白の導き
不思議な夢を見た。青い髪を持った、私よりも一回り背が高い少女....そして、私...。会話の内容までは思い出せない。しかし、確かに何かを私は彼女と話していたことは思い出せる。そして、それがとても心地よく感じたことも....。
あの少女が私に向けていた、つかみどころのない表情。そして、笑顔....。あれを私は忘れられない...。
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「....はぁ...。」
夜の闇に降り注ぐ月の光の下、私は吐き出すようにため息をついた。屋敷の外の冷たい石造りの壁に体を寄せながら、そこから広がる景色を眺めていた。周りより少し高い場所に位置するこの屋敷から見える景色は、確かに良いように思える。しかし、ここから見えるのは無限に広がる平原。景色に変化はない。
夜...そこに生きる生き物が寝静まった平原は....とても物寂しさを感じる、そんな光景が広がっていた。
「どうして....あんなことを言ったのかしらね....。」
私は先ほどの事を思い出しながら、自分を自嘲するように笑った。思えば、あの対応はなかっただろう。まるで意味不明な自分の行動に自分自身....理解できない。
私とシャナクの違い....それは紛れもなく、感情を持っているかいないかだろう。シャナクは冷静で、私の事をすぐさま理解してくれる。そして、与えた仕事も完璧にこなす。私などよりもずっと優秀だろう。
そして、とても人間的である....。いや、人間には限らない話だろう。そう...それは温かな心を持った生き物だ。普段の彼女は何を考えているのか分からない不思議な雰囲気を纏っているが、時々それがとても分かりやすく出ることがある。
主に私と話している時にそれは多い。私に対する忠誠心。そして私を必ず守るという強い感情。私に害を及ぼすものに対しては怒りの感情を露わにし、私が憂いている時には、心配しているという感情を顔に表した。
とても感情の起伏が激しく...豊かだ。そして、それは私にはないもの....。
私は、狼人の集落で、集落の最長老であるウバラの死に立ち会った。出会ったばかりの相手だ、昔からの知り合いでもなければ親しいわけでもない。自分には関係ないことだったからかもしれない。しかし....同じ集落の狼人たちは、その死に対し深く悲しみの表情を浮かべていた。
その気持ちを、私は理解できなかった。ただ...羨ましいと感じてしまったのだ。理解すらできていないというのに....どうしてそんなことを感じたのか。
平原には冷たい風が吹いていた。それは、日の光に当たることも許されない私の肌に触れ、ひんやりとした感覚を私に与えた。風の音のみが聞こえるこの場所に、ふと音が響いた。バサバサと羽ばたくような音がだんだんとこちらへと近づいてくるのが分かる。
その音に導かれるように、私は視線を自身の真上へ移す。そこには、屋敷の窓から外へと出てくる、蝙蝠としては異質な体を持った....白い蝙蝠の姿であった。
「...シロ....あなたの仕業?」
私の顔のすぐ横にある石壁の石と石の隙間に足をかけるようにして止まったシロは、私の顔をニヤニヤと見つめる。そんなシロに対して、私は視線も向けずに遠くを見つめながら言った。
返答は....ない。予想通りの結果だが....私は答えを受け取った。こちらを見つめるシロが相変わらず笑みを浮かべていたからだ。
十中八九、シロの仕業だろう。それ以外考えられない。私は魔道具、そして魔眼について書かれたあの本....『魔力を灯した道具たち』という本に興味を持ち、そしてそれを読んだ。結果はとても興味深いものであった。そこには、魔道具というものに関する記述....そして遺留品に関しての記述もあった。どれも、今の私にとって疑問であったものであり...そしてそれは私の疑問を解消するに値した。
何よりも、私にとって大きな収穫であったのは、魔眼について知ることが出来たことだ。私がこうして洞窟で目覚め、そして今まで...。すぐ近くに感じ、そして利用してきたもの。私の右目の赤い魔眼のことだ。しかし、謎は完全には解明することが出来ずじまい。そして、私はさらにこの魔眼について知るため....ある考えを頭によぎらせた。
『著者:アルバード・アトラス』
この人物について調べる....そう思い立った私は、夜になり、シャナクが部屋にやってくるまで少しの間休憩することにしたのだ。しかし、その中でいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
そして、目を開けて部屋に現れたのは、見慣れない少女。いや、恰好こそ違ったが、あれは獣人の少女、名前は....確かカルムだった。
