青き魔道具
「大した理由ではない……単なる意地……魔道具を作る者としての意地かもしれんな。」
「意地……ですか?」
壁際に置かれた、雑に物が並べられている棚に視線を移すと、ロウは視線をレナからは外したまま続けた。
「わしのように、魔道具というものに真剣に向き合ってきた人間であれば、一度は思うことだ……今の魔法使いの在り方というものに……」
「今の魔法使いに……ですか?」
そして再びロウの表情を目にしたレナは、その老人の先ほどまでとはどこか雰囲気が違う……真剣な表情に、これからロウの発する言葉が、決して軽いものではない……ということを十分に理解していた。
「今でこそ機会はなくなってしまったが……昔は魔法使いの装備としての魔道具を作ることがあった。一つ、一年近くかけて作るものだ。勿論、それを手にするものは、それなりの魔法使いだった……」
魔道具の価値の高さは言うまでもない。それは、魔鉱石、および魔石の扱いの難しさや、そこから魔道具というものを作り出すことの難しさが起因している。
「元々、魔鉱石の需要は今も昔も変わらず高い。数が少ないこともあるが、それ以上に……魔鉱石は魔力を有する物全てに多少なりとも使われていたためだ。」
「魔鉱石は魔道具だけに使われるものではない……だから魔鉱石は多く必要とされているわけですね……。」
「勿論その通りだ……だが…」
ロウの言葉が途中で途切れた。そして、しばらく何かを考えるような素振りを見せた後、ロウは再び口を開いた。
「そういった用途のためだけではない……質の低い…雑な扱いの下で、魔鉱石というものが広く用いられるようになってしまったのも原因だろう。」
そう話す老人の口調には、現状の……貴重な魔鉱石を雑な形で使われ、そして最終的に本来であれば魔道具にもなりうるはずの魔鉱石が、質の低いものとして完成してしまっていることへの悔しさや怒りが感じ取れた。
しかし、それによって使われる魔鉱石は、正しく魔石に加工されてもおらず、それを行う魔法使いはとてもロウに及ぶ優れた魔法使いではなかったが……しかし、用いられる魔鉱石の量も、魔道具に比べれば少ないものであった。
必要とされる魔鉱石の量も……そして作るための労力も少なく……事実、魔鉱石によって作られるものは、身近に手に入るものとなっていた。
「……だから、魔法使いの装備がこんなに簡単に手に入るようになったんですね……」
「実際、魔法使いの数も昔よりもずっと増えているだろう。わしが生まれるよりも前には、魔法使いは国に一人いるかいないか、だった程だ。だが……同時にその質が下がるのも当然かもしれんな……」
当然の事ながら、魔法使いが増えたとはいえ、国に一人いるかいないか……そして、貴重な魔道具を用いていた過去の魔法使いに匹敵する者がそうゴロゴロいるわけはない。何より、魔法使いが魔道具を装備として用いることが当たり前であった…過去と今では根本的に違うのだから。
ロウの話は確かにこのことを示すのに十分であったが……レナの中では、まだ根本的な謎が明らかになってはいなかった。
「……それじゃあ、どうしてあんなことを……」
「……うちは鍛冶屋とは別だ。誰にでも手に入るようなもので、かつ質の良い物を提供できるわけではない。それに、魔法使いの装備となれば、わしの中ではそれは魔道具でしかない……」
ロウのその言葉を聞いた瞬間……レナには少し、ロウの言っていることは無理があるように感じてしまっていた。
確かに、簡単に手に入るもの、貴重なものに関わらず、多くの種類の金属を扱う鍛冶屋に対して、ロウはというと、量も少なく貴重であり…扱いも難しい魔鉱石である。鍛冶職人の腕によって、多少なりとも、作られたものの価値は変わるだろうが……それでも、多くの人が手を出せないようなものではない。
ロウの言う通り、それは…誰にでも手に入るようなもので、かつ質の良い物……なのだろう。
しかし、魔法使いの装備が…この老人の中では魔道具でしかない……その言葉に関しては、レナにとっては簡単に頷けるようなものではなかった。昔がどうであれ、レナにとっては、魔法使いは身近なものであり……今もそれほど数はいないが、それでも、この魔法使いという職は、多くの人間に道を与えた。そして、レナもその一人である。
「質の低い魔道具紛いの場所と一緒にされた気がした……それで思わずあんなことを言った……それだけだ。」
