救出
「ここに狼人の子供が捕らえられているはずだ。どこにいる!!」
「ひいいぃぃ!!ち...地下牢だ!ここを行った先の階段を下ればすぐに着く。だから殺さないでくれ!!」
「....地下牢か。」
ヴェルドはそうして屋敷の兵士から首を掴んでいた手を離した。
「お前を殺すつもりはない。そこまで堕ちるつもりはないからな。」
そう言い捨てると、ヴェルドは屋敷の廊下を突き進んでいく。目指すはヴォンが捕らえられているという地下牢だ。
「(それにしても....兵士がいるのは屋敷の外だけと思ったが、中にもこれだけいるとは....。何かの襲撃でも恐れていたのか?)」
襲撃というのは、今回のヴェルド達の行動もそれに入るだろう。しかし、向こうも攫ってきた亜人の集落からわざわざ....それもこんなに早くにやってくるとは考えていないはずだ。集落からこの王国までは、徒歩ならば一週間近くかかる。ヴォンが攫われたのはほんの数日前だと思われるので、向こうにしても想定はしていないだろう。なにせ、こちらは空を飛んでやってきているのだから。
「(となると....何か他の者の襲撃を恐れているのか....。)」
確か、この王国では亜人の奴隷化等の売買は認められていないはずだ。まして、王国外の集落から子供を誘拐してくるなど国が許すはずもないだろう。
どうやら、この屋敷の主は非合法なことをいくつも行っているように思える。そう考えれば...この守りの厳重さも理解できる。
「貴様!!侵入者か!!」
「獣風情が!!」
そう言ってまた二人の人間の兵士が、剣を振りかぶってこちらへ向かってくる。それに対して、ヴェルドは落ち着いた様子で兵士二人を無力化する。胴の防具をちょうど砕く程度....体には傷はつけないようにだ。
衝撃に耐えられなかった兵士二人は、ヴェルドが殴ると同時に気絶して床に倒れこんだ。
そして、ヴェルドは自身の体の変化を強く感じていた。
「(やはり以前よりも格段に力が増している....!?これが彼女の言っていた血の力というものか...。)」
彼女の話によると、吸血鬼の血には与えた相手を自身の眷属にする力がある。そして、彼女から直接的な表現はなかったが、おそらく眷属たちの力は主に比例して大きくなる。そうでなければ、あの蝙蝠たちの異常な魔力に説明がつかない。
ヴェルドはそんなことを感じながら、改めて自身の力を実感する。
「(不本意だったが....この力があれば、俺はヴォンを救い出せる!!)」
さらに言えば、すでにヴェルドの力は他の亜人の力を大きく凌駕するほどに大きくなっていた。しかし、今の彼はそんなことは知る由もない。
「....これか..。」
ヴェルドはそう呟くと、暗い地下室への階段へと足を踏み入れていったのだった...。
地下室の中は、とても暗く....そして様々なにおいがした。
何やら物が腐っているようなにおい....一番強く感じられるのは血の匂いだろうか。地下牢内にはいくつか牢があり、見たところ中には誰もいる様子はない。
しかし、この血の匂いが示すように....牢の中にはおびただしい血の跡がまき散らされていた。恐らくだが、私が来る以前にここに入っていた者のなれの果てだろう。
この様子からも分かるように、この屋敷が正常な場所とは思えない。あの守りの厳重さは、王国からこれを隠すためだろうか。
「(ヴォンは...!?まさか殺されてはいないだろうな...!!)」
胸に不安を抱えながら、地下牢をさらに奥へと進んで行く。ここまで十余りの牢があったが、いずれも中には誰もおらず、あったのは血の跡だけであった。
すると...ふと聞きなれた息遣い、そして魔力の流れを感じた。魔力の流れは随分と小さいが、しかし確実に私の知っているものだ。
「ヴォン!?」
「父ちゃん!!」
見たところ、ヴォンは手足を縛られ口を塞がれていたが、その体には目立った傷はないようだ。人間は亜人のことをただの獣としか考えていない。そのため、傷だらけにされていてもおかしくはないと思っていたのだが....無事で何よりだ。
私はすぐさまヴォンの手足と口の拘束を解き、ひとまずヴォンが無事であったことに安心しその体をそっと抱きしめてやる。
「俺...あんな奴らに屈したりなんてしなかったよ...!!絶対助けに来るって信じてた....。」
ヴォンは今にも泣きそうな顔でそう答える。そこにはとても強い意思を感じた。
まだ幼いのに....どうやら強い子に育ったようだ。俺なんかよりはずっと....。
「それにしても...父ちゃんはどうしてここが分かったの?俺が攫われたときは父ちゃんは集落にもいなかったよね?」
「あぁ....実はある人が協力をしてくれてな。そのおかげでお前を助けることが出来た。」
「ある....人?もしかして、あのお姉ちゃん!?」
お姉ちゃん...?
