祝福されし魔道具
突然現れたその男は、ゆったりとした白いローブのようなものを纏っていた。白いローブには、青い線で何かのシンボルマークのような模様が描かれている。男は何枚もの服を上から羽織るようにして着ており、とても動きにくそうな印象を受ける。
手がすっかり隠れてしまうほどのそのローブの袖を片方だけ手が何とか出る程度にまくり上げており、その手には一本の杖が握られていた。白色の柄に先端の丸くなっている部分には、金色の装飾が施されている。
男の手にする杖を見て、私は最初にある言葉が頭に思い浮かんだ。
魔道具.....
見たところ、魔力を宿したものであるのは明らかだ。それも、あの竜を縛り付けていることに何やら関係が大きそうだ。というのも、竜を縛り付けている白い鎖が現れた白い魔法陣....。今もなお、現れ続けているその魔法陣からの放つ魔力は、男の持つあの杖と繋がっているのだ。
男は、慌てた様子で暴れる竜へと恐る恐る近づいた。すると、それを見計らったのか....関係ないのかは分からないが、竜の巨大な尻尾が薙ぎ払うような形で男に迫った。
「....!?」
男が驚いた表情を浮かべる。しかし、その尻尾を避けるほどの力はどうやら男は持ち合わせていないようで、顔ではそんな表情を浮かべながらも、体は一切動かず....ただ、竜の尻尾が迫るのを見つめているだけだった。
しかし....それは男に届くことはなかった。まるで男を守るようにして新しく現れた白い鎖が、今まで辛うじて動かすことが出来ていた竜の尻尾を縛りつけたからだ。
あの様子を見る限り、白い鎖はあの男の意思によって動いている....というわけではないだろう。しかし、あの白い鎖は男を守るような動きを見せた。あの魔道具に何かあるのかもしれない。
先ほどの攻撃からも、あの竜の力はかなりのものであるということが分かるが、その竜をああして縛り付けていられるあの白い鎖の強度には決して侮れないものがある。それに、あの男....それに魔法陣が放つあの白い光にも得体のしれない気持ち悪さが感じられる。迂闊に近寄ることはあまり良いとは思えない....。
「...流石は祝福されし魔道具....【スフィカ】。深竜すら無力化してしまうとはな....。」
男はどこか怯えた様子を見せながらも、竜が自分へ手出しができない....ということには自信があるようで、体中が白い鎖で縛られほとんど身動きが出来なくなった竜の方へ目をやりながら、その周りをまわるようにして歩いていく。男が歩いていく方向には、青い光を放ち、青い果実を実らせる大木があった。男の視線は竜から外れ....大木へと移る....
「こ....これは!?氷蓮樹...!!」
男は先ほどまで浮かべていた弱気な様子はどこへやら...興奮した様子でその大木へ近づき、目を見開いた。まるで何か凄いものでも見たような様子だ。
「こんなところに....本当に....!!」
男は信じられないような表情で目を何度もこすり、ようやく何かを理解したように大木を見据えた。そして、大木の太い幹の感触をじっくりと確かめるようにして触り、葉の一枚一枚をかみしめるようにして見つめていた。そこには、感動に似た何か強い感情が感じられた。そして、視線が木に実る青い果実に映ったとき....男の浮かべる驚きの表情がより一層強くなった。
「な....なんということだ....。これは....氷蓮樹の果実....。」
そんな嘘のような男の反応には、私も不思議でしょうがない。あんなものの何にそんなに驚くようなことがあるんだか....。せめて、それが格別美味しい果実であるというのならば話は変わるが....。
男は、どうにかしてその果実を手に入れようと、大木の傘のように広がる枝に手を伸ばした。しかし、いくら背が低い木とはいえ、それでもあの男の身長の数倍の高さはある。あの太い幹を必死に昇っていくか....または私のように空でも飛べない限りは、取ることは出来ないだろう。それに、どうやらあの男には木を昇って果実をとる....という選択肢はないらしい。それをするだけの力がないか....あるいはあの果実の存在に若干考えが盲目的になっているか....。
