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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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動揺する王国……行動する人間たち

 ボロボロになった先ほどまで自分が身に着けていたローブがロウの手によって部屋に置かれていた木でできた箱に入れられた。中にはビリビリに破れた紙きれや、折れた杖の残骸などが入っていることから、あれはいらなくなったものを捨てるための箱なのだろう。



 胸の中に渦巻く感情に、気持ちを切り替えようと、レナは自分の手にした杖を見つめた。

 冒険者としての一年の間……自分の家で落ち着いているとき以外は身に着けていないことがほとんどなかったあのローブに対して、レナは杖というものを使うことはあまりなかった。


 その理由としては、昔はどうであったにせよ、今では魔法使い全員が杖を使うというわけではないということ。事実、杖がなくても魔法は使えることに加え、わざわざを手にもって魔法を使うという手間に対して市場に出回っている杖がそれほど良い物ではないのだ。

対して、ローブは身に着けてさえいればよいため、杖よりもずっと便利だ。



 しかし、今自分の手にしているこれは魔道具。当然、使用者に与える影響もそこらにある杖とは比べ物にならないはずである。

 杖の先端に取り付けられた、青く輝く魔石に手をかざすと、穏やかでありながら……力強い魔力の流れをレナは感じた。間違いなく、これからの自分の大きな手助けになることは間違いないだろう。


 ただ……そんな期待とは裏腹に、レナは自分の体にわずかな違和感を覚え始めていた。


「杖か……お嬢さん、それはまだあんたには早いだろう。」


 レナの様子に気が付いたロウが、静かな声で言った。


「その様子じゃ杖を使ったこともあまりないだろう?今のお嬢さんには、それはとても扱いきれない。」


 ロウの淡々とした物言いに、レナは自分の抱いていた期待をあっさりと裏切られ、簡単には信じられない……という様子だった。


「……」


「実際にやってみれば分かるだろう。試しに何か簡単な魔法を使ってみればいい……」


 そう言われて、レナは素直にロウの言葉に従った。ロウの言うことが恐らくは間違っていないということはレナの中では嫌というほど理解していた。まともに杖を扱ったこともない自分が、他でもない魔道具をそう簡単に扱えるわけがない。

 しかし、どこかでその事実を覆したい……と考えているのも確かだった。


 レナは、ひとまず簡単な魔法を使う前に、大前提として自身の中の魔力を操作する……ということを行った。魔法を使うのにも、まずは魔力がなければ始まらない。自由に漂っている自身の中の魔力を、魔法を使えるように集めなければいけない……



 しかし、結果は予想通りのものであった。それどころか、むしろ予想以下……レナは魔法を発動させるどころか、その前の時点で駄目であった。


「……はぁ……はぁ……」


 その上、魔法の発動すらしていないのにもかかわらず、レナは何十と魔法を使った時のように息を切らしていた。これが杖だけの問題なのであれば、杖を使わないというだけで済むのだが……レナにはとてもそれだけが原因とは思えなかった。


「ふむ……どうやらお嬢さんはその杖だけでなく、ローブに関してもうまく扱えていないようだ。魔道具の魔力は本来であれば使用者の力を大きく向上させるものだが……お嬢さんの場合はむしろその魔力に邪魔をされて、必要以上の魔力を使って、その上そのほとんどを無駄にしてしまっている……」


「じゃあ……これはもう少し魔法が上達するまで、使わない方がいいんですか……」


 それは、レナにとっては出来れば避けたいものであった。何しろ、せっかく手にした新たな杖とローブ……それも魔道具を手にすることが出来たのだから、今すぐに使いたいと思うのは自然なことだ。

 しかし、レナは同時にこのロウから使わないように……と言われれば、それを承知するだけの覚悟はできていた。



 だがロウの口から放たれた言葉は、レナにとって良いものでもあり――悪いものでもあった。


「そういうわけではない……むしろ、その感覚に慣れなければ、いつまでたってもそれを扱うことが出来ん。しばらくは……その魔道具に慣れる練習をした方がいいだろう。わざわざそのローブも脱ぐ必要はない……いや、それどころか、脱がない方がいいだろう。」


「これを、脱がない……ですか。」


 レナはまずロウの言葉に安堵した。しかし同時に身震いを覚えた。


「杖の扱いは後回しでもいいだろうが……少なくともその状態で魔法を使えるようにするには……慣れるのが一番だろう。」


 ロウはレナの目をまっすぐ見つめ言った。

 レナは心中ぞっとしていた。こうして自分が魔道具を使うことが許されたのは良かったが、この状態をずっと続ける――となれば話は別だ。彼女の未熟さ故のことだろうが、レナはこのローブをうまく扱えていない。

