不思議な大木
幻想的な光を放つ、その大木はその幹の太さにしてはかなり背の低い印象を受けた。大木の放つ青い光は、幹....そして大木の葉から放たれており、光を放つ灰色の幹は、うっすら青く....そして、放射状に、頭上を覆いつくすほどに広がった太い木の枝からは、若干緑がかった綺麗な碧色をしていた。
ふと、肌に触れる冷たい感触に気づく。見れば、その大木の葉からは、大量の氷の結晶のようなものが降り注いでいた。そして、その結晶の一つ一つが、淡い青の光を放っている。
空間を埋め尽くす結晶の淡い青も相まって、この場所は全体的に青い靄に包まれているような景色が広がっている。おかしな話だ....今の私は別に魔眼を通して見ているわけでもないのに....。
そんな不思議な光景に対して、私が興味深そうにこの大木を見つめていると....それを相変わらずの真面目な顔をしたシロが見つめていた。シロは放射状に広がる木の枝に、片方だけ足をかけ、逆さまの状態でこちらを見つめていた。いつものシロならば、ニヤニヤした表情を浮かべているものだと思うのだが....。
時折シロが浮かべるそんな表情には調子を狂わされる....。一体どういうつもりなのだろうか。
そんな疑問が浮かんだとき、私はあることに気づいた。張り巡らされた太い枝に隠れていたことや、この場を満たす青い靄が邪魔をしていたこともあるだろう。
大木には、数個の果実が実っていた。それは、この大木の大きさに比べれば、大した量ではない。しかし、この大木に相応しい存在感を放っていた。
大木に実った果実は、青く....強い光を放っていた。それは、大木の幹や葉が放つような淡いものではなく、思わず眩しさに目を覆ってしまうほどのものであった。ここからでは正確な大きさが分からないが、木に実る果実としてはかなりの大きさだろう。
私は一番近くの....ちょうど自分の頭上あたりに実っている果実を見つめていた。すると、そんな私の様子を見ての行動だろうか.....突然シロがやって来たと思うと、その果実のヘタの部分に足をかけた。
そして一度....大きく果実が揺れた。グラグラと今にも落ちそうな様子だったが、果実が落ちてくることはなかった。
さらにもう一度....果実が大きく揺れたかと思うと、それは真っすぐ....私の下へ向けて落ちてきた。私は反射的に両手を前に出すと、真っすぐ地面へ吸いつけられるように落ちてくる果実をその手で受け止めた。
ズシリとした果実の重さを感じる。遠くで見ていた時に感じたように、やはりこの果実はかなりの大きさをしていた。私の頭よりも一回り小さいくらいか.....果実としては大きすぎるくらいだろう。果実に触れる手の肌は、ひんやりとした感触を覚えていた。
「....どういうつもり...?」
私は答えの帰ってこない質問をシロに投げかけた。シロはこちらの言葉などまるで聞こえていない、とでもいうように、完全に私を無視している。そんなシロの様子に私も次第に苛立ちが隠せなくなってきた。とはいえ、ここまでわざわざついてきたのは私の責任。このシロの言うことなど聞いてしまった私のせいだ....。
そうして自分を納得させた私は、いまだ大木の枝に止まったまま私の事などまるで見えていないようにふるまうシロを後目に、私はこの場を後にしようと足を踏み出した....というところで、私の目線は手元に抱える果実へと移った。
「(これは....どうするか....。)」
ここまでわざわざやってきて手に入れた果実だ。一度持ち帰ってみるか....いや、この果実はその見た目に相応しい重さがある。こんなものをわざわざ持ちかえる必要があるだろうか....?