そんな男にも、幻想的な雰囲気の漂うこの大木....その枝に止まっている明らかに場違いな白い蝙蝠の姿には、流石に気づいたらしい。
「....なっ!?白い...蝙蝠?」
こんな場所に蝙蝠がいるということへの疑問....それに、蝙蝠としては明らかに異常なその色に、男は一瞬の驚き、それとともに、冷静な思考を取り戻したようだ。そして、先ほどの興奮してまともな様子には見えなかった男の表情は一変....冷静に周囲を警戒する様子で周囲を見渡す。そして、そんなことをすれば、当然...一連の男の言動をじっくりと観察していた私の姿にも気づかないはずがない。
「な....吸血鬼!?」
「...っ!!」
もう少し男の行動を見ていたかった気持ちもあるが、もはやばれてしまってはそれも叶わない。それに、何より警戒していたものがある。それは、あの白い鎖の存在だ。あの竜を殆ど身動きできなくさせてしまうほどの力....あれに捕まっては、私でもただで済むとは思えない。
そして....今まさにその白い鎖は、私へと迫ろうとしていた。竜を縛り付けてなお、白い魔法陣から新しく現れた二本の白い鎖は、私を捕まえるべく迫ってきていた。
あらかじめ警戒をしていたこともあり、私の体は考えるよりも先にこの場から退避すべく飛び出した。竜の懐へ飛び込む為にあらかじめ集めていた魔力。そこから生み出される力は、私をあっという間にその場っから消失させた。
ほんの一瞬の出来事だった....。自身の体に吹きつける強い風を感じたかと思うと....私は周囲をぐるりと囲う高い崖....。そのすぐ目の前までやってきていた。目の前には、崖にぽっかりと空いた穴....。私がこの崖の向こう側ないし、竜の楽園へやってくるために通ってきたそれが私を出迎えていた。
白い鎖は追ってきてはいなかった。あの白い鎖は確かにかなりの力を持っているように思えたが、その動きはかなり遅いものだった。それに、範囲というものもあるだろう。あれだけの力を秘めた魔法だ....いくらあの魔道具が強力なものであったとしても、流石にあの場所からここまで届くほどではないだろう。
その後、私はしばらくの間、穴のすぐ隣の地面に腰を下ろすと、目の前に広がる景色を見つめながらあれが戻ってくるのを待っていた。
あれ....というのは、勿論シロのことだ。やがて、数分後....遠くの方に、パタパタと翼を羽ばたかせながら、こちらへ向かってくる白い蝙蝠の姿が見えた。遅い....と思わず思ってしまったが、ここまでかなりの距離がある。十分早い方だろう。シロはそれなりに早い速度で飛ぶことが出来る。蝙蝠たちの中ではまるでリーダーのような顔をしていて、それに値するだけの力は有しているようだ。にしても、シロには色々と異常な点がある。ただの蝙蝠....と簡単に済ませることはできないほどには....。
こちらへ飛んできたシロはというと、急いできた....というよりかは、いつも通りの感覚で飛んできた....といった様子だった。そして、私の目の前までやってくると、恨めしいものを見るようにこちらを睨みつけた。私はそれを無視して、元の道を戻るように崖に空いた穴へと向かって行った。
その後、シロがおかしな素振りを見せる事はなかった。しばらくの間は、ちらちらとこちらに目線を送りながら、そのたびに睨みつけてきた。しかしそれを無視し続ける私に、何かを諦めたのかそれ以上こちらに嫌悪の目線を向けてくることはなくなった。いつものようにマイペース....時々私がシロへ目線を向けたときには、そのたびにニヤニヤとした笑みをうかべるだけだった。
結局....あの大木までの道中に見せていたシロのおかしな言動....その真意を明らかにすることは出来ず、私たちは屋敷へと戻ってきたのだった。
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屋敷に戻った私を出迎えたのは、一匹の蜘蛛だった。大きさは私の頭と同じくらいの大きさだろうか....。私が屋敷の扉を閉めたと同時に現れたその蜘蛛は、ゴソゴソという音を立てながら私の前までやってくると、足を折り、頭を下げる姿勢をとった。
