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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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しがない魔石の老人

 鍛冶屋の店主との交渉はそのままトムとディーンと武器と防具を作る……ということになり、お金も後日で良いということになった。恐らく出来上がったもの二人が受け取るのは、三人が王国外へ出かけ、戻ってきた後になるだろう。


「ねえ……説得するいい方法があるって…まさか……!?」


 レナが信じられないようなものを見る目でトムに尋ねると、トムはニヤリと笑った。


「そう、その通りだ。お前が鍛冶屋の外で放り出されているのを見て、あのおっさんは必ずお前を中に招き入れることになる。昔からそうだ、あのおっさんは……」


「俺も聞かされるまでは見当もつかなかったな……まさか、俺たちが鍛冶屋を離れた時点ですでに説得する方法とやらが行われていたとはな……」


 ディーンはトムを見つめ、感心したというように頷いた。それに対して、レナはまだ何か納得できないといった様子だった。


「それじゃあ……女の子に弱い…ってのは何?あれは全部嘘だったってこと!?」


 初めから店主を説得する手立てはついていたとはいえ、レナが何よりも最初に聞き、そしてそれなりの安心感を得るものとなったその言葉が全て嘘であったとなれば、どうしても納得が出来ないところではある。


「なんだ?もしかして、分からないのか?」


「…え?」


 それを聞かれるとは思わなかった……とでもいうようなトムの表情に加え、出てきた言葉にレナは動揺が隠せず、思わず声を漏らした。


「あのおっさんは娘を亡くしてな。そのせいか、小さかったり、若い女の子には優しくしてしまいがちなところがあるんだ。特に素直な子にはな。丁度お前がぴったりだとおもったわけだ。」


 トムは自身満々にそう言ってのけた。実際にそれによって編み出されたトムの作戦は功を成し、うまくいったわけだが……

 レナは、何故か信じられないものを見るような目をしていた。


「……それを…女の子に弱いって…?言ったわけ……」


「おう……そうだが?」


 レナのわなわな震えながら放たれたその言葉に、トムは何も状況が分かっていないようで答えた。


「トム……それは流石に無理があるな……」




******




「それで……次はどこにいくの……?」


 レナが若干疲れた様子で言った。先ほどの鍛冶屋での疲労もあるが、それ以前にレナは昨夜から溜まっていた疲労があった。その上、今は空腹感にも襲われている。


「そうだな……次はお前の装備の話だ。魔法関連専門の場所に行く。そこの爺さんも変わり者だが、あの鍛冶屋のおっさんよりかは話しやすいと思うぞ?」


「……昼食はどうするつもりだ?俺たち、朝から何も食べてないじゃないか……?」


 ディーンがトムに尋ねた。三人は、朝から飛び出すように外へ出たため、朝食すら食べていない。そして、既に時間は昼頃になる。腹が空いていてもおかしくはない。


「そうだな……俺たちが鍛冶屋を離れている間に他にやっておくことは済ませたから、あとはこの次に冒険者組合(ギルド)に行く。昼食は向こうへ行く馬車の中ででも取ることにしよう。」


「……それもそうだな…」





 やがて、三人の前には建物が現れた。その見た目はとても店だとは思えないほどボロボロであり、あちこちに傷の入った木造の建物に、窓はなく、側面に穴が開いているだけ。鍛冶屋も、とても大通りで見るようなものとは比べ物にならないものであったが、これはそれ以上だ。


「ここで……本当に合ってるの?」


「ああ、間違いない。中に入れば分かるさ。」


 トムの迷いのない返しに納得したのか、二人はトムの後に続いて、その小さな木造の家の中へと入っていく。


 外観と同様……やはりと言わんばかりに、家の中もあちこちの壁に傷が入っており、天井につるされたランタンが小さな家の中を照らしている。その光は、そのランタンの大きさにしては強く、部屋全体を温かみのある光が包み込み、室内に並ぶ棚の存在を露わにする。