そう言って、ロウは静かにレナの方へ向き返った。その顔には、先ほどまでの悔しさや怒りといった感情はなくなっており……無表情ではあるが、どこか落ち着いた様子であった。
ロウは、再び机に手を伸ばし、散乱した本や紙を端の方へ寄せながら言った。
「だが、必ずしも今の状況が悪いともわしは思っていない。」
「……そう…なんですか?今の話を聞いた限り……そんな風にはとても思えなかったんですけど……」
今までのロウの話とはまるで正反対の、そんな言葉に、レナは混乱を隠せなかった。そんなレナの様子を分かっている上なのか……ロウは、静かにその言葉を続けた。
「物の質は下がったが……魔法使いというものは身近なものになった。こうして、お嬢さん……あんたが魔法使いになれたのもそのおかげだろう?」
「……」
レナはしばらくの間、言葉を発することが出来なかった。それは、決して悪い感情からの反応ではない。ただ、ロウのその言葉は、これまでレナがロウの話を聞き……その上で魔法使いが身近となった今の現状に対して出した結論であったからだ。
自分よりもずっと長い時間を生きてきたこの老人が、自分と同じ考えを持っていた。そしてその上で……あのような言葉をトムを含め自分たちに言ったのは、それだけあの老人の中で変えられないものがあるということ……
その瞬間、レナはこのロウという老人に、あの鍛冶屋の店主と近いものを感じたのであった。そして、それは恐らくはこの路地裏という場所に身を置いている者全てに共通するもの……
彼らは皆、自分の中に強い信念をもって生きているのだ……
******
「少し見つけるのに時間がかかってしまった……それに、長く外に出していなかったからな……かなり埃を被ってしまっている。」
ロウがそう言って机の裏の方からどこからともなく持ち出してきたのは、灰色の埃を被っているせいで薄っすらとしか分からないが、小さく四角にたたまれた青いローブ。そして、光沢を放つ青い筋が入った黒い柄の先に、埃を被ってなお鮮やかに輝く青い魔石が取り付けられた杖であった。
杖は、それほど派手な装飾が施されているわけではなく、何本かの青い筋の入った柄に加えて、魔石の取り付けられた柄の先端が三本に枝分かれし、魔石を取り囲むようになっているだけだった。
全体として、とてもシンプルな作りであり、とてもこれが魔道具とは思えなかったが……それでも、この杖から感じられるただならぬ雰囲気に、レナはどこか不気味さを覚えていた。
「これを作ったのは……7、8年前だったか……せっかくわしが時間をかけて作ったというのに……1年ほどで、もう必要なくなった、なんて言って返してきた。全く……こちらがどれだけ丹精込めて作ったと思っているのやら……」
ロウはそんなことを言いながら、最後にはため息をついた。その話が、このローブと杖の元の持ち主の事……ということは、聞かずともレナには分かっていたが……並大抵の魔法使いではないのであろうこのロウという老人、そんな相手が作った魔道具を、1年ほどで必要ないとは一体どういうことなのか……
そんな疑問を頭の中に浮かべながら、レナはまずロウからローブを受け取った。その拍子に、長年の時の間にローブに降り積もったのであろう大量の埃が、二人を取り囲むように広がった。
「……うわっ!?」
「やれやれ……やはり少し払っておくべきだったか。」
驚いた拍子に開いた口に大量の埃が入り込み、レナはゴホゴホとせき込んだ。そんなレナに対して、ロウは慌てることもなく……ただ、手を部屋に舞い広がった埃に向けてかざし、小さく横に振った。と同時に窓もない部屋に何故か小さな風が舞い、あっという間に全ての埃を吹き飛ばしてしまった。
「あ……ありがとうございます……」
レナは口に手を当て、小さくせき込みながら言った。
「なぁに……別に、わしは何もしていない。」
ロウは何事もなかったように、そう答えた。
「これ……」
ロウから受けとったローブを広げて、レナは思わず漏らした。埃を被っていた時にはよくわからなかったが、見ればとても鮮やかな青色……これが魔道具というものであるためなのか……あるいはそれ以外の何かが理由としてあるのか……
「実はこのローブと杖は、わしが友人の弟子のために作ってやったものだ。あいつは弟子なんて今まで一切取ろうとしなかったものだ。せっかくだからその弟子の注文に合わせて作ってやったんだが……そういえば、あの子は青色が好きだったか……勿論、魔石の影響で青くなっているが、それ以前にそのローブは青色の生地で作っている。」
