表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
87/131

人知れぬ対談

 部屋の中の印象は、先程までいた部屋と同じように非常に質素なものだった。照明すらないこの室内には、やはり必要最低限のものしか置いておらず、それさえも先ほどの部屋に比べれば少ない。

 レイアが最初に視界に入れたのは、室内の壁に飾られた一本の剣。黒と白の装飾が施された鞘に収められたその剣は、窓から外から注ぐ光に当てられて、より一層その姿を美しく輝かせた。

 王国の象徴であり、聖騎士である証でもある紋章――白と黒の円は対立しあう二つを示し、互いに重なり合う様子はそれらが和解し合うことを示している……というように国民たちの間の共通の理解である。しかし、それが実際に正しいのか――間違っているのか、それは王国内でも一部の人間しか知らないことだ。


 そして、そんな聖騎士の証をその身に輝かせるあの美しい鞘に収められた剣は紛れもなく聖騎士だけが持つことを許される剣――聖剣。その刀身には魔力とも気力とも違う神聖なる力が込められており、悪しき者を払う力をその身に宿すと言われている。


 レイアの頭の中にある光景が思い出される――崩れた瓦礫の中、自分の目線の先に倒れているのは、決して負けることなどあり得ないその人。地面に広がる鮮血の中心に、刀身を真っ赤に染めた剣が一本……

 それがあの剣であった。あれは紛れもなく聖騎士団長自身の聖剣。レイアと同じ細い刀身の剣で、片手で容易く振ることが出来る剣だ。一般的な攻撃手段としては、その鋭い剣先を活かした刺突攻撃。

 しかし、あの騎士団長はそれを――時には剣の腹を用いて攻撃を受け流し、あるいは大きく横に振ることによる斬撃。聖剣に込められた聖なる力と自身の気力を活かしたその高度な戦闘技術は、容易に真似できるようなものではないだろう。似た形状を持つ聖剣とは言え、レイアと騎士団長では大きな差がある。


 騎士団の聖騎士の誰もがその戦闘能力に絶対的な信頼を置き、実際にその力で討ち取ってきた敵は数知れない。戦時には向かい来る大軍を軽々と薙ぎ払い、敵国の大将を討ち取る――あるいは人類に敵対する強大な魔物を――

 そんな中でも騎士団長の功績として最も有名なのは、中位吸血鬼(ミド・ヴァンパイア)の単騎討伐。それを大きな苦も無く行ったというのだから、それだけでも騎士団長の戦闘能力の高さを垣間見ることが出来るだろう。もしも副騎士団長であるオルクスや、彼にも決して劣らない力を持つレオンが協力したとしても戦況は厳しいものとなるだろう。他の聖騎士の力を借りてようやく勝つことが出来るといったところだ。


 そんな騎士団長が……今はベッドの上に仰向けになっている。その目は固く閉ざされており、目を覚ます気配はない。

 この状況をなんとなく察していたものの、実際に見ると信じられないといった様子のレオンは、もはや声を上げることすらできずに……ただ、その視線をベッドに向け続けているだけであった。


「……これは?」


 四人の間に広がっていた沈黙を打ち破るように、イリーナが口を開いた。四人の足元には光り輝く魔法陣が広がっていた。それはかなりの規模であり、室内全体を包むほどのものだ。

 魔法の知識がないものであっても、普通の魔法で展開される魔法陣の大きさくらいは知っている。だからこそ、この魔法陣から発動される魔法がいかに高度なものであるか――それくらいは理解することが出来た。


「治癒魔法の一種のようです……かなり長い時間、持続的に再生させ続けることが出来るようですが……これだけの魔法を用いても命を繋ぎ続けることで精いっぱいです」


 オルクスが歯を食いしばりながら言った。これだけの魔法を行使できるものなど、この王国内でも一人しか存在しない。その人物の魔法を以てしてもこれが限界であるという事実……。事態の深刻さ、そしてこんな状況になってしまったことに対し、副騎士団長として何の力にもなることが出来なかったことがオルクスの心に深く突き刺さっていた。それはオルクスだけではない。この城塞内にいる聖騎士全員が等しく感じていることだ。


