聖騎士団の存在
静まり返った屋敷内に、二人の人影が呆然としたように佇んでいた。
「(ここは....特にひどいな....。)」
広がるのは一面を赤く染め上げる鮮血に、そこに無造作に広がる肉塊たち。この惨状を見るだけで、一体どんなに恐ろしいことがここで起こったかなど...容易に想像できるだろう。
「父ちゃん....お姉ちゃんは大丈夫かな....。」
ヴォンが私にそう問いかける。結論としては無事ではあるだろう。そもそもこんなことをできるのは彼女だけなので、この惨状を作り出した原因である。
しかし、ある意味....無事とは言えないのかもしれない。普段の彼女ならば、こんなことはしないはずなのだから。いや、自分の障害となるものならば容赦なく彼女は排除するだろうが....しかし、わざわざこんな殺し方をするだろうか。
吸血鬼は人間の血を糧として生きているのだから、以前私たちを助けたときのように、相手の血を吸ってしまうのが一番なのでは....とおもったのだ。わざわざこんな残忍なやり方が.....
と、ついそう感じてしまったが....これは吸血鬼としては、ごくごく普通の事なのかもしれない。吸血鬼が残酷な殺し方を好んで行うということは、誰もが良く知っていることだ。
しかし、どこか納得はできないところはある。彼女はそんな吸血鬼の中でも変わった性格や考え方をしているが....突如として豹変することがあった。それは吸血鬼の本能とでも言うべきものなのだろうか.....。
そんなことを考えていると、広間の中央の階段から何か人影のようなものが降りてくるのが分かった。姿形ははっきりとしない。黒い霧で全身を覆われているからだ。しかし、それと同時に現れた大量の黒い塊.....蝙蝠を見て、あれが彼女であるということが分かった。
彼女は私のすぐ目の前までやってくると、私にぴったりとくっついているヴォンの姿を見て、ゆっくりと声を発した。
「....どうやら目的は果たせたようですね....。」
彼女は淡々とそんな言葉を口にする。背丈自体はヴォンより少し高い程度で、私よりはずっと低いが、それでも感じられる異様な威圧感が彼女に秘められた強大な力を暗示させる。
そんな彼女の声にはっとしたのか、今度はヴォンが口を開いた。
「もしかして.....お姉ちゃん...?」
そんなヴォンの言葉に思わず私はドキッとする。そんな呼び方をして、彼女を怒らせやしないか....という心配のためだが....今までのことを考えれば、彼女がそんなことを気にしないことは明白である。
「お姉...ちゃん....あぁそういうことですか....。えぇ、そうですよ...。」
そんな彼女の言葉を聞いて、ヴォンの中での推測が確信に変わったようで、ヴォンの表情がぱぁっと明るくなる。そして、彼女に抱き着こうと動き出したヴォンを、私はつい止め損ねる。いや....心配していた相手が無事だったことに対して、このヴォンの行動は至極真っ当なことであり、何も止める理由などどこにもないはずなのだが......。
それでも彼女という存在は私たちには大きすぎるのだ。もしもこの行動で彼女を怒らせるようなことになれば....ということを考えれば。
そんなヴォンの行動にも、彼女は何も気にする様子はなく、ヴォンが彼女の体を強く抱きしめたことに関しても何も触れはしなかった。恐らく....本当に何も感じてはいないのだろう。彼女の顔はよく見えないが.....無表情であるのは間違いないだろう。
「吸血鬼様.....この後は...どのように。」
「...さすがにこの状況であなたたちを置いていくようなことはしません....。一度手を出したことは最後まで面倒は見るつもりなので心配なく....。」
私の心配を見透かしたように、彼女は私の質問に答えた。すでにこの時点で、ヴォンを救い出すという目的は果たされている。もしかしたら、ここで彼女とは別れることになるのでは.....そして、そうなると私たちは自力でこの王国から逃げ出さなくては....という心配をしていたのだ。
おそらくは騒ぎを聞きつけて多くの人間の兵士がやってくるだろう。そうなれば、一介の亜人に過ぎない私たちはあっという間に捕まってしまうだろう。
しかし、そんな心配も必要はなかったようだ。しかし....次の彼女の言葉で、また新しい心配が生まれた。
「ですが....どうやら面倒なことになったようです。」
「...面倒な事?」
「多数の魔力の流れが近づいてきています....。大きさとしては小さいですが....人間としてはかなり大きい方でしょう....。」
「....まさか...聖騎士団!?」
「....聖騎士団?」
