人蜘蛛ーアラクネウスー
「わしは.....負けたのか......。」
「ええ....そうみたいね...。」
胸の辺りを完全に破壊した。人間は吸血鬼のように再生はできない。この老人はもう助からないだろう....。
「のぅ....お嬢ちゃん....。お前さんの視点から見て....人間を...どう思う?」
老人はそんなことを口にする。一体どうしてそんなことを....話すのもやっとのはずだというのに....。
「さぁ....考えたこともないわね。ただ、誰も彼も魔力が小さくて弱そうとしか.....まぁ、あなたは違ったけどね....。」
「ほほ.....それは嬉しいのぅ....。」
そう言って老人は目を閉じる。こいつ....自分だけ聞きたいことを聞いて死ぬつもりか....?
「....私も聞きたいことがある。...気力とは一体、何?どうして人間しか持っていない?」
「....さぁのぅ..。じゃが....それは、人間だからこそじゃないのかのぅ?」
「...?」
「一体なぜ....人間はここまでの力を持っていると思う?」
「....それはどういう?」
「お嬢ちゃんは見たはずじゃろう.....人間の持つ魔力の小ささを....。どうしてそれで、ずっと大きな魔力を持つ魔物に対抗できる?」
それは私もずっと考えていた謎の一つだ。人間の魔力は、他の生き物たちに比べると極めて小さい。それに、魔力とのかかわりも薄いようだ。それは、魔力を帯びた道具が高く取引されていることからも分かるだろう。
「それが....気力だと...?」
「それだけではない....。人間にも...人間にしかない武器を持っている。」
「....武器?」
「それは、その寿命の短さじゃよ....。」
それは、どちらかというと...弱点だと思うのだが.....。
「人間は短い人生の中....必死に生きる。人生を何かに捧げる者....そう、剣に捧げる者もいる。わしのようにな....。だからこそ....人間は強いんじゃよ....。」
「.....。」
「長い人生とは、決して良いものではない。お嬢ちゃんなら分かっておるのではないか?」
老人の言葉に、私は頷くことはできなかった。私には過去の記憶がない。自分が本当にそんな長くを生きてきているのか....それすらも分からない。ただ....不思議とこの老人の言葉には力があった。それも....老人が言っている人間の力....というものだろうか。
このまま放っておいても、この老人は死ぬ。しかし....戦いの後、こうして黙って置いていくのもなんだ....。とどめくらい刺してやるか....。
そうして私は老人に手をかざす。
「のぅ....お嬢ちゃん....。」
老人が口を開いた。今にも死にそうな様子で.....
「とどめなら....この剣で刺してはくれんかのぅ....。最後は剣士として死にたい。」
そう言って老人がかろうじて動く手で指したのは.....地面に転がる聖剣であった。
「.....。」
私は老人の言葉に応えるように....聖剣を手にした.....。
「(終わった....。)」
今回の戦いは流石に一筋縄ではいかなかった....。しかし、おかげで人間の中にもかなり強い者がいるということが分かった。特に人間の技術には注意が必要だろう。
やはり人間は侮るべきではない.....。
「さて....。」
地面は私の魔法で氷漬けにしてしまったため、今では氷の下だが.....この大量の人間の死体はどうするか....。このまま放置するのはあまりにもったいない....。
蝙蝠たちに食べさせるか....ちょうど欲しそうにしている奴もいることだし....。
そうして私の目線はシロの方へと向かう。勿論こいつのことだ。
「(これからのことを考えると....私の右腕として動いてくれる者が欲しいところだ....。)」
あのまま森に住み続けることはあまり良いとは思わない。私は魔物ではない。小さくてもいいが、とにかく家が欲しい。私は戦いは勿論、どこかに出かけることもあまり好きではない。私はどこかでのんびりと暮らしたいのだ。
そのため、必要なものはかなりある。家は言うまでもないが....人間の通貨も一応持っておいた方がいい。今回のように人間の関わることもまたあるかもしれない。
蝙蝠たちは....ダメだ。彼らはかなりの数がいるが、私の指示がなくては動くことが出来ない。それに、一匹一匹の能力も問題だ。
「(せめて....私の半分くらいの力は必要か....)」
私の代わりに動く事もあることを考えて、それくらいは必要だろう。それにある程度の知識も必要か....。あぁ....あと何よりも大事なのは、私の言うことをちゃんと聞いてくれることが大前提だ...。どこかの誰かさんみたいに言うことも聞かないんじゃ話にならない....。
そして私の目線はまたシロの方へ向かう。そんな私の目線に気づいたのか、シロは目線を私から背ける。こいつ.....
