後悔
一体何がいけなかったのだろう....自身の不甲斐なさが心底嫌になる....。
私は、自分の敬愛する主の事を理解していた。理解している....つもりだった。しかし、それは単なる自己満足にすぎなかったのだ。実際に、私は何一つ彼女のことを理解できていなかった。
だからこそ....今も何が悪かったのか....理解できないんでしょう...?
自分の不甲斐なさ....そして自分への怒りに私は歯を食いしばる。そんな私を先ほどから怯えた様子で見つめているのは、一人の獣人。下等生物の分際で私の敬愛する主からお力を賜った忌々しい存在。にもかかわらず、それ相応の敬意を払うことのできない出来損ない....。
「忌々しい....。」
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私の敬愛する主は吸血鬼としては異常だった。勿論、この異常というのは悪い意味ではない。彼女は良い意味で他の吸血鬼とは大きくかけ離れていた。その膨大な魔力も勿論だが、何より変わっていたのは、彼女の考え方であった。
吸血鬼というのは、基本的に好戦的。大して多くは考えず、彼らにあるのは相手が自分に殺せる相手かそうではないか....それだけ。力を一番に考え、自身よりも弱いものは徹底的に見下す。
そして、特にその傾向は自分たちの獲物である人間に対しては強い。彼らは人間を食糧としか思っておらず、当然話し合いの余地などない。人間と吸血鬼の共存が叶わないのはそのためだ。
彼らの中に人間を知ろうなどとするものは存在しない。どこに自分たちの食糧でしかない存在を深く知ろうとする者がいるだろうか。当然、人間の国へ、人間に紛れて行こうなどという者は存在するはずがない。
しかし、彼女はそれをした。亜人とともに行動し、人間の国へ実際に行った。日の下で行動しようと思う吸血鬼はいない。吸血鬼は日の下では全身が焼けるような痛みを伴い、存在が消えてしまう。もしも直接の光を遮っていたとしても、大きく力を落とすことになる。
吸血鬼は大きな力を有しているが、それだけに弱点も多い。その弱点の一つに、先ほどのべた好戦的すぎる点もあるだろう。
そんな彼女から生み出された私も、自然に同じような考えを持つこととなった。そして、そんな彼女を私は敬愛し、そして従った。私が与えられたのは、彼女の知識の一部。多くの吸血鬼についての知識も....そして彼女自身に関しても、私が知っているのはそのおかげだ。
彼女は私を優秀な従者であると言う。しかし、それは紛れもなく彼女自身の力のためであると言えるだろう。私は彼女の力を半分だけ受け継いだ存在に過ぎないのだから。
吸血鬼は人間の血しか飲めない....そんな話がある。しかしそれは間違いだ。実際には飲めるが飲む気はしない....というだけだ。人間とかけ離れた存在....魔物の血などはとてつもなく不味く感じ、近しい存在....亜人などの血は美味しく感じるそうだ。当然、人間の血に比べればそんなものは比べ物にならないが....。
そして、こんなことを知っている者は私以外に存在しないだろう。吸血鬼ですらこのことを知ることはない。何しろ、彼らは幼いころから自分たちは人間の血しか飲めない....というように教えられる。吸血鬼が知らないのだから、人間が知っているはずもなく....このことが記述された本はないだろう。
そして、このことを私が知っているのは、彼女自身が知っているからに他ならない。単なる好奇心か....あるいは、人間の血を飲みたくない理由でもあったのか....。恐らくは後者だろうが、彼女は実際にそれを確かめたのだろう。だからこそ、彼女は知っていた。そして、その知識を受け継いだ私も....。
しかし今....このことを知っているのは私以外には存在しない。そう....彼女は知っていた。しかし、その記憶はなく...今は知らない。
理由は私の受け継いだ知識では分からないが、彼女は何らかの理由で過去の記憶を失った。その証拠に、彼女は眷属を作り出す方法すら知らなかった。にもかかわらずなぜ私が生み出されたのかは疑問であるが....。
