少女の苦悶
「え....氷魔法?」
青く流れるような美しい、まるで海の青のような髪を持った少女が不思議そうな表情を浮かべて問う。
「....そう、今の私にも使えるような...ね?」
銀の髪に黒いドレスを身に纏った、12、13ほどの少女が答える。顔をすっぽり隠すようなつばの広い帽子を被り、全身を影で隠せるほどの大きさの傘を手にしている。そして...その背には一対の黒い翼....。
背丈だけ見れば、青い髪を持つ少女の方が、一回り大きく見えるが....何故か、銀の髪の少女はそれ以上にずっと大人びて見えた。
「で...でも、吸血鬼は暗黒魔法が一番得意なんじゃ....。」
「....それが効かない相手が現れたらどうするつもり?」
「....だ...打撃?」
「....馬鹿...。」
目を泳がせながら答える青い髪の少女に、銀の髪の少女は呆れたように呟く。
「....一番簡単な氷魔法と言えば....【永久凍結】....とか?」
「....本当に?」
「ほ...本当だよ!!すっごい....魔力は消費するけど....。」
「....そういうのは、高位魔法....って言うんじゃなくて?」
「ち...違うって...!!いや...そうかもしれないけど....簡単だよ?魔力込めて周囲にまき散らすだけ....。簡単じゃない?」
「.....確かに...簡単ではあるわね...。」
「そう!!そうでしょ!?私も良く使うんだぁ....周りの国で悪さをしてる人間とかいたときにね?」
「....それで自分の国にも影響がなければいいわね....。」
「な....ないよ!!....多分...。」
「ねえ....この先もずっと私と一緒にいてくれる....?」
「....さぁ...確証もない約束なんてしたくないわ....。」
「.....そう言うと思ったよ....。」
そうして、少女は悲しそうな表情を浮かべた。
「....当分の間は..。」
「....え?」
「....私が氷魔法を覚えるまで....それまでだったら約束するわ....。」
「....!!本当!?じゃあ....ゆっくりゆっくり....教えればいいってこと!?」
「....それを私の前で言う?」
少女はけらけらと楽し気な笑い声をあげる。それを見た銀の髪の少女は.....クスリと口元を緩ませた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自分が今、一体どこにいるのか....。それすらもはっきりとしない中、少女は自身の境遇に絶望していた。自分たちを見守ってくれている神様など存在しない....それを実感していた。何しろ、自分や家族がこんな目にあっているのにも関わらず、その神は一切助けの手など差し伸べてくれないのだから。
「....何をしているんです?早く付いてきなさい。」
黒髪の女性が話す。姿こそ人間に限りなく近いが、カルムはそれが大きな間違いである....ということをはっきりと理解していた。
「.....。」
そしてカルムが見せた反応は....無視。いや....実際には無視とは到底言い切れないものであった。ただ、必死に....恐怖に震えながらも、自分の命を守るためにそう振る舞っていた。もし、言う通りにすれば....自分は一体どうなってしまうのか....。少なくとも、ただでは済まないことは、先ほどの経験から明白である。
「....はぁ...。」
そんなカルムの反応を見て、黒髪の女性はうんざりしたようにため息を漏らす。
「....本来であれば、あなたのような下等生物....言うことを聞かない時点で処分しているところですが....。一応、あなたはアクセリア様のお力を賜った眷属の一人ですから....安易に処分などしてしまっては、それこそアクセリア様の手間を無駄にしてしまうことになります....。」
そう言って、黒髪の女性はわずかに表情を曇らせた。しかし、淡々とした口調で続ける。
「....殺すことは許されませんが....無理やりにでも連れて行くことはできるんですよ?」
その言葉を聞いて....カルムは背筋が凍るような何かを感じた....。
「四肢を斬り落として.....あぁ、心配はありませんよ?元には戻しますから。ただ...死ぬほどの痛みを感じるとは思いますが.....」
「ぁ”ぁ”...ぃ...いく!!行くから!!....許して....。」
そして、カルムは自身の愚かさに気づいた。自分の身を守るためにこの化け物の言うことを聞かないなんてありえない....。生き延びるためには....自分はこの化け物の言いなりになるしかないのだと....。
カルムは、冷たい目で自分を見下ろす恐怖の権化に、泣きわめきながら懇願するように頭を下げた。力の無い少女にできることなど、ただ懇願することのみである。
「....始めからそうしていればよいものを....。」
「...ぅ...。」
そして彼女はカルムの髪を掴んで、そのまま床を引きずっていく。その様子は、決して同じ生き物に対する対応などではない。まるで、ゴミか何かを相手にしているような....ちょうどそんなところである。そんな中、カルムは痛みに悶えることもなく....ただ黙って引きずられていた。幼い少女の心には、そんな些細な痛みなどよりも....ずっと深い心の傷が刻まれていたのだ。
******
「...え...?」
「...何をしているんですか?早く持ちなさい。」
屋敷の外に連れ出されたカルムに対し、シャナクが投げ捨てたのは、ところどころ傷の入った鉄製の片手剣。片手剣....とはいえ、小さな少女が持つには重すぎるものである。