まあいい....こうしているうちにも騒ぎを聞きつけた人間たちがやってくるかもしれない。そうなれば、また私の正体を隠すのが面倒くさくなる。あれだけの魔力を吹き荒らしてしまったのだ....魔力の疎い人間たちでも十分に気づくほどには....。
今のところ、私の正体を知ってしまった者はこの老人だけだ。その老人も今はいない....。
「(とにかく.....深く考えている時間はないか....。)」
そうして私は人間の兵士の死体が散らばっているちょうど中心辺りに立つ。
「あぁ、そう言えば....眷属を一から作るのって...どうやってやるんだろ....。」
そんな方法は図書館の本には書いてなかった....ってそれも当然か....。吸血鬼について書かれた本すら数少ないのだ。そんな方法を人間が知っているはずないか....。
「(なんか適当にやってうまくいかないかな.....もしかしたらそれでできるかもしれないし....。)」
私も吸血鬼なのだ。本能的にそのやり方を知っていてもおかしくないはずだ。それに、私の失われた記憶に.....もしかすると。
以前....傷ついたヴェルドに対して、私は無意識のうちに血を与えていた。無論、それ以前に私がその方法を知っていたわけではない。あの時は....私の頭にそうするように確かによぎったのだ。
私は死体の上に立つと、自身の中の魔力を自分の足元へと流していく....。
「(これで....本当にうまくいくのか.....っ!?)」
その瞬間.....私は強烈な脱力感に襲われた。
「なっ.....!?」
思わず立っていることすらできずに私は膝をつく。
「な....何が、起こって...?」
そうして、私は意識を失った....。
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「お嬢様....お飲み物をお持ちしました。」
そう言って、15、6ほどの少女が銀のプレートにのったグラスを持ってくる。その視線の先には、12、3ほどの美しい黒いドレスを纏った少女が座っている。一人は腰ほどまである青みを帯びた銀色の美しい髪。もう一人も同じく腰ほどまでの髪ではあるが、その色は一点の曇りもない銀であった。
窓際に備えられた小さなテーブルに椅子。そこに座る少女は無表情で窓を見つめている。夜の空に輝く月明かりが黒いドレスをより際立たせている。
彼女の元にやって来た少女は、銀のプレートから一つのグラスを持つと、それを丁寧にテーブルの上へと置いた。グラスの中身には....鮮やかに輝く赤い液体が注がれている。
「また....そうしているのですね。」
「....悪いかしら?」
「いえ、お嬢様は日光の下には出れません。こうして外を眺めることが出来るのは、今だけですからね....。」
少女は彼女を一瞥すると、テーブルに置かれたグラスを手に取り一口飲む。そうして、少女は再びグラスをテーブルに置く。
「本当にお嬢様はゆっくりと血を飲みますね.....。」
「いっぺんに飲んだら....危ないでしょう?」
「そんな考え方をする吸血鬼はあなた様だけですよ。」
「そう....かもね。」
少女はそう言って、どこか寂しそうな顔を浮かべる。
「何か.....面白いことはないの?」
「....申し訳ありません。お嬢様がお楽しみになれるようなことは....。」
「....そう。」
「....いえ....お嬢様のお耳に入れるほどのものではないと思うのですが.....少し気になった話が....。」
「....何?」
「近頃力をつけ始めた吸血鬼がおりまして....他の吸血鬼を力で屈服させて次々に勢力を大きくしています。」
彼女の言葉に少女は椅子に寄りかかったまま、はぁ...とため息をつく。
「....自分の力に酔っている者の典型的な例ね....。そういうのに限って実際は大したことがない...。」
「お嬢様の言う通りです。そして、どうやらその不届き者どもがお嬢様の噂を聞きつけて、自分がお嬢様を倒すなどと息巻いているようで....。」
「そう....それで?...それが私の耳に入れる必要はなかったと?」
少女の少し苛立ったような言葉に、彼女は特に臆することもなく....淡々と答えた。
「お不快になられたのなら謝ります....しかし、この程度の相手....私だけで充分であると判断しましたので...。」
「....本当に?」
「はい。所詮は思い上がった小僧にすぎません。少し魔力に恵まれた程度で、私でも十分に相手が出来ると考えたのですが....。」
「なるほど....。」
少女は彼女の言葉に納得したように答えると、グラスの中身をもう一口飲む。そして、再び表情を変えずに続ける。
「確かにあなたの言う通り....だけど、今回は私が出るわ。」
「そうですか....。あなた様であれば何の問題もないでしょうが....一体なぜ?」
「こちらにも考えがあるわ.....。それは.....」
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「....はっ!!」
意識が戻って最初に見たのは、夜空に広がる星々....そして、雲の中に垣間見える月の姿であった。
「一体....何が....。」
「目が覚めましたか?ご主人様。」
そんな自分以外の誰かの声に私は驚きの表情を浮かべる。何せ、この場は、自分以外いなかったはずだったからだ。
「.....誰?」
「私はあなた様に作られた眷属でございます....。」
落ち着いた声が聞こえる。そうしてふと気づく。どうやら、私は倒れたところを彼女に支えられていたらしい。
仰向けに横たわる私の頭に手を添えながら、私は私の顔を覗き込む彼女の顔を見ながら呟く。