ロウの話によれば、レナの魔力はローブの魔力に邪魔をされて必要以上の消費を強いられていた。それは、魔法を使う時だけとは限らない。魔法使いにとって、魔力は常に意識し、扱うもの。それを阻害されるとなれば、レナの負担はかなりのものになるだろう。





「……はぁ」


 部屋を後にするため木の扉へと向かったレナの姿は、どこか沈んだ様子だった。静まり返った埃だらけの部屋を見回しながら、ロウは何かを考えるように天井を見つめた。


「さて……あの子は一年ちょっとだったが……そう簡単な道のりではないだろう。」


 そう、ロウは一言呟いた。




******




「魔道具……という話は本当か? だとしたら……俺たちはこれ以上ない幸運に恵まれたな。」


「なんだよ~!レナだけずるいぜ!!」


「うん……うん……分かったから、そんなに体を揺らさないで……」


 ロウとともに店の奥の部屋に行っていたレナは、元のトムとディーンの二人のいる部屋へ戻ってきた。レナの身に纏っていた鮮やかな青のローブ、そして少し普通とは異なる杖にトムは興奮したようにレナに詰め寄った。

 その際、ディーンは本物の魔道具を実際に目の当たりにしたこと……そしてそれが他でもない、自分たちのパーティーメンバーが着ていることに、信じられないという感情が半分……そして自分たちの幸運さを改めて実感していた。


「魔道具……とは言っても、実際にはお前たちが思っているほど大層なものではない。」


 三人の視線が一点に集まった。奥の部屋から現れたロウは、身に着けたローブに被った埃を払いながら言った。


「手にしていればよいというものでもない。結局、一番重要なのはそれを持った者の能力に他ならない。」


 ロウの言葉にトムとディーンはぽかんとしたような顔をしていた。その中で一人、レナだけはその言葉の意味を理解しているようだった。






「そうだ、忘れてた。そういや、爺さん。あの棚にあった赤い魔石なんだが……」


「……あぁ、それならもう売ってしまった。」


 トムが終わりまで言う前に、ロウは答えた。


「売ったって……?今更、一体誰に?俺がここに初めてやって来た時からあった、ってのに…………あそこまで手放そうとしなかったものをどうして今更……」


「手放そうとしなかったわけではない。ただ買い手がいなかっただけの事だ。どこに使い道も分からないような石を買う者がいる?」


「……貴族とか?トムの話によれば珍しいものだったらしい。あいつらなら欲しがりそうに思いますが……」


 二人のやり取りを聞いていたディーンが言った。


「貴族はここにはやって来ない。自分たちの街からも出ようとしない者が、こんな路地裏にやってくるはずはないだろう。」


 ロウの話にレナとディーンの二人はどうも納得できない様子であったが、ただ一人……トムだけはロウの言わんとしていることを理解していた。


 もしも、普通にその赤い魔石が売られているのであるならば、買う者が一人もいないということはないだろう。使い道が分からないとはいえ、赤い魔石などという珍しいものを誰一人として放っておくわけもない。

 しかしここはあいにく、普通の場所ではない。場所もそうだが、ここにやってくるような者はそもそもそんな飾り物にしかならないようなものを買いに来る者たちではない。この店の店主の腕を信じ、その店主によって作られた魔道具や魔石を手にするためやってくる者たち。彼らの目にはあの魔石は入っていなかったのだろう。


「一体誰が……」


「そんなものは知らん。ただ、相手が対価とともに要求をした……それだけの話だ。それだけが理由……というわけでもないが……」


 最後にロウがこぼした言葉に、トムがさらにそれについてロウに聞こうと口を開いた――


 しかし、それはレナの一言によって遮られた。


「ねえ……朝から結構時間があったけど…………時間は大丈夫?」


 その言葉を聞いたトムは、はっとしたようにレナの方へ顔を向けた。その時のトムの頭には、すでに()()()()()()()()()()()()()()などすっかり消えてなくなってしまっていた。


「やべぇ!!すっかり忘れてた!!悪い!爺さん!!本当にお金は払わなくていいのか!!」


「その話については言った通りだが……そんなに急いで一体どうし……」


 ロウの言葉が言い終わるよりも先に、トムは近くにいたレナの手を引いて飛び出すように木の扉を開いて出て行った。後に残されたのは、状況の理解できていないロウと呆れたように二人の出て行った扉を見つめるディーンだけであった。


