオルは、意を決して二人を止めようと、その重い一歩を踏み出そうとしたところ――


「……でもさ、一番ここに来るのを賛成してたのは、アスベルちゃんだよね?」


 予想外の声にリオルは思わず、一瞬この状況の事など忘れ、声の主の方へと視線を向けた。それはちょうど開け放たれた執務室の扉の方からだった。

 どうやら室内の状況は外にも丸わかりだったようで、心配そうに扉の向こう側から見つめる冒険者たちやギルド職員たちの姿がリオルの目には入った。しかし、それ以上にリオルの視線を釘付けにしたのは、扉の前に佇む一人の人影の姿だった。


「(あれは……まさか、聖教国の!?)」


 明らかに他の三人とは異なる、黒と白を基調とした服。身につけられた帽子から垂れ下がる半透明のベールは、()()の長い髪に従うように下へ下へと流れており、ちょうどそれは彼女の腰辺りにまで届いている。

 そして、魔法使いのローブとも異なるそれには、何かを象徴するような特徴的な模様が刻まれていた。


 それは――とある神を象徴しているもの。何か一つの神を信仰する宗教は世界中に大小様々存在し、多くの場合は一つの国で共通の宗教が信仰されている場合が多い。

 その中でも、国としても大きな影響力を持ち、宗教としてもとても広い範囲で信仰されている宗教――フィアー教。彼女の身に着ける服に刻まれていた、()()を模した特徴的な紋章。それは紛れもなく……フィアー教の紋章。


「(フィアー教では、確か……の紋章を冠した衣類を身に着けることが許されるのは聖職者のみであったはず。もしそうだとすると、まさかそんなはずは……いや、あの口ぶりからすると本当に……)」


 リオルの中で一つの結果が出た瞬間。先程の苛立った様子など、どこへ行ったのやら――すっかり平常心を取り戻した様子の金髪の男に、対してアスベルは何故か焦ったような様子だった。

 今頃、本来であれば彼らがここへわざわざやって来た理由でもある()()について、話合いが始まっているはずであったが……いつの間にかそんな状況では無くなり、挙句の果てには話し合いの中心となるはずであったリオルが蚊帳の外という始末。

 そんなわけで、すっかり部屋の壁際の方へ追いやられていたリオルに、彼女は何の迷いもなく歩み寄ると、深く頭を下げると、言った。


「こんにちは、あなたが……ここのギルドマスターのリオルさん……ですよね? 私、()()()といいます。」


 そして、ニーナは最初に金髪の男、そして全身鎧の男に目をやりながら言う。


「そこにいる彼が、一応パーティーのリーダーのセルベス、それでそっちの顔が見えない方がナン。アスベルちゃんは……確かリオルさんは一度会ったことがあるんですよね?」


「あ……あぁ、確かにそれはそうなんだが……一体あなたは?」


 突然の出来事に動揺をしたリオルだったが、改めて自身の目の前に立っている者へと目を向ける。ニーナと名乗った彼女は、一度何を言われているのか分からない……とでも言いたげな様子であったが、しばらくしてその意味に気づいたのか、苦笑をもらした。


「あぁ……そうですよね。やっぱり変ですよね、本来教会で祈りを捧げるべき神の使いが……こんな場所で冒険者なんてやっているのは……」


「すると……やはりあなたは……」


 リオルの問いかけに、ニーナは小さく深呼吸をすると、落ち着いた様子で言った。


「はい……私もこのパーティーの一員。以前は、聖教国アルピスの教会に民のために勤めていました……」


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