襲撃開始
王国上空を蝙蝠たちが覆い始める。これだけ数がいるわけだ....さすがに地上からも気づき始めるものが出てくるだろう。
ここに来る道すがら、ヴェルドには全てを話した。自分がヴェルドを眷属にしてしまったこと....。これ以上、彼と関わることもないため黙っていても良かったのだが....黙ったままにしておくのは、どこか気が引ける。
実際、私自身もなぜヴェルドに血を分け与えることになったのかよく分からない。特に一度目に関しては、そのことは知らなかったはずなのだが.....。
確かあの時は....頭の中でそうするように言われた気がした....。
「吸血鬼様!それで....一体ヴォンはどこに?」
ヴェルドにそう言われ、私は考えるのを中断する。これ以上考えても答えは出ないだろう。
「場所は....ここからじゃ分からないでしょう。私についてきてくれますか?」
と言っても蝙蝠たちが勝手にヴェルドを運んでくれるだろうが....。私はシロと十匹ほどの蝙蝠たちを連れて地上へ向けて降りていく。残りの大量の蝙蝠たちはとりあえず待機させておく。目指すは、貴族街のある屋敷の前だ....。
「うわあああああぁぁぁぁ!!」
ヴェルドを運んでいた蝙蝠たちが、私に続いて急降下を始めたためヴェルドが悲鳴を上げる。それにしても....空を飛べないというのは不便だね。私も最初はそうだったのでよくわかる....。
悲鳴を上げるヴェルドに対し、哀れみの目を向けながら、私は地上へ向かって行く。
ところで....ヴォンは恐らくだが、奴隷か何かとして売られるために攫われたのだろう。となれば、それを取り返そうとすれば、当然抵抗をしてくる人間はいるだろう....。
今後、私はどこかに家でも確保してそこで暮らそうとでも考えているのだが....その際に私が吸血鬼だと人間に知られると面倒なことになる。
とりあえず姿を隠す手段は考えているので、その点は問題ないだろう。邪魔をしてくる人間に関しては.....私の糧にでもなってもらうことにしよう。
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セリオン王国の貴族、ゴドリー侯爵には悪い噂が絶えない。その噂というのは....盗み、暗殺、誘拐....。とにかく、闇が関わることならば何でもだ。
侯爵というのは、公爵に比べれば爵位が低く権力にも差がある。しかし、実質的にこの王国で最も権力を持っているのは、このゴドリー侯爵と言っても過言ではない。表向きでは侯爵であるゴドリー侯爵は王国の公爵には逆らえないはずなのだが、誰一人ゴドリー侯爵に手を出すものはいない。勿論公爵もだ...。
その理由としては、ゴドリー侯爵が闇に通じていることが大きな要因だろう。つまり、表向きの権力でゴドリー侯爵を伏すことが出来ても、そこでは暗殺等の裏の力が働くためである。実際ゴドリー侯爵に手を出した、公爵や侯爵たちが何人も原因不明の死を遂げている。そして、そこにはゴドリー侯爵がやったという痕跡は一切残らない。
こうして、みるみるうちに権力をつけていったゴドリー侯爵は、王国の貴族たちを実質的にすべて支配することになった。しかし、そんなゴドリー侯爵にも容易に手を出せない存在というものが存在する。
それは、現国王であるミルド3世である。表向きの権力では言うまでもなく逆らえない。その上、暗殺等の裏の力を用いるにしても、王家の守りというのは貴族の比ではない。もし下手に暗殺者を送り捕まりでもしたら....今までの悪事がすべてばれることにもなりかねない。
ゴドリー侯爵は、非常に強い選民思想を持っている。それは、代々彼の家であるワー=ルイーン家の考えに起因しているものがあるだろう。そのため、ミルド3世が掲げた法には我慢ならないものがあった....。
貴族と平民の平等化。選ばれし存在である我々が下賤の存在である平民と同じ扱いなど誰が我慢できようか....。その上挙句の果てには、亜人にまで平等の姿勢を見せ始めた。獣風情に人間と同じ扱いをするなど考えられない話だ。
こうして、ゴドリー侯爵は王へ反旗を翻すことを決めたのだった。
まず彼が行ったのは同じ思想を持つ者たちを集め、統制すること。これは難しくはなかった。現国王に不満を持つ貴族はたくさんおり、もはやゴドリー侯爵に逆らうものはいなかったためだ。
こうしてゴドリー侯爵は王国貴族の半分以上を手中に収めることとなった。残りの半分はそうした不満を持たない変わり者....または自分に従わない者である。そうした者達に、ゴドリー侯爵は容赦なく圧力をかけた....。
傲慢かつ卑劣....。しかし、悪事に関して頭の回るゴドリー侯爵は王国側に警戒されながらも、証拠を残さず着実に王国への攻撃の機会を窺っていた。これだけの悪事....王国側も気づかないわけはないが、やはり証拠がなく手を出せずにいた。
そして、今回の亜人の子供の誘拐。これは彼にとっても大きな収穫となった。亜人というのは特に高く取引がされる。力は人間の数倍あり、それぞれが多彩な能力を持っている。特に子供に関しては、金貨数百枚で取引をされることもある。
今回のことを通して、ゴドリー侯爵は資金の調達とともに、改めて自身の力を示そうとしているのである。
しかし....その計画には狂いが生じ始める.....
