契約の儀
「...亜人の集落?」
ある日、私の部屋に入ってきたシャナクがそんな話を持ってきた。シャナクが私の部屋に入ってくるのは、基本的に一日一回。日も落ちてきて、ちょうど私が目覚めたあたりにやってきて、どこから手に入れてきたのかも分からないが....毎日グラスに半分ほど入った人間の血を持ってやってくる。
シャナクの話によれば、上流階級の上質な人間の血を選んで持ってきているとの事らしい。正直、私は人間の血であれば何でもいいし、違いも良く分からない。
と...そんなことを言っても、この対応は変わることはないだろうが....。
「はい....下等生物の事など本来であれば、アクセリア様のお耳に入れるまでもないと思っているのですが....少し妙な様子でして....。」
「...?」
「....簡単に言えば...集落には生きている者は一人もいませんでした....。それも亜人以外の...人間の死体もあるようで....。」
その後のシャナクの話によれば、その亜人の集落はこのアルジオ平原に多数存在している集落のうちの一つ。息絶えている亜人の姿から察するに、獣人の亜人であるようだ。戦闘型の亜人ではないため、恐らくは亜人目当ての人間にやられでもしたのだろう。
亜人と言えば、人間よりも力が強く、また種によってさまざまな能力があるために人間よりも強力な存在として見られることが多い。ヴェルドのような狼人であれば、感覚器官に優れているといったところか....。
しかし、実際には戦闘に不向きな亜人も少なくはない。能力的には人間とさほど変わらない程度か....。人間に近い姿の亜人ほどその傾向が強い....らしい。
シャナクに情報収集を頼んでいる間、私も何もしていないわけにもいかない。そのため、部屋の中にまるで分かっていたかのように置かれた本棚の本を読んでいたのだが....そのおかげで多くのことを知ることが出来た。主に亜人の知識はそこからだ。
さらにシャナクによれば、その死体の様子もおかしな点があったらしい。まず、目立った外傷がほとんどないこと。中には無残に切り刻まれた者もいたらしいが、そのほとんどが外傷がない状態で死んでいるという。それもほとんどが人間であると.....
「....行かれるのであれば....案内しますが...。」
「....ええ、よろしく。」
「.....承知しました。」
私の返答を聞いて一礼をすると、シャナクは部屋の扉をゆっくりと開いた。彼女の中では、私の答えは分かっていたのだろう。このシャナクであればなんら不思議なことではない。
その証拠に、彼女は部屋の鍵を手にしていた。これは、私がこの部屋から出る時にのみ持っているものだ。普段部屋に入ってくるときには、私の部屋には鍵はかかっておらず、彼女が出る際も鍵をかけることはない。
これは私にわざわざ部屋を開ける手間を掛けさせないためであると同時に、鍵は常に彼女が持っていることもある。外から私が部屋に入れなくなってしまう。
そのため、わざわざ鍵を....それも手に持って用意していたことからも、彼女が私の答えを確信していたことに他ならないだろう。
屋敷の玄関前....大広間には姿を隠しているようではあるが、相変わらず多くの蜘蛛たちが蠢いている様子が窺えた。そして、その中には白い蝙蝠の姿も確認することが出来た。
あれから、私に対して生意気な行動をとることはなくなった....というよりも、部屋にやってくること自体がなくなった。これも、シャナクの仕業だろう。
面倒が一つ消えて安心....と同時に、思わず物足りなさも感じてしまった。全く何を考えているのやら.....