「私が発見した時には既に……胸に聖剣を一突き――恐らくは今回王国を襲った者の仕業であると思われます」


 わずかに視線を下に向けながら、レイアが事務的な報告を行う。数日の間王城におり、今回の事件に関して詳しく知らないレオンや、イリーナに現段階での騎士団内の見解を伝えるためだ。


「今回の事件に関しては既に王国上層部には情報は伝わっております。王国内でも有数の力を持った家が当主を含め屋敷ごと潰された……それだけでもただ事ではありませんが、それ以上に騎士団長グルコス様が討たれたという話は半信半疑の状態。しかし……この状況を見れば、信じざるを得ませんね……」


 イリーナが初めてその表情をわずかに歪め、額に手を当てた。


「……今回の事件、王国を襲った人物の正体がどうも見えてきません。そもそも、今回の貴族街の襲撃、向こうの目的でもあったであろうルイーン家が襲われる事となった動機が分かりません。屋敷ごと潰されることとなった動機……もしかすると、ありすぎるのかもしれませんね……あの家は昔から悪い噂が絶えませんでしたから……」


 ルイーン家のゴドリー侯爵と言えば、王国の現国王、ミルド三世に不満を持つ貴族として王国の議会でもたびたび話に上がってくる。その影響力は強く、王家を代々支え、王国議会でも中心的な役割を果たしている王国の公爵家にも決して劣らず、セリオン王国では、いつ元王国の体制が崩されるか分からない……そんな緊張状態が続いていた。

 噂によれば、ゴドリー侯爵は闇に深く通じていたと考えられていた。盗み、誘拐、殺し、様々な……そんな法に触れるような仕事を請け負う闇の組織。その中枢部に、決して遠くない位置にいたと。でなければ、ゴドリー侯爵と対立をしていた同じ侯爵家やその派閥……彼らが突然、次の日、何の前触れもなく死体となって発見されるなどということはなかっただろう。

 その時の死体の様子を見た聖騎士団の話によれば、死体に付けられた傷はまさに鮮やかなもので、人間を死に追いやる……そのための最小限の傷でしかなかったということだ。とても素人が出来るような技ではなく、その上生半可な暗殺者でもできるものではない。そういった仕事を専門に従事している――そんな()()()()()()の仕事としか思えなかった。


「それで、実際に戦った聖騎士の皆様からして……相手はどれほどの実力があるとお考えですか?」


 思案に暮れていたイリーナがその顔を上げ、改めてレイア、レオン、オルクスの三人に向き返った。その目は真剣なもので、とても十歳にも行っていない少女の浮かべる表情とは思えない。

 イリーナの言葉を受け、オルクスはレオンに視線を送った。


「……あれはただ者じゃない。相手の実力を完全に見切れていなかったために本気を出せなかったということもあるが、それでもこの俺を一撃で……それもご丁寧に急所を外してくれるだけの余裕があるときた……。副騎士団長でも敵わなかったのも納得だ。騎士団長が負けたというのはまだ信じられないけどな……」


 レオンが自分を嘲笑うように小さく息を吐いて言った。一国の王女の前で口にするような言葉遣いではないが、それでも何か文句を言うものはこの場にはいない。レオンという男の性格をよく理解している二人は、この男にそんな振る舞いなど不可能など半ば諦めていた。幸いなことに、イリーナは一切気にしている様子はなく、レオンの言葉を一言一句聞き逃すまいとでも言うように、真剣なまなざしをレオンに向けていた。


「私も交戦しましたが、お世辞にも互角とは言えなかったでしょう。相手も剣を用いてはいましたが、非常に変わった戦い方をしていました……」


「……? 変わった……といいますと?」


「奴の持っていた剣は恐らくはレイピアかそれに近いもの……本来であれば、そういった剣は相手の急所を狙って突く、といった攻撃手段が基本ですが、私の戦った相手はそういった戦闘方法ではなく……そうですね、本来であれば簡単に折れてしまうためこのような戦い方はしないのですが、私の剣を受け流したり、直接受け止めたり――そういった戦い方が目立ちましたね」