しかし....眷属とは主人の望みに強く影響される。きっと、私は彼女の望むものに近いものとして生み出されたのだろう。
このように、彼女は他の吸血鬼にはないものを多く持っている。知識もそうだが、何しろ考え方だろう。弱点があるとはいえ、なぜ吸血鬼が人間と均衡を保っているのか。数の問題もあるが、人間はずる賢い。そして吸血鬼は考え無しだ。
吸血鬼の大きな弱点の一つがない彼女は、もしも人間に敵対すれば、人間の大きな敵となることだろう。勿論、そうなっても私はついていくつもりだ。
しかし、同時に彼女は他の吸血鬼にはない弱点を持っている。
警戒故の恐怖....彼女は人間の血を飲むことを極度に恐れている。人間の血は吸血鬼にとっては本能を最も強く刺激するもの。そうして自分を見失うことを彼女は恐れている。もしも他の吸血鬼からすれば、そんなものは関係ないだろう。むしろ、彼らは人間の血を飲むことで大きく力を増す。
そのため、渇きを癒す程度にしか血を飲むことのない彼女は、大きく力を落としていることだろう。それでもあれだけの魔力を有しているのには感嘆するばかりだが....。
それに....彼女は弱い...。敬愛すべき主にこんなことを思うのは非礼極まりないが、彼女はその強大な力には不相応に弱い心を持っている。人間の血を飲むことを拒絶する程度には....
その上、彼女はそれを表には決して出さない。私が気づくことが出来たのは、私が彼女自身が生み出された眷属であり、彼女の半分を受け継いでいた事もあるだろう。知識も....そして感情も。
だからこそ、私は彼女を支えて行こうと考えていた。そして....眷属の身で、自身の主人を守ろうなどとも....
結果、私は彼女のことは何も理解できていなかった。何故彼女があのようなことを言ったのか、私の持つ知識では理解できない。私は彼女の知識の半分を持っているというのに....。
そう、半分....私は彼女の半分しかもっていなかった。もう半分は持っていない。
どうにか理解しようとする気持ちに反して、何故....という疑問だけが私の頭には浮かぶ。彼女は決して私を責めることはしないだろう。それは、半分ながらも彼女の事を受け継いだ私だからこそ言えることだ。
しかし.....そんなことは私には関係ない....。
「....くっ!!」
私はギリギリと歯を食いしばる。これは自分自身への怒りだ。主の事を理解できていなかった不甲斐ない自分への怒り....
「ひっ!!」
横から耳障りな声が聞こえた。そこには、忌々しい獣人の子供がいた。もしも、これがアクセリア様からお力を賜ったわけでもないただの獣人であったとするならば、すぐにでも殺してやるというのに....。
しかし、そんなことをアクセリア様は望んではいない。彼女が私へ向けた感情は、紛れもない嫌悪感....。決して従者が主に抱かせていいものではない。それが従者の行動によるものであれば、なおさらだ。
「(私は....馬鹿だ....。)」
私は下らない自分の感情に流されて、この獣人の子供を処分しようなどと提案した。それもアクセリア様がわざわざ手を掛けられたものであるのにもかかわらず。挙句の果てには、私はアクセリア様を否定した。彼女は気にしていない様子であったのにもかかわらず、私は頑なにこの獣人の処分を提案し続けた。
それは、その時の私にとってはアクセリア様への忠義故であったのかもしれない。しかし、そこには明らかに私の感情が含まれていた。自身の敬愛する主に対する非礼.....そしてそれに対する怒り....。これは単なる私自身の感情に過ぎない。
私は自身の横でこちらに視線を向けながら震えている獣人の子供へ目を向ける。今の私がやるべきは、アクセリア様より与えられた命令を確実にこなすこと。そして、この役立たずをいかにして役に立たせるか....。処分をする....という逃げは許されない。それではアクセリア様の行動が一切の無駄になってしまう。
「....あなた。」
