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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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緊迫した騎士団

 セリオン王国を大きく分ける四つの区画の中、その中でも王城周囲の平民街と貴族街を取り囲むようにある王家所有の土地に存在する城塞――それがエルドラ城である。

 白い砂岩を主体として作られたその城からは王城ほどの堅牢さを感じない。それも当然だ。何しろ、城塞が強固である必要などない。あくまでここは拠点としての役割を果たしているだけで、守るために建てられたものではない。王国を守るために必要とされているのは、この()ではなく、その中にいる()――聖騎士なのだから。


 王国の守護、その(かなめ)である聖騎士たちが拠点としているのはこの城塞――エルドラ城である。普段であれば、城の周囲には訓練をする聖騎士たち、または王国の各区画に警備のために向かう者たちの姿が見えるはずなのだが、今はその気配はない。

 そんな閑散とした空気の漂う城塞――エルドラ城に向けて進む二人の人影があった。二人とも白を基調とした聖騎士の制服を身に纏っている点では同じだが、そこには明確な違いがある。

 一人はその白い制服一つのしわなく着こなしており、外套に描かれた王国の象徴に恥じない理想の聖騎士の姿であった。その腰には刀身が細いレイピアを思わせる形をした聖剣を差している。

 対してもう一人は、決して理想の聖騎士の姿に相応しい――とは言い切れない姿で、聖騎士の制服には少なくないしわがあり汚れも目立つ。確かに聖騎士の制服を着ている以上、彼は聖騎士なのだろうが、もしもこれが冒険者の身の纏うような金属の防具であればそれを疑う者はいないだろう。

 それほどまでに彼が漂わせる雰囲気は隣を歩く彼女とは異なるものであり、どちらが聖騎士としてふさわしいか……と言われれば間違いなく彼女を選ぶ。


 しかし、見た目だけで判断するのであればそうだが、それだけで決めつけるのはまだ早い。彼が持つ剣の宿す力は明らかに彼女のものを超えている。それは見る者であれば明らかではあるが、多くはそこまで気が付くことはない。しかしそれが示すのは、実戦で――それも人々をその剣で守らなければならない時、その身でより多くの人々を助けることが出来るのは、()のほうである……ということだ。


 城塞のカーブを描いた半円状の入り口が二人を出迎える。二人はそれぞれ違った表情を浮かべており、一人は至って真剣な表情。もう一人はどこか不機嫌そうな表情を浮かべている。

 しかし、その二人の両方からは、同じように余裕のない様子が読み取れた。


「一体何の用だってんだ……副騎士団長は……。今すぐにでもあの野郎を叩き斬りたいってのに……」


 あからさまに不機嫌な様子で彼――レオンは言った。それに対して、彼女――レイアは呆れたように口を開く。


「今、そうやって騒ぎ散らしたところでどうにもなりません。相手がどこにいるのか……それをあなたは分かっているんですか?」


「……ちっ!」


 痛いところを突かれたのかレオンは黙り込む。そこに畳みかけるように、さらにレイアは続ける。


「それに、もしも居場所が分かっていたとして……あなたがどうにかできる訳でもないでしょう?」


「なっ!?」


 レオンは信じられないことを言われたかのようにレイアを見つめる。そして、急に思い出したように顔を歪め、怒りを露わにした。


「あれは……少し油断しただけだ!! 相手は暗殺者タイプだった。急所を狙われただけだ!」


「……急所?」


 視線だけレオンの方へ向けたレイアは静かに言う。その目にはわずかな侮蔑が含まれていた。


「そうだ!今度こそ負けるつもりはない!! まだ相手が現れたのは昨晩の出来事だ! まだ王国内にいてもおかしくない! もしも国外に出られたとしてもそう遠くには行ってないだろう! 今すぐにでも王国中を探し回って……」


「事態はそんなに甘くないんだ!! 自分勝手な事ばかり言うな!!」


 レイアの怒声が辺りに響き、二人の周囲にいた聖騎士たちが思わずビクリと体を震わせた。今まで冷静な様子を保っていたレイアの突然の怒りのこもった言葉に、怒りを露わにしていたレオンも思わず怒りを忘れるほどであった。

 思いがけず怒りを爆発させてしまったレイアは、自分の行動に後悔したように顔に手を当て、それから静かに言葉を続けた。


「……レオン、あなたはあれから一日も経っていない……と思っているようですが、違います……。既にあれから数日、あなたが今朝目を覚ました時点で経っています。」


 レイアの言葉を聞いたレオンは驚きに目を見開いた。それは、あまりに予想外の事実。自分の力に、特にその中でもタフさには自身があるレオンだからこそ……自分が数日間も意識を失っていたということが信じられなかった。


