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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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聖域と崖ーグランドウォールー

「はぁ……はぁ……」


 乱暴に投げ出された少女は、緑が生い茂る地面に横たわっていた。周囲には大小さまざまな木々が生えており、その木々の生い茂りようはかなりのもので、昼間であってもこの場所は薄暗さすら感じるほどだろう。


 少女……カルムはすっかり土で汚れてしまった着慣れない小綺麗な服を手で払いながら、ゆっくりと立ち上がった。

 怒られる……いや、それはないだろう。なにしろカルムをこのような状況にしたのは、紛れもない……この服を自身に与えた相手なのだから……




『明日の朝……ここに迎えに来ます……。まぁ、あなたが生きていれば――の話ですが……』




 自身に投げかけられたそんな言葉を思い出しながら、カルムはその意味を理解できずにいた。しかし……その意味が分からずとも、その不穏な言葉に不安を隠せずにいた。


「(生きて……いれば……? なんで……そんなこと……)」


 その言葉は、まるで自分が明日の朝までに死んでいる……という可能性がなければ出てこない言葉だ。カルムの目には、黒に身を包んだあの悪魔が自分を見下ろす姿が浮かんでいた。

 

 自身に与えられた耐えがたい苦痛や恐怖……しかしカルムは何としてでも生き残るために行動をしていた。あの悪魔に必死に懇願し……そして連れてこられたのがこの場所。突然背後に巨大な蜘蛛が現れたと思うと、カルムの体を乱暴に拘束し、飛び立った。


 生きた心地がしなかった。巨大な蜘蛛に覆いかぶさるようにして体を押さえられ、もしも落ちれば命はない……そんな状況に立たされたのだ。そしてようやくたどり着いたのがこの場所……。


 彼女は生き残らなければならなかった。行方の分からない家族に再び会うため……なんとしてでも生き残らなければ……


「へぇ……お前か? シャナク様の言っていた下等生物(ゴミ)ってのは……」


「ひっ!!」


 突然耳に入ってきたそんな言葉にカルムは体をびくんと震わせた。


「全く……俺以外は喋れる奴がいないからって……こんなのに当てられる俺の気にもなってほしいぜ」


「だ……誰!?」


 カルムはぶんぶんと首を回して周囲を見渡す。しかし、声の主らしき相手は見当たらない。にもかかわらず……この声の主は自分のすぐ耳元で話しかけてきているような……


「おいおい……何処見てる、ここだ。」


 再び耳元で声が聞こえる。まさか……と思ったカルムは、自身の肩に目線を向けた。そこには、手のひらに収まってしまいそうなほどの大きさの蜘蛛がいた。八つの赤い瞳は他の蜘蛛と同じだったが……瞳のすぐ下あたりに入った一本の裂け目がキシキシと音を立てながら動いていた。

 人間は口を持ち、言葉を発することが出来る。そして、自分たち亜人の多くが同じように言葉を発することが出来る。見たところシャナクも人間ではなく、異形の姿をしていたがそれでも人間や亜人の姿とよく似ており、話すことに疑問を感じることなどなかった。


 しかし……目の前で言葉を発するこれは一体なんなのか……。蜘蛛が喋る……などという話は聞いたことがない。

 そんなことを考えながら、カルムは自身の肩に乗ったその小さな蜘蛛を見つめていた。


「あまりジロジロ見るんじゃない。」


 キシキシという音とともに発せられたその言葉に、はっとしたようにカルムは我に返った。そうだ……こんなことを気にしている場合ではない。とにかく、一体この場所がどこなのかまずははっきりさせなければいけない。朝まで生き残らなければならない……一体この場所のどこに死の危険性があるのか分からないが……

 そんなカルムの疑問に答えるように、耳元で声が聞こえた。


「あ~そうだ。予め言っておくとな……この森には魔物が多くいるみたいだ。」


 他人事のように話す小さな蜘蛛の声にカルムの背筋は凍り付いた。


「ま……魔物……?」


「みたいだな。ついでに言っておくと……この森には夜に動きが活発になる魔物も結構いるみたいだぜ?」



 グルルルルル……



 背後から聞こえた唸り声にカルムは嫌な予感がした。恐怖に青ざめた顔を浮かべながら、ゆっくりと首を回し後ろへ振り向く……

 そこには、ギラギラと殺気のこもった目を浮かべながらこちらへジリジリと歩み寄ってくる狼の姿があった。それも一匹ではない。三匹……カルムよりも一回り大きな魔物がこちらへ迫ってきていた。いくら身体能力に優れた亜人とはいえ、カルムの種族は戦闘に向いた種族ではない。それに、カルムはまだ幼い少女に過ぎない……


