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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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すれ違い

「....??」


「アクセリア様の住処であるこの屋敷で汚らしい姿で歩き回られるわけにはいきません。」


 カルムが着せられたのは、黒い一色に統一された布地に、スカートの裾は足元まで届くほどの長いもので、その上から白いエプロンが施されている。


 カルムは、自身の身に着けた見慣れない格好に落ち着かない様子で、長い袖やスカートの裾を引っ張ったり、頭に被ったカチューシャをつついたりしている。


「本来ならば私の仕事....あなたに任せるのは不本意ですが....。仕方ありません...それ以外の仕事が出来そうもないんですから....。」


「...ぁ...あ...私は....何を?」


「簡単です。この屋敷の掃除をしてもらうだけです。ただ...この場所はアクセリア様の住処...。中途半端な仕事をしてどうなるか....分かりますね?」


 そう言ってシャナクは鋭い瞳でカルムを睨みつける。カルムはそれに対して上下に頭を激しく動かして必死に頷いている。


「そう...分かればいいんです。それでは....私はアクセリア様から授かった命を速やかに遂行しなくてはなりません。」


 そうしてシャナクは屋敷の外へ向かう扉へと向かい....足を止めた。


「あぁ...言い忘れていました...。屋敷の最上階、一番奥の部屋には決して入らないように。」


「...ど...どうして...?」


「アクセリア様がお休みになられているのです....。その邪魔をするなど....許されることではない...。」


 シャナクのただならぬ言葉の圧に、カルムはそれ以上何も言わなかった。聞かずとも分かったのだ....これ以上、このことについて問おうとすれば、自分の身に危険が及ぶ.....。カルム自身の本能がそう、告げていた。




******




「(お父さん...お母さん....。)」


 慣れない手つきで床を拭きながら、カルムは抑えきれない感情に支配されていた。少し前に自分の仲間が皆殺しにされる瞬間を目にしたのだから無理もない。

 そんな中...カルムは既にいない自分の家族に思いを馳せていた。父親は無残に殺され、母親の行方も分からない。唯一確認が出来ていないのは、自分の兄のみ。


「(お兄ちゃん....無事...だよね...。)」


 彼女に生きる意味を与えているのは、兄の存在が大きいだろう。


 カルムは屋敷の階段を上がり、一番最初の扉を恐る恐る開いた。


「...ひぃっ!?」


 ゆっくりと開いた扉の隙間からぞろぞろと現れたのは、大量の蜘蛛であった。その大きさは手のひらに乗る程度の大きさで、数は数十にも及ぶ。現れた蜘蛛の大群は、後ずさりするカルムをその八つの瞳でじっと見つめていた。


「ぅ....う...私を食べてもおいしくないよ....。」


 下をうつむいて、自分を見つめる大量の蜘蛛から視線を外しながらカルムは話す。大量の蜘蛛は、しばらくの間、見慣れない存在であるカルムを見つめていたが....すぐに興味を失ったようで、部屋をぞろぞろと出ていくと、下へ向かう階段へと向かって消えてしまった。


「(な....なんだったの....?)」


 少しだけ開いた扉の隙間から、もう蜘蛛が出てこないことを確認すると、カルムは恐る恐る扉を開いた。現れたのは、他の部屋と特に大きな違いもない普通の部屋が広がっていた。


 しかし、普通とはいっても小さな集落で暮らしていたカルムにとっては見慣れないものばかり.....


 天井から吊り下がるのは、いくつものランプを灯した目の眩むほどの光を放つ照明。部屋の壁には金の施された額縁に入れられた二つの絵。そして、誰が座るわけでもないのにも関わらず置かれている二つの椅子に、テーブル。その上には、細々とした金や銀の装飾品が置かれていた。



 こんな光景が下の階の部屋すべてに同じように広がっていたのだ。そして、どれも非の打ちどころのないほどに綺麗に並べられている。

 正直言って、これ以上綺麗にしようがない....一体どこを掃除しろというのか....。カルムは各部屋を除くたびにそんなことを考えていた。


 しかしだからと言って、適当にやりでもすれば、自分は今度こそ殺されるかもしれない。だからこそ、カルムはこの一見これ以上綺麗にしようもない様子の部屋を、念入りに隅々まで綺麗にしているのだ。


 一番高くまで登っていたはずの日は、すでにかなり傾いてきている。まだ掃除をしていない部屋はまだまだあるというのに....。中途半端な状態で()()が戻ってきてしまっては....自分はどうなることやら....。

 確かな焦りを感じ始めたカルム.....そんな焦り故か....カルムは自分のすぐ近くにあったテーブルの存在に気づかずに不用意に立ち上がってしまった。そして、テーブルの上にあった装飾品は床に向かって一直線に引き付けられ....粉々に割れてしまった。


