黒き翼をもつ者
「....むぅ!!」
老人は、久方ぶりに感じる戦いへの高揚感を感じていた。しかし、騎士団長として考えるのであれば、この状況は芳しくない....
「光剣・【月光の剣】!!」
老人が少女に向けて撃ち放った無数の斬撃。グルコスがこの技を使うのは、一体いつ振りか....。何しろ、彼が一振りすれば、たいていの相手はそれで終わってしまうからだ。
「その技は....もう見ました....。」
そう言って、少女はさも退屈そうな声でつぶやく。その言葉通り....少女は全ての攻撃をいともたやすく受け流して見せた。
「ほう....この技はもう通じんか....。」
グルコスは再び気配を断つ。
あの少女は、異常なほどに魔眼の扱いに長けている。魔眼を持つ者というのは、多くがその制御の失敗によって命を落とす。それは強い力を持つ魔眼であればあるほどに多く....そのために、魔眼持ちというのは極めて数が少ない。
魔眼持ちが命を落とさずして、制御に成功するということ....。それは魔眼の発現する幼少期に、すでに魔力の制御ができること....。その上で、魔眼の制御をできなければいけない。もしもそれが出来なければ、魔眼に自身の魔力を吸い取りつくされ....そして死ぬ....。
その魔眼の強力さに加え、何故か傷を負ったはずの目はいつの間にか再生をしている。じりじりと削っていく戦法ではきりがない。
とはいえ.....
「(一撃で終わらせてやるだけじゃ.....。)」
そう言って、彼は素早く少女の死角を移動....背後に回り込んだ。そして、目にも一瞬で体全体の気力を聖剣の刀身に集中させる.....
この時点で、あの少女が人間でないことは確実だろう。どこに潰された目を再生させることが出来る人間がいようか.....。
「(じゃが.....やはり見た目は子供じゃし.....。小さな少女を傷つけるのは...ちと気が引けるのぅ....。)」
そんな一瞬の迷いが、彼の動きをほんの一瞬止めさせる。それは彼の性格故の事だろう。いくら騎士団長として.....久しく出会う強敵とはいえ、彼にとっては、少女の姿をした相手を傷つけること自体に抵抗があった.....。
それが、剣士の最高峰とも言われたこのグルコスの唯一の弱点というべきか.....。
ともかく、いくら一瞬とはいえ....その一瞬は彼女にとっては十分な時間であった。そう、老人の位置を把握し、回避の一手を打つには十分な.....。
「光剣・【星落の剣】!!」
大量の気力の込められた突きの一撃。少女の首筋めがけて放たれたその一撃は、悔しくも間に入り込んできた剣によって止められる。しかし、これでは終わらない。グルコスは、自身の体を回転させながら、今度は横なぎに少女の首を狙って剣を振るう。ただの剣士であれば、到底躱すことはできない....時間にすれば一瞬の出来事にすぎない.....。
しかし....剣が少女の首を斬り落とすことはなかった。なぜなら、少女の姿は一瞬で消えてしまったからだ。
「....ぐぁっ!!!」
否....少女は消えたのではない。剣が振るわれる一瞬で、彼女は姿勢を落としたのだ。そのため、剣が切り裂いたのは彼女の銀色に輝く髪のみ....。
それとほぼ同時...少女の打ち放った鋭い蹴りが、グルコスの腹に打ち込まれたのだ。並みの威力ではないことは確かだ.....グルコスはそのおかげで勢いよく飛ばされてしまうが....何とか足を地面に踏み込むと、数メートル滑った後に止まった。その足は、地面に深くめり込んでいる。
「ふ...ぅ....油断したわい...。」
「....そうですか....まだ余裕はあると?」
「当たり前じゃよ。さぁ、かかってこないのかのぅ?」
「.....時間の無駄ですね。」
その瞬間....少女の姿が掻き消えた。
「!?」
それは、グルコスの目ですら捉えることは不可能であった。今までこんなことは一度としてなかった。自分が捉えられない事が.....果たしてそんなことがあり得るのか。
一体どんな仕掛けが.....