 オルクスはイリーナに向かって話を続ける。レイピアのような細い剣では、通常の刀身のしっかりとした剣と同じような戦い方はできない。そのことは、特に剣に関して深い理解があるわけでもないイリーナでも十分に理解できたようだ。しかし、オルクスの話に声を上げたのは、実際にオルクスと向き合って話していたイリーナではなく、横で話を聞いているだけだったレオンと――そしてレイアだった。


「それは……まるで騎士団長のようでは……」


「ああ、それは俺も思ったところだ」


 レイアに続くようにレオンが答える。オルクスから聞いた戦闘方法は、まさに二人の中にある騎士団長の姿に重なるものがあった。本来であれば刺突攻撃を主にして戦うレイピアのような細剣。そんな常識に囚われない奇抜な戦い方をし、そしてその戦闘方法の奇抜さにも劣らない圧倒的な力を見せつけた存在。今は自分たちのすぐ目線の先に眠る騎士団長の姿が二人の頭の中に映った。


「……グルコス様に?」


 イリーナが目を少し見開くと、二人の発言に興味を持ったのかレイアとレオンの方へ視線を向ける。オルクスもそれに気づいたのか、二人に一度視線を送ると、少しの間を置いてから再び話し始めた。


「勿論、それは私も思ったことです。しかし、()()と騎士団長では何もかもが違います」


 三人の視線がオルクス一人に集まった。


「まず技の完成度から違う……確かに奴の剣の技もかなりのものでしたが、それでも騎士団長に比べればその差は歴然。それのみで考えるのであれば、どちらが勝つかなど見るまでもないでしょう」


 オルクスの発言は、見方を変えれば、騎士団長に剣術の点で大きく劣る存在――それに敗れたレオンと、そしてオルクス自身を蔑んでいるようにも見えた。しかし、それに対してレオンは何の反論をする気配もない。そしてオルクス自身も、自身の発言に確固たる確信を持っているようだった。それほどまでに、彼らの中での騎士団長の存在は大きい――ということだろう。


「しかし……グルコス様は……」


「はい……もしもそれだけであれば騎士団長が負けるはずはありません。レオンも私も苦戦はしたとしても勝つことは出来たでしょう。我々が敗れた要因は、剣の技だけではなく――相手の魔法使いとしての能力も大きく関係していたでしょう」


「「「魔法?」」」


 三人の声が揃った。イリーナやレイアはともかく、オルクスと同様に一度剣を交えたはずのレオンまでもが声を上げたのだが、それに対してオルクスは何も疑問を感じていないようだった。

 オルクスは自身の腰に差した剣に一度目をやると、そのまま話始めた。


「我々が用いる聖剣……これは決して適当な素材で作られているわけではありません。聖剣は我々にとって命も同然。それに、()()にも耐えることが出来なければなりませんから」


 オルクスの言葉通り、聖剣はその殆どに魔鉱石が用いられており、その魔鉱石の希少性も考えて、その価値は計り知れない。そして、特に魔鉱石の中でも特に純度が高く、比較的入手も容易なものを別名()()()()などと呼び、聖剣には主にこれが用いられている。


「当然その硬度も生半可なものじゃない。普通の金属でできた剣に耐えられるようなものではありません。それを奴は、いともたやすく正面から受け止めた。正体がこうして今も分からないのは、奴の()()()()のせいでしょう」


「隠匿魔法……主に正体を隠すのに使い、暗殺などに用いられる魔法ですね」


「戦闘中も一切魔法を解かずに戦っていたことからも、魔法にかなり長けているのでしょう。あれほどの剣を持ちながら魔法にも長けている……あんな相手は見たことがありません」


 オルクスの話を一通り聞いたイリーナはしばらくの間、思案を巡らせているのか目を閉じた。


「……今までの話を聞く限り、やはり相手の目的は侯爵家の暗殺。しかし、ここまで事を荒げた理由も分かりません。それほどの実力があるのならば人知れず暗殺を実行することなど容易でしょうに……。それほど聖騎士が総出でやって来たのが予想外だったのでしょうか。もしも目的が暗殺で合っているとするのならば、一体その後ろには何が……」


