闇に潜む者達
血が喉に触れた瞬間....最初に渇ききった喉がみるみるうちに潤っていく感覚がした。次に感じたのは、強烈な快楽に、つい意識を手放しそうになる。
そんな中....ふと自分の肩に触れる感覚に、私は意識を何とか持ち直した。
「大丈夫ですか....アクセリア様....。」
ぼんやりとした視界の中、私の目が捉えたのは、心配そうにこちらを覗きこみながら私の肩をさするシャナクの姿であった。
「...えぇ....何とか...ね....。」
「....驚きました...まさか瓶の中身を一気に飲んでしまうなんて....。私はてっきり....ゆっくり一口づつ飲むのかと....。」
そんな、一見何気ない....シャナクの一言に、私はどうも引っかかった。理由は分からないが....何故か、どこかで一度聞いたような気がしたのだ。
「...どうして....そう思ったの?」
私はシャナクに問う。そんな私の様子が、ただ何となく聞いたという雰囲気でないことを察したためか....あるいはそれ以外の理由か....彼女は真剣な顔で答えた。
「私の中の知識にそうありました....。親愛なる私の主は、人間の血を飲むことを極端に恐れていた。そのため、普段から血を飲む際には、一口づつ飲むのだと.....。いえ、飲んでいた....でしょうか。」
「.....。」
私の中の知識....。眷属は主の知識を受け継ぐという。その中には、私の記憶も含まれているのだろう。それは今までの彼女の言動からも推測できる。
そして、今言っている彼女の話はというと....紛れもなく、過去の私の事なのだろう。そして、今の私はなぜかそれを知らない.....
「....いつから気づいていたの?」
「私がアクセリア様に生み出されてすぐに疑問は持ちました.....。これほどの魔力を持ったお方が、どうして眷属を作り出すことに関しての知識がほとんどないのかと....。普通であれば吸血鬼は成長していく中で、親などからそういった知識は得ていくはずですから....。」
彼女はそれからしばらくの間を置いて、再び続ける。
「それからも、明らかに眷属である私の知識の方が多いことにも疑問を覚えました。普通は眷属は主と比較すれば、すべてにおいて劣っているものです。それに....今のアクセリア様は、私の中の記憶とまるで違う....。」
「.....。」
「確信を持ったのはちょうど今ですね....。アクセリア様は....過去の記憶がないんですね?」
「....だったら。」
「...?」
「....だったらどうするの...?」
「....何がでしょうか?」
「....あなたが敬愛しているのは、昔の私....今の私じゃない。あなたの思うような力もなければ、知識もない....。今の私の元にいて、あなたに何の意味が.....」
私が言い終わろうとするその瞬間.....彼女の体が私を優しく包み込んだ。
「先ほども言ったはずです....眷属は主がいなくては...その存在に意味はありません。今も昔も関係はありません。同じアクセリア様に変わりはないのですから。」
優しく私の体を抱きしめる彼女に、私は彼女に体を委ねていた。
「....本当にその言葉は信じられるの...?」
「アクセリア様に私のことが信用できないのであれば.....今ここで私を殺してください。主人に信用のされていない眷属など....存在意味はないですから。」
その言葉を話す彼女に一切の心の乱れはなかった。ただあるのは、私の信用を得たいという気持ち....それと、私への忠誠心だけであった。
私はそれから、黙って彼女の体を払った。
「....アクセリア様...?」
「....信用していたら...殺さないんでしょう?」
「....!!ありがとうございます....。」
不安そうな顔を浮かべていた彼女の表情が、ぱぁっと明るくなった。しかし、すぐに自分の行動を思い出したかのように、彼女は深く頭を下げる。
「も...申し訳ありません!!従者の身で....主であるアクセリア様にこのような真似を....。」
....まぁ、普通に考えればそうだろう。先ほどのシャナクの行動は、どちらかというと、従者が主人にする行動というよりも....親が子にする行動といったイメージがする。いや....私の勝手な判断かもしれないが、少なくとも彼女はそう感じているらしい。
「....なら、引き続き頼むわね...。」
「....はい?」
「...忘れたの?いくつか他にも命令をしていたはずだけど....?」
「....!?し...承知しました!!今すぐにでも!!」
シャナクはそう言って、嵐のように部屋を飛び出すと、あっという間にいなくなってしまった。ああいう一面もあるらしい。優秀で完璧な眷属だと思っていたが....まぁもう一匹に比べれば全然ましだが....。そういえば、そのもう一匹はどうしたのか.....シャナクに連れ出されてそれっきりだが...。
そしてシャナクが部屋を飛び出してしばらく....あっという間に彼女の魔力が感じられなくなった。屋敷中に散らばっていた蜘蛛たちの半数ほども一緒にいなくなったことを考えると、もう行ってしまったのだろう。本当に行動が早い....。
それから、数日....
