凍てつく洞窟と凍り付いた者
「....ぇ....なんで....どうして....。」
一人の人影が冷たい岩の上に膝をついた.....
淡い青色に輝く岩肌.....
どこか不思議な雰囲気を漂わせる空間の中.....そこには、巨大なクリスタルがあった。クリスタル....それはその整った形状と硬さ故にそう言っているのだが.....これは実際には氷であった。しかし、決して解けることのなく、壊れることもない.....。
「さて.....やはりやって来たか....。全く、友思いといったか所か....。」
クリスタルの中で眠る、巨大な生物は、ゆっくりとその瞼を開け始める。そこには、巨大で....そして鋭い瞳があった。
「.....それとも、単なる自己満足か....。」
その生物は、巨大な翼をもつ。
巨大な体と強大な魔力を持ち、ひとたび動けば、この洞窟中が震えることだろう。しかし、それは動こうとはしない。いや....もしかすると、動けないということかもしれないが.....。
鋭い瞳がある方向を見つめる。その方向には穴があり、どこかに通じているのだろう。しかし、そこから感じられるのは、どこか不気味で.....そして冷たい魔力。
文字通り、その冷気に当てられた岩壁はみるみるうちに凍り付いていく。それは、始めは岩の表面を....そして、それから間もなく岩壁は白く凍り付いてしまった。それは、まるで岩壁自体が氷になってしまったか如く.....。
「....相変わらずの.....いや、いつも以上か....。どうやら普段よりも荒れているようだな....。」
それが口も動かさずに言葉を紡ぐ。穴の向こう....暗闇の奥から現れたのは、一人の人影である。全身を雪のような白で身を包み、その髪から眉毛まで....すべてが雪のように白く、凍り付いているように見えた。
その上その白い肌といい....まさに、雪そのもの.....。
「....黙れ、腐れドラゴン....。その減らず口を聞けなくしてやろうか.....いや、その必要もないか.....。」
そう言って彼女はその白い腕を、ドラゴンに向ける。手に向けて魔力が集まっていくのが感じられた。そんな自身に向けられた明確な殺気に対し.....ドラゴンは一切慌てることなく、続ける。
「....何のつもりだ?」
「分からない?お前を殺すってこと。」
「....それをしてどうする?」
「....さぁ?レイがいないんだったら....生きている意味もないし....こんな世界にも用はない....。」
絶望の表情を浮かべながら彼女は話す。その目には、うっすらと涙を浮かべていた。しかし、その涙もすぐに凍り付き、氷の粒となって消えてしまった。
そんな彼女の姿を、巨大なドラゴンはその鋭い瞳でじっと見つめていた。
「.....随分と荒れているな....。貴様の様子を見るに....奴がいなくなったか....。それで?腹いせに私を殺そうということか....。」
「.....。」
「....だが、私も黙ってやられるわけがないだろう....?」
「何を無駄なことを....。その氷はレイが作ったんだ....お前ごときじゃ、どうにもならないよ。」
「....それで....私を殺した後に、この世界をも滅茶苦茶にするつもりか?そんなことを他の神々が黙っているわけなかろう....。無駄死にするつもりか....?」
そんなドラゴンの淡々とした言葉を聞いた彼女は、今までの感情の薄い表情から、突然感情を昂らせ叫ぶ。
「....だったら!!...何を!?私は何を糧に生きればいいの!?」
そのまま、彼女は膝を地面につき、絶望したように顔を地面にうずめる。
「死のう...たって....。レイの傍で死ぬこともできないんだよ....。」
そう言って、地面に顔をうずめたまま、シクシクと泣き始める.....。そんな様子に....ドラゴンは変わらずその瞳をじっと向けたまま....静かに口を開く。
「.....なぜ?奴が死んだと決めつけている....?」
「....え...?」
彼女は、ドラゴンの言葉に、地面にうずめていた顔を上げる。その顔には、藁にもすがるような気持ちが込められていた。
「.....奴は生きている。」
ドラゴンのその言葉を確かに聞いたものの、信じられない様子で、彼女は目をパチパチとさせる。
「....本当に?」
「全く....そこまで思う気持ちがありながら....友の生存を信じられぬとは.....。」
「.....黙って答えろ....。」
ギロリとドラゴンを睨む彼女の瞳は、今すぐにでもその言葉の答えを知りたい....そんな気持ちからだろう。
「...本当だ....確かにこの目で見た。奴の姿をな....。」
「.....どこにいる?」
「それは私も分からん.....が...それに関しては、貴様の方が詳しいだろう....。」
「......。」
ゆっくりと立ち上がった彼女は、何もそれ以上言うことはなかった。何か当てがあるのか....その目には何かをひたすらに信じる気持ちが窺えた。
そう....友の生存を信じる....