 棚には、青や紫の多種多様な光を灯した多彩な石が飾られていた。魔鉱石とは何か違う……ということは三人にも一目でわかった。



 これは魔石である。魔鉱石は、基本的に青白い光を放っている。それは、魔力を纏ったものの多くがその色をしており、魔草もその一つだ。

 しかし、魔石……魔鉱石を加工したものであるそれは、青白い魔力の光以外にも、青から紫までの光を放つ。それは、魔石の持つ魔力量が大きく関係するが、そもそもそうなっているのは、魔石に加工され、より石へ、魔力が定着したことによることが原因であると考えられている。

そして、魔鉱石を用いて装備を作る際も、まずは魔鉱石を魔石へ加工してから行われる。


魔道具を作ることが難しい理由の一つとして、この加工の難しさがある。元々魔力を纏った元はただの石である魔鉱石は、非常に不安定で、簡単にその状態を変えてしまう。


 魔道具を作ることに、優れた鍛冶職人を必要とするのであれば、魔鉱石の加工には、優れた魔法の使い手が必要とされる。そこに必要とされるのは、不安定な魔鉱石の魔力を安定した状態へ定着させるだけの魔力操作の技術であるためだ。


「……あれ?なんか足りないと思ったら……」


 突然そんなことをトムが言ったと思うと……店の奥から一つの人影が現れた。


「トム……お前がやってくるということは、何かしらの用事があるんだろうが……。どちらかといえばそれは鍛冶屋の仕事だろう?」


 奥の暗がりからぬぅ…と顔を出したのは、胸のあたりまで届くほどの白い顎鬚を生やした細見の老人であった。その老人は、足元を完全に隠してしまうほどのゆったりとした少し古びたローブを身に纏い、頭は完全にフードで隠されており、その顔ははっきりとは見えない。


「ああ、勿論そっちにも行ってきた。今回はうちの魔法使いのことで話があるんだ……」




 それから、トムの話を聞いた老人は、しばらく考えるような素振りを見せた後……レナの方へと視線を向けた。


「なるほど……そういえば魔法使いがいるという話は聞いていたが……」


「そうそう。だからこいつの杖とかローブを新しいのにしてほしいんだ。ちなみにお金は後日ということで!!」


 トムの相変わらずの自身満々な言い草に、この老人はというと、表情を変えることもなく、トムとレナの姿を交互に見ながら、ただ何かを考えるような仕草をしていた。


「……まず、金の事だが……それはいつでもいい。払えるときで構わん。」


「さっすが爺さん!!」


 老人の静かな言葉に、トムは待っていました!と言わんばかりに手を叩いて表情を明るくした。しかし、老人の表情は変わらず、さらにゆっくりと言葉を続けた。


「……だが…一から作るには今は材料が足りん。それに、新しく材料を仕入れる予定もない……」


 老人の言葉に、一度は笑みを浮かべていたトムの表情が、一瞬のうちで曇る。


「は……どういうことだよ!?」


「単純な話だ。魔法使いの装備は()()()に全てが魔道具だ。勿論、質に違いはあるが、一般的な剣士の装備に比べれば、価値の違いは明らかだ。」


 魔法使いの用いる杖やローブは、それ自体が魔力を纏っている魔道具であり、その多くが他の職業の武器や防具に比べると、希少性の高いものである……というのが老人の話であった。魔法使いというものの数自体が他の剣士などの数に比べると、圧倒的に少ないため、魔法使いの装備というものが、そもそも多く必要とされていない……というのも、価値の違いに影響していた。


