魔を宿した眼
「ぅ....ぅう....」
眠っていた獣人の少女が小さく体を震わせた。
人間に襲われ壊滅状態にあった集落の唯一の生き残りであろう、獣人の少女と眷属の契約を交わした私は再び屋敷へ戻ってきた。体の傷はすっかりなくなったため、命に別状はないだろうが、目を覚ますまでには時間がかかった。
「こ...ここは...?」
屋敷玄関前の大広間....その床に横になっていた体を少女はゆっくりと起こす。キョロキョロと周囲を見回して、ここが自分にとって見慣れない場所であることに気が付いたようだ。
「...そ...そうだ!!おかあ...さんは....、おとうさんは?おにいちゃんは...?」
少女は目を大きく見開いたまま、動揺を隠せない様子だ。ただ一人の生き残りだ。逃げた者もいるだろうが、大方は殺されたか...あるいは連れ去られたか....。この少女の家族もそんなところだろう。
少女は見当たらない自分の家族を探すように首を動かし....そして自分の方を見つめる私の姿に気づいたようだ。
私の姿を捉えた少女は、私に答えを求めるような瞳をこちらへ向けてきた。
「おかあ....さん..は?」
「...さぁ?でも....自分が一番よく分かっているのでは?」
「!!....ぁ...ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然少女が耳をつんざくほどの悲鳴を上げた。現実を受け入れたくない....そんな感情が窺えた。しかし....その悲鳴は次の瞬間、消え去った。少女の体は凍り付いたようにかたまり、恐怖に震えだしていた。
「申し訳ありません....アクセリア様。私が目を離した隙に....。」
少女の背後から現れたのは、凄まじい殺気を放ちながら笑顔をこちらに向けてくるシャナクの姿であった。その殺気に当てられた少女は、逃げようにも逃げられず、ただ地面に伏して震えることしかできないようであった。
「私がこんな下等生物を連れて帰ることを提案したばかりに.....アクセリア様に不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません....。」
「....不快?....そう思うならそれを止めてくれる?」
「...!!申し訳ありません!!」
はっとしたように、シャナクは慌てて自身から放たれる殺気を収めた。場に満ちていた圧力はあっという間に薄れていき、少女の震えも小さくなった。
「申し訳ありません....つい...」
シャナクはそう言って、深々と私に頭を下げる。だいぶ落ち着いてきた様子の少女は、その様子を訳の分からないような表情を浮かべたまま眺めて、私とシャナクの会話に割り込むように口を開いた。
「....ぁ....あの.....ひっ!?」
わずかに言葉を発した少女は、すぐに恐怖の表情を浮かべて小さな悲鳴を漏らした。
「....何を許可もなしに口を開こうとしているのですか....?それもアクセリア様の前で...。」
「ひぃっ...!!」
シャナクは鋭い視線を向けながら、低い声で少女にささやいた。
「...別にいいわ、それくらい...。」
少女を今にも睨み殺しそうな表情をしていたシャナクも、私のこの言葉を聞いてすぐに納得したようで、私に小さく一礼をすると一歩後ろへ下がった。
「さて....あなたに名前はありますか....?」
できる限り優しい声で問いかける。しかし、少女は顔を背けて口を開こうとしない。そんな少女の様子を見て、シャナクは見るからに苛立った様子だ。
「....アクセリア様が聞いています...答えなさい。」
「....ぅ....。」
シャナクの冷たい言葉に再び体をビクリと震わせた少女は、観念したようにゆっくりと....一言口にした。
「....カルム...。」
「そう、カルム....。私はアクセリア....。」
私の言葉を、少女はまるで感情の無い表情で聞いていた。
「これの世話は私が致します....。アクセリア様は心配なさらず....。」
「...そう。それなら処遇もあなたに任せるわ。あなたが言っていたように、手駒として使ってもいいし....不要だったら捨ててもね。」
「お気遣い....感謝します。それで....アクセリア様は宜しいので...?」
「...?」
「いえ....これに対し興味をお持ちになっていたようでしたので....。」
「....今は特に必要ないわ。当分の間はあなたの自由にしていいわ....。」
「....ありがとうございます....。」
「...ぁ...あ...の...。」
私が背を向けて部屋へ帰ろうとしたとき....少女が私を呼び止めるように声を発した。
「....わ...わたし...どうしてここに....。集落の...みんなは....」
「....あなたは私とそこにいるシャナクが倒れているところを助けました。....集落にあなた以外の生き残りはいませんでしたが.....大方は人間に捕まって連れ去られたか....。逃げたものもいるでしょうが....また会えるなんて期待はしない方がいいですよ....」
