赤い瞳に映るもの
「な……何故!?何故だ……。」
オルクスは自身の渾身の一撃を止めたまるで針のように心もとない細剣の刀身を見つめながら、言葉を漏らす。必死に前に突き出そうと……力を込めるが、全く動く気配はない。
「あなたの動きは大体読めました……。あなたの剣も……技も……勿論先ほどの技も。」
少女はそう話す。その口元は、まるで先ほどまで勝ちを確信していたはずのオルクスを嘲笑うかのように……不気味な笑みを浮かべていた。
「っ……光剣・【寸細剣】」
打ち放たれる大量の剣筋。先ほどまではわずかだが少女を傷つけることのできた技である。しかし……それを少女は容易く……まるで剣筋を見ようともせずに目を閉じたまま軽々と躱し切った。
「なっ……。」
「何か勘違いしていたようですが……私が攻撃をしなかったのは、あなたの動きを見るため……。敵の動きを先に観察するのは……基本では?」
「くそっ!!光剣・【流麗剣】!!」
再び現れるは、流れるような剣筋……。その様子はまるで一つの繋がった川のようである。勿論、これも先ほどまでは少女にいくつもの傷を負わせたはずの技なのだが……。
それさえも軽々と彼女は躱して見せたのであった。
「くっ……。」
苦悶の表情を浮かべるオルクス。そんな彼の姿を少女は笑みを浮かべながら見つめている。その右目は不自然に赤く光っている。
「(どういう仕組みだ……!?俺の技を見切った……それにしてはあまりに早すぎる……。)」
オルクスがそう感じるのも無理はない。戦いの中、相手の動きになれ……そして動きを見切れるようになることはある。達人同士の戦いともなればなおさらだ。しかし、そう簡単にオルクスの技は見切れるようなものではない。長い年月をかけて磨いてきた彼の剣術は、非常に洗練されており無駄がない。速度の速さもあり、その動きを見切ることは至難の技だ。
しかし、それをこの少女はたったの一度で見切ったという。そして実際に自分の技を完全に見切って見せた……。
「(……なんだあの眼は……先ほどまであんなものは……。いや、そもそもあんな赤い眼を……それも片方だけなどという種族は聞いたことがない……。)」
オルクスはこのあり得ない状況を何とか理解しようと頭を巡らせる。そんな彼を後目に……少女はある構えをする……。その間は一秒にも満たない短い間……しかし、オルクスにとってそれが何かを理解するのには十分すぎる時間であった。
何しろ……
「……光剣・【寸細剣】」
「!?」
そうして少女の剣から放たれたのは、オルクスの見慣れた技……。剣筋は非常に似て……というよりも同じである。一つの剣から放たれるは数十にも及ぶ剣の雨……。
まるで自分自身の技をコピーしたかのような……
ただひとつ、違うとすれば……その剣筋は多かった……。それも本来の技の主であるオルクスのものよりも……
「ぐああああぁぁぁぁぁ!!!」
オルクスを襲った剣筋は優に50を超えた。オルクス自身が同じ技を使ってもこうはならない。それほどに……彼女の放った剣は速度も威力も段違いであった。
オルクス以上の速度……オルクス以上の威力で放たれた斬撃は、オルクスの必死の防御を突破するには十分であった。オルクスの剣をすり抜けた斬撃は、いともたやすく彼の体を抉る。剣で何とか防げたとしても、その威力は凄まじく、反動で防御を崩される。そしてまた、新たな剣筋が彼の体を抉るのである。
オルクスが懸念をしていた高精度の魔力による剣の強化。当たればただでは済まない……と最大限の注意を払っていたが、もはやそんな余裕はない。
「……光剣・【流麗剣】」
少女は新たな構えに入る。それは、先ほど同様……オルクスにとって馴染み深いものであった……がその速度は異常であった。彼の目には、少女が構えたことすら分からなかったのである。
「(く……流麗剣まで……。)」
流れるような美しい剣筋……。しかし、その勢いはオルクスのものを遥かに凌駕し、まるで激流のようであった。先の攻撃ですでにいくつも傷を受けていたオルクスは、これが決定打となった。