シャナクの彼女に対する対応は、とても厳しいものであった。シャナクは私に対してはとても柔らかいが、その他は違う。ヴェルドたちに対する対応や、カルムに対する対応から分かるように、彼女はいささか私への忠誠心が強すぎるのではないかと感じることがある。そのせいか、彼女のカルムやヴェルドたちの対応には少し疑問が残った。やりすぎではないか.....いや、違う。
自分の中に浮かんだ一つの考えを、私は自分の中で否定した。もしもそれをやりすぎであると感じていたのなら、私はそれを咎めればよいだけだった。それに、あれほど彼女に嫌悪感を抱くことなどなかったのだ。
そう....私が先ほどシャナクへ感じた感情は...嫌悪感。その感情は、私が人間の貴族というものを目にした際に感じたものにとても近かった。そんな感情を....自分の眷属に、それも自分が信用したはずの相手に抱いてしまうとは....。
私は自分の中に渦巻く感情に理解が出来なかった。あぁ....またこれだ。何故かは分からない。しかし湧き上がるこの感情....。その原因が何かは分からないが....なんとなく想像は出来る。
それは、今の私が知らないこと....即ち、過去の自分自身....。
すると、ずっとそばで私の表情を窺っている様子であったシロが、突然屋敷の石壁から飛び立った。そして、私の周りをしばらくの間飛び回った後、私へと視線を向けた。そこには、先ほどまで浮かべていた薄ら笑いはなく、あのシロにしては珍しく真面目な表情をしていた。
そして、私に対して二度首を振るような仕草をすると、夜の平原へ向かって飛び立っていった。
そんな不自然なシロの行動に、私は何か意図があるように感じた。
「(ついてこい....ってこと?)」
シロはこちらを見向きもせずに夜の空を飛んでいく。そういう意図が本当にあるのかどうかも定かではないが....私は自身の二枚の翼を広げると、シロに続くように夜の空へと飛び立っていった。
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あれからしばらくの間、シロと私は夜の空を進み続けている。自分の主人がわざわざ自分の後を付いてきているというのに、あのシロは一切こちらを見向きもせずに飛び続けている。まさか気づいていないというわけでもあるまい....。
しかし、本当に何も言ってこないということは、私の解釈は正しかったということか....。それにしても、説明くらいしてくれてもいいと思うのだが...。そう一瞬思ってしまったが、すぐにそれが不可能であることに気づいた。シロは話すことはできないのだ。軽い意思疎通こそできるが、それだけだ。シャナクのように実際に話すことで意思疎通をすることは出来ないのだ。
それにしても....こちらに目線くらい送ってくれても良いと思うのだが...。そう感じてしまうほど、シロは私を一切見ようとして来ない。ただ....無限に広がるとも思えるほどの広い平原。その空を飛んでいくだけだ。どこか目的地があるとでもいうのだろうか....それすらも分からない。
冷たい風が肌に突き刺さる。空高く飛んでいることもあり、よりそれを強く感じる。今まで空を吹く風に対してこんな感覚を抱くことなどなかったのだが....。そんなことを気にすることが出来るほど、今までが落ち着いていなかったということか。ひとまずの安息の地を見つけ、勿論次にすることが決まっていないわけでもないが、それでも今は落ち着いていられる時間があると言えるだろう。
だからこそ、こうして改めてこの眼下に広がる平原を見つめると....これほど静かな場所だったのか....。平原には、動く生き物一匹すら見当たらない。恐らくはどこかに隠れて眠っているのだろうが....そのせいか、行けども行けども景色が変わらない。
ふと、シロが向かっている方向にあるものを思い出した。たしか....こちらは狼人の集落があった方向だったか....。やがて、景色に変化が現れる。うっすらと辛うじて見えるほどの巨大な半球状の膜のようなものが見え始めた。
思えば、随分と大きな結界を作ったものだ。その大きさは、もはや集落を覆いつくすなどには収まらず、国一つ覆いつくせるのでは....と思えるほどの大きさである。あれだけの結界を張るのに一体どれほどの魔力を消費したことやら.....。いかに過去の自分が無理をしてあの結界を作ったのかが分かる。少し大きめの結界を作る....ということでは確かにあったが、あれは流石に計算違いだった。
そうして集落を超え....次に見え始めるのは、短い草がただ覆いつくすだけであった平原に、夜でも分かるほどの色とりどりの花畑や小さな木々がちらほら....。狼人達には聖地と呼ばれているこの場所。視界を覆いつくすほどの巨大な崖がやがて見え始めた。