「(必ず見つけ出す.....。でないと....私、レイがいないと....!!)」
「.....よい友を持ったな....
吸血鬼.....。」
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「....本当に...これ?」
「はい。アクセリア様のご命令通り、王国と王都の間....それにこの周辺は魔物がかなり多く生息しているため、人間がほとんどやってくることはありません。」
「....まぁ....確かに、そう....ね....。」
シャナクの言う通り、確かにこの場所は私の言った条件を完全に満たしている。それを一日もかけずに見つけ出したというのだから、大したものだろう。しかし....これは.....
「....この大きさである必要性は....偶然?」
「勿論、そこらの貧相な家ではアクセリア様には釣り合わないと感じましたので.....。」
そう....。私の視線の先に立ちそびえるのは、巨大な城である。人間が作ったものであろうが、そのボロボロの見た目はまるで廃墟である。長い間放置されていたものなのだろう。
「....不服でしょうか....。」
「.....。」
「...確かに、この見た目といい....アクセリア様にはこれでも到底釣り合わないとは思いますが....綺麗に掃除をすれば十分に使えるものではあると思います。それに、この周辺ではこれ以上のものは....私の力不足です....。」
そう言って、シャナクは申し訳なさそうな顔で頭を下げてくる。いや....そういう意味ではないのだが....。私の考えでは、もっと小さな家....大きくてもせいぜい貴族の屋敷程度だと考えていたのだが....
とはいえ、私よりもずっと優秀な彼女が言うことだ....ここで私が文句を言っても仕方ないだろう。
「....いえ、問題ないわ....それで?」
私はシャナクに問う。それに対して、彼女は察したように答える。
「どうぞ....こちらへ。」
私はシャナクに連れられ、城の中に入る。全体を石で作られた城の中は、外見からその状況が窺えたが、その外見通り、中もかなりのものであった。
「...申し訳ありません....まだ掃除が出来ていないもので....。」
彼女がそう言う通り、城の中はかなり汚かった。蜘蛛の巣がそこら中に張っているし、長い年月をかけて降り積もった埃の類が部屋中に広がっている。
植物による侵食進んでいるようで、ツタや苔が石に絡みつくように広がっていた。
ここに...住むのか...。まあ、森で暮らしていたことを考えると、ずっとましだとは思うが....。
そんな私の心境を読み取ったのか、シャナクが続ける。
「ですが安心してください....アクセリア様の部屋だけは埃一つ残さずに掃除をしておきました。」
「....本当に?まだここにすると決まったわけでもなかったというのに.....。」
「ですが、アクセリア様が良いと言った場合は?アクセリア様をこんな汚い場所で休ませてしまうことになってしまいます。そんなことがあれば、私は従者失格です....。」
そして、彼女はゆっくりとこちらを見つめながら...続ける。
「それに....アクセリア様であれば、必ず良いと言ってくれたでしょう....違いますか?」
「.....。」
「私にまで気を遣ってくれるのは嬉しいですが....そんな必要はないですよ?従者が主の言うことを聞くのは当然のことです。」
どこかの誰かさんには彼女の言葉を見習ってほしいものだ。ちなみに、その誰かさんは我が物顔で私の周りを飛び回っている。正直....鬱陶しい。
そんなことを考えていると...一つの扉の前にやってくる。ここは、城の中でもちょうど最上階....一番高い場所にあたるだろう。
「....どうしてここに?」
わざわざこんな場所を選ぶ必要はないだろう。他にもたくさん部屋はあるのだ。主人を一番高い場所にしようという従者の考えだろうか....
