ゴドリー侯爵の最期
ワー=ルイーン家三代目当主、ウォール=ゴドリーは悪に手を染める....という点を除けば非常に優れた当主であった。
そもそも、ルイーン家が三代という短い歴史にもかかわらず、ここまでの権力を手に入れたのか...ということからも現当主に収まらず、今代までのすべての当主が優れていたともいえるだろう。
ルイーン家はその智略を生かして初代侯爵より、多くの貴族を自分たちへ取り入れ、力をつけてきた。それは初代から今代のゴドリー侯爵にも受け継がれてきた。
しかし、初代と今代で明らかに違うもの....それは闇にどれだけ通じているか、ということだろう。代々選民主義を主張してきたルイーン家にとって、現国王ミルド三世の存在は非常に害悪であった。そのため、父から....祖父から教え込まれてきた貴族第一であれという考えを続けるためゴドリー侯爵は手段を選ばなかった。
そして長い月日を経て、同じ考えを持つ多くの貴族たちを取り込み....資金ともに権力を身に着けてきた。
そんなゴドリー侯爵の本当の裏を知る者は、ゴドリー侯爵と考えを共にする貴族たち....そして屋敷内の使用人たちの中にも一人も存在しない。ゴドリー侯爵のすべてを知っているのは、常に彼の右腕として動いてきた従者の男...ただ一人であった。
知っている者が少なければ、そもそも秘密は漏れないものだ。ゴドリー侯爵は相手を信用するということがほとんどなく、この従者の男以外に秘密を知ったものは、容赦なくこの世から消してきた。
「侯爵様。王国が近頃、侯爵様のまわりを嗅ぎまわっているようです。」
「.....俺のまわりというのは?」
「侯爵様の側についた貴族たちです。」
「ふん、奴らには俺に関する情報は殆ど伝えていない。王国に反旗を翻すことを示唆するようなことは言ったが...そんなことは証拠にはならんしな。」
「では....放置ということで?」
「当然だ。奴らが王国側に寝返ったところで...俺に迫る情報は渡ることはないだろうからな。」
そう言って、こんなこと何でもないように平然としているゴドリー侯爵。そんな様子を見て、従者の男は相変わらずの不気味な笑みを浮かべる。
「....さすがは侯爵様です。」
「当然だ。我が一族、ルイーン家は選ばれし貴族の中でも特にとびぬけた存在。あんな無能王よりもずっと俺に王の器がある。」
「おっしゃる通りです。そんな侯爵様にもう一つ....お耳に入れたい話があるのですが。」
不気味な笑みを浮かべていた従者の男が、突然真面目な顔になったことに疑問を覚えながら、ゴドリー侯爵は答えた。
「なんだ、話せ。」
「侯爵様が以前話しておられた亜人の件ですが....この王国からすぐ近くに亜人の集落を発見したと、雇った者が言っておりました。」
「おぉそうか!ならばすぐさま行動に移れ。」
「そうしたいのはやまやまなのですが....。」
従者の男のもったいぶった様子に、ゴドリー侯爵は若干苛立ちを見せ始める。
「.....なんだ?」
「亜人というものは案外厄介なものでして.....子供であってもかなりの力を持っています。並大抵の戦力では返り討ちにされるのがおちかと....。」
従者の男のそんな言葉に、ゴドリー侯爵は悩み始める。そもそもの目的としては、亜人の誘拐。できれば子供が良いとのことだったが....先ほどの話を聞いて、結果子供を狙うことになるだろう。大人の亜人を捕らえるとなれば、こちらも少しばかり、大きめの戦力を送る必要がある。
「ならばどうする.....やはり子供を狙うべきか。」
そう言ってゴドリー侯爵は従者の男の意見を求める。そんなゴドリー侯爵の言葉に、従者の男は待っていましたと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「....ふっ。お前の中では結論は出ているようだな.....。」
「当然でございます。ここ最近、侯爵様の著しい力の拡大を見て、ある闇の組織が声をかけてきました。うちの力を借りないか....と。どうやら向こうも現国王の転覆が目的のようで....。」
「利害は一致しているか.....。それで、その闇の組織というのは?」
「.....血の宴です。」
「侵入者か.....!!」
額に汗をにじませながら、ゴドリー侯爵は呟く。
亜人の子供は無事捕らえた。当初は血の宴から送られてきた者に大人と子供の亜人、二人を連れてこさせることになっていたのだが.....予定が狂った。結局元から雇っていた二人に任せることになってしまったが.....結果は十分だ。後は流れで.....権力も、資金も手に入るはずだった!!