ここは以前も来たことがある。その時は、たしか....。私は数日前の記憶をさかのぼる。しかし、そんな必要もなかった。何しろ、シロが向かっている方向はまさに私の記憶にある場所。私を無視したまま飛び続けるシロは、その巨大な岩壁に向かって飛んでいる。
しばらく進んで行くと、そこには異様な光景が現れる。それは、この狼人達にとっての聖地とも呼ばれている場所。そ子に存在する巨大な湖。月明かりに照らされたそれは、それがいかに透き通った綺麗なものであるかを想像させる。昼間であればずっと美しく見えることだろう。
しかし、その湖の大部分が...今は白い氷に閉ざされている。それは、簡単に解けてしまうような薄いものではなく、湖の奥深くにまで届くほどの深いもの....そして、それは湖に隣接する草木までもを凍り付かせ、白い大地を形成している。
やったのは自分とはいえ....まさかここまでとは....。改めてその規模の大きさに驚いた。
シロはその湖の上を何でもないかのように飛び去って行き....そして岩壁に空いた一つの不自然な穴の場所へやってきた。自然にできたとは到底思えないような不自然な穴ではあるが....ここには人間はおろか、魔物ですらやって来ない。というのも、この周辺は魔力が極めて薄い。魔力の多い場所を好む魔物としては、こんな場所にはやって来ないということだ。
しかし、この穴から流れてくるものは....かなり濃度の高い魔力だ。私はこの先にあるものを知っているからこそ言えることだが....それを考えると、この穴もこの先にいる者たちの手によって作り出されたものなのかもしれない....。
崖にたった一つ不自然に開いたこの穴を見つめながら、私はそんなことを考える。すると...ここまでずっと私に対して無視を貫いてきたシロが、初めて私へ視線を向けた。その表情は、屋敷を出発する際と同じ....真面目なものだった。
シロは何も言わなかった。私に小さく首を振ると、そのままついて来いとでもいうように、穴の向こうへと向かっていった。私はそんなシロの後姿を見つめながら、黙ってついて行った。
この周辺は魔力が薄いとはいえ、この崖の向こうはかなり魔力が充実している。その証拠がこの穴から漏れ出していた魔力だ。となれば、この崖の向こうには魔物が多く集まってきても良いものだと思うのだが、そうはならない理由がここにはあった。
以前やって来たときは昼間だった。そのため、数百にも及ぶ竜たちの飛影が見えたものだったが....どうやら彼らも夜は眠っているようで、空を飛ぶ姿は見えない。
周囲を高い崖に囲まれたこの場所は、外の世界とは隔離された....まさに竜たちの楽園のような場所だ。今私が立っているこの場所....ここはこの場所の中でもかなり高い場所ではあるが、それでも周囲を囲むこの高崖の高さには遠く及ばない。
しかし、ここから見える景色は絶景だ。この場所には豊かな緑が広がっており、張り巡らされるようにして広がる川の姿や、この崖の外にも見られるような巨大な湖の姿もある。あの湖に関しては、昼間であれば多くの竜たちの憩いの場となっている様子が見られたのだが....。
そんな景色の美しさに思わずため息を漏らした私を後目に、シロは眼下に見える大地に向かって飛び始めた。思えば、実際にあそこに降り立つのは初めてだ。何しろ、私が以前ここに来た時には、多くの竜たちがこの場を支配しており、近づくに近寄れない....といった様子だったからだ。
それに....ここで私は一匹の竜に襲われた。どす黒い緑の鱗に覆われた竜だ。
あれだけいた数百の竜の姿は見えなかった。眠っているのだろうから、どこかにはいるのだと思うのだが....恐らくは自分の住処を持っているだろうから、そこで休んでいるか....。しかし、不自然なほどに静まり返ったこの場所には、一匹の竜の姿どころか、他の魔物の姿も一切見ることが出来なかった。
そんな少し不気味さすら感じるようなこの場所で、シロは、依然としてどこかを目指すように飛び続けていた。その様子は、まるでこの場所に一度来たことがあるようにも思える....。
一体シロは私をどこに連れて行きたいのか....それに、このシロの事に関しては、私もよく分からないということが多い。一体何を目的に私についてきているのだろうか。あぁ....そう言えばこいつも私の眷属だったか....。
気づけば、シロの飛ぶスピードは落ちていた。私はゆっくりと地面に足を付けると、そのまま歩きながら前を飛ぶシロの後を付いていった。目的地が近いのだろうか.....
そして、それは現れた....。
少し地面が盛り上がったその場所に....幻想的にも感じる青い光を放った一本の木が....そこにはあった。




