決意の騎士団長ーグルコスー
吸血鬼はその強さごとにそれぞれ四つに分けられており、翼の大きさはその強さを表しているともいえる。
「(以前戦った中位吸血鬼とは比べるまでもないのぅ.....もしや、上位吸血鬼かもしれんのぅ....。)」
それは今までの戦いからも理解できる。以前戦った中位吸血鬼は、時間こそかかったが、苦戦とは言えない戦いであった。当然の事ながら、グルコスは技の一つもその時は使ってはいなかった。
もしも彼女が剣を得意としている吸血鬼であったのであれば、まだ救いはあっただろう。苦戦はしたとはいえ、十分にグルコスは健闘出来ていたのだから。しかし、それは次の彼女の一言によって無残にも打ち砕かれる....。
「あぁ....あなたの剣は非常にためになりました。初めて剣は持ったのですが....なかなか良い経験でした。」
「......。」
それは、グルコスにとっては絶望的な言葉。長い時をかけて磨いてきた自身の剣が.....たった一度剣を持っただけの吸血鬼と同格....ということなのだから。
「やはり....わしとの戦いは、単なるお遊びだったというわけかの?」
「....というと?」
「お前さんの動きは、途中から別人のようじゃった....。わしの動きを見切っただけにしては....あまりに変化が大きすぎる....。」
「いえ、あれは本当に手加減なんてしていなかったですよ.....。私は本気でやっていたつもりです。ただ、少し動揺していた点はありましたが....。」
「.....。」
そう言って、少女は空を見上げる。
「さて....。」
周囲の魔力の流れが明らかに変化する....。
何か....こちらにやってきている....それはグルコスにもはっきりと感じられた。
「集え....我が眷属たちよ!!」
少女の声とともに、空は瞬く間に黒一色に染め上げられる....。現れたのは、空全体を埋め尽くさんとする大量の蝙蝠の群れ。数千にも及ぶであろう大量の蝙蝠たちは、自身の主の元へと帰っていく....。
「(こ...これほどとは!?)」
グルコスが驚くのも無理はない。彼が戦った中位吸血鬼の眷属の蝙蝠の数は、せいぜい百匹前後といったところであった....。しかし、それとは比べ物にならないということはこれを見れば明らかだ.....。
吸血鬼の強さの分け方は、実際には曖昧な部分が多い。最上位吸血鬼は別格の存在のため別として....吸血鬼全体の9割は下位吸血鬼あるいは中位吸血鬼であると言われている。
それ以上....つまり、上位吸血鬼に区分される吸血鬼はとにかく幅が広いのだ。何しろ、そこに区分されるような吸血鬼はすなわち異常な存在。他とは群を抜いて強い存在なのだ。
「あはは.....あはははははは!!」
突如....人が変わったように笑う、少女の笑い声が聞こえた。
「あはは....あぁいけない....。この子たちも....血を集めてきていたわけね....。」
そう言って、少女は必死に笑いだしそうになる感情を抑えているようにも見えた。少女からは....抑えきれない魔力がすでに漏れ出してきているのがはっきりと分かった。
「....それが...お前さんの本当の力かのぅ....。」
「あは......そんなわけないでしょ?」
瞬間....暴風の如く吹き荒れる魔力の嵐がグルコスを襲った。それは、竜巻のように形を変えると、少女の周囲を囲むようにして吹き荒れる。魔力の嵐に当てられた屋敷の庭のあらゆるものが吹き飛び....削られていくのが感じられる。
やがて、それは青い稲妻となり....竜巻とともに地面を抉り....空を切り裂く。
無慈悲な暴力が周囲を蹂躙していく中.....グルコスは不思議な感覚に襲われていた。普通であれば、逃げ出すのが当たり前である。勿論それは騎士団長であっても同じだ。
しかし....グルコスは逃げようとはしなかった.....。
戦えば勝つ可能性など一切ない。しかし....彼は高まる感情を抑えられなかった。
「(....久しぶりじゃわい.....勝てない戦いに挑むのは.....。)」
かつて、グルコスの若かりし頃.....