「ああぁ!!....ど....どうしよう....。」


 その瞬間、カルムの頭は真っ白になった。もはや、今の自分の行く末に光など見えなかったのだ。



 そんな時....ふと、彼女の目には自分を見つめる白い何かが目に入った。それは、白い蝙蝠であった。蝙蝠と言えば....黒い体をしている。そんなことは小さな集落で生活していたカルムであっても知っている事実だ。

 しかし、今の自分の目の前にいるその存在は、それとは真逆....。


 白い蝙蝠は、彼女に対して何をするわけでもなく....ただ()()()()()()



「....え?助けて...くれる?」


 カルムが突然そんなことを口にした。外から見れば、誰に話しかけられたわけでもない。にもかかわらず、カルムは白い蝙蝠を見つめて....そう口にしたのだ。


 するとずっと平静を保っていた白い蝙蝠は、ばっと翼を広げると、部屋の中を一周....部屋の外へと続く扉の方へと向かって行った。


「ま....待って!!」


 開け放された扉から飛び去って行く白い蝙蝠を追って、カルムも部屋を飛び出す。今の彼女には、白い蝙蝠を追う....それ以外の思考はなかった。自分が生き残るため...藁にもすがる思いであった。



 部屋から飛び出していった白い蝙蝠は、掃除がまだ終わっておらず、閉じられた状態になっている多くの部屋を完全に無視し、階段へと向かって行く。それは、この屋敷のさらに上へと向かう階段....。最上階へと向かう階段であった。




 階段を上り、屋敷の最上階へと上がってきたカルム。そこには、下の階に見られるような部屋へと続く扉が並んでいることはなく、一番奥に一つ扉があるだけだった。外へ通じる大きな窓が代わりに片側に一直線に並んでいた。しかしその窓から外の景色を見ることは叶わなかった。何故なら、その窓には、上から下まですっぽりと布が覆いつくしていたからだ。そのため、外の光がこの廊下に差し込むことはない。

 窓の立ち並ぶ廊下の一番奥の扉には、他の部屋の扉と比べて大きな違いがあるわけでもない...何の変哲もない扉ではあるが、何かただならぬ気配を感じられた。


 白い蝙蝠は、一直線にその扉へと向かって行くと、扉のちょうどドアノブの上に止まった。


「....なに?ここ...開ければいいの....?」


 まるで白い蝙蝠にいざなわれるように扉の前に立ったカルム。そしてドアノブに手をかけた。


 今の彼女は、まるで催眠術か何かに掛けられたのかと疑うほどであった。それもこれも、家族を同時に失ったショックと、先の見えないことに対する恐怖。だからこそ、そこに突如として現れた助け船にこうも素直に従ってしまったのだろう....。




 扉の先には、他の部屋とは明らかに異なる光景が広がっていた。赤い血を彷彿とさせるような真っ赤な絨毯が床全体に敷き詰められており、壁際には大きな棚があり、その下半分が本で敷き詰められていた。