「そう....どうやら...成功したみたいね...。」
「ご主人様....あなた様は私の事を作り出す際に、一体どのような条件を付けたのですか?」
彼女は少し心配そうな顔を浮かべながら私に問う。一体どういうことだろうか....。
「確か....私の代わりに動いてもらう事を考えて、私の言うことをちゃんと聞いてくれることが前提....それにある程度の知識も....。」
「直接主人から作り出された眷属であれば、基本的に主人の言うことは絶対です。でなくとも、眷属であれば主人の言うことには逆らえないはずですが....。よっぽどのへそ曲がりでない限りは....。」
あぁ....つまりあれはよっぽどのへそ曲がり、ということなんだろう。
「知識....に関しては、ご主人様であれば必要ないと思うのですが....。」
「....どうして?」
「主人から作り出された眷属は、主人の知識や能力を最大半分まで受け継ぐことが出来ます。その点....あなた様にはわざわざ必要かとは思わないのですが....。」
....?よく言っている意味が分からない。どうして私には必要ないのだろうか。そんな私の疑問を後目に、彼女は続ける。
「....他にはないのですか?これだけならば....特に問題はないと思うのですが....。」
「....そう言えば....私の半分くらいの力...そんな条件を付けた気が...。」
私のその言葉を聞くと、彼女は何かを理解したような顔で頷いた。
「....それで....一体何人の人間を私の生贄としたのですか?」
「.....100人ちょっと...てところかしら。」
「あぁ.....そういうことですか...。」
一体どういうことなのか.....そんな私の気持ちを察したのか、彼女は続ける。
「眷属を作り出すに至って必要なものは、作り出す眷属に見合うだけの人間の血が必要となります。足りない分は自身の魔力で補われます。」
それに関しては....確か、あの吸血鬼に関して書かれた本にも書いてあったが.....。
「あなた様ほどの魔力量の半分となると....少なくとも6000人の人間の血が必要かと.....。」
彼女が言うには、私の半分の魔力を持った眷属.....すなわち彼女を作り出すためには、今回の人間の生贄の数では全く足りなかったということ。そのため、その分を補うために、私の残りの魔力のほとんどを使ってしまったということだ。
だからか....さっきから強烈な脱力感を感じるのは....。
「大丈夫ですか....ご主人様。」
「....えぇ...なんとかね。」
私は、彼女に魔力を分けてもらうことで、何とか立つことはできるようになった。早速、私が助けられることになってしまったわけだが....。
私が作り出した眷属である彼女はというと.....私の銀色とは正反対の黒い髪。背は私よりもずっと高く、人間であれば大人の女性くらいはあるだろう。足の近くまでまっすぐと伸びた髪は、どこか清楚な様子さえ感じられる。
一見、人間にしか見えないが、それは私と同じく背中に生える一対の翼が否定する。それに加えて.....これは...蜘蛛か?
足元まで完全に隠れるような黒いドレスを纏ってはいるが、胸元から腰辺りに蜘蛛のような四本の脚が生えている。
そんな私の視線に気づいたのか、彼女は答える。
「私は最上位人毒蜘蛛。いわゆる人型の毒蜘蛛です。私のように人にここまで近い同族はあまりいないとは思いますが.....。これもご主人様のおかげですね。」
「.....どうして蜘蛛なの?」
「....眷属の姿形は主人の望んだものとなるはずですが....違うのですか?」
主人の望んだもの.....
私はちなみに姿形に関しては、特に考えてはいなかった。正直そこは何でもよいと思っていたからだ。いや....私の代わりとして人間と関わることも考えると....人間に近いもの....というのが大前提であったかもしれないが....。」
「そう.....。」
とはいえ、今それを考えても答えは出そうもないか.....。そんな私を察したのか、彼女はその話題を切り、私の前にひざまずく。
「申し遅れました....私はあなた様の眷属であり、忠実な僕。シャナクとお呼びください。」
「.....シャナク?」
「私が今、適当に考えました。ご主人様は....名前を考えるのが苦手のように思ったものですから....。」
そんなシャナクの言葉に、何故か後ろにいるシロが納得したように頷いている。こいつは何をそう納得しているのか....。そんなに素敵な名前を付けてやったというのに。
「そう....よろしく、シャナク。」
私が答えると、シャナクはそれに応じるように一礼をした。
「それでは....私はご主人様を何とお呼びすれば....。」
「....私?」
「はい....できれば....。」
考えてみれば、私は自分の名前というものを考えたことはなかった。今までは....そう考えると、名前を出す機会もなかったか....。しかし、今後のことを考えると....名前はあった方がいいだろう。
どうするか....シロの時のように私には何かわかりやすい特徴があるわけでもないし....。自分の名前となると....どうもよいものが浮かばない。
そうして悩んでいると、ふとあるものが目に入る。それは、私の首元からぶら下がった首飾り....そこには赤い光を灯す小さな宝石.....確か名前は、アクセリウムといったか....。
「....じゃあ私の事は....アクセリア。そう呼んでくれる?」
私のその言葉を聞くと、シャナクはにっこりと微笑むと。
「はい....アクセリア様。」
そう答えたのだった。




