血と狂乱
「一体....私は何をしていたの....?」
屋敷に入った辺りから記憶があいまいだ。
確か、屋敷の庭にいた人間は全員殺しておいたはず....。もともと屋敷にいる人間は殺すつもりだったから問題ない。だが、どうもそのあとの記憶がはっきりとしない....。
今現在、私は小さな部屋にいる。部屋の内装を彩る装飾品は全体を通して豪華であるところを見ると、ここは屋敷の一室と見ていいだろう。そして足元を見れば、三人の人間が息絶えていた。とはいっても、誰一人として原型はとどめていないが....。
一人はまだ形をとどめているが、血を抜かれておりミイラのようになっている。他の二人はバラバラだ。部屋中にまき散らされた血は、豪華な室内を赤く染め上げており、私の足元はというとまるで池のようになっている。
「....私が...やったの?」
周囲に私以外はいない....というのもあるが、何より私の服は返り血で真っ赤に染まっている。
不思議と、体に力が湧いてくるようだ。喉の渇きは一切なく....とても気分がいい。それもそのはずだ....何より私の体で血に濡れているのは口元なのだから。
ふと、赤い視界に白い何かがいるのが目に入る。最初は特に気にしなかったため、ものか何かだと間違えていたが....あれは蝙蝠だ。白い蝙蝠なんてあいつしかいない。
「シロ....。」
私がそう呼びかけると、いつになく素直にこちらへやって来た。その表情はどこか心配気な様子だ。最近シロはそんな表情ばかりしている。
初めの頃の私に対する所業といい、主に対する態度とは思えない私に対する対応といい....こいつが私のことを心配することなんて考えられないが....。
一体ここまで何があった....。
私は何とかここまでのことを思い出そうとする。記憶はあいまいだが、思い出せないということもない。
そんなことを考えながら、私は屋敷のある一室へと向かう。
現在屋敷内にいるのは、三人....。二人はヴェルドとヴォンだろう。この二人に関してはどうもする必要はない。あと一人に関しては別に生かしておく義理もない....。
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「侵入者....ですか?」
「すぐに護衛の兵を集めます。あなたも早く向かいなさい。」
「は...はい。他の使用人たちにも伝えてきます!!」
「ええ。なるべく早くしなさい!!こんなことで侯爵様に迷惑をかけてはなりません。」
従者の男の言葉に使用人はすぐさま屋敷の他の使用人たちの働く一階へと向かっていった。
「(本来であれば広い範囲を監視するために広く護衛は設置してあったのですが.....侵入者と分かっているのならば、地下牢だけは死守しなくては....。)」
ゴドリー侯爵は今までいくつもの悪事を闇に葬ってきた。それは、目撃者...関係者を皆消してきたからだ。屋敷で働く護衛の兵士や使用人....彼らにはその悪事の情報は殆ど知らされておらず、あっても噂程度.....明確な証拠とはならない。
ゴドリー侯爵のすべてを知っているのは、この従者の男....ただ一人である。
「(ちょうど地下牢には商品を監禁しているはず....。亜人の子供を誘拐し監禁したなど王国にばれれば....!!)」
何とかしなくては....!!
そんなはやる気持ちを抑えながら、従者の男は使用人からの朗報を待っているのだった。
「くそっ!!一体何をしている!!」
従者の男は焦りと苛立ちでとても落ち着かない様子であった。使用人を向かわせて、もう十分以上たっている。
侵入者を無事対処できたならば朗報が、そうでなければ凶報が....。どちらにしてもこちらへ連絡は何かしら来るはずだ。
「まさか....いや!そんなはずは。」
考えられる可能性としては....全滅。護衛の兵士も使用人も....全員死んだのであれば当然連絡は来ない。
「くそっ!!!」
従者の男は急いで階段を下りて一階へと向かう。その表情には焦りや不安....様々な感情が入り乱れている様子であった。
「(今回の事でまた侯爵様は莫大な資金....そして権力を手にすることになる.....こんなことで邪魔をされてたまるか!!)」
亜人の子供による利益。それは単なる売買時の利益の発生にとどまらない。勿論それだけでも金貨数百枚というかなりの利益になるが、それ以上に多くの繋がりが出来る。主にオークションなどに携わる闇の組織などだ。
それはすなわち....ゴドリー侯爵の目的である現国王の転覆にも繋がることとなる。
そして男が屋敷の一階、中央の上り階段に足を踏み入れ始めたところ....
