混乱する王国……動き出す影
「くっ...どうしてこんなことに....。一体何が....。」
瓦礫の山をかき分けながら....変わり果てた貴族街の一角を見つめながら、私は呟く。国民の避難も一段落し、すでにこの周辺にいる者はいない。とはいえ、今もなお聖騎士総動員の国民の避難誘導は続いている。主に、平民と一緒の場所を嫌がる貴族の対応ではあるが....。
それにしても....貴族というのはどうしてああも考えが偏っているのか.....。身分はともかく、みんな同じこの国の国民というのは変わらないじゃないか....と、これは私個人の考えに過ぎないが....。
「(まさか....副騎士団長がやられるなんて....。)」
王国聖騎士団、副騎士団長であるオルクス=クライネル....。騎士団長にこそ叶わないが、あれは特別というものだ...。一般的に言えば、彼は剣士として一つの到達点に至っていると言えるだろう。それも、まだ30代だというのに....。
そもそも、私が騎士を目指すようになったのも、彼がきっかけである。
当時、私は10歳。すでに聖騎士として頭角を現し始めていたオルクスの姿は、当時の幼い少女の心を揺さぶるには十分であった。彼もそのころはまだ10代後半....。それにもかかわらず、迷わず剣の道を歩み、時には危険を冒して戦う姿....。自分の世界とはまるで違う光景を私はそこに見たのだ。
それから、両親の反対を押し切り私は騎士に志願。最初は一卒兵として働いていたが、地道に鍛えた剣の腕が認められ、念願の聖騎士になることが出来た。そして、今ではその憧れの人の下で働くことが出来ている....。いろいろあったが....私にとっての夢も叶い、文句なしの人生である。
とはいえ.....心残りがないというわけでもない。一つは、妹を一緒に連れだしてきてしまったということだ。裕福な家庭でぬくぬくと育てられてきた私や妹にとって、幼い少女二人だけで生きぬくということは並大抵のものではなかった。私にはそのための覚悟と目的があったが....妹にその苦難を一緒に背負わせてしまったことは後悔の一つだ。
私の、このレイア=ソフィア、という名は、つけられるべきしてつけられたもの。この王国の中だけは、平民であっても姓を名乗ることが許される。しかし、私はこの王国外でも名乗ることが出来る.....。
そう....私は貴族の家で生まれたのだ。出身はこの貴族街....子爵の家で生まれた私と妹は、本来であれば今頃、他の家に嫁いでいったことだろう。
とはいえ、私はこの姓を王国外で名乗るつもりはない。何せ...私はすでに一人の平民に過ぎないのだから....。
私が聖騎士として務めている間....妹も自分の道に進むために努力をしていたようだ。丁度一年ほど前、冒険者になったようだ。今では銅級冒険者としてパーティーを組み、順調に冒険者としての仕事をこなしているらしい。
こうしてしまったのは自分のせいではあるが....妹が自分の道に無事進むことが出来て、何よりだ。
ともかく、元貴族家の令嬢であった私としては、貴族の平民への態度は改めるべきであると感じている。私自身、その貴族の一人であったのだから。
私はかつての自分の街を見つめながら、瓦礫の山を進んで行く。普段ではここらは賑わっている広場であるはずなのだが.....今では見る影もない。
突如として貴族街に現れた巨大な竜巻は、瞬く間に街のあらゆるものを破壊し消し飛ばしていった。その発端であろうあの屋敷に至っては.....何もない。もはやその場所に屋敷があったのかと疑うほどである。
オルクス副騎士団長の傷は、かなりひどくはあったものの、急所は傷ついておらず命に別状はなかった。副騎士団長がやられる....そのことは、聖騎士内でもかなりの動揺を誘った。それ以前にも、騎士レオンがやられたことからも、いかに相手が強敵であるかは窺える。
彼を含んだ聖騎士団の中でも片手に入る実力者たちは、こういった騎士団長や副騎士団長の不在の場合の臨時の指揮官として動いている。ちなみに恥ずかしながら、私もその内の一人だ。自分で言うのもなんだが、10歳のころ、騎士を夢に決めたころから絶えず続けてきた努力や、聖騎士でも数少ない女性ということもあって、以前から副騎士団長に目をかけられていたのもあるだろう。
その努力を認められた私は、こうして彼の下で働く以前から、よく剣の指南をしてもらっていた。やはり、副騎士団長というのは伊達ではないようで、私は彼に一太刀入れられたことすらない。
とはいっても、私は聖騎士団の実力者の中でもまだ弱い方だ。どちらかというと、指揮官としての能力を認められた節が強い。やはり、女性というハンデが大きいのだろう....。
そして....騎士団長。彼には、まさに規格外という言葉が相応しいだろう。単騎での中位吸血鬼の討伐はもはや伝説だ。その上、その後の彼の話によれば.....『大したことなかった』....とのことだ。
騎士団の中でも一目置かれている副騎士団長でさえ、彼にはかなわない。私も何度か目を合わせている....というか、副騎士団長の下で働くようになってからは何度も目を合わせるようになった。主に....彼の散歩のためだが.....。
聖騎士内でも問題児.....という色が強く、騎士団長はとにかく周りの言うことを聞かない。同じ聖騎士は勿論、貴族.....ついには王族に至るまでの始末だ。その証拠に、現国王が出した国民全員に姓を与えるという法....。騎士団長だけは彼の名....グルコスのみを名乗っている。
彼によれば.....『自分の名前はグルコス。これ以上は何も名乗る必要はない。』....ということだ。
しかし、その実力は確かなもので、一度副騎士団長との手合わせを見たことがあるが......まるで剣筋が見えなかった。その上、聖騎士であればだれもが持っている剣技....光剣を使っているのを見たことがない。つまり....ただの剣だけで副騎士団長を圧倒してしまうほどなのだ。
これだけ聞けば、騎士団長の異常さが分かるだろう。そう....彼が負けるはずなんてない.....そう思っていたのに....。
「....嘘...でしょ?」
瓦礫をかき分けたその先....
