帰還
突如として屋敷を暴風が襲った。これが何なのかはすぐに気が付いた。
魔力の暴風.....魔力には必ず流れというものが存在し、魔力感知の優れた者であれば、常時流れ続ける弱い魔力の流れでさえ感じ取ることが出来る。狼人もそのうちに含まれる。
魔力の流れは、魔力が大きければ大きいほどに強い流れとなる。そして、それは時には暴風にもなりうるのだ。あの暴風はまさにそれであった。あんなに大きな魔力の流れは見たことがない。それに、あんなふうに竜巻のようになることなど聞いたこともない。
「(あの魔力は....彼女のものか...。)」
確認せずともすぐに分かった。いくら聖騎士とはいえ、人間にあれだけの魔力を持つ者はいない。となれば、答えは一つだ....。
「(強大な力を持っているとは分かっていたが....まさかここまでとは....。)」
その余波だけで、私たちがいた屋敷はすでに跡形もない。何とか私とヴォンは無事だったが.....。もしも近くにいたらどうなっていたことか....。
ふと....背後に気配を感じる。慌てて振り向くと....そこには黒い翼を生やした銀髪の吸血鬼の少女が立っていた。確か....彼女は黒いローブを上から着ていたはずだが....。
「すみません....せっかくあなたのお仲間からもらったものを....。」
「い....いえ!あの程度のもの....私たちのしてもらったことに比べれば....。」
「あ!!お姉ちゃん、無事だったんだ!!」
ヴォンは嬉しそうな声を上げると、私が止める間もなく....彼女の懐に飛び込んで行った。一瞬、ヒヤッとしたが....彼女は何か気にした様子もなく、表情一つ変えずにいた。
「(心配は無用だったか....。)」
それにしても....先ほどから感じているのだが....どうも彼女から感じられる魔力が弱い...。背後からやってくる彼女の存在に気づかなかったのもそのためだろう。魔力を内に抑えているためだろうか....もしもそうだとしたら、あれだけの魔力を一切外に出さずにコントロール出来ていることに驚きだが...。
そんなことを考えていると....誰かがこちらへ向かってきていることを感じた。魔力はさほど大きくは感じないが、それだけでは判断できない。魔力をコントロールして外に出ないようにしている可能性もあるからだ。
そして....何より気になったのは.....こちらへ向けている殺気のためだ。そこまで強く...というわけではないが、明確な殺気を向けられているのは確かだ。
その存在はすぐに姿を現した。彼女同様、一対の黒い翼を持っており、黒いドレスに身を纏っている。その上に黒い髪をしているためだろうか.....この暗闇の中に完全に溶け込んでいる。人間の女性のようにも思えるが....そうではないのは明らかだ。
「アクセリア様....この下等生物は何でしょうか?邪魔でしたら消しますが....。」
突如として放たれた物騒な言葉に、思わず私は身構える。
「....その必要は無いわ。」
彼女の一言で、場に放たれていた殺気が嘘のように消えてしまった。一体何なのだろうか....先ほどまでは彼女一人だったはずだが....。
「....あ」
ちょうど彼女の懐に入りがっしりと抱き着いていたヴォンが、彼女自身の手によって、いともたやすく離される。少しがっかりしたようなヴォンの声を、彼女は全く気にしていない様子で私に言った。
「....少し、時間をくれますか?こちらの用を済ませますので....。」
彼女はそんなことを口にすると、黒髪の女性とともに私たちとは少し離れた場所に行ってしまった。ここからだと声は聞こえないが....何か二人で話しているように思える。
「お姉ちゃん....何してんのかな....。」
「さあな....。」
何にしろ....俺たちのような狼人が関わるような話ではないのだろう。ところで、あの黒髪の女性は彼女のことを....アクセリア様と呼んでいた。それが彼女の名前なのだろうか。もしもそうだとしたら、私たちにそれを言わなかったのは.....やはり私たちのことは信用していないということか....それとも、その程度の相手だったということか....。
しばらくすると、彼女はこちらへと戻ってきた。彼女一人である。あの黒髪の女性はどこに行ったのだろうか....。
「....あの方は?」
私は恐る恐る彼女に問う。
「あぁ....彼女も私の眷属です。といっても、少し前に作ったものですが....。」
作る....とは一体どういうことなのか....。少し疑問にも思ったが、到底私の知るべきことではないことは分かっている。
「....それで、聖騎士は....。」
「....彼らの中で一番強い人間....グルコスと言っていましたか。その人間のとどめは差しましたが....それ以外はどこに行ったのやら....。」
グルコス....と言えば、あの王国最強ともいわれている聖騎士団騎士団長の名前だったはず....。王国最強の名にふさわしい力を持っていたと聞いていたが....それを彼女が倒したのか!!