「(なぜ....ここで邪魔が入る!!)」
奴らの差し金か!?もともと奴らの送ってきた奴は帰ってこなかった。実力はかなりのものだったので、やられるということはないだろう。となると....裏切ったということだ。
そして....残るは邪魔となった俺の抹殺か.....。
「(だが目的はなんだ!?やはり金か.....。いくら最大規模の暗殺組織とはいえ、金には困っているのか?それとも.....俺自体に対して何か目的が....。)」
しかし、ただ考えるだけでは始まらない。とにかくこれからどうするかを考えなければ。幸い屋敷内には大量の護衛を置いてある。特に地下牢への道には入念に.....。
「(だが....万が一ということもある。)」
俺が殺される....あるいは捕まることだけは避けなければ.....。そのためにはまずは侵入者を口止め....すなわち殺すこと。
俺には秘密兵器がある。以前怪しげな商人から買ったものだ。金貨100枚ほどだった。これだけを見れば、怪しい他ないが....それに匹敵する価値はあるだろう。強力な魔法を込められた魔道具など簡単に手に入るものではない。その上....それは遺留品だともいう。今しかチャンスはないと思い、すぐに買った。
「(もしも侵入者がここに来ることがあれば、俺が返り討ちにしてくれる.....!!)」
ここに来るということは、プロの暗殺者か何かだろう.....。あの護衛の網をかいくぐってこれるのだから.....。こちらから先手を打って相手を倒す....!!
ゴドリー侯爵はそんなことを考えていると.....ゆっくりと扉が開く音がした。
「(もうここまで来たのか.....!!予想以上に早いな....。)」
まずは落ち着いてあの魔道具を.....っ!!
ゴドリー侯爵が思わず張り巡らせていた思考を途切れさせたのも無理はない.....。部屋に入ってきた者の姿は....あまりに彼が考えていた暗殺者とはかけ離れていたからだ。
全身が何やら黒い霧で覆われており、顔は全く見えない。黒い霧の間から時々垣間見えるのは、またまた黒いローブのようなものであり、まさに黒一色....といったところだろう。
「な....なんだ貴様は!?」
ゴドリー侯爵は声を荒げる。すぐさま魔道具を手にするつもりが、思わずそんな言葉が出てしまったのだ。
「兵士どもは....あいつは何をしている!?くそっ!!くそっ!!」
プロの暗殺者であれば相手が気づかないうちに死を運ぶことが出来る。しかし、ここまで早いとなれば....護衛の兵士の行動を疑わざる負えない。
それに.....兵士たちの元には、あの自分の右腕も向かっていたのだから.....。
彼はものすごい勢いで部屋の中を物色する。大金をはたいて買った高級な皿が....彫刻が....様々な高価な調度品が....次々に床に落ちて、壊れていく。しかし、そんなことは気にしていられない。とにかく....今はあの魔道具を....。
不思議なことに、あの暗殺者はこの間も自分の行動をじっと観察するようにして、こちらを攻撃しようとしない。一体何を考えているのか....。
「あった...!あったぞ!!見ろ!これはある商人から高値で買った魔道具....それもただの魔道具ではない。遺留品だ!!」
そう言って俺は相手にこの魔道具を見せつける。質素な木の棒に、先端には不思議に紫色に輝く球がついている。俺でも分かる....これには不思議な力が....強大な力があるということが.....。
「話によれば、これはかつての大戦でも使用され、多くの人間を恐怖に陥れたという話だ....。ある時は爆炎を呼び...ある時は稲妻を呼ぶ....。貴様も俺を殺しに来た暗殺者か何かだろうが.....この遺留品の前ではどうすることもできまい!!!」
そんな俺の言葉に相手は依然として動こうとはしない。この魔道具の力を恐れて動けなくなったか.....はたまたこの力を侮っているのか.....。いずれにしても次の瞬間には分かることだろう。
「闇を貫け、神の矢よ!!【光支】!!」
俺が唱えると、杖の先端が光り輝き、何本にも枝分かれをした光の矢へと姿を変える。その様は....まさに神の矢.....。
「....【深陰】...」
その神の矢は、相手の周囲から突如として現れた黒い炎によってかき消されたのだった。
「な....!?」
「....こんなに簡単に消せる光が...本当にあなたの言う遺留品とか言うものなの?私にはとてもこれが多くの人間を恐怖に陥れたなんて信じられないわね....。」
聞こえてきたのは、少女の声だった。背丈からもなんとなく予想はできていたが....本当にそうだったとは....。いや、そんなことよりも!!