「夜の魔物は魔力の流れに反応してやってくる――お前と俺にだろうな。あとは……」


 少し間を置いてから、小さな蜘蛛はキシリと音を立てた。


「弱い奴から狙われる……ってことだな」





 ジリジリと自身へ歩み寄ってくる三匹の魔物……。カルムは少しづつ後ずさりをして、少しづつ追い詰められ始めていた。


「ど……どうして……」


 こんな場所に自分を置いていったのは一体どうしてなのか……。すぐ近くまでやって来てしまったその魔物を見つめながら、カルムは呟いた。


「シャナク様曰く……この程度も生き残れないようでは生かしておく価値もない……ってところらしいぜ?」


「そ……そんな」


 小さな蜘蛛の言葉に絶望したようにカルムは膝をついた。このままでは、確実に自分はあの魔物たちに食い殺されてしまう……


「(そ……そうだ――あの剣……)」


 理由は分からないが、自分はシャナクから渡されたあの剣で木を真っ二つに斬ることが出来た。そんなことは勿論カルムに出来るようなものではない。もしもあの剣に何かがあるのだとすれば……あの剣さえあれば……。


「あぁ、武器ならないぜ?」


「……え?」


 少女の希望は一瞬で断たれた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 アルバード=アトラス……


 この名前には聞き覚えがある。しかし、アクセリア様より受け継いだ知識の中にこの名前はない。つまり、それは私自身が見聞きしたもの……ということだ。私がアクセリア様より与えられた命令の一つ……人間の国の情報を集めるというもの。その情報を集めるために、私は王都の周辺国に自身の眷属を向かわせ、そして自分は王都へ向かうことにした。その際に手に入れた情報に、各地の国家の歴史が書かれたものを見つけた。


 その中の……()()()()()()。砂漠にある小さな国ということだが、その歴史も他の国々に比べれば短い方だ。そこを治める王は代々同じ血筋で変わっておらず、その王の名前がディザ=アラスブ……そして、側近の名前がアルバード=アトラスだった。しかし、これらの情報はあくまで80年前のものだった。今もこの人物が生きている可能性はないだろう。もっと新しい情報を見ておかなかったことが悔やまれる……。



「(……あぁ、一つ忘れていた事がありました……)」









 アクセリア様の部屋の前に立つと私はゆっくりとその扉を開いた。カーテンは閉め切られており、完全に光を遮断したその部屋は、暗闇に包まれていた。

 私は窓に近づきカーテンを開いた。月明かりが部屋の中に差し込み、光に照らされた赤の絨毯が現れた。美しい装飾の施された豪華な家具が置かれているが、何より目立つのは、窓際に置かれた小さな丸テーブルと一つの椅子だろう。誰も座っていないその椅子は、どこか寂しさすら感じられる。


 私はテーブルに置かれた一冊の本を見つめる。彼女の読んでいたであろう本……背表紙には『魔力を灯した道具たち』と書かれており、表紙には一切の絵はない、とても質素なデザインの本だ。そして本の裏には……小さく【アルバード=アトラス】の文字……


 一体彼女は何を思ってこの人間に興味を持ったのか……私には分からない。この本の内容を見てみれば、もしかすると分かるのかもしれないが……私は本をそのままにしておいた。



 アクセリア様が留守にしている間は鍵は閉めているが……私は開けたままにしておくことにした。彼女が戻ってきた際に、わざわざ鍵を開けさせるような手間を掛けさせるわけにはいかない……。私はこれから出かけなければいけないのだから。


 屋敷の外へ出た私は、再び夜の空に向かって飛び立つのであった。




――――――――――――――――――――




 王都ヴァンテールを中心として広がるアルステン地域……。魔物の多数生息するこの地域をそのまま横切るのは非常に危険であり、よほどの事でない限りはセリオン王国を経由して王都へ向かうことになる。そのため、貿易目的の各地の商人たちはみなアルジオ平原の比較的魔物が少ない場所を通るようにしてやってくることになる。


 そして、ここにもセリオン王国へ向かう商人がいた。




 アルジオ平原に広がる広大な平原……そこを横切るようにして進んで行くのが、大きな荷物を載せた馬車引く三匹の馬。同じように荷物を載せた馬車がさらに後ろに一台づつ……三台の馬車が縦一列に並んで平原を進んで行く。


 一番前の馬車を引いている男が一人……茶色を基調とした質素な服に身をつつみ、丸みを帯びた帽子を被っている。そして、荷車から顔を出したもう一人の男は少し身を乗り出すようにして馬を引いている男の下へ近づいていった。


「ここらは……以前も来たことがあったな……。だが、いつもの道と違うんじゃないか?」


 荷車から顔を出した男は、周囲の景色を見渡しながら言った。そこは広大な平原が延々と広がるアルジオ平原にしては珍しく、花畑や木々がちらほら見えるといった景色が広がっていた。そして彼らの眼前には巨大な湖が見え始めた。


「魔物が少ない……とは言っても完全にいないわけじゃない。その点、この周辺は特に魔物がいないことで俺の周りじゃひそかに話になってる。それに……」


 そう言って馬を引いていた男は遠くを見つめる。その先には、視界を大きく遮るほどの巨大な壁……いや、崖が佇んでいた。


「ここはかの有名な【グランドウォール】が見ることが出来る場所だ。来て損はないだろう」


「聖なる崖……か」


 グランドウォール……遥か昔からそこに存在するという巨大な崖。そこには一切の切れ目はなく、通り道も存在しない。ぐるりと囲むように巨大な壁が広がっているのだ。そのため、この崖の向こう側に行くためには崖の上を通る……あるいは崖に壁に穴を開けるようにして道を作るしか方法はない。しかし、それをすることは固く禁じられている。