とはいえ...結局のところは私の好奇心だ。一体シャナクは何を考えているのか.....
「....アクセリア様がこの場所を一番お気に入りになれると思いましたので....。」
「...?」
そう言って、彼女はその扉を開く....。現れたのは、すぐ外に広がっていた埃まみれの城の様子とは打って変わった.....
赤い絨毯が敷き詰められるように引かれた床に、部屋の中には、カーテンのついた豪華なベッドにいくつかの棚に豪華な家具...その一つに天井にはシャンデリアが飾られている。一番大きな棚には、今は一番下の段にしか置いていないが、本が置いてあった。
そして、何より目につくのは.....部屋に唯一の小さな窓....それにちょうど合うように、小さな丸テーブルに一つの椅子....。今は日の光をさえぎるためカーテンで閉ざされているが....夜であれば、ちょうど椅子に座ったまま外が見られるだろう。
「アクセリア様は本がお好きなようなので.....まだ少ないですが、眷属の蜘蛛たちに集めさせた人間の本です。吸血鬼の中には、まだ昔の風習に習って棺桶で眠る者もいますが....アクセリア様はどちらかというと、人間よりの生活を好んでいるようですから....。」
彼女の言うように、この部屋はまさに人間の貴族の部屋といったところか....。他の吸血鬼がどうだかはよく知らないが....。
「それに、この部屋の窓は月の昇る方向になっています。」
「....月?」
「それでは、私はすぐに掃除をしますので!!」
シャナクはそう言うと、私の疑問に答える間もなくあっという間に部屋を飛び出して行ってしまった。そんなに慌ててすることでもないと思うのだが....。そのことに関しては、彼女は相当気になっていたらしい。主人である私をこれ以上汚い場所に住まわせるのは我慢ならなかったのだろう。本当にできた従者だ....
「(それにしても....)」
部屋の中を見回して感じるのは....既視感。
この部屋の配置といい、窓の場所やテーブルの位置.....。どこかで見たような気がするのだ。とはいっても、こんな光景を私が見るはずがない。なにせ、私は今の今まで森に住んでいたのだから。人間の王国へ行ったこともあったが、こんな場所を見た覚えはない....。
それにもかかわらず....どうしてこんな気持ちになるのだろう....。
そこでふと思い出したのは....ある夢の光景。というのは、私がシャナクを作り出す際....少しの間だけ意識を失っていたことがあった。その間の記憶はあいまいだが.....確かにその時、私はある夢を見た。
いや、むしろ夢と言うには少しはっきりとしすぎていた気もする....。まるで....私自身に実際に起こったことのように.....即ち、記憶....
「(あれは....もしかして、私の記憶....?)」
私には過去の記憶がない。そのため、以前の私のことはほとんど分からない。私がどれだけの間、生きてきたのか....。自分の元の名前もあったのかもしれない....。
「(あの時、見た記憶は.....確かにこんな感じ...だったか?)」
一つ疑問に感じることと言えば、あの時は自分以外にもう一人、他の誰かがいたはずだ....。雰囲気的にはシャナクに似ていた気もするが....それは違うだろう。髪色も違うし、身長も違って見えた。
思うことはいくつもあるが.....
「(ひとまず....今は体を休めないと.....。)」
魔力が十分でない状態での転移魔法はかなりくるものがある....。一度眠って体を休めてはいるが、それでもまだ全体の魔力の半分も元に戻っていない。
私は窓際に置かれた椅子に座ると、カーテンで閉じられた窓を見ながらこれからのことを考える。それから、私が眠りに落ちたのは間もなくのことであった....。




