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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人間の国
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静まり返った惨状

「な....なんだ貴様は!?」


 屋敷の二階....一番奥の部屋に一人の魔力の流れを感じたが....これが最後の一人か...。


 部屋の天井には大きなシャンデリアがぶら下がっており、散りばめられた装飾品は明らかに今まで見てきたものよりも豪華で、数も多い。

 おそらくはこの屋敷の主であろうが....人間の貴族というものは変わった姿をしている。その体は太く、せっかくの豪華な服がはちきれんばかりだ。


「兵士どもは....あいつは何をしている!?くそっ!!くそっ!!」


 そう言って男は何かを探すように部屋中を慌てて物色している。棚の上に置かれた豪華な調度品をかき分けながら必死に何かを探している。中には床に落ちて割れてしまっているものある。

 人間の貴族というのは、ああいった高級なものを大事にすると聞いていたが....あの様子を見る限り、そんなこと以上に必死になって探す必要があるものということか....。


 私に対して背中を向けているこの男を、今すぐにでも殺すことは簡単だが....そんなことよりも一体何を探しているのかが気になった私は、そんな男の様子を黙って眺めていた。


 そうしてしばらくすると、男は何やら小さな杖のようなものを取り出した。正確には、質素な木の棒に先端には紫色に光り輝く球がついている。見たところ、どうやらその杖は魔力を持っており、量で言えば以前見た人間の冒険者たちよりも少し多いくらいか.....。

 ()()()()にしては、大したものだろう....。


「あった...!あったぞ!!見ろ!これはある商人から高値で買った魔道具....それもただの魔道具ではない。遺留品(アーティファクト)だ!!」


 男はそう言ってその杖を、さも凄いものであるかのように話している。


「話によれば、これはかつての大戦でも使用され、多くの人間を恐怖に陥れたという話だ....。ある時は爆炎を呼び...ある時は稲妻を呼ぶ....。貴様も俺を殺しに来た暗殺者か何かだろうが.....この遺留品(アーティファクト)の前ではどうすることもできまい!!!」


 そう言い放つと、男は私にその杖の先の球をこちらに向けてくる。それにしても.....私にはさっきからあの人間が何を言っているのかがさっぱり分からない。


「闇を貫け、神の矢よ!!【光支(アスタリスク)】!!」


 男が唱えると同時に、杖の先端が光輝く....。


 そして、そこから放射状に分裂した光が私を貫かんと突っ込んでくる。


「....【深陰(ヴラム)】...」


 私がそう唱えるとともに、黒く....しかし淡く青色に輝く炎が私の周囲に出現する。そして音もなく飛び込んできた光の矢を、まるで初めからなかったかのように....かき消したのだった。


「な....!?」


「....こんなに簡単に消せる光が...本当にあなたの言う遺留品(アーティファクト)とか言うものなの?私にはとてもこれが多くの人間を恐怖に陥れたなんて信じられないわね....。」


「馬鹿な!!!確かにあの商人はこれがある侯爵家の家宝であったと言っていたはずだ!!」


「...そう。じゃああなたが騙されたか....もしかしたらその家宝の時点で間違ってたんじゃない?間違えて、そんな大して魔力もない杖を家宝にした....とか?」


「魔力が....ない?」


 どうやらこの男にはこの杖の魔力が見ることどころか、感じることすらできないらしい。だからこそ、こんな大した魔力もないただの杖を強大な何かと間違えたのだろう。


 ....たしかヴェルドをはじめとした狼人(ウェアウルフ)たちは魔力を感じることが出来たはずだ。だからこそ私の魔力に対して、ヴェルドは明確な恐怖を示していた。加えて、ヴォンが大して私に恐れを示していなかったことを考えると.....もしかしたら子供にはまだ魔力を感じることが出来ないのかもしれない。


 まあ、とりあえずこの話は置いといて......この人間はどうしようか...。


「や....やめてくれ!!俺を殺すつもりか!?」


 そう言って男はひどく怯えた様子で、私から一歩...二歩と後ずさっていく。


「そ...そうだ。貴様は恐らく誰かに雇われた暗殺者か何かだろう!!金ならいくらでもある!!お前が望むものなら何でもやる!!」


 必死にそう話す男....。何としてでもこの場を生き残ろう...ということだろう。


 その言葉に...私は口元に笑みを浮かべる。


「....へぇ...なんでも...?」


「そ....そうだ!!どうせお前を雇った奴も大した奴じゃないだろう!!俺の方が金も...権力も...なんでもある!!そ..そう!....ちょうどいま亜人の子供を捕らえたところだ!!それを売れば、さらに多くの金....それに権力も手に入る!!どうだ...?どう考えても俺を生かした方が.....」


「.....くだらない..。」


「は?....」


「残念だけど....あなた、根本から勘違いしてるわ。」


 そう。この男....何もかも勘違いしている。まず、私は暗殺者ではないし、この人間を殺すのは目的でもなんでもない。ただ....一応殺しておく、というだけだ。

 それに、確かに雇われた....というのはある意味、間違いではないだろう。しかしその場合、この男の言う亜人の子供を売る....と言う時点で、そもそもの私の目的に反することになる。


 それともう一つ.....