そう言えば、ヴォンは吸血鬼様のことをそう呼んでいたっけか....。妙にヴォンは彼女に懐いており、集落への道中、俺はと言うと...ヴォンが彼女に一方的に話かけ続けていることにずっとびくびくしていたっけか....。
「...ああそうだよ。」
「本当!?俺、お姉ちゃんにお礼を言いたかったんだ!!今どこにいるの?」
ヴォンはどこかうれしそうな顔でそう話す。理由は何であれ、ヴォンにとって彼女は自分たちを助けてくれた救世主のような存在なのだろう。
次の私の言葉にわくわくしたような様子のヴォンに、私は暗いトーンで答える。
「...ヴォン.....もうあの人には関わらない方がいい。」
「え....?」
「あの人は俺たちとは住む世界が違う....。お互い、これ以上は関わらないべきだということで話はついた。」
「どうして!?お姉ちゃんは俺たちを助けてくれた......それで十分じゃないか!!」
そう....ヴォンにとっては彼女はただの自分とその父親を助けてくれた良い人でしかない。子供らしい...そしてそれが子供の良いところでもあるだろう。子供は素直すぎる....。
亜人と人間の隔たり....。それと同じように、吸血鬼と他の生き物たちの隔たりはすでに取り返しのつかないほど...大きく開いてしまっている。
それどころか、私は彼女ほど強大な存在を今まで見たことがない。
国一つを簡単に消すことが出来るほどの力.....。
かたや、こちらは単なる一介の亜人に過ぎないのだから....。
「お前も大人になれば分かるよ....。」
「そんな!?」
そう....これはヴォンの子供故の素直さによるもの。世の中には線を引くべきものがある。
納得のできない様子のヴォンを連れて、私は地下牢と屋敷をつなぐ階段を上っていく。徐々に光が見え始め....視界が開き始める。
目的は果たした....。
あとは彼女と合流し、集落へと無事に帰るのみ....。
そう思って、私は光へ向かって足を踏み出した....。
その瞬間......凄まじい圧力がヴェルドとヴォンを襲った。
「んなっ!?」
「と...父ちゃん!!!」
ヴォンは私の体にしっかりしがみついて飛ばされんと踏ん張っている。それほどまでに、この圧力は凄まじく....もはや暴風のようであった。
圧力の正体は.....以前も感じたことがある、彼女の魔力だ。しかし以前と明らかに違うのは、その魔力には明確な殺気が含まれていたことだ。
誰か個人に....というよりは周囲に無差別にまき散らされる殺気、といったところか.....。
「(一体何が....。)」
そう思った瞬間.....真っ赤に染まった何か...が私の足元へと飛んできた。
一つや二つではない.....十にも及ぶ、その何かはこの魔力の暴風にさらされ次から次へと私の足元へと吹き飛ばされてくる。
一体何なんだ......。
そう感じたのもつかの間.....また飛ばされてきた何かによって、私はその正体に気づいた。
「....人間..。」
飛ばされてきたのは、私がヴォンの居場所を聞き出した....すぐ先ほどまで生きていたはずの屋敷の兵士の生首であった...。
その異様な光景に震えるヴォンを抱きしめながら、私は胸の奥からこみ上げてくる....言いようもない不安感に支配されていた。
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「くそ!!化け物が....。」
殺されなかったのは幸いか.....まさか亜人が屋敷を襲撃するなど誰が予想したことか....。
噂によると、どうやらこの屋敷の主であるゴドリー侯爵が最近とうとう狼人の子供を捕らえたなどという話があったが.....狼人の集落からわざわざやって来たということか?