******
やって来た獣人の集落は、聞いていた通りにかなり異常様子であった。家屋のほとんどは燃やされており、ほとんどが黒焦げ....あるいは跡形もなく消え去っている。獣人の死体が少ないことを考えると....多数は逃げたか....あるいは人間に捕まって連れていかれたか....。とはいっても、その人間もここには多く死体として存在しているのだが....。
獣人の死体には、多くの外傷があり....中には真っ二つにされているものもあった。見せしめか....あるいは人間たちに向かっていた者たちか....。
対して人間たちの様子は奇妙なもので、横たわる人間のどれもが白い顔をしており、外傷こそないが....それが、生きている者は一人もいないことをはっきりと示している。
「生きているのは...?」
「おそらくは...いないかと...。」
シャナクが言う通り、生存者はいないものと思える。感じることのできる魔力の流れと言えば、私のものとシャナクのものだけである。これを見ると、この集落だけでなく....かなり広い範囲で生きている生物がいないようだ。外傷がないことからも....何か広範囲の魔法で一掃されたか....。
魔眼を通してみたところ....気になるところと言えば、この周辺の気温が極めて低いことか...。平原の気温はここまで低くはなかったはずだが....。その証拠に、ここを中心とした放射状の範囲....それより外側は通常通りの環境が広がっている。
場所によってはこのように気温が低い地域も存在する。また、時期に応じて気温が低くなることもあるが....ここはそんな場所ではないし、そんな時期でもない。
しかし....これと似た状況を、私は一度見ている。それは、私が狼人に聖地と呼ばれている場所....あの巨大な崖がある場所にいた時の事。巨大な湖を渡るために、私は湖を広範囲魔法を用いて、丸ごと凍らせる....ということを行った。
その際....氷魔法を使った後のその場所は、ちょうど今のこの状況と同じで、かなり肌寒い感覚を覚えたことを思い出した。
やはり....魔法によってここに居た者たちは一掃されたということか....。獣人たちに関しては....これは人間たちのやったことだろう。目的を果たして安心したところで....何者かに襲われたか....。
「....!?」
ふと、私は周囲のわずかな違和感に気づいた。恐らくは、私にしか分からなかったことだろう。正確に言えば、魔眼を持っている私にしか分からないこと....。魔力の流れは、確かに魔眼を使わなくても感じることはできるが....それにも限度がある。
常に100を超える小さな蜘蛛である眷属たちに、正確にかつ迅速に命令を下していることからも、シャナクの魔力感知はかなりのものだろう。何しろ、下手な魔物よりもずっと小さな魔力しか、蜘蛛たちは持っていないのだから。
しかし、いくら魔力感知が優れていようとも....あまりに微小な魔力の流れを感じることはできない。それは、むしろ無い....といっても過言ではないだろう。しかし、魔力の流れを視覚的に捉えることのできるこの私の眼は、確かにある場所を見つめていた。
崩れた家屋等で出来上がったゴミ山の中に....確かに生きた魔力が存在していることを....
「....本当にこの場所には生きている者はいない?」
「.....何か気になったことでも....?」
私がゴミ山を一瞥すると、みるみるうちに、それらは黒い灰となって消えていく。そして、最後に残ったのは....ボロボロに潰れた様子の、一つの木箱であった。それは心なしか....人の形をかたどっているようにも見えた。
「....!!これは....。」
驚いた表情を浮かべたシャナクは、慌てて潰れた木箱の元へと向かう。私もそれに続いていく。先ほどまで、山に埋もれていたために、ほとんど魔力を感じることが出来なかったのだが....今では十分に感じることが出来る。確かにそこには生きている何かがいる....
潰れた木箱の中に、丸くなって眠っていたのは、一人の獣人の少女であった。眠っている.....いや、死にかけているという方が正しいか....。生きている者ならば必ず発するはずの、魔力をほとんど感じることが出来ない。
戦闘に不向きな亜人である獣人....というのは確かのようだ。かなり人間に近い姿をしており、一目でわかる特徴は....その頭に生えている獣耳ぐらいか。この集落の生き残りだろう。人間に近いほど亜人は戦闘に不向きだと言ったが....それで考えると、この獣人たちはかなり人間に近い。よほど戦い慣れしていない弱い種族だったのだろう。だからこそ、人間に全滅させられたのだろう。もしもヴェルドのような、狼人であれば、こうはならない。
とはいえ、人間の中にも強い者がいたのだろう....ということは、綺麗に真っ二つにされた一人の獣人の死体があることから推測できる。
「私は全く気づきませんでした....。流石はアクセリア様です....。」
「....獣人っていうのは....同じ種族でもこんなに違うもの?」
「....?」
私の言葉の意味を一瞬理解できなかったのか、シャナクは首を傾げたが、すぐにその意味を理解したのか、私の方を向いて言う。
「多少の個人差はありますが....ここまでの違いはないと思います....。」
「魔力の性質も変わっているわね....。これも獣人の特徴?」
「.....その違いは私には分かりかねます....。何しろ、私程度にはこれの魔力を感じるのが精一杯です....。」
そう言って、彼女は申し訳なさそうに地面に目線を落とす。とはいっても、彼女が力不足に感じる必要はない。私もこの獣人の魔力を感じることは流石にできない。私はあくまで見ているだけだ。