「あなたが目を覚ました時点でこうして動けるのには驚きですが、レオン……。あなたは死にかけていたんですよ? 生きているのが不思議なくらいです。」


「俺が……死にかけていた?」


 レオンは既に傷の塞がった傷跡の辺りに手を当てる。既に傷が塞がっているのもそうだが、自分が今朝目を覚まして多少の痛みはあったものの、こうして問題なく動くことが出来ていることもあって、レイアの先程の言葉は信じられないものであった。


「急所……もしそうならあなたは死んでいたでしょうね? 即死です。刺突の傷はあなたの心臓の一歩手前で止められていました。もしも偶然だったら運が良かったということでしょうが……私には手加減されたようにしか見えなかったですね。」


「手加減……」


「副騎士団長の話によれば、相手は勝負を積極的に決めに来るタイプではなく、遊んでいるような傾向があったようですから……そう考えるのが妥当でしょうね。」


「おい、待て! 副騎士団長が戦ったということは、相手は倒せたのか?」


 レオンの浮かべる表情には複雑なものが見える。それは、副騎士団長であればどんな相手あっても必ず倒せるだろうという信頼。そして、先ほどのレイアの様子から想像される現状。その二つがぶつかり合って生まれた表情であると思われた。


「……結論から言えば副騎士団長は敗北しました。かなりの傷を受けましたが命に別状はありません。」


「なっ……」


「命に別状はないとはいえ、大きな傷には違いなかったので今はここで安静をとっています……」


 そう言って小さくため息をついたレイアの姿は、レオンにとってはひどく違和感を覚えたことだろう。何しろ、先程のレイアの言動でもそうだが、今の彼女はいつもの彼女とは明らかに違う。冷静さを失っている……先程の彼女の言葉通りであれば、やはり余裕のない気持ちの表れだろうか……

 そんなことを考えていたレオンの考えを塗り替えるような、レイアの言葉が次の瞬間に放たれた。


「あそこで騎士団長が来てくれなければ……恐らくは被害はもっと出ていたでしょう。最悪、聖騎士団の存続も出来なくなっていたかもしれません……」


 レイアのその言葉を聞いた瞬間、レオンの顔に安堵の表情が広がる。それは、先ほどまで不機嫌な顔、そしてレイアのただならぬ様子から真剣な顔になった男の変化とは思えない。

 しかしそれも決しておかしなことではない。特に、このセリオン王国――聖騎士団においては――


「そ……そうか、騎士団長が来てくれたのか……。それじゃあれは捕まえられたのか、それとも殺しちまったのか? まあ、相手が相手だ……いくら騎士団長でもあれを相手に殺さないように戦うのは難しかったと思うが……どうなんだ?」


 そう尋ねるレオンの表情に疑いはない。まるで騎士団長の勝利を信じて疑わない……そんなレオンの感情が透けて見えた。それも当然――この聖騎士団において、彼の強さを疑う者など誰もいない。

 立場的には彼の一つ下であり、騎士団長の性格もあって実質、聖騎士団の全ての指揮権を持っている副騎士団長――オルクス・クライネルの実力をして、騎士団長には手も足も出ない。それほどまでに卓越した実力を騎士団長は持っており、だからこそ普段の彼の所業も許される。

 『()()』を称して騎士団長としての職務を全て放棄してどこかへ出かけて行ってしまう彼の行動には目に余るものがある。しかしそれでも許されてしまうほどの価値が彼にはあるのだ。


 副騎士団長にその分のすべての仕事が回ってきてしまうとしても……


「……おい? どうしたんだ……?」


 いつまでたってもレオンの問いに対する返答をしないレイアにレオンは何かを感じたのか改めてレイアの様子を窺う。そこには、何故か暗い表情を浮かべたレイアの姿……

 それはこの状況ではありえないことだ。何しろ、あの騎士団長が負けることは決してない。何か不都合があるとすれば、相手を生け捕りにすることは出来ずに殺してしまったか。一国の……それもかなりの力を持つ貴族である侯爵家の一つを丸々潰しに来るような相手だ。間違いなく裏には大きな組織がいることだろう。その刺客を捕えることが出来なかったということは、その裏に潜む組織の情報は手に入れることが出来ないということだ。