「……それにわしの専門は魔鉱石の加工……杖を作ることもローブを作ることもほとんどしない。それに対してわざわざ高価な材料を仕入れるなんてことをするつもりはない。」


 小さな店しか持たない老人にとっては、わざわざ専門外の高価な材料を手に入れるよりも、同じく高価ではあるが、専門である魔鉱石を仕入れた方がいい。


「幸いなことに、今は魔鉱石が安く手に入ることだ。わざわざお前たちのために大きな労力を割くわけにもいかないからな……」


 トムが表情を崩し、頭を抱える。王国内で流通する魔鉱石の数が近頃増えているということはトムもすでに情報としてしっていた。しかし、トムがこの状況を予測できなかったのには、老人と三人の間での魔法使いの認識の違いがあった。


「でも……私の杖もローブも……大通りの店で買ったものですけど、確かに剣に比べれば高いとは思いますけど、そんな魔道具に比べれば大したことない気が……」


 疑問を口にしたのはレナだった。実際、魔法使いは少ないとはいえ、それなりの数は王国内にもいる。そして、魔道具というのは非常に高価で、それを手に入れられるような冒険者はほんの一握り。

 だからこそ、老人の先ほどの言葉には、三人にとっては疑問の残るものであった。


 そんなレナの疑問に、老人はそんな疑問が出てくるのが分かっていたかのように、軽く頷いてから言った。


「……一般に売られている杖やローブは魔道具と呼べるようなものではない。杖はせいぜい使用者が魔法を使いやすくするためだけのもの……ローブもわずかに魔法による攻撃を軽減できるようなものだ。」


「え……でも、さっきは魔法使いの装備は()()()に魔道具だって……」


 老人の言葉に首を傾げたまま尋ねるレナと、老人の目がその瞬間……はっきりと合った。


「……本来であればそうだが……今では大きく変わってきた。魔法使いというものが身近になってきたためだ。魔法使いの装備も手ごろなものへと変わってきた。しかし、それを魔道具と呼ぶには、あまりに粗悪なもの過ぎる。それらは優れた魔法使いによって作られたわけではない。」


 そう話す老人の表情は、隠れてはっきりとは見えないが……どこか沈んだ様子に見えた。


「金次第では一からわしが作ってもいいが……とてもお前たちが手に届くようなものではないということは分かるな……魔道具だから当然だ。それに、わしに頼むようなことでもないだろう……わしは粗悪な魔道具紛いのものを作るつもりもないし、それならば他で頼んだ方がよいだろう。」


 おそらくはこの老人は、この路地裏に住む者として相応しいだけの自分の仕事への誇りを持った人間なのだろう。それ故に、自身の作るものに手は抜かない。もしも彼が手を抜かない仕事をするとなれば……それは最低でも魔道具以上。自分たちが手を出せるようなものではない……ということは、リーダーであるトムが一番理解していた。


「……悪いな、爺さん。どうやら来る場所を間違えたみたいだ……」


 トムが踵を返して外へと通じる扉へと向かい始める。その姿をみた二人も、困惑しながらも後に続こうと足を踏み出そうと思った時……


「……話はまだ終わってはいない。」


 三人が足を止めた。何より、最もその中で大きな反応を見せたのはレナだった。


「今のは一から作るという話だ……既にうちにあるものであれば……金は要らん、ただでやろう……」




******




「良かったじゃないか、トム……どうやらレナも装備を新しくできそうだ。」


 店の中に置かれた小さな椅子に腰かけながら、ディーンがトムに言う。大して、トムはどこか複雑な表情をしていた。


「まだ決まったわけじゃない。あの爺さんの言葉を忘れたのか……?」


「……あぁ」





『ただし、かなり元の持ち主が癖のある人間でな……質は申し分ないが、まともに使えるかどうかは分からん。』





 レナと老人が消えていった店の奥を見つめながら、二人は顔を見合わた。


「あぁ……そういえば、ここに来た時違和感を覚えたんだが……やっぱりなくなってたんだな。」


魔石の並んだ二人の背丈よりも少し高い程度の棚。そこに不自然に開いた空間を見ながらトムが呟いた。


「……何の話だ?」


 不思議そうな表情を浮かべながらディーンがトムに尋ねた。


「こっちの話だが……魔石が一個無くなっててな。一際存在感のある()()()()だったんだが……」


「赤?」


 ディーンが怪訝そうな顔をした。それも無理はない。なにしろ、魔石というのは青から紫の色が普通だ。それは、魔力の色をその石が放っている……というためなのだが、それが赤……などというのは考えられない。