「馬鹿な!!!確かにあの商人はこれがある侯爵家の家宝であったと言っていたはずだ!!」
それだけではない。魔道具は簡単に作り出せるものではない....。そう...遺留品でもなければ。そして、それに関してはこの強大な魔力からも分かるだろう!!
「...そう。じゃああなたが騙されたか....もしかしたらその家宝の時点で間違ってたんじゃない?間違えて、そんな大して魔力もない杖を家宝にした....とか?」
「魔力が....ない?」
そんな.....馬鹿な.....。
魔力というものは、同じく魔力を持つ者には特によく感じることが出来る。しかし、その感じるという曖昧さから、魔力も対して持っていないのにもかかわらず、自分は魔力を感じられると勘違いする者も少なくない。
そういう意味で....このゴドリー侯爵はこの魔道具から感じられる何かを....魔力だと勘違いしていたのだろう。自分の単なる思い込みとも知らずに.....。
「や....やめてくれ!!俺を殺すつもりか!?」
まずい.....相手を殺せないとなれば....すべての計画が狂う。俺の多くの秘密が....いや、そもそも俺の命自体が危ない。とにかく生き残らなくては.....どんな手を使ってでも。
「そ...そうだ。貴様は恐らく誰かに雇われた暗殺者か何かだろう!!金ならいくらでもある!!お前が望むものなら何でもやる!!」
認めたくはないが、相手の実力は確かだ。あんな少女にも関わらずだ....。しかし....所詮はまだ子供だ。やりようによってはこちらに引き込むことだってできるはず....。
「....へぇ...なんでも...?」
「そ....そうだ!!どうせお前を雇った奴も大した奴じゃないだろう!!俺の方が金も...権力も...なんでもある!!そ..そう!....ちょうどいま亜人の子供を捕らえたところだ!!それを売れば、さらに多くの金....それに権力も手に入る!!どうだ...?どう考えても俺を生かした方が.....」
相手は俺の話に食いついた。このまま押せば.....。
「.....くだらない..。」
「は?....」
「残念だけど....あなた、根本から勘違いしてるわ。」
俺の必死の言葉も叶わず....少女はきっぱりとそう言い放った。その声は....確かに少女のものではあるが....とてもそうは思えない...冷たく...無感情なものであった。
その瞬間....突然どこからか現れた、黒い影に....俺の体は取り囲まれた。
「う....うわあああぁぁぁぁぁぁ!!」
瞬間....体中に感じる痛烈な激痛。
「(な....なんだこいつらは!?俺の....血を!?)」
無数の黒い物体に囲まれた俺は、わずかに垣間見える、少女の姿を見た。その表情は、まるで苦しむ俺を見てあざ笑うかのように....確かに口元に笑みを浮かべていた。
黒い霧に覆われて、一切顔は見えないはずなのに、何故か右目だけが赤く光っているのが俺の目には確かに分かった。
明らかに人間ではない存在......
「(どうして....こんな...化け物...が....。)」
やがて、激痛すら感じなくなったゴドリー侯爵は、静かにその生涯を終えるのだった。




