鍛冶屋の老人
小さな石造りの壁に、取り付けられた古びた木の扉。ギィ...という音とともに開いたその扉の隙間から広がった景色は、まさにこの路地裏に広がる小さな町....時代の流れに取り残された住民の住む場所として相応しいものであった。
鍛冶屋というもの自体、古臭い印象を受けるが、ここの景色はそのことをより一層深く感じられる。
外から見た、小さな石造りの建物...という印象からは、少し意外な空間の広さがそこにはあったが、それでも小さいことには変わりはないだろう。
最も大きく視界に入るのが、予想通りの見た目をした巨大な溶鉱炉。今は店主の姿はそこには見えないが、依然として、ゴウゴウと音を立てながらオレンジ色の炎が燃え盛っている。
炉の近くに無造作に放り捨てられた薪は、その半分ほどが炉の中で炎とともに燃えている。その傍らには、既に鍛造された金属の棒が並べられており、それが剣として形とされる前の刃の姿であるということを彷彿とさせる。
売り物らしき武器や防具の姿はなく、それを並べるようなものもここには見られない。普通...こういった工房は店の奥にあり、客の立ち入る場所には既に作られた武器や防具が置かれているのだが、これを見る限り、そういった場所はないように見える。
しかし、この路地に集まる堅物たち....この鍛冶屋の店主が、そうトムが呼ぶ者であるのであれば、それも理解できない話ではない。
「いない...のか....」
「おーい!!おっさん!!いるんだろーー!!」
ディーンが恐る恐る開いた口から出した言葉を遮るように、トムがまるで緊張感のない声が工房内に響き渡った。
......
返事はない....
それが、果たして意図的なものなのか....それとも、本当にいないのかは分からない....
すると、工房内のどこからか....声が答えた。
「あまり大声を出すな....騒々しい.....」
ゴソゴソと何かが動く音がする。そしてしばらくの後....ガラガラと引き戸が開く音とともに、一人の男が現れた。
茶色一色の作業着に、鍛冶の仕事の中でそうなったのであろう、黒ずんだ前掛けを肩から下げている。頭に巻いたバンダナには、繕った跡がいくつもあり、バンダナによって隠された頭から除く白ずんだ髪が、その男がかなりの高齢であるということを明らかにしている。
「....何の用だ。」
老人の発した、しわがれた低い声....胸の辺りで組まれた両腕....そして、老人の起源の悪そうな表情からも、老人の気難しい性格がにじみ出ている。
そんな老人を前にしても、依然としていつもの調子を崩さないトムに対して、ディーンとレナは気が気ではなかった。レナに至っては、すっかり眠気も吹き飛んで委縮してしまっていた。
「俺も冒険者になって一年だろ?そろそろ装備を新調しようと思ってさ。」
トムの言葉を聞いて、なお老人はそのしかめ面を崩さない。そしてしばらく間を置いて、老人は胸のあたりで組んでいた両腕を崩し、そして言った。
「....話だけは聞いてやる....入れ。」
******
小さな工房の中に作られた小さな生活スペース。木を基調として作られたその空間は、ひと昔もふた昔も前の人々の生活を彷彿とさせる。
その小さな部屋には、不必要なものは一切なく、目立った家具は部屋の真ん中に置かれた四角い木のテーブルに、部屋の隅にいくつか置かれただけという、質素なものだった。豪華な調度品で貴族の屋敷とは正反対のこの光景。まさに、庶民の暮らしというものがそこに映し出されているかのようだった。
店主は、部屋の隅に積まれていた座布団を三枚、丁度テーブルの前に並ぶように投げ敷いた。そして、最初から敷かれていた一枚の座布団で自分はあぐらをかいて座ると、しわがれた声で言った。
「....座れ。」
その声に、まだ状況についていけていないディーンとレナの二人を置いて、トムが待っていた、とでもいうように座布団の上に座った。そして、しばらく間を置いて、二人もそれに続く....
