騎士団の包囲網
空には闇が広がり、わずかに照らす月明かりのみが、この惨状を明らかなものにしている。
ほんの数分前まで人間の兵士たちによって包囲されていたこの場所は、今では鮮血と肉塊で埋め尽くされた地獄絵図へとなり果てている。
「た……助けてくれぇ……」
仲間が次々と物言わぬ死体へとなっていく中、何とか生き残った人間の兵士が、近づいてくる私に命乞いをする。そんな必死の命乞いを私は無視し、その兵士の首を斬り落とした。
「はぁ……もったいない……」
物の無駄遣い……すなわち、人間の無駄遣いとはこのことだ。先ほどまでの私ならば、迷わずすべての血を自分の糧としたはずだが、今はそういうわけにもいかない。
そして、これをよしとしたのか、シロがたちまちやって来たと思うと、貪欲にもすでに息絶えた人間の血をすすりだした。
対して役にもたたない癖に貰うものは持っていくとは……いい度胸だ。
リーダーであるはずのシロが主の意見も聞かずに勝手をしているのにもかかわらず、その部下の蝙蝠たちは律義にも私の命令を待っているようだ。仮にも上の立場に立つ者が、そんなでよいのだろうか……
私はいつかも向けたことのある哀れみの目を蝙蝠たちに向けると、迫りつつある大きな戦力に備えた。
あれが聖騎士などという人間たち……
確かにヴェルドが私に忠告したことも分からなくはない。保有する魔力は明らかに今まで見てきた人間たちの標準を大きく上回っている。魔力量だけであれば、それよりも大きな魔力を持っている魔物はいくらでもいるが、それだけでは人間の力を測れないことは分かっている。
一つ残る疑問は、人間だけが持っているようである謎の力だ。魔眼で可視化した際には魔力が青っぽく見えるのに対して、その力は黄色っぽく見える。流れも魔力よりも速く、力強い。人間の魔力量にそぐわない大きな力はこの力が何か関係しているのだろうか。
私は周囲に散らばっていた眷属の蝙蝠たちを、すべて自分へと戻す。私が念じると、すぐさま集まってきた数百を超える大量の蝙蝠たちは、黒い霧となって私と同化していく。
このまま蝙蝠たちを外に出しておくと、私が吸血鬼だとばれてしまう。それよりかは、屋敷に侵入した何者か……という認識にとどめておく方が、今後の行動もしやすいだろう。
やがて……綺麗な隊列を組んだ聖騎士団が闇の中からゆっくりと現れた。先ほどの兵士とは統一感がまるで違う。個々の力だけでなく、組織としての統一感も優れているようだ。
聖騎士団の数は、ざっと30人ほど。それぞれに力量に差はあるが……全体的には同じくらいである。特に強いのは……あの先頭にいる人間か。
その人間は何やら合図を送ると、聖騎士団は隊列を乱し、それぞれ個別行動を始めるようだ。先頭付近にいた者は屋敷の方角へと歩き始める。つまり、こちら側へ歩き始めた。
すでに屋敷の中はもぬけの殻……地獄絵図が広がっていると思われるが……そもそもここを通すわけにはいかない。あの屋敷の中には、二人がいるのだから。
私が進んできた聖騎士たちを止めようとしたと同時……彼らは自分から足を止めたのだった。
「な……なんだこれは!?」
「たしか……王国の兵士たちが先に向かっていたはずだったが……っな!?」
どうやら地面に広がる惨状に気づいたようだ。聖騎士団から戸惑いの声が聞こえ始める。しかし、そこはやはり慣れているのか、パニックにはならずに冷静に状況を把握し始めたようだ。
月明かりがあるとはいえ、人間にとっては弱すぎる光だろう。お互いの場所を把握しながら、辺りを見回している。これだけの惨状が広がっているのだ。その上、先ほどまで無事だったはずの兵士がこの有様である。まだ見えぬ敵に備えているのだろう。
聖騎士団は周囲を警戒……防御態勢を固め始めている。この様子ではこちらへやってくるのにはまだ時間があるだろう。