ヴォンに抱き着かれたままの彼女がこちらを見ながら問いかけてくる。
「王国の治安部隊の一つです。王国在住の兵士よりは数はずっと少ないですが.....実力はかなりのものです。」
「....すでに屋敷は包囲されているようですね.....。逃げるのは少々難があるでしょう。」
「なっ....どうしてそんなに聖騎士団が集まって....。」
聖騎士団と言えば、多くが金級冒険者にも匹敵する実力の持ち主である。そのため、全体の数としては100人もいない。屋敷を包囲するほどの聖騎士など、総動員でもしなければ実現しない。
「....それで...聖騎士というのは冒険者よりも強いのですか?」
彼女は依然として淡々とそんなことを聞いてくる。
「...一概には言えません。冒険者は実力に幅がありますから。しかし、冒険者の中でも上位と呼ばれる金級冒険者ほどの実力を一人ひとりが持っていると....。特に副騎士団長や騎士団長は飛びぬけて.....」
「分かりました....それではあなたはこの子と一緒に待っていてくれますか?」
私の言葉を遮るようにして、彼女は自分に抱き着いていたヴォンを引き離すようにして私にそう話す。
「...お姉ちゃん?」
「まさか....戦うつもりですか!?」
「....そのつもりですが....何か?」
「....聖騎士団はいくら人間とはいえ、その中で頂点を争うほどの強力な集団です....。それに、聖騎士団には、強力な吸血鬼を大きな負傷者なく倒したという話もあります。いくら吸血鬼様でも.....。」
彼女の強さは、私も身をもって知っているが、それでも大勢の聖騎士団相手に無事に済むとは思えない。しかし、そんな私の制止にも関わらず....彼女は私に背を向けると、屋敷の外へと向かって行ってしまった。
「...父ちゃん....お姉ちゃんはどうなるの.....。」
「...さぁ....。俺にも見当がつかないよ。」
実際のところ、彼女がどれほど強いのかということは私には分からない。しかし、それでも今まで私は彼女の力の強大さを嫌というほど感じている。実際、彼女が苦戦するところなど想像もできない。
しかし、それは向こうも同じだ。特に王国の聖騎士団の最大戦力とも呼ばれる騎士団長にはまるで実力に底が見えないと聞く。
先ほど話した、聖騎士団が強力な吸血鬼を倒したという話。これには少し語弊がある。正確には.....騎士団長が一人で倒した....という。これは有名な話だ。
その時の相手は確か、中位吸血鬼。下位吸血鬼でさえ、金級冒険者が数人協力して、やっと倒せるほどの相手だという。それをたったの一人で.....これだけで騎士団長の力が十分に窺える。それに、それほど周囲に実力が認められていなければ、そもそもこんな話は出てこないだろう。
「父ちゃん!!俺も戦うよ!!」
ヴォンは突然そんなことを言いだした。そして、彼女に続いて屋敷の外へ飛び出そうとしたヴォンを、私は黙って制止する。
「何するんだよ!!父ちゃん!!」
「何を馬鹿なこと言ってるんだ!!さっきの話を聞いていなかったのか!?相手は聖騎士団だぞ!!」
「だから何だっていうんだよ!!お姉ちゃんがそんな奴らと戦うってのに....俺だけこんなところでじっとなんてしてられないよ!!」
確かにヴォンの言うことも分からなくはない。彼女一人に任せて本当に大丈夫なのか.....。しかし、それで私たちが行ったところで何になるというのか....。かえって邪魔になる。
「....俺たちでは足手まといだろう。」
「っ!!」
「だからその気持ちは抑えてここに居るんだ。あの人もそれを望んでいるんだ。」
「......っ分かったよ....。」
ヴォンは何か言いたいことを押し込んだように黙り込むと、それ以上は私の言うことに逆らおうとはしなかった。嫌々ではあるが、何とか私の言うことを納得してくれたようである。
もしも、これで彼女がやられる....などということがあれば、私たちは終わりだ。理由は何であれ、私が人間の屋敷を襲撃したことは間違いないのだから。その上表面的には、向こうには何の非もない。証拠であるヴォンはすでに救い出してしまっているのだから。
つまり、この時点で私はただ貴族の屋敷を襲撃した危険な亜人....という認識以外の何物でもない。間違いなく王国に捕らえられ、処刑されるだろう。ヴォンも命まで取られないとはいえ、死ぬまで奴隷として働かされるのがオチだろう。
「(何としてでも....負けるなんてことはあってくれるなよ!!)」
私はそんなことを思いながら、すでに見えなくなった彼女の姿を思い返しながら、自分たちの無事を願っていた。今の私には、無力にも願うことしかできないのだ.....