しかし....不思議と簡単に信じることが出来た。それも、あの魔力の暴風を見れば当然の事か。むしろ、あの力にかなうものなどいるとは思えない。
「....ですが、すぐにこちらに人間たちが集まってくるでしょうね。あれだけ分かりやすいことをしたのですから....。」
彼女はそう言うと、私に自分の周りに集まるように言った。一体何をする気なのだろうか。
「...何を?」
「今、この王国では一層警戒が高まっています。それに、今日は月も明るい....以前のように空を飛んでいくのは少し危険でしょう。」
すると、彼女を中心とした数メートルの範囲の地面に、魔法陣が現れる。彼女の周囲にいた私とヴォンもその魔法陣の中に入っている。
「これは....。」
「父ちゃん!!何か起こりそうだよ!!」
何が何だか分からない私たちを後目に、彼女は後ろを向いたまま黙っている。一体何が起こるんだ.....!!そんな中....彼女は私にかろうじて聞こえるほどの小さな声で口を開いた。
「.....私の今の魔力ではあなた方を集落にまで送ることはできません....。あなた方の魔力の大部分を借りることにはなりますが.....悪く思わないでくださいね....。」
「っそれは....一体....!?」
魔法陣がまばゆく光り始める....とその瞬間....
私の意識は途切れた....。
目が覚めると、私は地面に倒れていた。体全体に感じる草の生えた地面の感触....。そう、これは....草原だ。体を起こした私の視界には、一面の緑が広がっている。
「(そうだ....ヴォンは!!)」
ヴォンがいないことに気づいた私は、夢中で回りを見渡す。しかし、その心配も必要なかったようで....ヴォンは私のすぐ隣に倒れていた。命に別状があるわけでもなく、ただ眠っているだけのようだ。
「(....よかった...。)」
それにしても....一体何があったのだろうか...。確か、私たちは王国の貴族街にいたはずだが....。ここは平原だ。
「(そう言えば....彼女は...?)」
見渡してみても、彼女の姿はない。見れば、確か意識が途絶える前はまだ空は真っ暗だったはずだ。にもかかわらず、今はすでに日が昇り始め...明け方の赤い光が草原中を照らしている。
「(な....なんだ。)」
体中を脱力感が襲う。立つこともやっとだ。一体何が起こって.....
「あ...あれは。」
私の目に入ったのは、散々見慣れた景色....しかし、どこか懐かしさも感じる...故郷の姿。そこには、狼人の集落があった。
「ヴォン!!起きろ!!家に帰れるぞ!!」
「う~ん....父ちゃん?」
私はすぐさまヴォンをゆすり起こし、集落へ向かうように促す。ヴォンもすぐに理解したようで、懐かしい集落の姿を見て喜びに満ちた表情をした。
その後....脱力感に襲われる体を無理やり動かしながら、必死に集落に向かった。途中でヴォンが倒れてしまったが、私がヴォンを背負うことで先へ進んだ。集落は目と鼻の先だ。これまでのことに比べれば....こんな事!!
ようやく集落の前についたと同時....私は地面に倒れこんだ。あぁ....やっと帰ってこられた。ヴォンも一緒....何も失う事なく帰ってくることが出来たのだ。
視線の端にはウェンと妻の姿....その後ろには村長とサビ様....集落の仲間たちが皆、私たちの方へ向かってきている。本当に....帰ってくることが出来たのだ。
集落の仲間たち全員に出迎えられた私とヴォンは、無事でよかったと....中には涙を流すものもいた。
「俺はお前が無事戻ってくるって、信じてたぞ。」
ウェンが口にする。こうして親友と再会できたことの喜びを互いに分かち合った。
ふと、ヴォンが口にしたことがある。
「ねえ....お姉ちゃんは?」
その言葉に、私はヴォンの顔をしっかりと見つめながら答えた。
「あぁ....不思議な人だったな....。」