今夜は月が出ているために、こんな王国のど真ん中から直接空を飛んでいくことはできない。すでに屋敷を包囲されていたこともあり、逃げる時間はないと思ったが……すでに包囲体制は崩れ始めてきており、彼らは自分たちの防衛に意識を向けている。この調子ならひとまずこの場から去ることはできるだろう。
そうなれば、聖騎士団が屋敷へと突入してくる前に……と二人の元へ一旦戻ろうと、背を向けて歩き出したという瞬間……
背後から強い気配を感じた……
そこにいたのは一人の人間。聖騎士全員が身に着けているような白を基調とした服装をしていることから……この男も聖騎士だろう。それも、あの中ではかなり強い方だ。
「貴様……何者だ?」
「…………」
「答えるつもりはないか……まぁ、わざわざ魔法まで使って顔を隠しているようだしな。だが言わずとも分かる……貴様がこの兵士たちを殺ったということは、な」
男はそう言って、自身の足元に広がる兵士たちの亡骸に目をやる。そして、再び私を見つめる目には強い敵意が宿っている。それに他の者からは感じられない圧倒的な気配……明確な殺気を私に向けてきている。男は腰に差した剣を鞘から抜くと、刀身を私に向け、言葉を続ける。
「俺は今まで多くの人間を見てきた。こういう状況にも多く出会ってきた。その中でも貴様から感じられる気配は特に邪悪なものだ……今まで会ってきたどんな奴よりも……」
「…………」
「まだ答えるつもりはないか……。ならもう一つ、俺は血の匂いに敏感なんだ……貴様からは強い血の匂いがする」
「……はぁ……見逃すつもりはないようですね……。」
すでにこの男からは、私を仕留める以外の選択はないようだ。
「……なるべく事を荒げたくはありませんが……」
「安心しろ。一瞬で終わらせてやる……事を荒らげる心配もない」
そう言って男は攻撃の構えに入る。体中には例の黄色いオーラが漂い始める。男の持つ剣の刀身にはみるみる魔力が集まっていく……
「俺は聖騎士団でも五本の指に入る実力者、レオン・ウォー……貴様のような賊に負けるつもりは毛頭ない」
男の目に宿るのは、自身の勝ちを確信したような強い自信……
「確かにそのようですね……あなたはあの中でもかなり強い方のようです……ですが…………一番ではないようですし」
「!? ……貴様!!」
私のそんな言葉に、男は激高する。強く地面を踏み込むと、あっという間に私の近くまでやってくる。なかなかの速度だ、人間にしては……
「光剣・【蛍火】!!」
男の握る剣が白い輝きからぼんやりと赤い光へと変化していく。そうして、私の首めがけて振るわれた剣を、私はぼんやりと眺めながら体を軽く逸らした。私の顔面のすぐ上を通り過ぎて行った刀身からは、ほんのりと温かい熱を感じた。
「な!?」
驚きに思わず同様を顔に表す男……そんな男の胸に向けて、私は剣の先端を鋭く向かわせた。生温かい鮮血が私の顔に触れ、思わず衝動に襲われる。
「が……!! ぁ……ぁ……」
男は短い叫びをあげると、それ以上は何も言葉にすることなく、あっさりと地面に倒れこんだ。つまらない奴だ…………
男が倒れた後は、再び静寂が辺りを支配した。ただ、先ほどと違うことと言えば、今の事が聞こえていたのか、他の騎士団たちも何かが起こっているということに気づいたということか。彼らは暗闇の向こう側で起こった、何やらただならぬことに混乱を隠せない様子である。しかし、こちらにはまだ気が付いてはいない――いや、一人を除いて。
たった一人……聖騎士団の先頭に立つ男のみは、こちらをしっかりと見据えていた。
「聖騎士総動員……案外間違っていなかったかもしれないな……」
そう呟くのは、聖騎士団、副騎士団長であるオルクス・クライネルである。不審な王国内での殺人事件より数日――聖騎士の総動員をもって王国内は警備を強めた。現段階、王国外でもピロー大森林に強大な魔物出現という大きな問題を抱えている中、王国内でも問題が起き始めている。すなわち、王国内は聖騎士団が――王国外は冒険者組合が――という構図が生まれている。