「それは……本当に魔石なのか?」


「それに関しては確かだ……確かその石の名前が……おかしいな、一度聞いたはずなんだが忘れちまった……」


 トムが頭を掻きながら悔しそうに言った。


「ただ……とても不思議な特徴のある魔石だったはずなんだ……でも名前がなぁ……」


「それなら直接聞いてみればいいじゃないか?すぐに戻ってくるだろう?」


 ディーンの提案に、トムはそれだ!という反応とともに大きく頷いた。




******




 ギィ……という鈍い音を立てて閉じる扉……

 隣の部屋から届いていた光が無くなり、部屋の中を暗闇が覆いつくした。老人はこの暗闇の中……まるで先が見えているかのように慣れた様子で部屋の中を進んで行くと、天井にぶら下がったランタンに手をかざし……ランタンの中に小さな火が灯った。


 部屋の中を温かな光が包み込み、ランタンに手を伸ばす老人の姿……そして、部屋の全貌が露わになる。

 部屋には一切窓のようなものはなく、外の光を通すようなものは見た限り見つけることは出来なかった。そして、部屋の様子はというと、決して綺麗とは言えず、乱雑に物が散らばった中に、ちらほら光る何かが見える。それが、魔石の欠片……あるいはそれに似た何か魔力を纏ったもの……ということは、それが放つ魔力からレナも理解していた。


 そして、先ほど老人がランタンに火を付けた際……わずかであるが、魔力の流れを感じたのをレナは見逃さなかった。


 老人の店であるこの小さな家……そこにあった魔石の存在……そして、老人の発言からも既に分かり切ったことではあったが……

 レナは改めて老人に尋ねたのだった。


「お爺さん……やっぱり魔法使いだったんですね……」


 魔鉱石の加工……そして、杖やローブなどの魔法使いに関連するものも、少ないながらもやったことがあるような口ぶりからも、老人が魔法使いかそれに近しいものであるということは予想していた。それも……かなり優れた魔法の使い手であるということを……


「一応……といったところか。今では魔鉱石の加工以外に目立ったこともしていない。元魔法使い……と言った方が正しいかもしれんな。」


 老人は静かな口調でそう言った。乱雑に本や紙が置かれた机をかき分ける老人の背中に向かって、レナはさらに尋ねた。


「……どうしてあんな言い方をしたんですか……」


「……あんな…というと?」


 首だけこちらに向け振り返った老人とレナの目が合う。老人は表情を変えずに、レナの言葉を聞き返した。


「魔法使いの装備は()()()に全てが魔道具……確かに昔はそうだったかもしれませんが、今は違う……そのことは知っていたんですよね?どうして初めにそんな言い方をしたんですか?」


 そう話すレナの疑問は、こうして気に留めるほど重要なことではないだろう。ただ単に老人が言い間違えただけ……と考えるのが普通なのだから。しかし、レナには……この路地裏に住む者の一人であるあの鍛冶屋の店主に出会ったからであろう。その言葉の裏には何かしらのこの老人の深意が込められているように感じたのであった。


「……」


 老人はレナと向かい合ったまま、しばらく言葉を発することはなかった。小さく……長いため息をつき……そして、老人は一言だけ聞いた。


「……お嬢さん、名前は?」


「……?レナ……ですけど……」


 突然老人の口から放たれた言葉に、レナには老人のその言葉に込められた意味が全く理解できなかった。ただ、その言葉通りに答えるしか、レナにはできなかった。


「……ふむ、名乗り忘れていた。わしの名前はロウ、ただのしがない魔石の老人だ。」


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