ロウがそう言う通り、そのローブの青はただの魔石の青い輝き……という様子でもなかった。その姿は、やはり魔道具の名に恥じないようで、纏っている魔力だけでなく、その見た目から普通のローブとはかけ離れた鮮やかな色をしていた。
しかし、レナが気になったことはそれだけでなかった。
「お弟子さん……女性だったんですか?」
そのローブの形を見て、レナには一目見て分かった。男性用の物としては、そのローブは肩幅が小さかった。それに、胸元の少し余裕をもって作られたその形状……それが、このローブが女性用として作られた何よりの証拠であった。
「……そうだが、よく気が付いたな……」
「店で売られているローブはわざわざ女性用に形を整えたりはしてないですから……」
元々、それほど数がいるわけでもない魔法使いに対して装備を用意してくれる店は多くない。昔に比べて身近になったとはいっても、それでも全体の数は冒険者全体の1割にも満たない。それに、魔法使いのローブというものは、そもそもそれほど体に密着する物でもないため、体に合わせて作る必要がないのだ。
しかしロウの話によれば、このローブは彼の知り合いの弟子に対して作られたものだ。だからこそ、このローブの形は、彼女の体に合わせたものであるということが分かる。
「確かに……魔法の腕は確かだった。少なくとも、わしは今までの人生で、あの若さであそこまでの魔法を使える人間を見たことがない。」
レナの目から見る限りでは、魔道具を扱えることからも……ロウが、自分など足元にも及ばない程の魔法使いであるということは明らかだった。そんなロウの口からでた言葉は、決して軽いものではない。それほどまでに、このローブの元の持ち主が卓越した魔法使いであったことが窺える。
しかし……同時にロウは、曇った表情を見せた。その顔からは、どこか後悔の念が感じられた。
「ただ……少し不安定な子だった……あいつも、魔法ばかりあの子に教えてしまったのがいけなかったのだろうな……」
「不安定……って…」
そこまで言いかけて、レナは口をつぐんだ。ロウの言葉の意味が、一体何なのか……レナは気になってしょうがなかった。しかし……それ以上に…レナには、その時のロウの表情が、これ以上この話に踏み込んではいけない……ということを示しているように感じられた。
ロウは、いまだ片手に握ったままであった杖に、もう片方の手も添えると、何かを思い出すようにそれを見つめていた。恐らくは、その杖の下の持ち主の事を思い出しているのだろう。
「こ……これ…本当に魔道具みたいですね……なんか…魔力の感じが違うというか………実際にこうして手で触れるのは……初めてです。」
レナは、沈黙した場の空気を紛らわすため、若干無理やりに話題を変えようと、あたふたした様子で言った。
実際、ローブから感じられる魔力はかなりのもので、それはレナにも十分に分かることであった。しかし、魔道具特有の魔力の違い……慌てて言ってしまった故に、漏らしてしまったそんな言葉に……ロウはレナの心情を知ってか知らずか、両手に持った杖を見つめ頭を下に下げたまま言った。
「魔力の感じが違う……か。お嬢さんにそんなことが分かるとは思えんがな……」
そう落ち着いた様子で答えたロウは、気のせいかレナにはわずかな怒りの感情が垣間見えたように感じた。
「す……すみません…」
「……いい、別に気にするようなことでもない。若いあんたが、わしのような老いぼれの気を使う必要などない。」
ロウはうつむいていた顔をゆっくりと上げ、フードから覗く小さな瞳の光をレナは捉えた。先の話からも、このロウという老人が、いかに魔道具というものへの思い入れが大きいのかはレナにも理解できていた。それゆえに、魔法使いとしての経験もまだ浅い自分が口走ってしまった浅はかな言葉に、レナは後悔した。
しかし、当のロウは、多少の怒りの感情を見せたものの、すぐに何も気にしていない様子でレナに言った。
「ところで……いつまでもそうしているわけにもいかないだろう?」
そう言って、ロウはレナの手の上にいまだに綺麗に畳まれて置かれている青いローブに目を向けた。
「そ……それもそうですね。なんだか……私なんかがこれを身に着けていいのか……なんて思ってしまって……」
レナはそう言って、自身の手の上で折りたたまれたローブを恐る恐る広げた。そのローブの青い輝きは、広げられたことでより強い輝きを放った。
鮮やかな青い輝きは、ローブの下側に行くほどに青い空を思わせる明るい色になっており、鮮やかなグラデーションを作り出していた。