 イリーナがボソボソと呟くように、後半はほとんど独り言のようになりながら言った。その様子を見ていたオルクスが付け加えるように言った。


「……私の考えを述べるのであれば、相手は人間ではないでしょう。奴は小柄でまるで子供のようでした。……王女殿下よりも少し大きい程度です」


 オルクスは自身の背丈よりもずっと小さいイリーナの姿を見つめながら言った。


「……本当に、人間である可能性はないのですか? そうですね……例えば、かの巨大組織――血の宴(ブラッドフィースト)であっても?」


 イリーナはいまだ思案を巡らせているためか、オルクスの足元に目を向けたまま言った。


「……その可能性も確かに捨てきれません。あの組織では子供を攫って子供の頃から暗殺者としての訓練を受けるようですから……。しかし、今回の場合は――それはないでしょう」


「……?」


 怪訝そうな表情を浮かべたイリーナとオルクスの目が合う。


「相手は()()を使う様子がありませんでした。魔力量から考えてもとても人間とは思えません」


「……気力、ですか。私の考えよりも、実際に戦ったあなた様の意見の方が当然考慮するべきでしょうね……」


 少し目線を下に向けて話すイリーナは、口ではオルクスの意見を肯定しているものの、どこか納得いかない……といった様子だった。知識として()()という存在を知ってはいても、やはり実際に使うことのできないとなれば、それが何なのかはっきりとするものではない。特に気力や魔力といったものはその傾向が強い。しかし、そのことを二人とも互いに理解しているのか、それについて両者がぶつかることはなかった。


「人間以外の種族だとするのならば……亜人などでしょうか。亜人に関してははっきりとすべての種族が分かっているわけでもありませんから」


「相手が主に用いていたのは隠匿魔法もそうですが……闇魔法が多いようにも思えました。それを得意としているとするのならば……悪魔かその類である可能性もあるでしょう」


「悪魔ですか……人の姿を模したものもいるようですからあり得なくもないですね……」






 その後もオルクスとイリーナの会話は続いた。主としては、変わらず互いの情報の擦り合わせ。持っている情報としては、実際に交戦をしたオルクスほどではないが、レオンやレイアの知っている情報も交えて話し合いは行われた。

 そして結果的に分かったのは、時期的にも考えて、今回の事件の少し前に起こったもう一つの事件。貧民街での惨殺も犯人は恐らくは同じであるということ。後者の事件では全ての死体が剣による殺害ではなかったが、相手が単純な身体能力においても優れていることからそれは関係ないということになった。


 しかしそれ以外に分かったことはほとんどなく、浮かび上がった推測もどれも曖昧なものばかり。そして今回の事件の実行犯である少女――それに関しても大きな目星はついておらず、そのためその後ろにどのような組織が隠れているかなど分かるはずもなかった。


「……どうやら私だけでは大きな力になれそうもありません。いち早くこの情報を伝え……王国以外の()――王都にも伝えるべきでしょう」


 イリーナの言葉にオルクスは一瞬顔をしかめたように見えた。


「王都に……? いえ、勿論その必要はあるでしょうが……今の状況では国民に不安を与えることになるかもしれません」


「はい……普段であれば、使者を送ることになるのでしょうが、今回は状況も状況ですので、陛下が直接向かう必要があるでしょう。それに……向かう先は王都ですから」


 国王が直々に王都に向かうとなれば、それなりの兵士が動くことになるだろう。いくら王国と王都が近いとは言っても、その間に横たわるのは、魔物が少なからず生息するアルジオ平原。さらに魔物も弱くはないため兵士の数が少なくては王を守ることが出来なくなってしまう。

 それだけに、王が王都へ向かっている間は王国の守りが薄くなる。他国からの攻撃も勿論だが、それよりも魔物の動きの方が問題だろう。近頃、森の方面で魔物の不穏な動きが現れているということは冒険者組合(ギルド)から既に騎士団に知れ渡っている。

 単に今回の事件についての情報を王都と共有し協力を仰ぐ――というだけであれば、一国の王がわざわざ現地に赴く必要はない。使者を向かわせればよいだけだろう。騎士団長が敗れるほどの脅威であり、事態の重大さを加味してもそれは変わらないだろう。