「……申し訳ない。俺たちは今日でこの国を一旦出るつもりなんです。そのために冒険者組合(ギルド)に行く予定だったんだったんですが……」


「……そういえばそんなことを言っていたな……相変わらず騒がしいのは変わらないな。お前さんもあれと一緒のパーティーを組むのは疲れるだろう。」


 ディーンはゆっくりと頷いた。しかし、軽く笑みを浮かべて。


「後悔はしていません。」




――――――――――――――――――――




「急いで助けを呼んでくれ!!誰かいないのか!!」


 瓦礫が溢れ――変わり果てた貴族街の一角で、声が虚しく響いた。


「くそっ!!この人は……こんなところで死なせていい人じゃない……」






「やはり来てみてよかった…………巨大な魔力の流れを感じた時ときから、何かただならぬことが起こると思っていたからのぅ……」


「あ……あなたは!?」



 闇に覆われた空の下……美しい紫と青のローブが風に吹かれてなびいていた……










 王国の王城周辺では、今でも多くの兵士たちが集い……瓦礫の処理に追われているようだった。動きやすい軽装な防具に身を包んだ兵士たちは、背中に長槍を背負い、いつ現れるかも分からない敵に対して身構えている様子だった。しかし、彼らでは力不足……そのことはその様子を見つめる人々は勿論……彼ら自身も理解していた。


 しかしそんな中、人々の心を安心させる要因となっているのは、白を基調とした制服に身を包んだ者たち。聖騎士たちは、瓦礫の処理に集中している兵士たちや王国の人々を守るため、周囲に目を光らせていた。しかし、一番不安を抱えているのは、そんな彼ら自身であった――






「俺には治療など必要ない!!敵はどこだ!!今度こそ俺が叩ききってくれる!!」


「無茶です!!まだ傷が塞がったばかりだというのに!!」


 緊急で用意された王城の一室には、まだ数十人の聖騎士たちが床に敷かれた布を簡易的な病床として……その上で横たわっていた。そのほとんどが体のどこかしらから血を流していたことを証明するように、聖騎士の白い制服を赤く染めていた。


 そんな中、宮廷に努める医師の言葉も聞かず、今にも外へ飛び出していきそうな男が一人……それは、聖騎士団の中でも五本の指に入る実力者である、レオン=ウォーであった。

 何とかそれを止めようと医師や看護婦たちがレオンの体を押さえるが、相手は聖騎士……その中でも指折りの実力者である。止められるはずもなく、簡単に吹き飛ばされて床に叩きつけられてしまう。

 少し強く叩きつけられた彼らに対し、さすがに何か思うことがあったのかレオンはしばらくの間、床に伏す彼らを見つめていたが……それから間もなく外へ通じる扉へと向かって行った。


 本来、王城の一室をこうして用いられることはない。聖騎士たちは常に王城とその周囲の貴族街を守るようにある城を拠点としている。しかし、今回に限ってはあまりに想定外の事が起こりすぎていた。

 事件の起こった貴族街のゴドリー侯爵の屋敷に向かった聖騎士、およそ30人のうちのほとんどが重傷……あるいは助けが来た時には既に息をしていなかった。緊急を要する中、国王であるミルド三世の命により、優れた医療環境の整ったこの王城へ――特に傷が深かった者たちが集められたのであった。



 勿論、このレオン=ウォーもその一人であるはずなのだが……そんな様子は一切なく、レオンは王城の一室である豪華な扉に手をかけた――


「相変わらずですね、レオン……」


 扉はレオンが手をかけるよりも先に開かれた。そこには、レオンと同じく聖騎士の制服に身を包んだ一人の人影が立っていた。重い傷から回復したばかりだからか、少し乱れたレオンに対し、きっちりとしわ一つなく身につけられた制服に、刀身が細く長めの聖剣を腰に差している。


「一体何しに来た? レイア……」


明らかに嫌そうな表情を浮かべたレオンは苛立ちを見せながら言った。


「それはこちらも聞きたいことです……レオン? 一体どこへ行くつもりですか?」


「簡単な話だ。敵を斬りに行く……それだけだ。」


 二人の間にピリピリとした空気が流れる。そこには、もしもここが王城の一室でもなければ、今にも斬り合いが始まってしまいそうにも感じてしまうほどの緊迫した状況があった。


 レオンの言葉に呆れたようにため息をついたレイアは、そのままの淡々とした調子で続ける。


「そんな勝手な行動が許されるとでも?」


「それはお前が決めることじゃないだろう。」


 レオンはそれだけ言い残すと、レイアを一瞥し、そのすぐ横を通り過ぎた。自分の横を通り過ぎたレオンの背中を見つめながら、レイアは冷静に言った。


「……残念ですが、これは私が決めたことではなく――副騎士団長の決めたことです。」


 レイアの言葉を聞いたレオンの背中が立ち止まった。ゆっくりとレイアの方へ振り返ったレオンは低い声で言った。


「……どういうことだ?」


「あなたがもし、こうして勝手な行動をしていたなら……自分の所へ連れてこいと。まさか、副騎士団長の命令に逆らうことはないでしょうね?」


 勝ち誇ったような顔を浮かべるレイアに、レオンはさも悔しそうに拳を握りしめながら言った。


「……早く連れていけ。」



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