しかし、グルコスは内心理解していた。彼女のあれが....何の種も仕掛けもない、単純な速度でのみで引き起こされたものであるということを....。
到底人間では到達することのできない、途方もない力。
「(....そこじゃ!!)」
キイイィィィン!!!
鋭い金属音が辺りに響き渡る。少女の殺意のこもった一撃は、老人の一振りによって止められていた。
「....これは意外ですね....確実に殺れると思ったのですが....。」
「老人を舐めないほうがいいぞ....わしはこれでもまだ現役じゃからのぅ....。」
グルコスの頭上に打ち込まれた剣は、確実に彼の首筋を捉えていた。しかし、わずかな魔力の乱れ....それを感じ取った彼の剣が、あとすんでの所で彼の命をつなぎ留めたのだ。しかし、少女の猛攻は止まらない.....。
「(!?またか...)」
彼女はグルコスに頭上から攻撃を仕掛けたために、まだ地面に足はついていなかった。にも関わらず、まるでそんなものは関係ないかのように、少女の姿は掻き消えた。
あれだけの高速で動くとなれば、それなりの踏み込みが必要なはず.....しかし、彼女はそもそも足が地面についていなかった。その様子は....まるで他に空中で移動する手段を持っているかのように....。
「光剣・【地雷針】!!」
「光剣・【氷月夜】....。」
少女の横から撃ち放たれた吹雪にも等しい一撃.....
グルコスの放った雷にも匹敵する天からの振り下ろし.....
双方がぶつかり合い...同時に凄まじい余波が周囲を埋め尽くす。地面には激しい亀裂が入り、二人が立つ場所には巨大なクレーターが出来上がる。
少女の放った突きは、老人の剣に阻まれてなおその冷気を失うことなく、老人の背後を一直線に凍り付かせている。
かたや、グルコスの振り下ろした剣の一撃は、強烈な光の柱とともに、地面に巨大な爪痕を残した。
ぎりぎりと剣を合わせ向かい合う二人は、しばらく動きを見せないと思えば....再び壮絶な剣のやり取りが繰り広げられる。その剣は、すでに常人では目視すら叶わないレベルにまで達していた。
剣士としてはかなり上位の部類にいるはずの聖騎士であっても、この剣のやり取りを捉えることが出来る者は限られるだろう。
「(なんじゃ...この感覚は....。)」
グルコスはある違和感に気づいていた。それは、あまりに少女の動きが先ほどとは別人であるということ.....。先ほどまでは、確かに強い....と感じる相手ではあったのだが、自分が危機感を覚えるような相手ではなかった。それも...相手がまだ子供の少女であり、それを遠慮することが出来るほどには....。
しかし、今の彼女はまるで別人....。長年鍛え上げてきた自分の肉体でも...そして剣技でも....自分と同等...いや、それ以上にもなり始めている。いくら自分の動きを見切ったと言っても、これには限度があるだろう。
「.....。」
少女はまるで口を開かない。黒い霧に覆われたその表情は見ることは叶わないが、唯一見ることのできる赤い魔眼の中の瞳は、彼の剣を確実に捉えていた。
「(まさか....このわしが....!?)」
剣のやり取りが一段落し、少女と老人は互いに距離をとる.....。彼が一つの結論に至ったのは、それとほぼ同時であった。
「ふぅ....。本当に....あなたとの戦いは、勉強になりますね....。」
少女がわざとらしくため息をつくと、そんなことを口にする。
「どうやら....この勝負は.....私の負けのようです....。」
「....なんじゃと?」
一体何を言っているのか....。グルコスは、自身の中の推測とまるで違う少女の言葉に戸惑いを隠せない表情をしていた。
ふと....少女を覆う黒い霧の動きに変化が現れる。
ゆらゆらと少女の周囲を漂い続けていた黒い霧は、ぼんやりと薄れ始めると....跡形もなく消えてしまった。黒い霧の跡から現れたのは....銀色の髪に綺麗な白い肌の幼い少女の姿。12、3歳ほどか....。そして、その右目だけが....赤く光っていた。