 だからこそ、オルクスは依然として何かが引っかかるような気持ちを抱えていた。そして、次に放たれたイリーナの言葉は、さらにオルクスに驚きを与えることとなった。


「王都には私も向かうつもりです」


「!! ……それは本当ですか?」


 オルクスは信じられないものを見るようにイリーナを見つめる。決して安全とは言えない旅に、いくら王女とはいえ、まだ幼いイリーナが向かうことに抵抗感があるのか……


「……私自身、自分が行くことに何の意味があるのか……とは思いますが、陛下がどうしても、と」


 イリーナ自身、自分が行くことに疑問を持っているようだったが、オルクスにもその理由は分からずじまいだった。しばらく二人の間に沈黙が流れた。


「(陛下がそこまで言うということは、王女殿下が王都へ向かうことに何か意味があるのか……いや、それ以前に、陛下がわざわざ王都へ向かうことも何か引っかかる。まさか……それ自体――陛下と王女殿下が王都へ向かうことが重要ということか……)」


 そもそも、王都ヴァンテールという国には謎が多い。王国と密接な関係があり、特に貿易面で交流が多く、冒険者組合(ギルド)の活動も盛んでその質も高い……ということは恐らくは多くの人々の認識だろうが、よくよく考えてみればはっきりとしていないことも多い。

 まず、国という形態をとっており、()()と名乗っているのにも関わらず、そこにはっきりとした王という存在はいない。王都に向かうことが何度もあり、その点について疑問を持ったことも多いオルクスの中では、王都は元々、今は亡き国の王都として存在していたもので、そこが他の国に吸収されることもなく、今では他の多くの国々の架け橋のような役割として成立していることから、その流れで国として認識されるようになった、というように理解している。


「それともう一つ、あまり多くの兵士を動かして国民に与えてもいけないので、今回はなるべく少ない数でとのことですので……」


 イリーナが言いにくそうに言葉を詰まらせる。しかし、オルクスはイリーナが言い終わるより先に答えを知っていたのかのように言った。


「なるほど……そういうことでしたら、この二人を連れて行ってくださればよいでしょう」


 そう言ってオルクスは後ろにいた二人……レイアとレオンの方に向いた。どうやら二人はそれを想定していなかったようで、驚いたように互いに目を見合わせた。


「正確には多少の問題がありますが、レオンは護衛として十分な実力があります。戦闘面に関していえば、レイアはレオンに比べればまだまだ実力不足ですが、それでも騎士団内では上に位置する実力があり、何より指揮官としての能力がある。戦闘時も冷静な判断を下せるはずです」


「副騎士団長……評価は嬉しいのですが、すぐに決められるような事ではないかと……。まだ例の事件の余波で王国も不安定ですし、誰を行かせるかは慎重に決めた方が……」


「分かった……副騎士団長」


 レイアの不安そうな様子を後目に、レイアが完全に言い終わるよりも先にレオンは曇りの全くない表情でそう答えた。レイアの驚いたような視線を受けながら、レオンはそれを全く気にしていない様子で続けた。


「俺たち二人が抜けたところで大した問題はないだろう。副騎士団長が行かずに残るというのならば、何の問題もない」


 レオンが言いながらオルクスに視線を向ける。オルクスは、言葉は返さずに、目線だけで答えた。


「それに、逆に言えば俺たち二人に特別何かが出来るわけでもない。俺たち聖騎士はそもそも戦うことが本分だ。王国の混乱を収めることが出来るわけでもない。それは他に任せる。」


 柄にも合わず、冷静な判断を下したレオンをレイアは依然として見つめていた。いや、レオンであればそれも納得のできない話ではない。戦闘時においては非常に冷静な判断を下すことのできる男だ。どちらかと言うと、普段のあの性格よりかは、こちらの方が彼の本質なのだろう。

 レイアはそう自分を納得させると、黙ったままオルクスの方を見つめ頷いた。


「今回の王都へ向かう目的……勿論、今回の事件によって浮かび上がった敵、その危険性を伝え、王都含め他国の協力を仰ぐためですが、それにもう一つ……王国騎士団長、グルコス様を救うためでもあります」