彼女にしてはかなり時間がかかったようで、数日後ようやく戻ってきた。とはいえ、それも当然だろう。前回は私が住むことになる家を探してくるという具体的かつ単純なものであったが、今回は他国の情報....人間の通貨、など幅広いものであった。時間がかかるのも納得できる。
とはいえ、仕事が早いのには変わりはないだろう。シャナクは数日間、私の元を離れてしまったことに対し謝罪をしたが、そんな必要はないだろう。私が命令したことなのだから。
ついでにシロはというと、何故か私の言うことを黙って聞くようになった。何故だろう....?
多分....おそらくだが、何か恐ろしい体験でもしたのだろうなぁ....。とはいえ、生意気な態度はあまり変わってはいないが....。
そうして、再び数日後.....シャナクからある知らせがあった。
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黒一色に統一された、ある部屋の一室。豪華なシャンデリアといった、貴族の屋敷に感じられるような雰囲気を漂わせてはいるが、それとはまったく違う場所である....そういうことを、この場にいる二人の男が示していた。
一人は黒に統一された質素な椅子に座り....もう一人は椅子を隔てて男に対し跪いている。
「Ⅲからの連絡が途切れた?」
「はい。王国貴族の護衛兼依頼に向かわせたところ....連絡が取れなくなり...。」
「王国貴族....?」
「セリオン王国のゴドリーというものです。王国の話であれば....聞いていると思いますが...。」
「なるほど....貴族の中でも特に我々闇に通じている存在として、良い手駒だと思っていたが....残念だ。それで....?依頼の内容は?」
「亜人の誘拐です。」
「ほう....悪賢いあの男が考えそうなことだ...。財を得るとともに、闇の信頼も同時に得るつもりだった...といったところか。闇において最も重要なのは....こちらに利益をもたらす存在としての信頼だからな....。」
そう言って椅子に座った男はニヤリと笑う。同時に、跪いていた男は素早く立ち上がり話す。
「あのⅢがその程度の仕事を失敗するなどあり得ません。恐らくは、他に外からの力が働いたのかと....。」
「...その話なら俺も警戒している。何しろ、あの王国騎士団長を倒すほどの者だ....。」
「相手の目的は...やはりゴドリーの殺害でしょう....。それも単なる暗殺者とも考えられないでしょう。その者は侯爵の殺害と同時に、王国兵士を100人以上殺害....聖騎士も数人倒しています。それにその聖騎士というのも....部隊長、副騎士団長、そして騎士団長と強者ばかりで....。」
「....こちらに敵対意思は?」
「まだ分かりません....ただ、侯爵に敵対していたと考えれば、Ⅲの連絡が途絶えたのも納得できます。」
「目標の護衛....つまりⅢは殺されたということか....。惜しい者をなくしたものだ....。」
「その者....こちらにつければかなりの戦力になるでしょうが....敵対すれば厄介なことになるでしょうね。それにしても....Ⅲを失ったのは少し痛手かと....。」
「なぁに~?随分とⅢを評価してるみたいねぇ~?あんな雑魚、いてもいなくても同じじゃない?」
「....Ⅱ...。」
何者も寄せ付けない雰囲気の漂うこの空間に、一切の遠慮もなく入ってきたのは、怪しい雰囲気の漂う女である。全身を黒いマントで覆っており、体のラインは見ることが出来ない。
真剣な表情を浮かべた二人とは正反対に、その女はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
「あれは私たち【死宴】、五人の中でも最弱....。頭脳のⅠ...あなたにも劣るゴミじゃないの?」
そう言ってⅡと呼ばれた女は男に笑いかける。男はⅡのその様子に何か思うことがあったのか.....顔をしかめた。
そんな二人を見て、椅子に座った男が口を開く。
「口を慎め....Ⅱ。いなくなった仲間を馬鹿にして何になる?お前の戯言に付き合っている暇はない....。」
その言葉を聞いたⅡは、ゆっくりと顔をそちらへと向ける。そこには、先ほどまでのニヤニヤと浮かべていた笑みは一切なく、苛立ちを隠しきれなくなった表情で男を睨みつけていた。
「....前から思ってたんだけど....。いつからあんたが私の上に着いたわけ?〇....。それに何?私の話が戯言....?」