「侯爵様!大変です!」
従者の男が勢いよく扉を開け、ゴドリー侯爵の部屋へ入ってくる。
「一体何事だ!?もしや....あれが逃げ出しでもしたのか!?」
「いえ....あれに関しては今も地下牢で監禁してあります....。ですが、侵入者が....。」
「ちッ...面倒な....。兵を今すぐ集めて侵入者を始末しろ!!」
「で...ですが....。凄まじい怪力で、すでに二人殺られました...。」
「なんだと!?」
「侵入者の目的は....おそらくあれかと....。」
「今すぐ全戦力で対応しろ!?あの二人もだ!外の兵士共よりかは数段ましだろう!」
「は....わわ分かりました!!」
ゴドリー侯爵の凄まじい剣幕に従者の男は慌てて部屋の外へと飛び出していった。
「凄まじい怪力.....まさか!?亜人共か...?まさか....こんなところに奴らが来るはずが....。」
ゴドリー侯爵の額に焦りからか、大量の汗がにじみ出る....。
「あと少しなのだ.....!!この王国が俺のものになるのは!!」
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貴族街に位置するひときわ大きな屋敷....
ここの通りには一度来たことがあるが....これが平民と貴族の差というものなのだろう....。
王国の通りに広がっていた街並み....そして路地の先に広がっていた景色を思い出しながら、私はそう感じた。
この王国にはいろいろな顔がある。一見賑わっているように思える大通りを少し離れれば、今にも死にかけそうな人間たちが道端に転がっているという光景....。そして平民、貴族というように分けられた居住区。人間というのは....こういうものなのだろうか。
どうやらヴォンはこの屋敷の地下に捕らえられているらしく、それをヴェルドに伝えたところ...すぐ前まで上空からの急降下で目に見えて疲れていたのにも関わらず、弾丸のように屋敷へ突っ込んで行ってしまった。すでに人間を数人殺してしまったようだ。
「化け物だあああぁぁぁぁ!!」
「殺せ!!早く殺...うあぁぁぁぁぁぁ!!」
屋敷の庭を守っているらしい兵士たちの阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえる。ヴェルドによって無残にも破壊された門を抜けると、そこには広大な庭が広がっている。屋敷はちょうどその中央に位置している。
門の近くには、門番をやっていたであろう人間たちが無残に死んでいる。ヴェルドの仕業だろう。
ちなみに、今の私は外から見れば黒い霧で覆われたように見えるだろう。これは先ほど言った姿を隠す手段だ。魔法で自分の周りに霧を発生させるとともに、周囲の生物にも影響を与え、私が見えないようにしている。
これで、私の姿を見られたとしても顔までは分からないだろう。これで何を私がしようと、今後に響いてくることはない。
「おい....。そこにいるのは誰だあぁ!!」
「さっきの化け物の仲間.....ガキだと!?」
なお、姿を完全に消しているわけではないので普通に相手からは見える。早速ヴェルドの猛攻から逃れた人間たちにばれてしまった....。
「なんだか分からんが....やっちまえ!!」
「あんな化け物の後に来る奴なんてまともな奴のわけがねぇ!!!」
まともじゃないとは失礼な....。まあ人間からすれば吸血鬼はまともじゃないだろうが....。
すでにヴェルドが数人殺ってしまっている....。先ほども言った通り、私の糧となってもらうとしよう。
私は素早く向かってきた人間の一人に飛び掛かると、持っていた剣ごと頭を薙ぎ払うように蹴り飛ばした。私の速度にその人間は全く反応できずに剣は真っ二つに折れ、頭が弾け飛ぶ。そして、飛び散った血を浴びるようにして、私は血を口に含んだ。
心地よい甘みが口全体に広がり、体に染み渡る....。喉の渇きが癒され、体全体に力が湧き上がってくるとともに.....もっとこの味を楽しみたいという衝動に襲われる。
辺りを見回せば....恐れた様子の人間たちが私を見つめていた。
「なぁんだ....。まだまだ楽しめるわね....。」
「ひいいぃぃぃぃ!!」
「お助けえええぇぇぇぇ!!」
それから一分も立たないうちに....
屋敷の庭に広がっていたのは、物言わぬ死体となった屋敷の兵士たち。そして庭に広がった血の池の上を何事もなかったかのように平然と歩く、少女の姿であった....。