「……どういうことですか?」


 オルクスの疑問に、イリーナは一度静かに息を吐くと、落ち着いた様子でゆっくりと話し始めた。


「既に王国から王都に向けて今回のことを伝えるべく使者が向かいました。いずれ王都から他国にも情報が伝わることでしょう。そこで、聖教国の()()の助けを借りるつもりです」


「聖女……ですか。確かに聖女は優れた治癒魔法を用いるとは聞いていますが……賢者様でも無理だったことが本当に可能なのでしょうか。それに……」


 オルクスが少しの間を開けて続ける。


「そもそも、聖教国が聖女の力を易々と貸してくれるとは思いませんが……」


 聖教国では広く宗教が広がっており、その上信仰されている神が唯一無二の絶対神として有名な()()()()であるということもあって、教会の力が非常に強い。

 そして、神の加護を直接受けたと言われる存在が()()と呼ばれ、聖教国内では教皇に次ぐ権力を持っているとされている。聖女は身分も血筋も関係なしに神から加護を受ける。それは先代の聖女が没したその年に生まれた子供の中から選ばれると考えられており、神のお告げによりその存在が初めて分かることになる。それは先代の聖女が没してからすぐ――あるいは数年たってからのこともあるが、いずれもその子供が幼いうちに知らされ、教会によって保護されることとなる。

 しかし滅多に表に出てくることはないため、他国の人間は勿論、聖教国の国民ですらその姿を見たことがないというほどだ。実際に現在の聖女の姿を見たことがあるのは教会内でも高位の聖職者だけだ。


「……それは何とか説得するしかないでしょうね。向こうにとっても、グルコス様が救う価値のある人間だと認識されていればよいのですが……」


 イリーナが不安を隠しきれない表情で言った。部屋の奥で今も眠り続けている一人の老人をちらりと見ながらオルクスが言う。


「私はそうであると確かに信じています。ここであの人を失うことは……人類にとって大きな損失だ」


 一瞬の迷いもない言葉であった。その底知れないオルクスの聖騎士団長への信頼を見たイリーナは、自分はこんな馬鹿な心配をしていたのかと自嘲するように笑った。


「そう……ですね、いらぬ心配ですか……。私もあの方の事は良く知っていたつもりだったのですが……まだまだ敵わないようですね」


「日々あの人には困らされ続けてきましたからね……気づいたらいなくなっているなんてことは日常茶飯事だ。おまけに誰もそれを捕まえることが出来ないときたら……」


 思わず二人の間に小さな笑いが起こった。そんな二人のやり取りをずっと黙って聞いていたレイアも、主に迷惑を掛けられる形で交流が多かったためか、顔が思わず綻んだ。同時にそんな日々は今や戻ってこないという現実も、彼らは認めなくてはならなかった。






「本日は本当にありがとうございました……とても重要な情報を得ることが出来ました。それに、グルコス様の話を一緒に共有出来て……楽しかったです」


 深く頭を下げたイリーナは、そう言い終わると今まで一切そんな表情は浮かべることはなかったのだが、彼女らしくもない年相応の笑顔を浮かべた。いや、恐らくはこちらのほうを真に彼女らしいというべきだろう。それは、セリオン王国の王女としての顔ではなく、一人の少女としての顔――


「そんな感謝をされるようなことはしていませんよ。守るべき王国を守ることが出来なかった……我々聖騎士団は本来であれば非難されるべきでしょう……」


 そう言ったオルクスには様々な感情が入り混じった表情が浮かんでいた。多くの死者を出してしまったことに対する自身の無力感か……あるいは怒りか。

 聖騎士の誰もが大きな信頼を寄せていた騎士団長という大きな柱が今回の事件で崩れることとなった以上、今後は王国自体が大きな窮地に立たされたと言ってもいいだろう。それほどまでに彼が王国に与えていたものは大きい。


「……結局、相手の正体が現時点でほとんど分からないというのが……何とも悔しいものですね……」


 イリーナがそんなことを呟く。結局のところ、今回分かったことは、相手は非常に危険な存在であり、その脅威は計り知れない……ということだけ。失ったものを考えるとあまりに少ない情報……


「……そのことですが、大した情報ではないかもしれませんが、少し思い出したことがありまして……」


「思い出したことですか……?」


 そして、オルクスから放たれた話は、この問題を大きく進展させることとなる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