「ぅ....ぅううう....。」
少女が声にもならない呻き声をあげて泣き始めた。今度は先ほどのように叫ぶこともなく....今の少女の表情には明確な絶望の感情が感じられた。
「それでは....夜になったら参りますので....。それまでごゆっくりお休みください....。」
「.....。」
そうして屋敷の階段を上がるなか.....屋敷内の大広間には少女のすすり泣く声のみが響き渡っていたのであった....。
******
部屋に戻った私は、部屋の中にある本棚に目を向けた。そこには、以前見た時よりもさらに数を増やした数々の本が敷き詰められていた。本当に....いつの間にかである。一体いつ、そんな隙があったのやら。
まだ日は高く、窓に備え付けられた黒いカーテンは、外の光を一切通さない。このまま夜まで眠ってもいいのだが....あいにく今はたいして眠くもない。
私は再び本棚に目を向けた。
ざっと本の背表紙を見ていく中....気になる題名を見つけた。
『魔力を灯した道具たち』
表紙には一切の絵が描かれておらず、紫調のカバーに背表紙にタイトルが書いてあるだけのシンプルなものであった。
それを見て初めに思い当たったのは、あの貴族の人間が持っていたあの遺留品というもの。あの人間の話によれば、どうやらそれは魔力を灯した道具....イメージで言えば、魔石と似たようなものか....。私の身に着けているこの赤い魔石....アクセリウムもそれにあたる。
本を読み進めて行くと、魔道具というものについての記述が基本であることが分かった。魔道具....魔法を宿した道具のことだ。主に魔石をもとにして作られる。魔力というものに疎く、魔力を宿したものは人間たちの間では重宝されるため、当然この魔道具というものも、存在はしているが人間の間では高価であるようだ。
魔道具の例としては....魔法を宿した魔道具....。魔法を使うための詠唱が必要なく...また魔法の使えない者でも使う事ができる。また武器に魔力を込め、魔剣としての価値を持ったもの。こちらは普通に剣に魔力を通したものとは違うらしい。
「(魔力を宿した道具が魔道具....じゃあ遺留品というのは....?)」
そんな私の中に浮かび上がった疑問に答えるように....本のページをめくると、そこには遺留品に関する記述があった。
『遺留品・・・古の時代に込められた強大な魔力を持った魔道具の一種。その種類は様々であるが、共通しているのは魔道具とは比べ物にならない力を持っているということだ。その力は天災の域にも達しており、ひとたび用いれば、嵐を呼び海をも割ると言われている。
遺留品が生まれる理由は様々であるが、多くは神々あるいは人智を超えた魔物などの力によって生み出される。またその数は少ないが、当初は小さな魔力を持った魔道具の一つであったものが、長い年月をかけ、周囲の魔力を取り込んで行ったことによって遺留品と同等の力を持つことがある。これも一般に遺留品とされている。』
この本の記述によれば、魔道具の中でも遠い昔に作られた強大な魔道具...あるいは長い年月をかけて巨大な力を持つようになった魔道具....。それらのことを遺留品と呼ぶようだ。
この話を聞いて、少なくともあの人間が持っていたあれは遺留品ではないだろう。にしては魔力が小さすぎる。
また、本には魔道具の作り方も記されていた。ものに魔力を込める...と簡単に言えばそうだが、かなり高度な技術が必要らしく、人間の中でそれが可能なのは高度な技術を持った魔導士に限られるようだ。
また、魔道具とすることが容易なもの....難しいものがあり、魔力に近しいものであればあるほど容易....。例えば、あの洞窟のものであれば容易だろう。あそこにはあのドラゴンのせいか....常に強い魔力が漂っていた。
試しに、私は部屋の中にある棚。そこに置かれた装飾品の一つを手に取った。金で作られた球体の何か....。細かい装飾が施されており、豪華な装飾品としてはこれ以上に分かりやすいものはない。
私は手に持ったそれに対して自身の魔力を込める。金の球体は、一瞬のうちに青白い光に包まれると、ビキビキと音を立て....砕け散った。
魔力の扱いはかなりうまくなったつもりだったが.....魔道具の作成に高度な技術が必要だというのは確からしい。
人間と魔物では埋めようもない大きな魔力の差がある。しかし、それであっても人間は魔物と対等に戦う。魔力量の差を、その扱いで埋めているためだ。ただ、同じ魔力を扱うと言っても、私と人間たちでは状況が違う。
少ない魔力であれば、その分扱いも簡単である。しかし、その量が増えれば増えるほど、その扱いは難しくなる。結果、人間と魔物では人間の方が魔力の扱いがうまくなるようになったのだろう。
そうして、私は再び本を読み進めていった。その後も本には遺留品の話。現在見つかっている遺留品がその絵とともに載せられていた。
今のところ確認されている遺留品は20ほど....。その中でも現段階、国が保有しているものが四つ、本には記されていた。
【王都ヴァンテール】にある三つ