そうして考えた末、私は果実を地面に置いていくことにした。私の視界に、再び幻想的な青の光を放つ果実が映った。
その瞬間....シャリシャリという音が聞こえた。細かい氷の粒を潰す音にも思えるが.....何かを食べるような音....丁度、果実のようなもの....。音が聞こえた頭上を見ると、そこには大木にぶら下がる数個の果実の一つに器用に張り付き、そしてシャリシャリとそれを食べるシロの姿があった。
それはもう、美味しそうに食べるのだ。もったいない....と感じたのは気の迷いか...。今の私は、この果実を何もせずにこのまま置いていくことが....どうしようもなくもったいないことに思えてならなかったのだ。そして、私はその手に抱えた大きな果実を....ゆっくりと口元に運んでいくと、恐る恐るその青い実を口に含んだのだった。
口に入った瞬間、口内にまるで氷か何かを口に含んだような、ひんやりとした感覚が広がった。まるで凍った果実を食べているようだった。
しかし、それだけだった。拍子抜けなことに、その果実は味はほとんどなく、甘みも苦みも感じなかった。ただ....冷たいだけ。本当にそれだけだった。
全く....シロの様子を見て一瞬でもこれが美味しいものだと思ってしまったことが馬鹿らしい。そもそも、吸血鬼である私にとって血よりも美味しく感じるものがあるわけがない。
期待外れのこの結果に失望した私は手にしていた果実をすぐ足元に捨てるように落とした。もしもこれだけ....というのならば、とんだ時間の無駄だろう。
押さえきれない苛立ちを吐き出すように、私はため息をついた。そんな私の様子を....シロはじっと見つめていた。先ほどまで夢中で果実を口に頬張っていたのが嘘のように....シロはこちらを見つめていた。そこには、真面目な表情....とも違う。どこか、悲し気な感情が感じられた。
どうして....どうしてそんな表情をする....?
いや、私の単なる気のせいか....。考えてみれば、あのシロの考えていることはシャナク以上に理解できない。きっと、これも私の単なる思い込み....きっとそうだ...。
私は自分の抱いた疑問を無理やり自分に納得させるように、何度も頭の中で繰り返した。どうして...私はこんなに必死になって....?
次の瞬間....地面が揺れるほどの、大きな地響きが鳴り響いた。
「....!?」
私と大木を挟んで....向こう側に現れたのは、巨大な影。この巨大な大木にも劣らないほどの大きな体。全身にどす黒い緑の鱗を纏い、鋭い赤い瞳がこちらをまっすぐ睨みつけている。それは、まるで因縁の相手を見るような目だ....
背中に巨大な翼を生やし、二本足で立つその姿は、まさに竜の姿そのものであった。私はこの相手を知っている。この魔力の量....この相手が今までの魔物とは桁違いの強さである事を鮮明に示している。
ググ....ゴゴ....
地の底から唸るような低い音が周囲にこだまする。竜が放つ魔力の圧力によって、地面に亀裂が入り始める。徐々に強くなっていく魔力の流れは、とても気持ち悪く感じる。竜の向ける感情は、こちらを確実に殺してやるという明確な殺意であった。
ズシ....ズシ....
巨体から伸びる二本の太い脚が地面を踏みしめる音がはっきりと聞こえる。鋭い歯をこちらに見せつけながら、緑の竜はこちらへゆっくりと向かってくる。向こうは完全に戦闘態勢に入っている....。
「(....穏便に切り抜けられればいいけど....そうもいかなそうね....。)」
もしも空を飛んで逃げたとしても、あの竜は何処までも追ってくるだろう。狙った獲物は死ぬまで逃がさない。あれはそういう目をしている。
以前戦った時は、私は万全の状態でなかった。結果、あの竜にはほんの少しのダメージを与えた程度....大して私はかなりの消耗をした。万全の状態の今なら果たしてどうなるか....。
色々と考えているうちに、竜は動いた。大きく一歩を踏み出すと、その太い脚を深く地面に差し込んだ。深い亀裂地面に走るとともに、竜の片足は地面に沈んだ....と同時に、凄まじい魔力が竜の口元に集まっていくのが分かる。
その圧倒的威圧感に、私の体は思わず震えた。これほどの威圧感は、洞窟の巨大なクリスタルの中で眠るドラゴンと対峙した時以来だ。あのドラゴンは、攻撃態勢に入っていないのにもかかわらずあの威圧感だったが....この竜も侮れるものではない。
この竜の圧倒的な威圧感....。これは単純な力によって生み出されたもの。王国で対峙したあの老人とは全く異質の....しかし、同じだけの威圧感をこの竜は放っている。油断をできるような相手ではない。あの攻撃は絶対に避けなければいけない。
竜の口元に集まる魔力は、やがて光を放ち始める。それは、魔力の持つ青白い光ではなく赤。まるで炎のごとき光を放つそれは、今にもこちらに放たれんとしていた。
その瞬間....私は飛んだ。このままあれを受ければ、その斜線上にあるものは全て吹き飛んでしまうだろう。斜線上....この大木もそうだ。
私は無意識のうちにこの大木に竜の攻撃が当たることを避けようとしていたのだ。自分でもどうしてそんな行動に出たのかは分からない。なにも遮るもののない空中に出るなど、まさにいい的でしかない。幸いだったのは、私には翼があったことだろう。そのおかげで、空中という場所は、私にとって有利な場所となる。
直後、地上を赤い光が埋め尽くした。巨大な熱量が迫ってくるのを感じた私は、空中で回転をしながら紙一重でそれを交わすことが出来た。私を襲った巨大な熱量は、炎の柱となって私の体を掠めて天高く伸びていった。巨大な光が暗い闇を照らした。
直接触れはしなかったものの、炎柱が掠めた私の頬は、まるで炎に焼かれたように黒く焦げていた。もしも直撃していれば、跡形もなく蒸発していただろう。
そして、今の攻撃を行った元凶は、空中に浮かぶ無事な私の姿を見て悔しそうにギリギリと歯を食いしばる仕草を見せた。そして....竜は再び大きな口を開けた....