 それは確かに大きな不利益だろうが――それでもそんな贅沢は言っていられない。それほどの相手であるということは、聖騎士の中でも指折りの実力者であるレオンやオルクスがやられたことからも分かる。


 だからこそ、今のレイアの表情はレオンには理解できなかった。いや、ある一つの可能性――それはあってないようなもの、あり得ないことではあるが、もしもそうであれば納得ができる。


「……まさか、そんなことはないだろう……!?」


「……これ以上は自分の目で確かめてくれ……」


 レイアはそれだけ言うと、それ以上口を開くことはなかった。レオンとレイア、二人の間に会話が生まれることはなく、ただどこか目的地に向かっているのは確かだった。

 城内の階段を上り、砂岩で作られた白い廊下を進んで行く。レオンは一体自分たちがどこに向かっているのかは知らない。レイアはこれ以上口を開くことはなかったのだから。


 ただ、自分の中に現れては消える――最悪の状況がどうか本当でないことを祈るばかりであった。






「失礼します……」


 レイアの言葉とともに開かれた扉の奥には、砂岩の壁がむき出しとなった部屋が広がっていた。これといって取り上げることもない、質素な部屋だ。部屋の中には必要最低限のものしかない――いや、それすらもないだろう。室内と言えるほどのものではない。部屋の中には照明すらなく、窓に取り付けられた鉄格子から注がれる日の光だけがこの部屋を照らしている。

 部屋の中にはいくつかの木製のテーブルと椅子が申し訳程度に置かれており、蓋がされているために中は見えないが、武器や食料などが入れられているのであろう、少し大きめの木の箱に、とても豪勢なものとは言えないベッドが部屋の隅に置かれているだけだ。


 それも当然だ。元々ここは防衛のために作られた建物であり、人が住むための場所ではない。城塞内は全ての聖騎士が入るほど大きなものではなく、あくまで仮拠点としての役割の方が大きい。

 部屋数もそこまで多くなく、実際ここで寝泊まりをしているような聖騎士は多くない。彼らにもそれぞれ家庭があるのだ。そうでない時も王国内外、周囲に広がる平原に生息する魔物などから王国を防衛する者、王城を中心として広がる各区画の巡回など王国の聖騎士には休んでいる暇はない。こちらにわざわざ戻ってくるよりもそのまま向こうに滞在している場合が多い。


 しかし、今回の聖騎士総動員という異例の事態。ここ数日間に王国内で起きた異常事態に呼応するように遠くに散らばっていた多くの聖騎士達もこの城塞へ集まり、そして起きた先日の出来事。多くの聖騎士が傷つき、この城塞内の設備ではどうにもならないような者たちが王城へと運ばれた。

 一部とはいえ、これだけの聖騎士がこの城塞に集うのも中々ないだろう。この城塞にいるのは比較的傷が浅かった者たち……。本来であれば、この男も王城に運ばれるべき存在であるはずなのだが、そうはならなかったのはやはり彼自身の肉体の強さを物語っているのか、あるいは……


「副騎士団長……」


「……レイア、それにレオンか。わざわざ悪かったな……」


 質素な石造りの部屋にただ一つのベッド。その上に膝を立てて座っている男……彼の名前はオルクス・クライネル。王国の聖騎士団、その副騎士団長である。多くの聖騎士がそうであったように、また彼も浅くない傷を受けたはずなのだが、今のオルクスの姿はそれを微塵も感じさせない。その態度もそうだが、それ以上に身に纏うものが整いすぎている。

 特にオルクスの負った傷の深さを知っているレイアは違和感を覚えた。ボロボロになってしまった聖騎士の制服をわざわざ新しいものに変えるだろうか? まさか()()()()に会うわけでもあるまい、もっと質素な楽な格好で良いはずだ。それとも、この場にいる以上は聖騎士としての態度を忘れないという気持ちの表れだろうか?