「それで...一体何を俺に要求するつもりだ...?小僧....」
眉にしわを寄せながら、鍛冶屋の店主はトムに言う。
「俺とこいつの武器と防具がメインだな....細かいことは後々考えるつもりで....」
トムはディーンを指さしながら店主に言う。すると、店主はレナの方へ目を向ける。
「....悪いが、俺は魔法使いの装備は作れない。」
「ああ、わかってるさ。それは他で頼むつもりだ.....そうだな...」
「...ロウか。」
店主は顎を手に乗せながら言う。その表情はどこか嫌なものでも見たような様子だ。
「あのジジイ....どうも俺とは気が合わない....」
そう話す店主の言葉と表情からは、何か大きな出来事があったことで、そのロウという者と不仲になった....というよりかは、単純に気が合わなかったという感情が読みとれた。気が合わない...という相手は誰にだって一人はいておかしくない。
「へえ....俺はおっさんよりも、あの爺さんの方が話がしやすくていいけどなぁ.....」
「....それはどういう意味だ....?」
店主の顔があからさまに不機嫌なものになる。一体、トムが何を思ってこの発言をしたのか....二人は理解できなかった。自分で、この店主は気難しいから気を付けろ....ということを言っていたのにもかかわらず、一番その店主を怒らせるようなことをしているのは自分なのではないか....
それなりの付き合いであることからも、二人は自分たちのパーティーのリーダーである、トム・ニコラスがどういう男なのか....それは理解していた。しかし、改めて....それを二人は実感していた。
「ま...まあいいじゃないか。あ~そうだ!!そんなことよりも、俺の剣なんだけどさ~....」
店主を怒らせたことに気づいていた上でのことなのか、気づいてすらいなかったのか....トムは慌てて話を逸らした。
それからトムが始めたのはとりとめもない話....
自分の剣が硬い魔物と戦ったときに刃こぼれしてしまったことから、今度は今よりも強い金属で作ってくれ...だったり、ディーンの両手剣が大きくてかっこいいから、自分もそうしてくれ.....など
長々とそんな話をするトムを前に、店主は終始、不機嫌そうな顔を浮かべてはいたが何かを言うでもなく黙ってトムの話を聞いているだけであった。
二人は既に知り合いだったことを考えると、店主はトムの言動に慣れているのだろう。でなければ、トムの話通り気難しい老人であれば、普通は既に三人は追い出されてしまっていてもおかしくない。
結局、話は剣は今の物よりも丈夫なもの....剣は慣れの問題から今まで通り小さめの片手剣ということになった。
トムは片手剣でありながら盾を持っていないが、本人によれば、片手が自由である方がよいと言う。恐らくはそれがトムのスタイルなのだろうが.....冒険者の中では珍しい方だろう。
話が一段落したころ.....店主が今まで閉じていた口をゆっくりと開いた。
「それで....当然、金は用意してきているんだろうな....?」
へらへらと笑っていたトムの顔がそのまま凍り付く。当然、店主の問いへの答えを知っている二人はこの場に漂う雰囲気に耐え切れず、思わず下へ顔を向ける。
「ま....まぁ、それは後ほどってことで....これからまとまったお金が入る予定だし....」
「ふん....話にならんな。」
トムの言葉を最後まで聞く間もなく、店主は立ち上がった。
「俺も暇じゃない....とっとと帰れ....」
「な....なぁ、俺とおっさんの付き合いだろ?」
「お前とそんな仲になった覚えはない。」
店主は必死に呼び止めるトムを冷たくあしらうと、部屋の引き戸を乱暴に開くと、さっさと工房の方へ向かって行ってしまう。
トムは、早く行け!!とでも言うように、レナの方へ視線を向けた。
「おい....言っただろ?お前が何とかして話をいい方向にもっていけって....!!」
トムが小声でレナに言う。レナは、あからさまに嫌そうな表情を浮かべながらも、仕方なくゴウゴウと炎の燃え盛る炉の前に立つ店主の背中に向かって歩いていく。
「(だ....大丈夫....。トムも言ってたし.....)」
トムの話によれば、この店主は女の子に弱いらしい。この気難しい老人が....ということを考えると、想像もつかないが....あれほど自身満々に言っていたトムの言葉を疑う必要はない....!!