彼は幾度となく勝てない相手.....強大な相手に対峙してきた。そんな戦いに命を懸けて身を投じる....それにグルコスは生き甲斐を見出してきたのだ。
しかし、強すぎるものには命の危機などというものは自然と無縁なものになってしまう。剣士の最高峰の存在まで上り詰め、戦いの前線から退いた後も、彼は自分を楽しませることが出来る相手には恵まれなかった。
並みの魔物相手では一撃....対人相手でも、彼とまともな勝負をできるものなど世界中を探しても数えるほどしかいないだろう。
そんな中....彼とまともに戦うことが出来る相手....それすらにもとどまらず...今対峙する相手は、グルコスにとっても化け物としか言いようがなかった。
魔力の暴風が、あらゆるものを吹き飛ばし....破壊していく。それにもかかわらず、まだ彼女の魔力は増幅し続けているようだ。
「へぇ....まだ倒れてないの?」
少女の声が辺りに響き渡る。
「まだ....剣も振るっておらんのに...倒れるわけにはいかんからのぅ....。」
「そう....。今降参するなら....楽に逝かせてあげるけど....?」
それは、先ほどグルコスが彼女に投げかけた言葉と同じもの....。少女はまるでグルコスの反応を楽しむように、笑みを浮かべながら話す。
そんな彼女に.....グルコスは、変わらぬ決意をもって答えた。
「残念じゃが....それを呑むわけにはいかんのぅ....。」
その言葉を聞いた少女は、すっと無表情になると....。
「そう....。」
刹那....少女を囲んでいた魔力の竜巻が、みるみるうちに変化をしていく.....。それは黒い炎となってグルコスへ向けて襲い掛かってきた。
これは、グルコスも何度も目にしてきた魔法....【深陰】。しかし、今までと明らかに違うのは....その炎の規模の大きさであった。
「(なっ....本当にこれがあの魔法と同じものだというのか....!!)」
まともに躱そうとしてももはや無駄だろう。なにせ、黒炎はすでにグルコスの視界全体を覆いつくし、それでもなお広がり続けている。この貴族街全体を飲み込まんとするほどに.....。
「光剣・【月夜剣】!!」
グルコスを中心として、光の環が現れる。魔法のようにも思えるが...これはれっきとした斬撃に過ぎない。気力を込めた聖剣から繰り出される剣筋が、光の残像として残るのだ。
グルコスを囲む光の環は、彼の剣を離れてなお一つの斬撃として彼を守るのだ。
グルコスを中心にして広がった光の環は、黒炎をまるで形あるもののように斬り裂き....そしてかき消した。炎を斬るなどという業をなすことが出来るものなど....このセリオン王国においてグルコス以外以外に存在しないだろう。
「【三日月連斬】!!」
グルコスの繰り出した空を斬る斬撃....。その場所には何もない。しかし....文字通り、彼は空を斬ったのだ。
彼の斬撃は空を斬るにとどまらなかった。形作られた斬撃は、まるで三日月のごとし形を成して、飛ぶ斬撃として黒炎の中を駆け巡る。黒炎の中....見えない相手への牽制か.....勿論違う。彼は、確かに捉えていた。黒炎の中を高速で移動する一つの影を。目に見えなくとも、長い時の末に身に着けた魔力感知によってその位置は十分に把握できる。
「(しかし....早すぎるのぅ....。)」
居場所こそ、決して分からないわけではない。むしろ、その膨大な魔力を抑えきれていないのだろう。かなりの魔力が漏れ出しているようだ。しかし、その動きがあまりに早すぎるために、グルコスの....いや人間の力では捉えきれないのだ。
「....ふんっ!!」
キイイイィィィィン!!!
「剣は折れたのではなかったのかの.....?」
「....それくらい、いくらでも作り出せるわ...。」
グルコスの振るった剣は、少女の持つ赤い剣によって止められた。柄に蝙蝠の羽根のような装飾がなされている以外には....目立った装飾は特にみられない、赤いレイピアであった。月明かりに反射してわずかに光沢するその剣は....なんとなく不気味な雰囲気を感じられた。
「(それにしても....かなりの硬さの剣じゃのぅ....。わしのこの聖剣の一撃をまともに受けて....傷一つないとは....。)」
「....魔力を込めなければ、せいぜいこの程度かしらね.....。」
「....?」
瞬間....凄まじい圧力がグルコスを襲った。圧力が放たれているのは....紛れもなく、あの赤い剣だ。押し潰されそうになるグルコスの足元は、みるみるうちに沈み....クレーターとなっていく。それでいて....なお圧力は強くなっていく。
「(これは.....魔力か!?)」
見れば、赤い剣の纏う魔力がみるみる増大していく。青い光を纏い始め....ついには稲妻まで発生し始める。
「(このままでは....まずいのぅ...!!)」
増大の止まることのない魔力に、危機感を覚えたグルコスはすかさずこの場からの退避を試みる。しかし....。
「...!?」
それを見越していたように....少女の赤い眼が光る。すでに遅し....。彼女とグルコスの足元には、すでに巨大な魔法陣が展開されていた。