大きく開けられた竜の口元にめがけて、魔力が集まっていく。とはいえ、先ほどの攻撃でかなりの魔力を消耗したようで、先ほどに比べれば少し弱い....。しかし、十分な威力が込められていることだろう。できればこれは避けるようにしたいのだが、先ほどのようにうまくいくとは限らない。あの竜も馬鹿ではないだろう。既にこちらの動きが読まれている可能性もある。
ならば、こちらも今度は違う方法をとる。相手が攻撃を仕掛ける前に、こちらからあの竜へ攻撃をしてしまえばいい。見たところ、あの攻撃にはかなりの魔力を口へ集める必要があり、攻撃にまで時間がかかりかつ、隙も大きい。あの竜の懐へ飛び込んで攻撃を仕掛ける。いきなり空中にいた相手が自分の懐に潜り込んできて、すぐに反応はできないだろう。問題は、あの硬い鱗を貫いて攻撃をすることが出来るかどうか....
「(....考えている暇はないか...。)」
今にも攻撃を仕掛けてきそうな竜を前に、そんな心配をしている余裕はないと感じた私は、背中の辺りに魔力を集中させた。私は魔力を纏わせた翼を二回ほど小さく羽ばたかせると、魔眼を発動させ、意識を相手に向けて集中させた。
だんだんと感覚が敏感になり、より強く魔力の流れを感じられるようになる。私の右目に映るのは、周囲を満たす青い靄....そして、ひときわ青く輝いて見える巨大な竜の姿である。そして、こちらへ向けられている強い殺意が、どす黒いオーラとなって竜の体から流れ出しているのがはっきりと分かった。
その時....!!
一瞬だけ竜の体がよろめくのが分かった。今...この状況でどうしてそんなことが起こったのか....。理由は分からないが、とにかくこんなに大きな隙を見逃すほど私は馬鹿じゃない。
意識の集中により、減速して見える世界で隙だらけとなった竜の腹に私は視線を合わせる。堅牢なあの緑の竜の鱗も、腹の周りだけは若干薄くなっている。そこに、私の硬質化した血液であれば、十分に貫くことが出来るだろう。何しろ、私の血液はあの硬い鱗ですら貫くことが出来るほどの硬度をほこっている。
宙を蹴るため、私は空中で少しだけ回転をする。地上にいる竜に向けて飛び込んでいくためだ。そうして、いよいよ飛び込んで行こうと足に力を入れた時....
突然、地面に巨大な魔法陣が現れた。
その魔法陣は、どす黒い緑色の鱗に覆われたその竜とは正反対の白い光を放つもの。そして次の瞬間、竜のちょうど足元に現れたその魔法陣から、白い鎖のようなものが現れた。鎖は全部で五本ほど....。竜を囲むようにして鎖は空中を舞い....そして竜の体に絡みついた。
苦し気な叫び声を上げながら、竜が暴れだした。巨体が転がりまわる地面には、大きな亀裂が入り、大きな傷跡を残していく。しかし、そんな周囲へのダメージに反して、白い鎖は一切ちぎれる様子もなく、完全に竜の動きを縛っていた。
突然目の前で巻き起こったそんな状況に、私は混乱を隠せなかった。
一体...何が起きている....?そんな疑問だけが、私の頭を支配していた。
やがて....こちらへ走ってくる一人の人影が見えた。おかしな恰好をしているが....あれは人間か?あの魔力の少なさは、まさに人間の特徴に当てはまる。気になった事と言えば、その恰好もそうだが、人間の中で特に冒険者を始めとしたある程度の戦闘力を有しているものに大して見ることが出来た、気力....というものが見られなかったことだ。その代わりだろうか....魔力とも違う、白い光を纏っている。気のせいか....それを見ていると、とても気分が悪くなる....。
「一体何の真似なんだ....【深竜】。突然走りだしたと思ったら....。」
額に汗をにじませながら、一人の男が現れた。