「そうやってすぐに感情を表に出す貴様に比べれば、Ⅲの働きは優秀なものだった....。戦闘力では我々の中では劣っていても....少なくとも貴様よりはましだ....。」
「!?...このっ!!」
男の言葉を聞いたⅡがマントの中から、一本の細剣を取り出した。それは、先端部分がまるで針のように細く伸びており、長さは普通の剣以下....短剣以上といったところだ。
その見た目通り、他の剣で叩かれれば簡単に折れてしまうような剣ではあるが、その攻撃力の高さは見ての通りだ。鋭い先端部分で相手の急所を突けば、確実に相手を葬ることが出来る。耐久性の面においても、敵の攻撃を受けなければ何の問題もない。
闇に紛れ、相手を確実に殺すことが目的である暗殺者にとっては、最適な武器である。
女の手から伸びる鋭い刃.....。それはまっすぐ男の喉元へと向かって飛んでいく。明確な殺意のこもった攻撃.....それが今にも喉元を貫こうとしているのにもかかわらず....男は微動だにしなかった。
しかし、その刃が男に届くことはなかった。それは....もう一人の男の存在のためであった。
「ここでは上の命令は絶対.....にもかかわらず...攻撃をするとは....どういうつもりだ....。」
「くっ....Ⅰ....!!」
机を隔てた〇とⅡの間に一瞬のうちに割り込んだのは、一人の男.....Ⅰであった。
「〇がボスであることは既に決まった事項だ。後からお前が口を出す権利はない。」
「....へぇ。あんたの存在を見落としていたわ....。本気でやればよかったわ....。」
Ⅱは真っ二つにおられた自分の剣を一瞥すると、ため息交じりにそう呟いた。
「本気のつもりならこちらも対応が違う....本当に本気のつもりならば...そんななまくらを使うはずないだろう。」
「ふん....。」
そう言って、Ⅱは二人に背を向けると、すたすたと部屋を後にしようとする。
「おい!何処へ行く!!」
「どこって....。決まってるじゃない?噂の王国騎士団長を倒した奴とかに会いに行くのよ?あはっ♪」
「待てっ!!勝手な行動は許され.....」
「あら....それ以上進むと危ないわよ~?」
Ⅰがそう言って一歩を踏み出そうとしたとき.....彼のすぐ足元に鋭い刃が突き出していた。あと一歩でも前に足が進んでいれば、突き刺さっていただろう。
「くっ....!!」
「...ふふふ。」
Ⅰは悔し気に仕方なく後へ下がる。その顔には歯を食いしばるほどに悔し気な表情を浮かべていた。そんな様子をⅡは意地の悪い笑みを浮かべながら見ていた。
「大丈夫よ、とりあえず生きたままここに連れてくればいいだけでしょ?簡単よ~。」
「違う...。」
椅子に座った男....〇が口を開いた。
「我々の敵になりうる場合は、速やかに消せ。判断は....Ⅱ貴様に任せる。」
「....あんたに言われなくても....。」
「本当に良かったのですか?」
Ⅱが部屋を去った後.....再び普段の口調に戻ったⅠが〇に尋ねた。
「奴は扱いに困るが腕は確かだ....あれに任せておけば問題ないだろう....。」
「....本当に大丈夫でしょうか.....。」
相手は仮にも王国騎士団長を倒したという....。剣の腕だけで言えば、王国騎士団長の右に出るものなどいない。もしも、Ⅱが王国騎士団長と戦った場合.....勝てる可能性は五分といったところか。
「冒険者で言えばオリハルコン級の実力を持っている。多少の相手ならば苦をすることはないだろう。少なくとも情報を持ってくることはできるはずだ....。」
冒険者で言うオリハルコン級と言えば、一つの国に数人もいれば戦争が出来るという。格としては、ミスリル級の一つ上ではあるが、その差はかなりのものだ。その差は....人間であるか、化け物であるか....。
「こんな時にⅢがいれば.....。」
「奴は情報収集に長けていた.....やはり惜しい者を亡くしたな....。ところで...今回の相手はどうなっている?」
「アラスブ王国....【砂漠の殺戮者】という者達です。どうやら亜人の取引が目的の用で....。」
「....アラスブか....。あそこには少々厄介ものがいたな....。」
「そちらの動向も....確認できるよい機会かと....。」
「ふむ....。」
「さ~て....どこにいこうかしらねぇ....。セリオン王国で...という話だったけど、同じ場所にとどまっているとは思えないしねぇ.....次に行くとすれば....ふふふ。」
薄気味悪い笑みを浮かべながら....一人の女はある国を目指して歩き始めた。