私がその様子を呆然として見つめていると、続いて屋敷のあちこちからゴソゴソという音とともに大量の蜘蛛が現れた。それらは、最初に現れた蜘蛛に比べるとかなり小さく、私の手に簡単に乗ってしまうほどの大きさ。それが、屋敷中の床や壁....天井を伝ってやってくると、次々に私の前へと集まってくる。そして最後には揃って私に頭を下げた。
その様子はとても不気味なものであった。もしも理由を知らなければ恐ろしさすら感じるだろうが、検討はつく。この蜘蛛は全てシャナクの眷属だろう。もしも彼女がここにいるのであれば、私の帰りとともに真っ先にやってくるだろう。それがないということは、どこかへ出かけているということか....。
無理もない....私は彼女に決して少なくない命令を出していたのだから。もしもまだ屋敷にいたのであれば、彼女には謝罪をしようと思っていたのだが....。何しろ、私は自分の勝手な感情のせいで、彼女を突き放すような行動をとってしまったのだから....。
一つ....疑問に思ったのは、この屋敷には足りないものが一つあったことだ。私と血の契約を交わした獣人の少女....カルムの気配がどこにもなかった。処遇はシャナクに任せていたため、私の知るところではないが....彼女が自分と一緒に連れて行ったか....。あるいは既に必要ないと判断して殺してしまったか....。
もしも後者であったとすれば、少しもったいないという気持ちがある。希少種であるというあの獣人の少女に関して、もう少し見ていたかった...という気はしたが。結局のところ、私の一時の興味に過ぎなかったもの....これ以上気に留めるものでもないだろう。
初めてここにやって来た時の、この場所の埃まみれだった面影は全くない。隅まで掃除の行き届いた階段を昇り二階....そして屋敷の最上階へとやってくる。
一直線の廊下の片側には短い間隔で外へ通じる窓が立ち並んでいる。その窓の一つ一つが私の足元から目線に届くほどの大きさがある。しかし、それらは全て布で覆い隠されるようにして一切の光を通さない。たしか....最初ここへやって来た時にはこんなものはなかったはずなのだが.....恐らくはシャナクがやったことだろう。私もこの屋敷を完全に見て回った事はないため分からないが、他にも彼女が手を加えている所はあるかもしれない。
廊下の一番奥には一つの扉があった。扉の横には相変わらずのように巨大な蜘蛛がおり、私の姿を見つけると、ゴソゴソと音を立てながら私に頭を下げた。
下の階とは違って、ここはひとつしか部屋がない。スペースはあるだろうに、ここには長い廊下に加えて、無駄にも思えるこの窓の数。まるでこの場所はあの部屋ただ一つのために作られていると思えるような構造になっている。一体何を考えてこの場所は作られたのだろう....。
そんな疑問を浮かべながら、私は部屋の扉をゆっくりと開いた。鍵がかかっていないことを見ると....私がすぐに戻ってくる事を想定していたのか....。
そこには、何の変化もない私の部屋が広がっていた。私が戻ってくるのを分かっていたのか、窓のカーテンは開かれ、月明かりが部屋の中をうっすらと照らしている。小さな丸テーブルには、ここを出て行った時と何も変わらず一冊の本が置かれていた。
私は部屋の明かりもつけずに部屋に置かれた小さな椅子に腰かけると、机に置かれた一冊の本に手を置きながら窓の外の景色を眺めていた。外には相変わらずの広い平原に、暗い空には中途半端に欠けた月がぽっかりと浮かんでいた。
そう言えば、これと似た景色を以前もここで見た事があった。あの時も確か....シャナクがこうして部屋の窓を開けてくれていた。あの時と同じように、彼女は私にこの景色を見せるためにここを開けておいたのだろう。そして、夜が明ければ日に弱い私の為に外の一切の光を断つために動いてくれていたようだ。その上、私の出す命令にも文句ひとつ言わずに応えてくれる。
彼女の計らいには感謝してもしきれない....。
私は、自身の手の下に置かれた本の裏に書かれた名前を見つめる。
アルバード=アトラス....。顔も知らない人間の名前を見つめ、私はゆっくりと窓へ手を伸ばし開かれたカーテンを閉じた。