「これは....いかんっ!?」
「【絶凍】.....。」
その瞬間.....グルコスがその場から退避する隙も与えないほどの一瞬....。しかしその一瞬は、辺りを氷漬けにするだけの十分の時間であった。
絶凍....。以前、彼女が用いた氷魔法の一つである。範囲こそ狭いが、恐るべきはその威力である。少女とグルコスの周囲をまるまる支配する氷は、まるで金属のごとき硬度を誇っている。
「ぐ....しまった...!!」
地面全体を覆いつくすその氷は、グルコスの足をしっかりと捕えて離さなかった。勿論、その場にいた少女も例外ではないはずなのだが.....。なぜか彼女は何でもないかの如く....地面の氷の上を歩いてくるのだ。そこには、無理やり足を引っこ抜いたとは思えない....すり抜けでもしたように見えた。
「(っ....なるほどのぅ....。)」
グルコスの頭に浮かんだ一つの推測....。吸血鬼、特に高位のものになるほど....彼らは様々な能力を持つ。その中の一つに....霧化というものがあった。
その名の通り....体を霧状にする....というものであり、その状態であれば狭い空間であっても通ることが可能である。今回の事であれば....足を霧状にして氷から抜けた....というところか。
この霧化を使えば、まず敵の攻撃は当たらない。そのため、かなり強力な能力に思えるが....勿論弱点も存在する。
まず、体の面積が増えてしまうこと。普通の攻撃は勿論当たらないが、魔法による攻撃....あるいは、聖剣などの聖属性の効果を持った武器による攻撃....それらは問題なく通用する。そうなれば、霧化時の体の面積の大きさは枷になるだろう。
実際にグルコスは以前....中位吸血鬼との戦いの中でその弱点を見出し....そして倒している。
勿論、そのことを踏まえてグルコスはすぐさま対応しようとしたのだが.....。
「(やはり....あの中位吸血鬼とは比べ物にならんというわけかの.....。)」
なぜ少女は今まで霧化を使ってこなかったのか....。彼女はグルコスの剣を何度もその身で受けている。それは、彼女が少なからず霧化の弱点を理解していたためだろう。
おおよそ....自分の動きを完全に見切るまでは、霧化は使わないつもりでいたか....。
「ぬううううぅぅぅぅ!!!!」
「!?....へぇ...。」
バキバキバキバキ.....バキンッ!!!
グルコスの足元を覆う氷に亀裂が入り.....そして、割れる。
「....まるで化け物ね...。」
「お前さんに言われたくはない....のぅ、お嬢ちゃん。いや...お嬢ちゃんというのは間違いかの....それほどの力を持つ吸血鬼じゃ。わしよりも年上じゃろうしのぅ....。」
そう言って、グルコスは剣を構える。
「......私に負ける可能性は万に一もなかったんじゃないの?」
「誰が....負けると...一言でも言ったんじゃ?」
一切の気の迷いもないその強い瞳.....少女はクスリと笑った。
「ふふ....そう?本当に面白い....人間って...。」
「わしもその言葉....そっくりそのまま返そうかのぅ....。わしもお嬢ちゃんに会えてよかったわい。」
「.....私があなたを殺したあと...この王国を潰すと言っても?」
その言葉にグルコスは一瞬...黙る。しかし、それは彼の気の迷いからの間ではない。普通に考えれば....王国騎士団長として、王国を破滅させることすらできるほどの相手の出現.....そして、それが自分の叶わない相手となれば....会えてよかった....などという言葉は決して出ないものだ。
しかし....グルコスは。
「あぁ....当然じゃ....。」
そう一言....答えるのであった。
「(やはり.....あれが全力ではなかったか....。)」
グルコスの目に映るのは.....凄まじい魔力を放つ赤い剣....そして、なお魔力を高め続けている。少女は赤い剣を手に静かに....氷の地面を歩いてくる。
先ほどとは比べ物にもならない。考えれば、先ほどは全力の三分の一....いや、五分の一にも満たなかったのだろう。それほどまでに....その魔力は圧倒的であった。
「随分と剣の扱いにも慣れてきた...てところかしら.....。とはいえ....まだ魔力を流しても平気そうね....。」
そんなことを口にしながらも....剣の魔力はますます膨れ上がっていく。ここでも、普通であれば...すぐにでも先手を仕掛けるべきだろう。何しろ、いくら相手が圧倒的な魔力を持つ上位吸血鬼であり、魔眼を持っているとしても、剣技ではグルコスが上を行くだろう。
そこには、人生を剣に捧げ続けてきた....人間の意地というものがある。
「.....。」
グルコスはそれを黙って見ていた....。
「....来ないの?」
「何を...?早くせんか....。」
それ以上、言葉は不要であった。
「光剣・【焔槍】!!!」
「光剣・【絶月】!!!」
ドラゴンの炎にも匹敵する....地獄の焔
すべてを凍り付かせる死の冷気
二つの波動がぶつかり合った....