 私は金にも権力にも興味はない.....。



 私は男を一瞥すると、シロに視線を移す。私のこの行動の意図をどうやらシロは理解したようで、小さくシロは頷いた。この視線の意味はというと....。


 その瞬間、不穏な気配が部屋の外から感じられた。と....同時に扉から現れたのは巨大な黒い塊....と化した大量の蝙蝠である。シロはそんな大量の蝙蝠たちを先導するように部屋を飛びまわり、そして男に噛みついた。それに続くように、一匹....二匹と次々と蝙蝠たちが男に噛みつき、纏わりついていく。


「う....うわあああぁぁぁぁぁぁ!!」


 悲鳴を上げる男の体は、まるで黒い毛を持った獣のようだ。大量の蝙蝠たちの羽ばたきは、まるで黒い塊が蠢いているよう....。それはちょうど風に吹かれる獣の黒い毛....とでも表現するべきか。

 

 こうして人間たちが苦しみながら死んでいく様は、今まで何度か見てきたが.....気分的には悪くない....。



 そうして十秒もしないうちにすっかり変わり果てた姿になった男の姿は、生きていた頃よりもずっと細くなっていた。その亡骸の上には、まるで自分一人で勝ち取った!...とでも言いたそうな満足気な顔を浮かべたシロがどっしりと佇んでいた。


 シロの貪欲さは知っての通りだが、この部屋に入ってから、最初から最後までずっとシロはこの男の血を吸いたそうにしていた。私はこの男の行動に関してとても興味があった....と言うよりも、人間の貴族というものに関して、少し気になったのだ。そのため、今にも飛び掛からんとするシロを抑えつつ、今までの事を運んだのだが.....。


 結果としては、私はあまり人間の貴族というものに好感は持てなかった。別に貴族が悪いとかそういう問題ではなく....ただ私が嫌いなだけだ。

 そもそも、私は貴族街で人間の貴族というものを初めて見たころから、不思議と不快感を抱いていた。そこには、今の私....というよりは、おそらく過去の私に関係があるのかもしれない。


 過去.....その存在を考えることとなったきっかけは他にもいくつかある。


 人間たちが苦しんでいる姿に異様に喜びを感じる....。その上、その他の事には私は一切喜びを感じていない。この屋敷にて.....記憶があいまいだが、私は多くの人間を惨殺した。その時の私は.....確かに笑っていた。


 あの....視界が赤く染まり、他のことは一切考えられなくなる感覚。自分の中をまるで自分以外の何かが支配しているようにも感じるあの感覚.....。




 気持ち悪い......


 自分の意思とは関係なしに湧き上がる異様な感情.....また自分の中に存在する得体のしれないものに.....私はとても気持ち悪さと不快感を覚えた。


「(もう....いい...これ以上、人間の血を飲むことはよそう.....。)」


 確かに人間の血を飲んだ時の満ち足りた感覚をもっと味わいたいという気持ちはある....。ただ、今後ももしこんなことがあれば....ということを考えるとどうも気が進まない。

 血を飲まないことで、吸血鬼(ヴァンパイア)にどんな悪影響があるか....ということは私自身よく実感している。もしかしたら死ぬ可能性もあるかもしれない.....。ただ、現状そんなことは分からない。


 まぁ.....このことはその時になったら考えることにしよう。



「あとは、二人と合流して.....これで終わり。随分と長い一日だったわね....。」


 当初はこの出来事を通じて人間の血を集められたらいいな.....そう考えていた。その結果、願望通り私は十分すぎるほどに多くの人間の血を得ることができた。しかし、それと同時に新たな問題も生まれてしまったようだ....。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 私は今、長く続く屋敷の廊下を歩いている。ヴォンはというと、目の前の光景から目を逸らすように私の体に抱き着いてくる。

 屋敷の廊下に広がる惨状はまさに地獄絵図。床、壁、あちこちに飛び散った赤い血は、まるで屋敷内を彩るように....無造作に広がっている。


「まさか....これを?」


 ふと湧き上がった可能性を、私は一度は否定する。しかし、それ以外考えられない...というのが事実だ。こんなことが出来るのは、()()以外いない。


 しかし同時に彼女だとは思えないという点もある。確か、彼女は人間を殺すことを変に避けていた節がある。いや...というよりも、面倒事が起こることを避けていたというべきか...。

 でなければ...今頃この王国はどうなっていたか......。


 私は彼女の吸血鬼(ヴァンパイア)らしからぬ冷静な行動に淡い期待を抱いていたのかもしれない。ウバラ様と同じく...人間との和解、共存を望んでいると。

 しかし元を正せば、彼女の行動は全て自分のためだったのだ...ともいえる。思えば、私たち亜人に対して実力行使に出なかったのもそのためだろう。実際、今までの物事は彼女の良いように動いた。


 それに...彼女ははっきりと自分で話していた。




『吸血鬼様は.....私にとってのヴォンのように....。自分を犠牲にしても守りたい人はいますか?』


『考えたこともないです。自分にも利益があるならば考えますが......』




 そうして、私とヴォンは惨状の広がる屋敷を歩き続ける。所々...その道には血だけでなく赤い肉塊が広がっていることもあった。それが何なのかは...考えるまでもない。


 しばらくして、ある異変に気付く....



「(あれほど強く感じられていた殺気が....今はほとんど感じられない...?)」


 先ほど、地下室を出たときにはすぐ感じられた凄まじい圧力が、今では嘘のように消えている。それどころか、殺気すらも.....。


 嘘のように静まり返った屋敷内に残ったのは、そこに残された大きな傷跡だけであった。

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