「がああぁぁぁぁ!!!」
体中に走る激痛に思わず声を上げる。オルクスは、自身が長年をかけて編み出してきた剣を……技を……いとも簡単に再現し、それどころか威力……速度ともに自分以上の技として完成させた少女に対し、自分では絶対に勝てない……という気持ちを抱いていた。
「(ふっ……こんな気持ちは騎士団長以来か……。)」
オルクスは同じ気持ちを以前にも感じたことがあったことを思い出した。それは、騎士団長と手合わせをした時のことである。立場としては自分の一つ上の存在であり、また以前から非常に優れた剣士として知っていた騎士団長の力を図る良い機会だと感じていた。
しかし……結果は完敗。相手は技の一つも出さずに自分を完璧に打ち負かしたのだ。
これはオルクスが副騎士団長になったばかりの頃の話であり、当然、今はその時よりも力も、技術も向上していることだろう。しかし、強くなった今でも……騎士団長には歯が立たない、ということは確信できた。
そして……目の前にいるあの少女は、あの騎士団長にも匹敵する。剣の技術も……力も……自分では歯が立たない……。
しかし、そんな相手の力に対し、何故かオルクスは素直に称賛をすることが出来なかった。かつての自分は騎士団長に完敗し、そして称賛した。そして今回の相手もその称賛に値するはずなのにもかかわらず……。
それは……相手のあまりの異常さが起因しているだろう……。
オルクスの技はそう簡単に再現できるようなものではない。技術の問題もあるが、何より技というものは個々に多様なものだ。それを再現するとなれば、相手の動き……力……速度……すべてを把握し、再現できなければいけない。
そんなことは、常にそばにいるものでも難しいだろう。それを一度見ただけで……など言うまでもない。
そんな、とても人が出来るとは思えない異常な事へ……オルクスは言いようもない恐怖を抱いていた。
満身創痍のオルクスは、やっとのことで体を起こし、見上げるような形で少女を前にする。全身を黒い霧で覆われているのもそうだが……何より不気味に光る赤い瞳がこの少女の異様な雰囲気をより際立たせている。
そうして……少女はある構えに入る。勿論、それもオルクスの技である。オルクスの異名の由来ともなった……あの技である。
「……光剣・【朧霧の剣】」
一瞬の静寂が辺りに訪れる……。この技の最大の特徴は、紛れもなくその高速の剣速ではあるが、それ以上に、構えの静……攻撃の動……。静と動とも言えるだろう。この本質に気づけるものは、一度技を見た程度では気づけるものではない。最も、この技を受けて生き残れるもの自体が少ないのだが……。
しかし、この少女はその本質すら理解し、そして再現している。オルクス自身……あの騎士団長にすらこの本質は気づかれてはいないと感じているほどだ。
「(最後に自分自身の技で敗北するとはな……皮肉なものだ……。)」
これ以上何かが出来るというわけでもない。オルクスは潔く……彼が勝ちを疑わなかったように、また負けをも潔く認めた。
降りかかる100……いや、200近くにもなる大量の剣筋が自分を襲う……。素直には称賛できない……そんな異様さがこの少女にはあったが、オルクスはこの敗北に対し異論はなかった。
これほどの使い手に負けるのならば……悔いはない……と。
降りかかる霧雨が、地面を抉り……またオルクスを襲った……と思われたが……。
すでにそこにオルクスの姿はなかった。まるで消えたかのように……巻きあがる砂埃とともに、オルクスの姿は跡形もなく消えたのだ……。
「……?」
再び訪れた静寂の中……
確かに少女は暗闇の中から現れる新しい人影を捉えたのであった……。
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「ふ……副騎士団長!?」