 床の絨毯とこの本棚を除けば、それ以外は大きな違いはない普通の部屋であった。他の部屋同様、部屋の中には金や銀の装飾品が所々にあることが分かった。


 そこには小さなテーブルと椅子が一つずつ。そして明らかに物ではない....人の姿があった。



 背丈は12、3ほどでカルムよりも少し高い程度。黒いドレスに身を纏い、流れるような美しい銀の髪は、どこか普通ではない...異様な雰囲気を漂わせていた。


 その少女は、テーブルの上に頭を寝かせていた、カルムが恐る恐る少女に近づいたところ....ぶるっと体を震わせ少女は小さく口を動かした。


「....シャナク?....もうそんな時間?」


 少女はその目をゆっくりと開いた。左右、青と赤で違う瞳がカルムをじっと見つめていた。


「....まさか?シャナクが許可したんですか...?あなたにそんなことを許すとは思わなかったのですが.....。」


 少女は眠そうに半分だけ瞼を開けながら意外そうに話した。カルムは全く状況が分からない様子で、自分の中の一番の疑問を少女に問いかけた。


「ぁ....あの...だ...誰?」


「....?言わなかったですか...?私はアクセリア....あなたは...カルムでしたか?」


「!!...ぅ...うん。」


 不意に名前を呼ばれ、慌てて頷くカルム。少女はそんなカルムの行動一つ一つを、じっくりと観察するように見つめていた。


「....それで、カルム?一体私に何の用ですか...?」


「..ぇ...え!?」


「よほどの理由がなければシャナクが許さなかったと思うのですが....?」


「....ぅう...。」


 何かを思い出したように、カルムの顔色がみるみるうちに青ざめていく。




『...屋敷の最上階、一番奥の部屋には決して入らないように。』



『アクセリア様がお休みになられているのです....。その邪魔をするなど....許されることではない...。』




「....どうしたんですか?。」


「....。」


 黙り込んでしまうカルム。思わず視線を少女から逸らし、下をうつむく。



 そんな時....ふと何かが動くような音がした。嫌な予感がしたカルムの顔はますます青ざめていく。


「....シャナク?」


 すると、今までずっとカルムを見つめていた少女は、カルムから視線を逸らし....扉の方へ視線を向けていた。それは、まるでそこに誰かがいるかのように....。


 恐る恐る後ろを振り返るカルム....そこにいたのは、一点の曇りもない笑顔を浮かべていたシャナクの姿であった。


 シャナクの持つ銀のトレイの上には、透明なグラスが一個。その中には、グラスの三分の一ほどの鮮やかな赤い液体が注がれていた。


「ぁ...ぁ...。」


「アクセリア様....お飲み物をお持ちしました。」


「....そう、ありがとう。」


 シャナクは銀のトレイを持ち、アクセリアの待つテーブルの方へと向かう。その間にいるカルムは、完全に無視をして。気づかないはずはない。


「....その本の著者が気になるのですか?」


 シャナクがテーブルに置いてあった一冊の本を目にして問いかけた。


「....よく分かったわね?」


「主の気持ちを即座に理解するのは、眷属の役目です....。」


「....何とか出来る?」


「ようやく私を頼ってくれるようになってくださって幸いです....。」


 次々に交わされる二人の会話。同じ部屋にいるはずのカルムの存在は、まるでいないかのように扱われている。カルムの心情は気が気ではなかった。


「こちらも情報を得次第、アクセリア様にご報告します。」


「そう....お願いね。」


「承知しました....。」


 シャナクはそう言って深々と頭を下げると、銀のトレイだけになったそれを持ち、部屋を後にしようと扉の方へ向かう。そして、シャナクはふと思い出したかのようにカルムの方を一瞥した。そして、先ほどとは似ても似つかない...冷たい声で言い放った。


「あぁ...忘れていました。やはり下等生物(ゴミ)下等生物(ゴミ)ですね....。言いつけすらまともに守ることが出来ないのですから....。」


 そう言って、シャナクは懐から何かを取り出した。


「..あぁ...。」


 絶望したような声を漏らすカルム。シャナクが取り出したのは、カルムが割ってしまった装飾品の破片のひとかけらであった。金色に輝くそれは、見るからに高価なものであるということを表しており、カルムの罪悪感を増大させた。

 シャナクはゴミを見るような目でカルムを見ると、ため息をついた。


「....一体どういうこと?」


 二人の会話を聞いていたアクセリアが問う。シャナクは自身の主の声に、青ざめた表情のカルムを無視おいてすぐさま振り返り、柔らかな声で答える。


「私の監督不十分です....。下等生物(ゴミ)を少しでも信用した私のミスです...。」


 そう言って、シャナクは深々と頭を下げた。アクセリアは無表情でシャナク...そしてカルムを見る。


「....それで?シャナク...。あなたはどうするつもり?」


 しばらくの沈黙が部屋を包んだ。シャナクは顔をゆっくりと上げると、凛とした態度で答えた。


「....アクセリア様がわざわざ手を掛けられたものではありますが....。どうか...()()の処分をお許しください....。その代わり、どんな罰でも受けるつもりです...。」


 シャナクは再び頭を深く下げた。カルムは震えていた。


 アクセリアはそんな二人を交互に見て、依然として無表情で答えた。


「....私は構わないわ...。もともとその子をどうするかはあなたに任せていたつもりだし...。ただ、そこまでする必要がある?その子はこの屋敷の物を壊して、私の部屋に入ってしまっただけ.....もしかして、その金の装飾品がそれほど重要なものだったのかしら?」


「そ...そんなことはありませんが....。しかし、この下等生物(ゴミ)は非礼にもアクセリア様の部屋を穢し、踏み荒らし....挙句の果てには下等生物(ゴミ)の分際でアクセリア様と会話を交わそうなどとしたのです!!到底許されることではありません!!」


 そう答えたシャナクの言葉には、少し感情がこもっていた。


「それに...この下等生物(ゴミ)は...!!」


「もういいわ....。」


 さらに話を続けようとするシャナクの言葉をアクセリアは途中で切った。


「....その子の処分はあなたに任せる。殺すも生かすも...ね。」


 少し下をうつむいて話すアクセリアの表情には、どこかがっかりしたような感情が読み取れた。


「....やはりシャナク...。あなたは私とは違うみたい...。」


「あ...アクセリア様!!どこに...。」


「....少し外に出てくるわ....。」


「あの...私もご一緒に...。」


「....ついてこなくていいわ...。」


 椅子から立ちあがり部屋の扉へと向かって行ったアクセリアはそのまま外へ出ていってしまった。バタンと閉められる扉....。


「あっ....。」


 シャナクは突然、部屋を出ていってしまった自身の主をそれ以上追うことはしなかった。ただ、感情が抜け落ちたかのように...しばらくの間、呆然としていた。

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