「は....はいぃ!!」
私の呼びかけに慌てたようにそれは答えた。全く行動全てが私をイラつかせる....。しかし、そんなことはどうでもいい。
「ついて来なさい....。」
それだけ言い捨てると、私は部屋の扉を開け、廊下へ出た。アクセリア様のお部屋の前には、おかしな廊下が広がっている。少なくとも、普通の屋敷にこんな空間はないだろう。真っすぐに伸びた廊下には、かなり大きな窓が立ち並んでいる。しかし、現在それらは全て布で覆い隠すようにしている。
これは勿論私が行ったことだ。夜...この窓から見える景色はとても美しい。アクセリア様も同じことを感じられているはずだ。しかし、吸血鬼の住処というのは、完全に日光は遮られているものだ。窓などは普通つけることはない。だからこそ本来ならば、アクセリア様のお部屋の窓もこうして塞いでしまうべきなのだろう。しかし、それを彼女が望まないのは分かっている。
しばらくすると、開いた部屋の扉からそれが現れた。相変わらず怯えた様子で恐る恐る扉を閉め、少しうつむきながら私へついてきた。
「....さて、言いつけすらろくに守れないあなたですが....。このまま死ぬのと、私へついてくる....どちらがいいですか?」
私は忌々しいそれに対してささやくように問いかけた。私の言葉を聞いたそれは、みるみるうちに顔を青ざめさせると....
「い....いき..行きます!!だから....殺さ..ない..で.....。」
それは弱弱しい声で必死に懇願するように答えた。その言葉を聞いた私は無表情のままそれを見つめる。
「....そうですか。まぁ、もともとあなたに選択権などありませんが....。」
そう言って、私は屋敷の外へと向かった。
******
扉を開き、屋敷の外へと一歩出る。夜の平原には冷たい風が吹いていた。この屋敷の周囲に広がっているのは、広大な平原。とても人が住むような場所ではない....なのにも関わらず、この屋敷はそんな平原のど真ん中にぽつりと建っている。
かなり前に建てられたものではあるだろうが、周囲に建物が建っていた形跡はない。つまり、この屋敷は初めからこの平原に一つだけ建てられたということだ。ここに以前住んでいた人間の行動には疑問しか生まれない。そもそも、人間の考えることなど理解しようという気にもならないが....。
しかし、本当にこの屋敷で良かったのか....とは思う。人間の噂によれば、この屋敷は呪われているという。そんな場所に主を住まわせるなど本当に良かったのか....
しかし、アクセリア様の言った条件と完全にあっているような場所はここ以外ないことも事実....
静まり返った夜の平原を眺めながらそんなことを考えていると、背後から扉を閉める音がした。私は現れたそれに対して、ちらりと視線を向ける。こちらの視線に気づいたのか、それは怯えたように一歩後ずさりをした。
私はドレスの上から羽織っていた黒い外套を脱いだ。外套に隠れていた一対の黒い翼が露わになる。そして、後ろで怯えているものに視線を向け....思い出したように私はため息をついた。
「あぁ....あなたは飛べないんですね...仕方ないですね....。」
そして私が視線を向けた先に現れたのは、巨大な蜘蛛が一匹、私の眷属だ。ギラギラと赤い瞳を光らせ、その背中には翼が生えている。
「ひぃっ....!!」
「その下等生物を持って私について来なさい。」
私の言葉に応えるように蜘蛛は頷くと、乱暴にそれを押し倒し、その長い8本の脚で覆いかぶさるようにして、それを掴んだ。
「ひいぃ....た...助けて!!」
情けない声を上げながら、必死に手足を動かして抵抗をするそれを無視し、私は夜の空へと飛び立っていった。
目指す先はただ一つ。この広大なアルジオ平原に存在するピロー大森林。そこは王都とその周りに広がる国々を分断できるだけの大きさがあり、ピロー大森林、アルジオ平原、スーモ砂漠を含めたこのアルステン地域でも最大の規模を誇る。
そこには多くの魔物が存在し、中には夜行性の魔物も少なくないことで有名である。