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屋敷の外には、心地よい月明かりが辺りを照らしていた。今の時間は、まさに吸血鬼にとっては最も力が高まる時間だろう。その上、今の私は最高に気分がいい。恐らくは負けることなどないだろうが.....いや、油断はできない。人間の中にもとんでもない強さの相手がいるかもしれない。
屋敷に押し寄せてきている人間たちは、半数以上が大したことはない....そんな相手ばかりだ。恐らくは聖騎士団とかいうのではなく、これはただの兵士だろう。問題は、その少し後ろからやってきている少し大きめの魔力を持った人間たちだ。これが聖騎士団とかいうものなのだろう。
魔力こそ、森にいた魔物たちに比べれば大したことはないが、やはり人間からは共通に他の何か強い力を感じられる。聖騎士団にはその傾向が特に強い。だからこそ、油断はできないのだ。
「さて....。早速これを試すことになるかもしれないわね.....。」
私の手に握られているのは、美しい金色の装飾の施された鞘に入れられた白銀の剣。刀身は細く.....いわゆるレイピアというものだろう。軽く、片手でも振るうことのできる剣だ。なんとなく....この形....そして持ち心地には懐かしさを感じられる。だからこそ、私はわざわざあの屋敷からこの剣を持ち出してきたのだ。
この剣は、あの屋敷の当主の男がいた部屋に特に大切そうに飾られていた。見る限り....それほどの硬度はなさそうだ。まだ私の血を硬質化させたものの方が硬いだろう。ただ....最後にこの剣には本来の使い道をさせてやろうと感じたのだ。私は剣士でもないが.....。要は剣なのに飾られたままというのはもったいない。
それに、それほどの硬度はないとはいえ、魔力を込めればなかなかに形にはなる。それに魔力の消費も普通に魔法を使うよりも抑えられるのだ。そもそも私が剣を使おうなどと思ったきっかけとしては、これがある。
屋敷の周囲を包囲していた兵士たちは、すでに私の目に入るところまでやってきている。いや、向こうからはまだ私のことは見えてはいないだろう。人間は暗い場所では目が利かないようだから.....。
「(向こうにまだ見えていないところ悪いけど.....先手を打たせてもらうわね....。)」
そうして、私は自身の持つ剣に魔力を集中させる。剣の刀身が青白い光に包まれたと思うと、剣の中に収まりきらなかった魔力がバチバチと音を立てながら稲妻を生じさせ始める。
「少し予想外ね.....これしか魔力が込められないなんて....。」
予想では、もう少し魔力を込められると思ったのだが.....どうやら、剣などの物に対して魔力を込める際は、自分の体に魔力を纏わせるよりもずっと許容量が少ないらしい。
仕方がない....これでいくか.....
「....誰だ!!そこにいるのは!!」
どうやら兵士たちにも私の姿が見える範囲まで近づいてきたようだ。ただ、今の私は魔法で黒い霧を纏っているため、姿は見えどはっきりしないといったところだろう。わざわざ向こうから近づいてきてくれたので、歓迎するとしよう。
すると、私の持つ剣の纏っていた青白い光は、黒い霧となって刀身全体を覆い始める。それは、魔法を発動する際、魔力を魔法へと変化させていくのと同じである。
「【黒迅】」
剣をふるうと同時に、刀身を覆っていた黒い霧は瞬く間に黒い刃へと姿を変える。そして、刀身を離れてすら宙を飛ぶその刃は、何も知らない兵士たちの元へと軽々と達すると、その体を横に真っ二つに分断した。
「な....なんだ!!何が起こって....」
「うわあああぁぁぁぁ!!」
辺りには兵士たちの阿鼻叫喚の声が広がる.....
「(これだけ人間がいるのに.....少しもったいない気もするけど....今回は仕方ないわね....。)」
その後....縦横無尽に駆けまわる黒い刃によって、瞬く間に数を減らした兵士たちは、あっという間に物言わぬ死体へと変わり果てていったのだった。




