攫われた子供
「おい....ウェン!!一体どういうことだ!!」
ヴェルドはひどく慌てた様子でウェンの肩を掴み、ウェンに呼びかける。それは、どこか間違いであってほしい....。そんなことをウェンに期待しているようにも思えた....。
「おい、落ち着けって!!今集落じゅうの仲間たちで探してるところだ。とりあえず落ち着くんだ!」
「ヴォンは.....どこに行ったんだ!?集落にはいないのか!?また森にでも行ったのか!?」
最初は慌てるウェンをヴェルドが収めるという構図だったのだが、もはや逆になっている。その後、会話が成立しないヴェルドをウェンが収め、集落の狼人たちが戻ってくるのを待つことになった。
そして日が落ち始めるころ.....村長を中心に、集落の一番大きな家に集落の狼人たち全員が集まり話し合いが始まった。
「さて、ヴォンがいなくなった話だが....まず見つかったものがある。」
そう言って村長が取り出したのは、ヴォンが持っていたという子供用の槍だ。どうやらヴォンは今回の出来事で自分が何もできなかったことに思うところがあり、戦う練習をしていたという。ヴォンがいなくなったのはちょうどそのときだろう。
それに村長の話によると、昨日の夜、集落に近づく怪しげな人影を見たという。その様相は明らかに集落の者ではなく、人間と考えるのが妥当だろう。
「....以上の事から、ヴォンは人間に攫われたものと考えるべきだろう。おそらくはここから一番近い王国からの差し金だろう。」
以前から亜人を狙う人間たちがこの周辺にいたのは、ヴェルドとヴォンが襲われたことからも分かるだろう。
「では....今ヴォンは人間の国に....?」
「そういうことだ....それに残念だが....ヴォンを助けるのは難しいだろう。」
「そんな!?」
「この集落の者ならみな知っているように、人間と亜人の溝は大きい。我々亜人が人間の国に行くということ自体が難しいのだ。その上、王国では禁止されているはずの亜人の誘拐をできるぐらいだ....。相当の権力を持ったものだと考えられる。一介の狼人に過ぎない我々ではどうにもできん....。」
そう村長は言う。確かに村長の言うことは間違っていないだろう。集落の者たちはとても受け入れられないという表情を浮かべながらも、仕方がないことだと割り切っている様子もあった。しかし.....
「私は....自分の息子を....ヴォンを諦めるなんてできません!!私一人でも助け出してきます!!」
「おい待て!!ヴェルド、どこに行く!!」
そう言ってヴェルドは狼人たちが集まっていた家から飛び出した。後から次々と狼人たちが飛び出してきて、ヴェルドを追いかける。
「ヴェルド!!」
ふと....聞きなれた友人の声が聞こえ、ヴェルドは足を止めた。振り返ると、やはり声の主はウェンであった。
「何か当てはあるのか?」
その言葉にヴェルドは思わず驚きの表情を見せる。ウェンはヴェルドを止めるでもなく、ただ、助けられる可能性はあるのか.....そう聞いたのだった。
「あぁ....当てはある。」
他の者たち全員が、ウェンとヴェルドのその様子を遠目に見ている中....一人の狼人が二人に歩み出る。ヴェルドの妻である。
「ヴェルド....あんた....。」
不安そうな表情を浮かべる彼女に、ヴェルドは問題ない....と言うように...
「安心しろ。必ずヴォンを連れて帰ってくる。」
ヴェルドはそう言い残すと、集落を後にした。目指すは....彼女がいるであろう森の方向だ。
昼でも光を通さない森の中を、ヴェルドは進んで行く。すでに夜は明け始めており、それにもかかわらず森の中は依然として暗いままだ。ここに来る道中、幸いなことにヴェルドは魔物に遭遇することは一切なかった。考えてみれば、たったの一人でこの大森林に来ることなど、本来であれば自殺行為でしかない。
中心に行けば行くほど魔力が強くなるという変わった構造を持つピロー大森林は、その特徴も相まって中心に行くほど魔物は強くなり、周囲の景色も変わってくる。しかし森の浅い場所とはいえ、油断はできない。そもそも強い魔力が漂っているのには変わらないのだから。
そのため、一介の狼人に過ぎないヴェルドにはいくら力が強い亜人とはいえ辛いものがあるだろう。しかし、亜人族の中で一番探知能力に優れており、逃げ足も速いのは狼人である。それも彼がここまで生き残ってきた要因でもあるだろう。
「(ここまでやって来たのはいいものの....本当にこれでいいのだろうか....。)」
ヴェルドが心配しているのは、そもそもヴェルドは彼女がここにいる確証などは持っていなかったということだ。
では、なぜここに来たのか。それはそもそも、この周辺で彼女が無事でいられる場所などここしかないからだ。日中でも光を通さないこの森の特徴は吸血鬼にとっては不可欠なものだ。
これらの事から、半ば確信をもってここに来たヴェルドが、今になって心配し始めたのはもう一つの理由がある。
「(この森に入ってから今まで彼女の魔力を全く感じることが出来ない....。あれだけ強大な魔力は忘れるはずもないのに....。)」
探知能力に優れた狼人は、魔力の流れを感じることに長けている。そんな彼だからこそ、一度触れた魔力の波長は忘れることがない。もしもそれが強大なものだとすればなおさらだ。
そのとき....そんな彼の心配を吹き飛ばす....そんな光景が現れる。