・炎具【フェリウス】
・冷具【グラシウス】
・雷具【ライゼウス】
【聖教国アルピス】にある二つ
・聖具【セインシス】
・時具【リテンプス】
その他は現段階では場所は確認されておらず、盗まれたり、戦いなどにおいて場所が分からなくなってしまったもの.....あるいは書物でのみ存在を確認されているものだけだ。国が大々的に保護していることからも、これらがそれだけ貴重なものであることを示唆している。間違っても、貴族の一人が個人的に保有できるものではないだろう。
そうして本の内容は残りわずかとなる。これ以上は大した情報もないだろう.....そう感じた私は、残りページを適当に流そうとパラパラとページをめくり始める....。そして、ふとページをめくる手が止まった。
『魔力を宿した瞳・・・魔眼』
いくつかの絵とともに....そう本には記されていた。
『生体の魔力異常により、眼に魔力が集中することによって発現する。瞳部分が通常とは異なり変色している。その色と範囲には個人差があり、瞳だけではなく白眼まで変色している個体も存在する。
発現するのは人間に限らず、魔物や亜人といったものにも表れることがある。魔眼に現れる色の特徴は、眼への魔力の集中の仕方によって異なり、より多くの魔力を宿しているほど、その色は青から紫....といったように変化し、また魔眼の宿す力も強大なものへとなっていく。成長の過程で保有魔力が増えることで、魔眼の色が変化していくこともある。』
『それは特別な眼じゃ。人間であれば、一万人に一人いるかといったところじゃな。魔眼を持つものに人間、魔物は関係ない。』
王国の大図書館で出会った賢者クルークの話を思い出す。あの老人が言っていたように、魔眼を持つ者は人間だけとは限らない。魔物や亜人....吸血鬼もありうる、ということか。
ただ....この記述を見た限りでは、少し気になることがある。そうして、自分の中の疑問の答えを求めるように、私は本を読み進めた。
『眼に特別、魔力が集中した時のみ発現する....といった条件もさることながら、魔眼を持つものが少ない背景には、理由がいくつかある。その理由を説明するためにも、まずは魔眼の判明している能力について述べる....。
【魔力の可視化】
魔力の流れを感じ取るだけではなく、実際に視覚に捉えることが出来る。そのため、微細な魔力の流れも認識することが出来る。
【見通す力】
魔力を宿したことでより強力となった視覚は、物事の動きをより精密に見ることが出来る。戦闘面においては、相手の動きを数度見ただけで見切る、それによる動きの先読みなど、魔眼を持たない者からすれば大きすぎるほどの力を発揮する。ただし後に述べるように、これには大きな欠点が存在する。
【無詠唱魔法】
全ての魔法は詠唱が必要であり、高位の....それも大規模魔法であればあるほど必要となる詠唱も長くなる。しかし魔眼は、一瞥するだけで魔法を...それも無詠唱で発動することが出来る。他に無詠唱で魔法を発動することが出来る手段は、魔道具のみである。
以上のように、魔眼は強力な能力を持っているが、それだけに大きな欠点も持っている。
一つに、魔眼の多くは上記の能力を有していないこと。魔眼はたとえ発現したとしても、眼にやどった魔力が少なく、ほとんど普通の瞳と変わらないことが多い。その場合は、通常よりも少し目が良い....程度である。
また、魔眼の発動には大きな魔力が必要であること。人間の有する魔力ではもって数分....。それも上記の能力をまともに使うことすらままならない。コントロールも極めて難しいため、幼いころに強力な魔眼が発現した場合、コントロールが出来ずに魔眼に魔力を吸いつくされて死に至る....ということがほとんどである。
そのため、魔眼を持つ者は....特に強力な魔眼を持った者は極めて少ない。』
この本の記述は、非常に魔眼について詳しく書かれていた。人間の魔眼の保有者が少ないこともあり、これだけの情報を....それも人間が得たというのは、とても興味深い。
しかし....それでも私の中の疑問に完全にこの本が答えることはなかった。
この本には私の魔眼についての記述がなかったのだ。その色は青から紫....といったように変化し.....とあるが、私の魔眼は赤い。それに、魔力の可視化が出来るとは言っているが、その他の可視化は特にできるといったことは書かれていない。
風の流れ、気力という力.....そういったことも私の魔眼は見ることが出来る。
この疑問の答えを知りたい.....そんな気持ちでめくったページに...もう続きはなかった。本はこれで終わりのようであった。これ以上の情報はこの本からは得られない....そう思った私は、本をしまおうと、ふと本の裏に小さく書かれた文字が目に入る。
『著者:アルバード・アトラス』
「(これだけの魔眼の情報を知り、そして書いたこの本の著者.....。そんな人物であれば、私の、この赤い魔眼についても何か知っているかもしれない....)」
そんな大した根拠もない....しかし、可能性のある考えが浮かんだのであった。