一体どんな生地を用いれば、このような色を出すことが出来るのだろうか……そう感じるほどに、そのローブの色は美しく……そして肌触りも優しいものであった。先ほどまで埃を被っていたはずのこのローブには、そんな面影はない。
ローブの裾を地面につけないようにと、レナは青に輝くそのローブを丁寧に二つに折り、近くにあった、比較的綺麗な木の台の上にそれを置いた。そして、元から身に着けていたローブを脱ぎ、折りたたまれたローブのちょうど隣に置いた。
「思えば……これにもお世話になったなぁ……」
既にあちこちの布が擦り切れており、ところどころに穴まで開いてしまっている。これは、レナが冒険者になる一年前に買ったもので、それから一度も変えていない。ロウの言う通り、魔道具とは比べ物にならない……というのは、この青く輝くローブを見てしまってからでは疑う余地もない。しかし、それでも確かにレナの冒険者としての生活を支えてきた物には間違いない。
台の上に置かれたボロボロのローブに目を向けると、レナは静かに感謝の意を込めて目を閉じた……
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「ちゃんと着れるかどうかが心配だったが……どうやら大丈夫だったようだな。」
「はい……すごいですね、ぴったりです。」
ロウから渡されたローブは、驚くほどにレナの体にぴったりであった。ローブの作りは、ロウの身に着けているもののように、フードはついておらず、また、裾の長さも足元に届くほどの物ではなく膝下少しくらいの長さのもので、レナにとっては、前のローブもそのような作りであったため、着心地は悪くない……というのが、最初の印象であった。
「丁度、あの子がお嬢さんくらいの年の頃に作ったものだ。背丈も同じくらいだったから着れはすると思っていたが……まさかここまでとは……」
少しの驚きを含んだ様子でロウは言った。それに対して、レナは少し心配そうな表情を浮かべていた。
「でも、本当にいいんですか……?こんなに質のいいものをただでなんて……」
「本来の値を要求するとなれば、お嬢さんに払えるような額ではない。それに、そもそもそれは誰もが扱えるようなものではない。それどころか、そんなものをお嬢さんに押し付けてしまったのが申し訳ないくらいだ……」
ロウのそんな申し訳なさそうな顔にレナは少し、疑問を覚えた。
「そんなものって………どういうことですか?」
この魔道具の質の高さは誰が見ても明らかだ。それは、このローブの放つ魔力……以上に、この老人が作ったもの……というだけでも、十分な説得力がある。
しかし、誰もが扱えるようなものではない……とは一体どういうことなのか。そして、押し付ける……などという言葉も気になる……
「それは元々は先ほど話した、わしの友人の弟子のために作ったものだ。それは服の大きさだけではなく、当然使い手に使いやすいように作ってあるわけだが………どうもあの子に合わせて作ったこれらの魔道具はかなり極端でな……まともな魔法使いに扱えるようなものではないとわしも思っている。」
「え……それじゃあ……」
魔道具を手にすることが出来る機会など、そうあるものではない。それどころか、まだ冒険者になって一年……そんな状態でやって来たこの機会。
渡されたローブの美しさや、その着心地にとても魅了されていた。だからこそ、それを自分には初めから扱うことが出来なかった……となれば……
「しかし、まだ悲観するのは早い。まともな魔法使いに扱えるようなものではない……と言ったが、それは使い手次第でどうにでも変えることのできる事だ。それに、お嬢さんはまだまだ未熟だが、それ故にまだまだいくらでも魔法を極めることが出来る………その魔道具を扱えるようになるかどうか……それはお嬢さん次第、というわけだ。」
「私……次第ですか……」
ロウから杖を受け取ったレナは、ロウの言葉を思い返すように渡された杖を見つめていた。
ロウは木の台に置かれたボロボロのローブを見て言った。
「前のローブに関しては……魔力もほとんどなくなって、普通のローブとあまり変わらん……これはわしの方で処分してしまおう。」
「そう、ですか……ありがとうございます……」
わざわざ不要となった元のローブの処分までやってくれるというロウの言葉に、レナは感謝の言葉とともに、頭を下げた。しかし、レナはどこか寂しさを感じている自分を自覚していた。