 それは……神の怒りに触れること。

 神を信じ、敬う者たちによって作られた聖教国アルピス。その神として崇められており、そして最も広く信仰が広がっていると言われている唯一無二の神……()()()()

 かつてその禁忌を破り、聖なる崖を超えようとしたものは、(ことごと)く天罰を受けたと言われている。


 以来……この場所は聖域として崇められており、人間のみならず……周辺に住む亜人たちにも聖なる場所として認識されるほどである。そして……その崖の向こうがどうなっているのか……それは定かではない。


「それにしても……聖なるというだけあって、周りの景色もなかなかのものじゃないか……」


 荷車から身を乗り出した男は、もっとよく景色を見ようとさらに身を乗り出して……危うく馬車から落ちそうになる。


「おい、気をつけろよ!」


「悪い、悪い……それで、セリオン王国まではあとどれくらいかかるんだ?」


 馬車を引く男は首を傾げ、少し考えた末に答えた。


「う~ん……明日辺りには着くと思うけどな……。少し遠回りをしているからな」


「まぁ……それくらいはかまわないか……。魔物と同等に恐ろしいのは……人間だからな」


 王都周辺の各地の国々とセリオン王国を結ぶ道には商人を襲う盗賊が絶えない。世界一の貿易国とも呼ばれるセリオン王国には、毎日多くの商人たちがやってくる。そして、魔物が比較的少ない場所を通ってくる商人たちの通り道は大抵決まっている。


「この場所は商人たちの間でも秘密の通り道……ってところだ。他の商人たちはあまり通らない。だから、ここに現れる盗賊も少ないってわけだ」


 馬車を引く男は自信満々な表情で答えた。これは知る者が少ないからこその価値……だからこそ、広く知れ渡ることのない情報である。


「さて……話によれば今王国では何やら事件が起こってるみたいじゃないか?」


「貴族の屋敷の襲撃……聖騎士総動員か……。なんだか危険な匂いがするな……」


 男は心配そうな表情を浮かべ、荷車へ体を引っ込める。そんな彼に対し、馬車を引く男は……大きな声で言った。


「だからこそだ!今混乱が起きてる王国だからこそ、物資を必要としてる。聖騎士総動員というくらいだ。小さな被害ではないだろう……」


 今後王国には混乱が訪れることだろう。今回の事件により受けたであろう聖騎士や王国の市民たちへの影響……話によれば、聖騎士団の実力者がかなりの傷を負ったとか……。こんな時にこそ、人々は安心を求め多くの物資を手に入れようとする。そこで商人の出番だ……


「はぁ……」


 荷車へ体を戻した男は依然として暗い表情を浮かべていた。無理もない。商人にとっては稼ぎ時とはいえ、王国は混乱に包まれている。危険な事には変わりないだろう。


「(こんなチャンス……逃すわけにはいかないからな……)」


 そんな馬車を引く男の頭に浮かぶのは、かけがえのない自身の家族の姿。


「(こう生活が苦しくちゃ……仕方ないか……)」


 遠くの……湖の方へ目を向けながら、男は乾いた笑いを浮かべた。




「ん……?」


 その瞬間、男は湖に目が釘付けになった。それは、思わず馬の制御を忘れてしまうほどだ。


「バフゥッ!!バフゥッ!!」


 そして、男が目を離した馬たちは、次の瞬間……大きな声を上げたかと思うと、三匹揃って前足を上げるようにして止まった。


「ヒヒーン!!」


「おい!どうしたんだ? 突然止まったりして!」


 後を付いてきていた他の馬車もそれに続くようにして停止をすると、突然止まったことに関して男に問いただす。そして男はというと……湖の方へ目線を向け、一切動かすことはなかった。


「おい……あれって……」


「あれって、一体なんのことだっ――!?」


 苛立ったように男を問いただした仲間たちも、湖の方へ目線を向け……そして固まった。


「なんだありゃぁ……」


 彼らの目線の先に広がっていたのは、視界のほとんどを埋め尽くすほどの巨大な湖……そして、その湖の一部が白く……凍り付いている姿であった。それも狭い範囲ではない。見る限り……ずっと先の方まで続いている。


「白き凍土……まさか、シヴィア様……」


「シヴィア様? 馬鹿言え、エルベリア氷国はここからはかなりの距離があるんだ。それに、一体何があってあの方がこんな場所にやってくるって言うんだ?」


 仲間の一人が呆れたように言った。


「……それもそうだな……しかし、こんな場所に氷なんて出来るものか? それもあの美しい白はまるでエルベリアの……」


 男はどうしても納得できないような表情を浮かべていた。


 湖から広がる白はこの地をまるで巨大なベールで覆いつくすように広がっていて、それは彼らが聖域と呼ばれるこの場所を抜けるまで続いていた。


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