暗闇の中、レイア・ソフィアは驚きの声を上げた。何しろ、戦いへ赴いていったはずの相手が、突然、自分の前に現れたのだ。その上、必ず勝つ……と言っていたはずのあの副騎士団長が……ボロボロの姿になって……。
そんな彼女の声は暗闇で目は見えなくとも、騎士団の者たちに聞き渡るには問題なかった。彼女が意図はしていなかったにせよ、常に副騎士団長のそばにいるはずの彼女が……どこか悲痛さも感じられるような声で、副騎士団長を呼んだのだ……。少なくとも、聖騎士団全員の気持ちを不安にさせるには十分であった。
「まさか……副騎士団長が……。」
副騎士団長、オルクス・クライネルの実力は聖騎士団の者ならば誰もが認識している。当然、その直属の部下として常に彼のそばにいるレイアは言うまでもない。そのため、目の前に広がるこの光景は、彼女には信じられない……という気持ちが特に強かった。
「一体……何が……。」
もしも自身に何かあれば、代わりに騎士団を指揮しろ……。まさに今がその時ではあるのだが……実際には彼女にはそんな余裕はなかった。とにかく、副騎士団長をどうにかしなくては……それだけしか彼女の頭にはなかったのだ。
そんな彼女にゆっくりと近づく足音が一つ……
「ほれ、若いの……。自分が受けた命を何か忘れとりゃせんかのぅ?」
場に突然と現れた一つの声に、レイアは思わず顔を上げた。その先には、一人の老人が佇んでいた……。
「こやつなら自分に何かあったことも考えていることじゃろうからのぅ……あぁ安心せい。体のあちこちが剣で貫かれてはおるが……命に別状はないはずじゃ……。」
「あ……あなたは……。」
レイアは驚きを隠せなかった。目の前にいる老人は、年齢に似合わず身に纏っているのは聖騎士の証である白い衣装。中でも目につくのは、暗闇の中でもその輝きを失わない真紅のバッジ……。
たとえそれがなくとも、彼女の驚きは変わらなかっただろう。何しろ、彼女はこの老人と面識がある。それも一度や二度ではなく……。
「騎士……団長……。」
「何をしとる?早く自分の役目を真っ当せんか。あぁ……こやつも連れて行くんじゃぞ?」
その言葉に、彼女は自分自身に課された役目を思い出した。
「全員!!ここは撤退せよ!!速やかに国民の避難を優先する!!」
屋敷にいよいよ突入する……と考えていた聖騎士たちは、まだ目的の屋敷すら入っていないのにも関わらずの撤退命令に動揺を隠せない様子であった。
しかし、そこは流石の聖騎士団といったところか……すぐに冷静に、命令に従い動き始めた。彼らにとって優先すべきは、自分の考えではなく、命令をする上の存在である。統一感を失った軍はすぐに崩れてしまう。ちょうど王国兵士たちがそうであったように……。
「騎士団長……ありがとうございます。」
直接言ってはいないが、レイアは自然に確信をしていた。彼が副騎士団長を救った……ということを。
「なにも、お礼することのことでもないのぅ……。わしの散歩時間を増やしてもらえればそれでいいんじゃが……。」
そんな非常事態にも関わらずの気の抜けるような物言いに、レイアはどこか安心していた。この老人は間違いなく……あの騎士団長であると……。
「騎士団長……あとはよろしくお願いします……。あと、散歩を許すつもりはないですからね……。」
「なんじゃ……つれないのぅ……。」
「(流石はあやつの部下ということか……わしの意図をすぐに読み取ったわい……。)」
流石の統一感を見せた聖騎士団は、あっという間に撤退……国民の安全を優先に街へ向かって行ったのだろう……。
すっかり辺りが閑散としてしまった中……。騎士団長は自分の相手を見据えた。
「(さて……わしの相手は……ってまたとんでもない化け物が現れたのぅ……。)」
じわじわと自分へ近づいてくる影に、騎士団長は身構えた。一見、隙だらけのように見えるが……そこには一切の隙はない。
「……また会ったのぅ……お嬢ちゃん。」
そんな老人の言葉に、少女の歩みは思わず止まった……。




