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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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もう一人の自分

「……ん」


 頬に触れるわずかな冷気に、私は目を開ける。どうやら眠ってしまっていたらしい……ゆっくりと倒していた頭を起こすと、窓の方を見る。すると、カーテンで閉じられていたはずの窓は開け放されており、外からひんやりとした風が入ってきている。丁度窓の外には……半分ほど欠けた月が浮かんでいた。


 どうやら、夜まで眠ってしまっていたらしい。窓が開けられていたことを見ると、私が眠っている間に誰か中に入ってきた者がいるのだろう。思い当たりがある者と言えば、一人しかいないが……


 その推測を確かめるため、私は扉の方へ向かい、ゆっくりと扉を開け始める。あまり勢いよく開けると、外の埃や塵がこの部屋に大量に入ってきてしまうためだ。しかし、そんな心配も必要なかったということを、私はすぐ気づくことになる……


「……!?」


 外に出てすぐ目に入ったのは、地面に敷かれた綺麗な赤い絨毯。あれだけそこら中に広がっていた埃や塵は一切残っておらず、綺麗になっている。壁や天井に取り付けられた豪華な装飾の数々は、ちょうどあの貴族の屋敷の雰囲気をどこか漂わせていた。

 真っすぐ伸びるその廊下の片側には、私の背丈ほどある窓が一直線に立ち並んでおり、淡い月明かりが差し込んできていた。



 ゴソゴソ……



 何かが蠢くような鈍い音……

 

 音の聞こえた方向を見ると、扉の脇には胴から長い脚を八本生やした巨大な蜘蛛が佇んでいた。全身に生えた黒い毛に頭に輝く八つの瞳……どこかで見たような姿をしているのは気のせいではない

 そう……これはあの洞窟で私が目覚めた直後に現れたあの巨大蜘蛛に姿形がよく似ている。しかし、それに比べると少し小さいようで体も細めに見える。


 その蜘蛛は私の姿を見つけると、しばらく動かないでいたが何かに気づいたような反応を見せるとその長い脚を縮め、恭しく私に頭を下げるような姿勢をとった。



 こちらに敵対心はない、というよりも……逆。


 これはどう見ても魔物だ……どうして魔物がこんな場所にいるのか……そもそも、あのシャナクがいる限り、魔物の存在など許しはしないだろう。わざわざこんな場所に彼女が魔物の存在を許しているということは……そういうことだろう。




「アクセリア様、おはようございます」


 私が下へ降りてくると、シャナクがいた。私のことをすぐに見つけると、頭を下げてくる。部屋の外の様子が大きく変わっていたように、他の部屋の様子も大きく変わっていた。

 ここは、建物に入ってすぐの大広間であるが……私が前に見たときは、部屋中に蜘蛛の巣が張り巡らされており、埃や塵が降り積もっていたはずなのだが……。


「この通り、建物の中は隈なく掃除をしておきました。アクセリア様に相応しい住み処と言えるでしょう」


「……こんなに部屋なんて必要ないと思うけど……?」


「アクセリア様が必要ないと思われるのであれば、無理に使う必要はありません。使い道は私が考えておりますので……」


 そう言ってシャナクは私に微笑みかける。どうも彼女が考えていることは読みづらい……。一体何を考えているのやら……。


「……そこにいる蜘蛛は何……?」


 私が目線を向けた方には、先ほどの蜘蛛に比べてさらに体格の小さなものが30匹以上……固まっていた。それらは私の方を向くと、やはり私に向けて頭を下げている。


「これは私の眷属の蜘蛛です。迅速に掃除を行うために、必要でしたので……。不快ならば下げますが……。」


「……問題ないわ……。それで?私の部屋の前にいたのは?」


「……勝手ながら……アクセリア様の身に何かがあっては……と思いましたので。」


 彼女は私の身を案じすぎる節がある。少なくとも、こんな場所にまで私に危険があるとは思わないが……念のためと思ってのことだろう。


 それにしても……


 私はシャナクに視線を向け続けているのだが……なぜか先ほどから彼女は私に視線を合わせてこようとしない。

 ……目が泳いでいる。


 何か隠しているのか……?



 そんな私の視線に観念したのか、シャナクは諦めたように口を開いた。


「……申し訳ありません……。アクセリア様がお休みになっている最中……断りもなく部屋に入ってしまいました……。」


「……どうして?」


「……月が綺麗でしたので……。」


「……?」


 一瞬、彼女が何を言っているのかを理解できなかった。私にもその月を見せてあげたかったということだろうか……。わざわざそうする理由も理解できないが……。


「……まぁいいわ。別に咎める気持ちもないし……ちょうどよかった」


「……それは、一体?」


 疑問を呈する彼女を置いて、私は建物の入り口へと向かう。この建物……一見すれば城のようにも見えるが、それとは違うものなのだろう。王国で見た巨城とは明らかに違う。大きさもそうだが……これは城として作られたものではない。

 その証拠に、建物の入り口は城門ではなく、単なる扉……。城と言うのは、少し行き過ぎだろう。ここも貴族の屋敷と同じものなのか……。


「……ここは、元は何に使われていたものなの?」


 突然の私の問いに、シャナクは少し驚いた表情を見せたが、すぐに返答をした。


「人間の貴族が住んでいた場所だと言う話は聞きました……。しかし、何せ300年以上前からあるようで……正確な人物が誰なのかは何とも……。それに……」


 シャナクはさらに何かを言おうとしたのだが、途中で切るようにして黙ってしまった。何か言いづらいことでもあるのか……?