「やはり....あの時のお嬢ちゃんじゃったか....。」
「ええ....私もいまになってはっきりと思い出しました....。確かに...一度、私はあなたと顔を合わせたことがありました....。」
少女は口元にうっすらと笑みを浮かべると、柔らかな顔でそう話す。
「そういえば....貧民街でそこの住民であろう三人の死体を見つけたんじゃが....それもお嬢ちゃんがやったのかのぅ?」
「ええ....そうですよ?」
「なぜ、殺したんじゃ....?」
「邪魔だったので....。」
「.....そう...か。」
老人はそう呟くと、黙って少女の顔を見つめていた。少女はというと、相変わらず笑みを浮かべたまま、老人の顔を同じく見つめ返している。
「あの者の中には....女性の姿もあった...。見た目もいいお嬢ちゃんの事じゃ....おそらくは、二人の男にはそうするだけの理由があったんじゃろうが.....わしにはもう一人の者にはそんなことをする理由が見つからん....。」
力の弱い女性では、あの男二人のような力はない。そのため、暴漢を働くのは男が主だ。それに、男二人は武器となる短剣を所持していたが、女性はそんなものは持ってはいなかった。力がないのにもかかわらず、武器を持たないのはおかしな話だろう。
少女は表情を変えずに淡々と答えた。
「ええ....うち一人は私が二人を殺した場面を見られたので....。不安要素を潰しておくのは....当然でしょう?」
「....あぁ、お前さんの言う通りじゃ...。」
少女は....剣を持った手をゆっくりと上にあげる。上に向けられた剣先は、変わらずその白い輝きを放っている.....と、剣は刀身のちょうど間辺りから....真っ二つになった。
「剣士にとって、剣を失うことは戦う手段を失ったことと同意.....。これで...勝負ありですね....。」
そう....勝負はグルコスの勝利....。その証拠に、グルコスの聖剣は変わらずその輝きを失ってはいない。これは、剣の性能の違いに他ならないだろう。
何せ、グルコスの持つ聖剣はミスリル以上の硬度を持つと言われるオリハルコンを使って作られた剣。当然、込められる魔力も単純な硬さも段違いである。
それに対して、少女の持つ剣は単なる鉄とわずかな合金で作られた、言うなれば飾り物の剣に過ぎない。ただし装飾だけは豪華で、こういった飾り物の剣は貴族であれば持っていることは少なくはない。
勝負に負けたにもかかわらず、少女はその笑みを変えることはない。
「わしの勝ち....というのはどういう意味か分かっておるのか....?」
老人からすれば、この少女を生かしておくわけにはいかない。どこかの組織からやって来た暗殺者にしろ.....なにか人間以外の存在...例えば悪魔族のようなものにしろ.....少女の存在はこの王国にとって危険な存在には変わりはないのだから。
「ええ....勝負はあなたの勝ち....それでいいでしょうね....ですが.....」
少女の顔に浮かんでいた笑みは、次の瞬間消え....感情の感じられない表情に変わる。
「これは剣士同士の勝負ではないでしょう?命と命を懸けた....単なる戦い....。」
そう少女は淡々と話す.....次の瞬間.....
少女の体はふわりと浮かび上がった。
「....これも邪魔ですね...。」
少女は身に纏っていた漆黒のローブを脱ぎ捨てた。現れたのは、たくさんの装飾を伴った黒いドレス。貴族でもかなり爵位の高い家の令嬢か....あるいは王族か....。美しさの中に、どこか可憐さすら感じさせる姿であった。
夜の闇に同化する黒いドレスに....何より目に入ったのは、その後ろに見える黒い二対の翼....。魔物としては綺麗な形すぎるし、悪魔族の持つ翼とも少し違う....。あの特徴的な形状....それに一つ当てはまるものが存在する。
「....なるほどのぅ...。」
その蝙蝠のような翼は....まさに吸血鬼のものであった。