 常日頃からオルクスの下で働いており、また彼に尊敬の念を抱いているレイアはそんなことを考えて感心するように頷いていた。そんなレイアの姿など目にも入っていないように汗を流しているのはレオン。今の彼にはそんなことを考える余裕などない。ただ――答えが欲しかった。

 騎士団長がどうなったのか……


「副騎士団長!! ……騎士団長は! 一体今どうして……」


「レオン……ひとまず落ち着け。まず、話は彼女が来てからだ……」


「……()()?」


 意外なことに声を上げたのはレイアだった。その表情を見る限り本当に知らなかったようで、オルクスの言葉に首を傾げている。

 しかし、そんな二人の疑問も一瞬だったようで、それは彼らの背後から聞こえた扉の開く音で掻き消えた。


「失礼します、オルクス・クライネル様……それにレイア・ソフィア様、レオン・ウォー様……」


 扉の外から現れたのは、深くフードを被り白いローブを身に纏った少女だった。ベッドに座っているオルクスを除けば、少女と同じく立っているレオンやレイアに比べるとかなり小さく、どうしても見下ろす形になってしまう。

 聞こえた声からしてもかなり幼いことが分かるが、不思議とそこには迫力というものがあった。身に纏うローブには細かな模様が刻まれており、その質感も見た目だけでかなり高価なものであるということが分かる。

 少女がこちらに敬意を示すようにフードを脱ぎ、スカートの裾を持ち上げ小さく膝を曲げる。一瞬の迷いもないその優雅な動きはその所作を普段から行っているからこそできた動きだろう。


 それも当然だ。レイアもレオンも、彼女の顔は良く知っていた。いや、むしろこの国で彼女の事を知らない者などいないだろう。

 美しい白みがかった青い髪は、まるで空を写し取った鏡のよう。強い光を灯したその青い瞳には、幼いながらも何か信念を持った強い目をしている。幼さを感じさせないその姿はやはり流石はセリオン王国の王族の一人ということだろう。


「王女殿下、お待ちしていました。こんな場所にお呼びするものではないとは思いますが、どうかお許しを……」


「いえ……クライネル様。無理を言ってここへ来たのはこちらです。謝るならば私の方です」


 そう言って彼女は深く頭を下げた。もしもここが公式の場であれば王族である彼女がオルクスに頭を下げるなどあり得ないことだろう。王国聖騎士団の副騎士団長とはいえ、その立場には大きな差がある。しかし、ここはそんな公式の場などではなく、彼女の護衛も外で待っているため彼女のその行動を止める者は誰もいない。


 目の前で次々と巻き起こる異常事態に、レイアとレオンの二人は全くついていけないようで呆気にとられた顔をしていた。いきなり一国の王女が目の前に現れ、自分たちに頭を下げるようなことをすれば、こんな顔になってしまうのも無理はない。


「頭を上げてください、イリーナ王女。堅苦しい話はここまでにしましょう。事態はそう楽観視できるものではありません」


 一国の王女の行動に全く動揺することもなく、オルクスは答えた。そして、それをまるで初めから分かっていたかのように王女は顔を上げる。その顔は真剣そのものだ。


「ここに来たのは……やはり騎士団長の安否についてですか?」


「はい……あのお方には王国の危機を何度も救って頂いています。これまで私たちが受けた恩はとても返し切れません」


 その言葉を聞いて、レオンが再び我に返ったようにその表情をこわばらせた。自分の知ろうとしている答えをいよいよ聞くことが出来るのだと……

 しかし、次に放たれたオルクスの言葉は、レオンが最も恐れていたものであった。


「……まさか、あんな事態になってしまうとは……。私たちがうまく致命傷を避けられているのに対して、あれだけ徹底されているのを見ると……相手にとってもそれほどの強敵であったということでしょうか……。賢者様に来ていただけなければ、事態はもっと深刻なものになっていたでしょう。」


「……やはり、グルコス様は……」


「お……おい!? 一体どういう……」


 イリーナの言葉を遮るようにレオンが言葉を発する。それは本来であれば王女への不敬にも値するが、そんなことは今の彼の頭にはなかった。ただ、今の話を聞く限り、それが全てあり得ない状況に繋がっているということだけは今のレオンにも理解できた。


「……少し部屋を移動するとしよう。レイア、手を貸してくれないか?」


 そう言ってオルクスはベッドの下に置かれていた杖を手に取るとゆっくりと立ち上がる。今の話で動揺をしていたレオンは気づいていなかったようだが、レイアはレオンよりもずっと早くに我に返って話を聞いていたようだった。レイアの肩を借りて立ち上がったオルクスがレオンの耳元で静かに言った。


「今の事態は誰にも予想できなかったことだ。だから回避もできなかった。もしもお前や俺がいたとしても変わらなかったことだ。だから……受け入れろ」


 静かに歩き出したオルクスの後ろを、少し距離を置いてイリーナが歩き始める。レオンはしばらくの間、歩き出すことが出来なかった。


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