自分の足元に転がった剣に恐る恐る手を伸ばす.....。すると、何の障害もなく剣は持ち上がった。
「剣を持ったらあれを試しに斬りなさい。」
そう言ってシャナクが指さした方向には、一本の木が立っていた。短草の広がる平原に生える木は、それほどの大きさがあるわけでもなく、巨木に比べれば太さは大したことはない。しかし、剣で....それも片手剣で軽々と斬れ、などと言われるようなものではないことは確かだ。
「....何をぐずぐずしているの...?」
「あ...う...無理...だよ...。」
カルムの言葉を聞いて、シャナクは苛立ちの表情を浮かべる。
「....それなら、私があなたの四肢を斬り落とすのとどちらが早いか、勝負しますか?」
シャナクは無表情で問うと、腕を左右に軽く広げる。すると、白い綺麗な人のものであった二本の手は、みるみるうちに黒く変色していき光沢を帯び始める。形状だけで言うならば....それはまるで蜘蛛の手足のようであった。
そして、シャナクはゆっくりと....追い詰めるようにカルムへと近づいていく。
「あぁ”...!!やる!!....やる..から....。」
じりじりと木の方へと追い詰められていくカルムは、とうとう観念したように小さな木へと向かう。幼い少女に過ぎないカルムには到底これを斬る....などということは出来るはずがない。つまり、これは結果の分かりきった行動に過ぎない。
そして、言われた通りに斬ることが出来なかった自分は....一体どんな目にあわされるのだろうか....。
斬れるわけがない....そんな確信を持ちながらも、逆らうことのできない絶対的な言葉によって、カルムは剣を大きく振り上げ....そして振り下ろした。
驚くほどに抵抗はなかった。木の幹に当たって止まるはずの剣は、何の障害もなかったかのように木を突き抜けている。
「...あ....あれ?」
「...なるほど、下等生物とはいえ....あのアクセリア様のお力を与えられた身....。この程度の事は問題ないというわけですか....。」
「..え?..え?」
全く状況が飲み込めないカルムは、目をぱちくりさせながら信じられないといった表情で剣を持つ自分の手を見つめる。そこには木を斬ったためであろう、剣の刀身には木の幹の破片がいくつもついており、近くには確かに真っ二つに斬れ、今にも倒れようとしている先ほどの小さな木の姿があった。
以前までのカルムであれば、恐らくはこの剣を持つことすらままならなかっただろう。それどころか....木を真っ二つにするなど、到底子供にできるようなことではない。大人の亜人が...それも戦いに慣れた者でもなければこんなことは出来ない。
「さぁ次です。....早く構えなさい。」
自分に対して放たれたそんな言葉を聞いたカルムは、はっとしたように後ろを振り返る。そこには、変形したはずの手が、まるで何事もなかったかのように元に戻っており、平然と佇むシャナクの姿があった。
「私に一度でも剣を当てなさい。いいですか....?」
シャナクは淡々とした口調で口にする。一体何を目的としているのか....自分に求めているその行動の意味が、カルムは全く理解が出来ない様子であった。しかし、逆らうことなど許されはしない。カルムはそれ以上疑問に思うことはせず、ただ自身のやるべきことに集中をした。
「ええぇぇぇぇい!!」
シャナクに向かって走りながら、勢いよく振り下ろした剣。当然のことながら、そこには剣の心得など一切ない。単なる子供が必死になって繰り出した攻撃に過ぎない。
シャナクは、自身に向かってきたお粗末な剣筋を、一切表情を変えることなくいなすと....がら空きとなったカルムの腹めがけて膝蹴りを打ち込んだ。
「...うぐっ!?」
カルムは、口から血を吐きながら、まるでゴムボールのように地面に叩きつけられながら吹き飛んだ。
「な....なん...で...!?」
「別に攻撃しないとは言っていません。それに...この程度の攻撃も避けられないとは....まぁ、初めから期待はしていませんが....。どうしたんですか...?早くかかってきなさい。」
「....ぅぐ....む...り....無理....だよ...。」
口元に血をにじませながら、カルムは懇願するように言葉を絞り出す。それを、シャナクは冷淡な表情で見つめていた。
「....分かりました。予想以下です....まさかこの程度とは....。この程度の下等生物に可能性を見出してしまった私の失敗...ですね。」
カルムに対し失望したような表情を見せたシャナクは、そのままカルムを無視して屋敷へ向かいまっすぐ歩いていく。取り残されたカルムは、痛みに腹を抑えながら、その姿をぼーっと見つめている。
「早く付いてきなさい....私もあなたに構っている時間はあまりないんです。」
「...え?」
「...あなたの使い道は時間をかけて考えることにします....。アクセリア様に任されたからには、このままでは....。」
シャナクはちらりとカルムの方へ目を向けると、そのままぶつぶつと呟きながら再び屋敷へと向かって歩いていく。その姿を見つめながら、自分の行く末が真っ暗であることを半ば確信しているカルムは、重い足取りでシャナクの後を追うように屋敷へと向かって行くのだった。
その最中....カルムはある違和感を自分の体に覚えていた。
「(....あれ?傷が....もう治って....?)」