獣人の少女の姿は、体中傷だらけで、来ている衣類も破けてほとんど無いも同じであった。少女の姿に、私が他の獣人との違いを覚えたのは、少女の獣耳と尻尾が、地面で息絶えている他の獣人たちとかなり異なっていたためだ。
他の獣人の獣耳や尻尾に生える毛は、横に寝ていてなだらかだが、この少女のものはというと....全体的に逆立っている印象を受ける。
その上大きな違いとして、毛色が違う。他の獣人の落ち着いた茶色系の毛色に対して、これは明るい青色をしている。自然の色に紛れるように生き物たちの毛色は決まる。魔物も....勿論亜人たちもそうだ。にも関わらず、この色は目立ちすぎる。
「....突然変異かもしれません。」
「突然変異...?」
「同じ種族の者たちと、多数の異なる点を持った....いわば仲間外れのようなものです。その例としては....このように毛の色が異なっていたり....戦闘に秀でている種族にも関わらず、戦いに不向きであったり....その逆も然りです。」
「....つまり?」
「....希少種であるということです。こういった突然変異はめったに起こることはありません。ただし....親から子へ特徴が受け継がれていくことはありますが....。」
魔力の性質に違和感を覚えたのはそのためか....。魔物、人間、亜人....魔力に多少の違いはあっても、基本的な性質は同じであった。特別違いを感じたのは....あの洞窟で出会ったドラゴンや、白虎。それと.....私の目の前の...このシャナクもそうだ。
私との今までのやり取りから、私の気持ちを察したのか....シャナクは私に問いかける。
「....どういたしましょうか?特に興味がおありでないのであれば、このまま放置......必要でしたら、持って帰りますが....。何か使い道があるかもしれません。」
「....使い道、ね。」
彼女の言葉には、私がこの獣人の少女に興味がある....ということを理解していることをはっきりと示していた。それは決して間違いではない。確かに興味はあるし、もっと詳しく見てみたいという気持ちはある。
ただ、そこから使い道があるかというと....特に感じられない。結局のところ....単なる私の気まぐれか何かか....。
「そう言えば....何か良い手駒があれば...と思っていました。」
突然、シャナクがそんなことを話し出した。
「私だけの力では、アクセリア様のご命令を迅速に完遂することが出来ません。配下の蜘蛛たちは、私の意思疎通無しではまともに動かすことが出来ませんから....。他に自分以外に別に動いてくれる便利な手駒がいれば....と感じていました。」
そう話すシャナクの口ぶりには、少しわざとらしさも感じられた。とはいえ、彼女の言葉に嘘はない。実際に彼女一人の力で、私の命令に応えるのは苦だろう。私の命令に対し完璧かつ迅速に対応してくれるのにもかかわらず、彼女は毎日私の部屋に血を運んできてくれている。人手もとい....手駒が欲しいのは事実だろう。
「....この獣人の体を治せる?」
「治癒魔法を使えば....無理なことはないですが、何しろ死にかけなので一筋縄ではいかないかと...。ただ....恐縮ながら、アクセリア様の血を分け与えるのが一番かと....。」
「....どうして?」
シャナクにしては意外な提案であった。彼女であれば....『下等生物如きにアクセリア様の高貴な血を分け与えるなど....』といったかんじで、むしろ反対すべきだとおもったのだが....。
「眷属となった者は主人に逆らえません。アクセリア様の血であれば、死にかけであっても問題はないでしょうし....もしもこちらに反抗的であったとしても、アクセリア様に危害が及ぶことはありません.....とはいっても、もしアクセリア様に手を出そうなどとなれば...動くまもなく、私が息の根を止めるつもりですが....。」
シャナクはそう言って、私に微笑みかけた。彼女がいる限り、そんなことは無駄な心配だろう。
私は眠っている獣人の少女の元に近づいてからしゃがむと、少女の体に手を触れた。少女の体は驚くほどに冷たく....全く生きている気配がしなかった。しかし、少女が生きていることは、魔眼に映る魔力の流れが確かに示している。
目を閉じて、魔力を集中させる。私の体内に流れる血液全体に魔力を行き渡らせるのだ。こうすることで、私は自分の血液を自由に操作することが出来る。範囲は私の魔力が届く範囲....つまり、体を離れても問題なく動かすことが出来る。
そうして、私は少女の胸当たりに触れた手を通して....自分の血を直接流し込んだ。硬化した血を以って、少女の胸を突き破るようにして.....。
眷属の契約とは、血と心臓を介して行われるもの。
主人である私は血を.....
眷属である少女は自身の心臓を.....
お互いに互いのそれをささげて行われるのだ。心臓を以て交わされた契約は決して破ることはできない。もしも無理やりにでも破れば....その時は死ぬだけだ。
「我....ここにこの者と永遠の誓いをかわさん....。」
突然シャナクがそんなことを口走った。
「....何...それは?」
「眷属の契約の際には、こうして言葉を伴って行う者が多いそうですよ。」
「....それに何か意味があるの...?」
「....そう言うと思っていました....。別に必要はありません。いわば....伝統のようなものでしょうか....。」
「....そう。」
シャナクと言葉を交わしている間....少女の傷はみるみるうちに塞がり、体に生気が戻り始めた。月明かりの元、静かに行われた眷属の儀は....ここに吸血鬼と獣人....。二つの種族の繋がりを生み出そうとしていた.....。