レナはそんな期待を胸に、前掛けのポケットに入れた金属製の槌を取り出した老人に向かって、恐る恐る声をかけた。
「あ....あの....もう少し...話を聞いていただければ....」
レナの弱弱しい声が何とか届いたのか、店主はレナに背中を向けたまま、首だけを動かしてレナを見た。その目は、トムの言うような女の子に弱い....などという印象は一切なく....トムに向けたものと同じ、とても厳しいものであった。
「....まだいたのか?俺の言葉が聞こえなかったのか....?」
しわがれた....しかし厳しい口調に、レナはすっかり気押されてしまっていた。今のレナには、この鍛冶屋の店主が、今まで出会ってきたどんな魔物よりも恐ろしいものにすら見えていたほどだ。
「あ....ぁ....でも....」
「帰れといっただろう!!」
とてつもない剣幕で言い放たれた店主の怒声が工房の隅々まで響き渡った。
それは、まるで巨大な野獣が放った咆哮.....工房に置かれた小さな家具が、その声によってブルブルと震えるほどである。
「ひっ...ひぃ!!」
今のレナに、この巨大な野獣に立ち向かう勇気はなかった。もしも、相手が強力な魔物か何かであったとしても.....それがよほどの物でない限りは、彼女は戦闘態勢に入ることが出来る。それは、彼女が単なる一般人ではなく....冒険者であるためであろう。
しかしこの老人の迫力は、その強力な魔物とは何かが違った。本気でレナが魔法を使って戦えば、相手はただの一般人だ。
ただ、簡単にそうはならない....何かがこの老人にはあった。
恐らくは、これが長くこの路地で時代の流れに合わせることもなく....自身の矜持に従って生きてきた人間の力というものなのだろう。
とても、レナが敵う相手ではない.....
******
逃げるように鍛冶屋の外へと飛び出したレナを迎えた者たちがいた。
それはよく知る顔.....
自分同様、巻き込まれるような形でこの状況に至ってしまったディーンと....まさにこの状況を作り出した張本人....そして、自分をあんな恐ろしい目に合わせた張本人であるトムである。
「ねえ!!女の子に弱いんじゃなかったの!?」
トムの言葉を信じた結果....その言葉に裏切られるような結果となったレナは、トムを非難した。何が女の子に弱いというのか....全くそんなことはなく、結果はこのざま....
これでは、まるでトムが自分に嫌なことを押し付けただけにしか見えない。
トムを睨みつけながら言い寄るレナに対して、トムはまるで気にしていないかのような顔をしている。まるで、この結果に満足といった様子だ。
「.....真面目に聞いてるの!?」
既にレナの怒りは最高潮にまで達していた。自分たちのリーダーがこういう男であるということは重々承知だが、いくら何でもこれは適当すぎではないか。普段のトムへの不満も相まって、レナはもはや傍にいるディーンの制止の言葉すら、もはや耳に入っていなかった。
胸倉を掴まれながら....ふと、トムは口を開いた。
「....何も怒る必要はないじゃないか、レナ?全部予想通りだ....?」
「....え?」
予想外のそんなトムの一言に、レナは思わず間抜けな声を漏らす。
「予想通り....?どういうこと?」
レナのそんな疑問も置いて、トムはすっかりぽかんとしてしまったレナの手を払うと、ディーンの肩に手を置いて言った。
「さて、ディーン。俺たちは行こうじゃないか?」
すっかり置いてきぼりのレナに対して、ディーンは何故か申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。
「....悪いな、レナ。すぐに戻る。」
「ね....ねえ!!何処に行くつもりなの!?私は!?」
全く話の展開についていけないレナを後目に、トムとディーンは何故か鍛冶屋を離れて行ってしまう。目的はこの鍛冶屋で自分たちの装備を作ってもらうことじゃなかったのか。
レナのそんな疑問に対して、トムは一言だけ....
「あぁ、あのおっさんを説得するいい方法がある。なあに、俺たちが戻ってくる頃には、全てがうまくいってる。」