そんな中……オルクスの耳に入ってきたのは、貴族街のある屋敷が襲撃されているという報告である。発端となったのは、貴族街を警備していた兵士の目撃情報である。
なにやら侯爵家の屋敷がただならぬ様子であると……
王国内に警備を残しつつ、最大限集められるだけの聖騎士を集めたところ、数は30ほど……これでも十分な戦力である。しかしそんな決断も、彼は間違っていなかったという――
「まさか……副騎士団長が間違っているとは思いませんが。しかし、それにしても過剰戦力では?」
オルクスの隣でそう話すのは、彼の部下であるレイア・ソフィアである。彼女がそう思うのも無理はない。これほどの聖騎士の出動など、あの吸血鬼の一件以来だろう。
「それに王国の兵士がすでに先陣を切っているそうです。もしかしたらそれで済むかもしれませんよ?」
「……だといいが、な」
そう呟くオルクスの瞳には、どこか不安が感じられてならなかった……
「なんだ? 今のは……」
「副騎士団長も感じたか? 今の気配を……」
オルクスにそう話すのは、聖騎士団でも有数の実力者である、レオン・ウォーである。剣術に関しても、光剣を使えることからかなりの力がある。そして、何より彼の中で優れているのは、その人間離れした腕力だろう。それだけで言うならば、オルクスにも匹敵する。
「(他の聖騎士たちも気づいている者が多いようだな……。気のせいではあるまい)」
彼らの前には、先陣を切っていった王国の兵士たちがいるはずである。彼らに何かあれば、それは聖騎士団の信用を墜としかねない。
「(ただならぬ様子は気のせいではないか……ん?)」
ピチャ……
ふと、足元に感じた液体を踏んだ時のような音に、彼は足を止める。
「な……なんだ、これは!?」
「たしか……王国の兵士たちが先に向かっていたはずだったが……っな!?」
周りの聖騎士たちが声をあげ始める。オルクスもこのただならぬ雰囲気に動揺を隠せない。しかし、この暗さでは満足に周囲の様子を見渡すことはできない。
しかし、彼の中ではある一つの推測ができていた……
「副騎士団長……血の匂いだ……。」
レオンのつぶやきから、彼の推測は確信へと変わった……
「全員!! 屋敷への突入は中止、防御隊形を整えろ!!」
オルクスの指示に、動揺していた聖騎士たちも我に返ったように統一した動きを見せ始める。この状況で最も恐れるべきは、まだ見えぬ敵に各個撃破をされること……。そうなれば、集団は壊滅しかねない。そのことを彼は良く理解していた。
「兵士たちを先に行かせたのは間違いだったのでしょうか……我々が先に行っていれば……。」
「いや、この状況は……流石に予想はできない。100近くいた兵士をこの短時間で全滅させるとは」
個々の力は決して強いとは言えない王国兵士。しかし、数がいればそれは大きな力になる。それをこの短時間で……100人を相手にするのさえ難しいのにも関わらず……こんなことは、聖騎士団の中でも騎士団長に次ぐ実力者である、オルクスにも難しいだろう。
「レオン、お前は散らばった他の聖騎士に指示を……」
オルクスがそう言いながら、横を見ると……先ほどまでレオンがいたはずの場所には、誰もいなかった。
「(また、先に突っ走ったか……!)」
こんなことは今回ばかりの話ではない。レオンが自分の指示もろくに聞かずに突っ込んでいくのはいつものことだ。しかし、彼の実力であればよほどでなければ問題はない……ということも、またオルクスは理解していた。
そんな中、響いたのは――
「光剣・【蛍火】!!」
魔力の高まり……そして膨大な気力の高まりが感じられた。これはレオンの得意技の一つだ。
「……!?」
暗闇の中、わずかに周囲を照らす、温かさすら感じる淡い光。その光に照らされて、オルクスの目に入ったのは……
光剣を手にした一人の人影が……バタリと倒れる瞬間であった。