「なんだ....これは....!?」
男の視界に広がったのは、一面を赤く染め上げる大量の血。そしてそこにゴミのように散らばっている兵士たちのなれの果てであった。
「一体....何が起こって....ひぃ!!」
男は足首に触れた異様な感覚に思わず後ずさる。そこには血まみれで横たわる使用人の一人が、やっとのことで上り階段を這い上りながら従者の男に助けを求めているのだった。
「た....助けてください....化け物が。」
「化け物!?何を言って....っ!?」
男の視線に入ったのは、黒い霧に包まれた得体のしれない存在....。周囲には大量の蝙蝠が飛び回っており、その存在の異様さを際立たせる。
その姿は今の従者の男には、自身に死をもたらしに来た死神のようにも見えた。
男はすぐさま踵を返し全力で階段を駆け上る。しかし、それを逃さんと足首を掴む使用人の姿があった。
「くそっ!!放しなさい!!」
「お...お願い...します。たすけ....」
そんな使用人の悲痛な叫びも聞き入れられることはなく、従者の男によって蹴り捨てられた使用人は、哀れにも階段を転げ落ちていった。
「なんなんだ!!あの化け物は!?死神?....そんなものが存在するはずも.....。」
得たいの知れない存在の登場に、男はすっかり平常心を失っていた。連絡がいつまでたっても来なかったのは、あり得てはならない最悪の結果.....全滅。
「(とにかく....あれを何とかしなくては....。)」
従者の男が向かった先は、ある部屋の一室。そこには、ちょうどあの亜人の子供を攫ってきた男二人がいる。
「(亜人の集落へ潜入して子供を誘拐してこれるような奴らだ。下賤な衆ではあるが、それなりの戦闘力はあるはずだ。)」
男は屋敷を置いて逃げるということも考えていた。しかし、そんなことをすれば、まず屋敷を含めた多くの資産を行う。その上、屋敷には今まで自身の主が行ってきた悪事の証拠となり得るものもある。
そんなものがもし、王国にばれでもしたら....。
「(なんとしてでも....あの化け物を処理しなくては....!!)」
そう言って、従者の男はある部屋に入っていったのだった。
誘拐、暗殺....その他、闇の稼業を専門とする下賤な衆を留めておくにはあまりに豪華すぎる部屋でもあるが、腐っても亜人の子供を攫ってきたことはゴドリー侯爵にとって大きな利益である。それに、この屋敷で豪華でない部屋など....地下牢くらいだ。
「へっへ...すげぇなこれは....。」
「流石は侯爵様...ってところだな!!」
部屋に入ると、男二人は部屋にある高価な装飾、家具....等々を遠慮もなく触ったり持ち上げたり....とやりたい放題であった。普段であれば、従者の男は間違いなく咎めるところではあるが、今の男にそんな余裕はなかった。
「は...早く!!外に出なさい!!」
「あぁ?なんだよ。もう俺たちは用済みってか?」
「ちっ...どうせ俺たちみたいな人間は貴族様方からすればゴミみたいなもんだろうよ....。」
そう言って男二人は嫌々ながらも、部屋の外へと向かう。従者の男が彼ら二人を外に出そうとしたのは、あの化け物と無理やりにでもぶつからせようとしたためだ。
二人とも負ける可能性はすでに男の頭にはなかった。男の頭には、とにかくあの化け物とこいつらをぶつける....それだけであった。
「な....何をしてるんです!?早くしなさい!!」
「なんでぇ!俺たちぁ、ゆっくり歩いて外に向かおうと思ってるだけだ。」
「早く....早くしないと....あれが....」
従者の男がそう口にしたと同時に....男の背後の扉がゆっくりと開かれる音がした。
「....あなたひどいのね?同じ人間の....それも同じ屋敷にいる仲間...じゃなかったの?」
男が恐る恐る後ろを振り向くと、そこには扉の前に立つ....化け物が立っていた。そして、やはり周囲には蝙蝠が数匹飛び回っていた。
「っ!?....吸血鬼!?なんでそんな化け物がここに!?」
「お...俺はこんな化け物に関わってる余裕はねえぇぇぇ!!!!」
男二人は周囲を飛び回る蝙蝠を見て、すぐにその存在の正体を察したのだった。周囲に蝙蝠を侍らせている生き物など、真っ先に思い浮かぶのは吸血鬼である。
戦闘経験がそれなりにあり、魔物とも戦う機会があった二人はよく知っていたのだろう。
先に足を踏み出した男はとにかく目の前にいる化け物から離れようと、窓を目指す。ここは二階ではあるが、死にはしないだろう。扉の方へ向かって確実に死ぬよりかは数段ましだ。
男の一人は窓を思い切り開き、窓枠に足をかける......
「おい!!早まるな!!」
しかし、その制止は必要なかった。一瞬で霧となって移動をした黒い影によって、男は首筋を噛まれていたからだ。そして、逃げ出す間もなく、すべての血を吸いつくされた男は力なくその場に倒れこんだ。
「あ~あ....もう死んじゃった....。もっと血を飲みたいのに!!なんで!?なんで!?なんでこんなにすぐに死んじゃうのなかなぁ!?あははははは!!!」
「うわああああぁぁぁぁ!!」
仲間があっさりと死んだことに動揺したのか、狂ったように男は扉を目指し始める。
「き...貴様!!下民の分際でこの私を置いてどこへ....」
しかし、従者の男の言葉が届くことはなかった。ちょうどその男は従者の男の目の前で、数十に分断されたからである。
「ひいぃぃぃぃ!!お...お助け....。」
男のそんな言葉に対して、少女は口元に笑みを浮かべながら男の目の前へとやってくる。
「....もしかして命乞い?でもあなた....ちょうど人の命乞いを蹴ってきたところでしょう?」
そう言って、少女は手に持っていた何かを男の目の前へと持ってくる。それは悲痛な顔をした....先ほど男に助けを求めた使用人の首であった。
「ひぃ....。」
「ほら?あなたに助けを求めてる....今もね?同じ屋敷に住む仲間なんだから.....助けに行ってあげるべきだと思わない?」
「や...やめてくれ.....うあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あぁ....楽しぃ.....。あははははははははは!!!」
少女の笑い声はしばらくの間、屋敷に響き渡った。