「……それに……何?」


 私が鋭い視線を向けながら問いただすと、あまり言いたくはなさそうな表情をしてはいたが、彼女は話し出した。


「……あくまで噂ではありますが……この屋敷は呪われていると……。」


「……どういうこと?」


「突如として家の人間が全滅したそうです……。それも……跡形もなく……消えてしまったという話が……あくまで噂に過ぎないですが……。」


「……」


 跡形もなく家の人間が消えた――それで呪いということか。この話を鵜呑みにするには、少し話が曖昧過ぎる気もする……

 そもそも家に住んでいた人間すら正確ではないのだ。本当に単なる噂に過ぎないということなのだろう。


「……申し訳ありません。このような話をして、アクセリア様に余計な心配をさせたくはなかったものですから……」


「……」


 そう言って彼女はというと、またしても深く頭を下げる。私への忠誠は確かではあるだろうし、私の言うことは確実に聞いてくれることだろう。少なくとも、あのシロよりかは100倍ましか……

 しかし、少し慎重すぎるというか……私に対して気を使いすぎのように思える。いや……それは私も同じか。眷属というものは、その主に似ると言っていたが……こういうところは確かに似ていると言えるか……


「……!!何処へ行かれるのですか……?」


 私が黙ったまま、外への扉を開けると、シャナクが慌てたように聞いてきた。


「……少し用があるだけ……心配なら付いてきたら?」


「……お供させていただきます……」



 私が外に出ると、それに続くようにシャナクがやって来た。やはり付いてくるようだ。そうだろうとは思っていたが……


 屋敷の外には、実に気持ちのいい夜風が吹いていた。屋敷の周囲はというと、完全に平原が広がっており、景色を遮るようなものは一つとしてない。この屋敷は、ちょうど王国周囲に広がると言われている【アルステン地域】。その中の一つである広大な平原……【アルジオ平原】に位置している。私が少し前まで住んでいた森……【ピロー大森林】もその中に位置している。


 こうしてみると、本当にこの屋敷は人間の居住圏から孤立しているようだ。シャナクの言っていた通り、この周囲にはやはり魔物もかなり生息しているようで、魔物のものと思われる魔力の流れを多数感じる。



 また、確かにこの場所は心地よい場所ではあるが……少し物足りない感覚もあった。それは、この周囲の魔力が原因だろう。森にいた時に感じていた心地よさ。それは、あの森に満ちていた魔力の量が原因だったのだろう。この場所は魔力が非常に希薄だ。しかし、魔物が少ないわけでもない。

 魔物は魔力を好むため、必然的に魔力が濃い場所では魔物が集まってくる。魔力が薄い場所では魔物が少なくなるはずなのだが……



「この周辺には、他に魔力の濃い場所は存在しません。ピロー大森林周辺は、確かに魔力が濃い場所ではあるのですが……あそこには弱い魔物は立ち寄りません。必然的に、弱い魔物はこの平原に集まってくるものかと……。」


 私の疑問にシャナクが答える。つまりは、この場所にいる魔物は仕方なくここに集まってきているということか。でなければ強い魔物の獲物とされるのは間違いない。


 そんなことを考えながら、私は背中に折りたたんでいた翼を大きく広げた。ちなみに、このドレスは都合良く翼に合わせて穴が開いていたり、破れても再生をしたりしていたのだが……これは、このドレス自体、私の体の一部であるためのようだ。


 正確には、これは私の血で出来ている。そのため、自由に形や硬さを変えることもできるようだ。こうして初めから私がこれを着ていたことを考えると、これは過去の私が作ったものだろう。吸血鬼(ヴァンパイア)の間では普通の事なのかとも思ったのだが、どうやら違うらしい。


 こんなことを考える吸血鬼(ヴァンパイア)は他にいないらしく、『これもアクセリア様のお力の強大さ故です……』などとシャナクは言っていた。



 しかし……



 あくまでこれを考えたのは過去の私だ。シャナクは、自身の知識や能力は主である私から受け継がれたものであると言っていた。だからこそ、彼女は私を自分より上の存在として認めているのだろう。

 しかし、実際には今の私には彼女を上回るほどの知識もない。魔力だけであれば上かもしれないが、扱いは雑だろう。それは、自分よりも大きく魔力で劣るあの()()相手に苦戦をしていたことからも分かる。


 果たして……私が過去の記憶を失っていること。それに今は彼女の思うような知識も能力もない。このことを知って……それでもなお、彼女は私に付き従ってくれるのだろうか……



 そんな中、私の中に抑えようもない不安感がこみ上げてきた。あぁ、またこれだ……。自分の中に……何か、他の自分がいるような……。

 これが一体何なのか……はっきりとは分からないが、推測はできる。これは、私の過去の記憶が関係しているのだろう。


 以前に何度も感じた破壊衝動……そして、今回感じた不安感……。一体、過去の私に何があったのだろうか……。


「……アクセリア様?」


 私のすぐ隣を飛んでいたシャナクが話しかけてくる。どうやら、私の様子がおかしい事に気づいたようだ。


「どうしたのですか……?」


 彼女は相変わらず、読めない表情を浮かべながら私に尋ねる。彼女のような眷属は、主である私の感情や考えていることが分かると言ってはいたが、それもなんでも分かるというわけではないのだろう。その証拠に、彼女は私の今の心の中は読めていない。


 私が過去の記憶を持っていないことにも気づいていないのだろう……。


「……何でもないわ……」


 私は小さな声でそう答えると、夜の空を飛んでいく。視界に映る風景に、開けたこの平原には似合わない……巨大な壁が見え始めていた……。


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