そうなれば、おそらくは集落総出でやってくるはず....。人間の国に単身で乗り込んでくるなどあり得ないだろう。
「(また始まるのか....亜人と人間の戦争が....。)」
それもまさか亜人の保護を謳っているこのセリオン王国でそれが起こるなど.....皮肉な話だ。
そんなことを考えていると...向こうから慌てたように自分と同じ防具を着た兵士がやってくる。奴も俺と同じくこの屋敷を護衛する者の一人だ。
「おい!手助けしてくれ!こっちに一匹亜人が入りこみやがった!!目的は亜人の子供だろう。」
「それどころじゃねえよ!!こっちは化け物がいるんだぞ!!もうすでに何人も殺られた!!」
そう言って話す奴はとてもまともな様子ではなかった。何かにひどく怯えたような.....。
「ひぃぃ!!!来たあぁぁぁ!!!」
必死にもがくように逃げるそいつは恐怖のあまり、走ることすらままならない様子で床を這い続けている。
「助けて...助けてくれえええぇぇぇ!!」
奴の逃げる方向と逆側.....長い廊下の向こう側には何やら黒い何かがゆっくりとこちらへ迫ってきているのが見えた....。
「(なんだあれは.....子供か?)」
体全体が黒い霧で覆われており、顔も良く見えないので断定はできないが....背丈的に考えて10歳かそこらだろう。
しかし、纏う黒い霧もそうだが.....この謎の圧迫感、仲間の兵士のこの異常な様子も相まって、ただの子供ということはだろう。
そう思って警戒を強めた瞬間.....頬を何かが掠めた気がした。
「(一体何が.....っ!?)」
その瞬間、俺の目に入ったのは.....十以上のパーツに分断された、仲間の見る影もない姿であった。
「う....うわああああぁぁぁぁぁ!!!」
逃げなくては!!
俺の逃げる先にあるのは地下牢....。あの亜人が向かった方向ではあるが....どう考えてもこの化け物よりかはましだ!!
無我夢中で俺は逃げる....。人は死に直面すると、通常では信じられない力を出すという。今の俺は恐らくだが、普段の倍の速度で走っていることだろう。
しかし、そんな俺の決死の走りをあざ笑うかのように、背後に感じていた圧迫感が一瞬にして消え失せた。
「ねぇ....どこに行くの...?」
黒い霧に覆われ、黒いローブを身に着けた.....少女が私の目の前に現れた。片手には生首を持っており、まるでおもちゃででも遊ぶように生首を弄んでいる。
少女は生首から滴る血を大事そうに手に注ぐと、それを口元へと運んでいく。顔は殆ど見えないが、口元には確かに笑みを浮かべていた。
「あぁ....もったいない。こんなに床にこぼしちゃって....。
ねぇ...どうして初めからこうしなかったの?こんなに簡単に....こんなにおいしいものが飲めるのに....。うふふふ....あはははは!!」
少女は自問自答をしながら笑い始める。
まともじゃない.....狂っている!!
とにかくすぐにでもこの場を離れなければ。どうやらあの化け物には今、自分の姿は映っていない。
こっそり逃げれば....!!
「次はうまくやらないとね....。」
俺の背後から声がした....。