かつて貴族の屋敷が立っていたであろうその跡地に.....胸に自身の聖剣を生やして倒れていたのは....騎士団長グルコス、その人であった。
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「おい、あの騎士団長がやられたってよ。」
「なんだそりゃ....そんなデマどっから出てきたんだ?」
「聖騎士団からだ。実際に遺体を回収してるから間違いねえよ。」
「うわ....マジかよ....。」
王国を襲った何者からによる襲撃から数日.....
王国中では、あの聖騎士総動員による対応....最強と謳われた騎士団長の敗北....。それに応じて様々な憶測が飛び交っていた。
何か強大な魔物の王国への侵入....大規模な組織による王国襲撃....悪魔族による人間への宣戦布告....。
しかし、そのどれもが聖騎士、騎士団長グルコスのその実力を実際には理解していないうえでの憶測であった。この事態が....一体どれほどの事なのか....。知っているものからすれば、この事件は信じがたいことであった。
「なんだと!?」
「はい....ですから、先ほどから言っているように....。」
ギルド職員のその言葉を聞き、ギルドマスターであるリオルは思わず頭を抱える。
「あの騎士団長が.....あの男がまさか、信じられん。」
ギルドマスターとして....戦うものたちのリーダーとして聖騎士の存在をよく知っていたリオルは、当然その頂点に立つ男の実力がどれほどのものかということをよく知っていた。
中位吸血鬼の単騎討伐。それだけでは相手の力量も正確には分からないため、言い切れないが、少なくとも冒険者であれば、オリハルコン級冒険者に相当する。最低でも危険度Aにも及ぶレベルだ。
それも、あの老体であの力である。一体若い頃であれば、どれほどのものであったか.....。
その騎士団長がやられた.....。相手がどれほどのものであるかは想像に容易い。魔物であれば危険度Sレベル。人であったとしても、おそらくは単騎で国を崩壊させられるほどの実力者であろう。それほどまでに騎士団長という男の壁は高かった。
魔物と言えば.....ピロー大森林に現れたという吸血鬼だ。金級冒険者三名が危機感を感じた....ということからも、下級吸血鬼以上ではあろう。森に向かった銀級冒険者リベルとその一行である銅級冒険者たちは....生存はもうあきらめた方がいいだろう。
おそらくはその吸血鬼にやられたか.....どちらにしろ、調査をすれば分かることだろう。
生前、騎士団長からの伝令の通り.....国内情勢は聖騎士や王城に任せることにして....我々は国外、特にピロー大森林の調査を行わなくてはならないだろう。つまり....森に出現したという吸血鬼の調査だ。
加えて、森の魔力濃度の増大の理由も調べなくてはならない。今回は一言に魔力風が原因ともいいずらいだろう。金級冒険者の話によれば、その魔力濃度は、場所によってかなり偏りがあったという。特に濃度が濃い場所となれば....上位の魔草や魔花がそこら中にあったという。
「(金級冒険者であっても....すでに荷が重い話だろう。せめて、ミスリル級の冒険者がいてくれれば....。)」
そんな悩みの種を抱えるリオルに対し....ある吉報が舞い込んできた。
それは、ミスリル級冒険者パーティー....『不死鴉』がこの街へやってくるということであった....。
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ピロー大森林....その奥地....
白い毛並みに黒い筋模様を持つ巨大な獣.....そして、その近くの木の枝に座る一人の人影があった。
白の獣の毛並みは、わずかに青く発行しており、時々その体には青い稲妻が走っている。まさに、その姿は神話に出てくるような強大な魔物そのものであった。
しかし、そんな白の獣の姿すら薄れてしまうほどの、どこか神々しさすら感じる人影。それは、金に輝く美しい髪を持った少女の姿をしていた。金に輝いているのは髪だけでなく、その体全体がそうであった。その輝きから、その姿をはっきり拝むことすらできない。その上、乗ればすぐに折れてしまいそうな細い枝の上に座っているのだ。これも、少女の異様な雰囲気を際立たせていた。
「ほう....吸血鬼か....。」
「はい....我の力をものともせず....かなりの強者でありました。」
「貴様をか....それはなかなかに興味があるな.....いや、待てよ?それは何か心辺りがあるような....。」
「我もそれを感じました....。恐らくは.....」
白い獣は少女に耳打ちで話す。少女はそれを聞いて....ふっ、と笑った。
「なるほど....そういうことか。なかなか面白いことになっているようだ....。私も長年の退屈から逃れることが出来そうだ....。」
そう言って少女は木の枝から地面へ降り立つ。その様子は、まるで重力を感じさせないように....ふわふわとゆっくりと降りて行った。そして、その足は地面には着かず....浮かんでいる。
「ゆかれるので....?」
「少し私も参加してみたくてな.....人間たちの遊戯にな....。」
「....どちらへ?」
「聖教国アルピスという場所だ。そこが一番動きやすい.....。」
「ご無事を....いえ、そんな心配はいらないとは思いますが....。」
「ほぅ?それは....。主の世話への怠惰か....あるいは私への信頼か?」
「当然後者でございます.....我らは皆、あなた様のことを常に一番に考えております。」
「ふ....それならよいが....。」
そう言って、少女は獣から背を向ける。彼女が腕を前に出したと同時....地面が金色に光りだす。
「それでは....。」
そう言って白い獣は青い稲妻となって消えてしまう。残ったのは金色の光に包まれつつある少女だけだ。
「さて....楽しみはじっくりとするものだ....。」