「(あれは....?)」
彼の目に入ってきたのは、この場所では到底見ることが出来ないはずの大量の魔草....その中には森の奥地でしかみることができないはずの上位魔草....そしてもはや伝説と言われることもあるほどの魔木の存在もあったのだった。その景色は....ちょうどある一方向に向かって広がっている。
「(そういえば....)」
この景色を見るのは彼は初めてではない....。以前ヴォンと森へ来た際に、森の木々がみるみる魔草に変わっていく光景を彼は見ていたはずなのだが....短い期間での様々なことに一時忘れてしまっていたのかもしれない。
その時のことを思い出したヴェルドは、強い確信をもってその方向へと向かって行く。やはり依然として彼女の魔力は感じられない....。すでにこの場にはいないとも捉えられるのだが、ヴェルドには彼女がそこにいる....という確信が確かにあった。
そして....その考えの通り、小さな池が見え始めたところで日の光をちょうど避けるように木陰に佇んでいる少女を見つけたのだった....。
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ちょうど森の中心に向けて進んで行こうとした矢先にこれだ....。
だるさ半分で見つめたヴェルドの顔はひどく焦った様子であった。ヴェルドの焦った顔は今までも散々見てきているが、今回は特に....といったところだ。
そもそも、ヴェルドは私のことをとても恐れていたはずだ。ようやく私と離れて集落に戻ることもできた。今回のことを借りにするといった以上、無関係....ということはないが、それでもヴェルドにしてみれば私とは関わりあいたくないはずだ.....。
私がヴェルドの真意について考察していると、そんな思考を妨害するかのように、突然ヴェルドは私の前に土下座をした。
「お願いします!息子を!ヴォンを助けてください!」
そうヴェルドは私に懇願してきた。そういえば、これと似たようなことを以前に言われたことがあった....。その時も自分の息子のことだったか.....それほどまでにヴェルドには大切なものらしい。
ともかくお願いを聞かないわけにはいかない。私自身がヴェルドに借りを作るということを言ってしまったからだ。別に聞き入れないと言ってもヴェルドは黙って引き下がるしかないだろうが、そんな恩を仇で返すようなことは当然私にはできない。
「....一体何があったんですか?」
そう私が聞くと、ヴェルドは下げていた顔を上げて答える。
「人間にヴォンが攫われました....。恐らく、王国の人間の仕業かと....。」
そう答えるヴェルドは、先ほどひどく焦っていたように見えたが、意外と冷静だった。考えるに、攫われてから時間が立っており、焦っているような段階は超えたということか....。焦っている暇などないともいえる.
「....分かりました。借りを作った以上は助ける他ないですね...。」
「...!では、早く王国へ....。」
「いえ...夜まで待ちましょう。」
そんな私の言葉を聞いたヴェルドは、驚き半分、苛立ち半分といった顔でこちらを見てきた。苛立ちというのは、焦りゆえのものだろう。
「そんな!?早くいかないとヴォンが...!」
「では...あなたの息子が王国の人間に攫われたのは確実ですか?もしそうなら場所は....?」
「そ...それは....。」
「そんな当てもないのに闇雲に探すのは愚策です....。魔力の流れから探そうとも、あなたの息子は魔力が小さすぎる...。」
夜に行動する理由としては、私が昼間には万全な状態で行動できないという理由もある。空を飛んで王国に向かうとしても、昼間には本来の半分の速度も出すことが出来ないからだ。それに、ヴォンを探す手段については考えている。
私は自分の体に同化させていた蝙蝠たちを十匹ほど外に出す。
「これは....?」
「この蝙蝠たちと私は離れていても互いに意思疎通できます。王国に飛ばしてあなたの息子を探すつもりです。」
そう言って、私は蝙蝠たちを王国に向けて飛ばす。一度すでに王国に行っており、場所も把握しているので以前のように場所が分からないということはないだろう。蝙蝠たちの飛行速度なら2,3時間ほどで王国につくだろう。ヴォンを見つけた連絡が来るまでにはもう夜になっていることだろう。
それから私の予想通り、日が落ち始めたころ....王国へ行かせた蝙蝠たちから連絡が来た。王国にはいないという可能性ももしかしたら....と懸念していたが、その心配もなかったようだ。
連絡を待っている最中....終始、ヴェルドは落ち着かない様子であった。それほどヴォンが心配なようだ。私にはどうもその感覚が理解できない....。
そんなことを考えながら、王国へ向かう準備をしていると、今までずっと黙っていたヴェルドが突然私に話しかけてきた。
「吸血鬼様。一つ...つまらないことを聞いていいですか?」
「つまらない....ことですか。今回の事にはあまり関係ないのでしょうが....まぁいいですよ。」
今までヴェルドがこんなことを言うことはなかったため、少し驚いた。ヴェルドは今まで私と話す際には、私の怒りを買わないようにビクビクしているような様子だったからだ。
「吸血鬼様は.....私にとってのヴォンのように....。自分を犠牲にしても守りたい人はいますか?」
予想もしなかったヴェルドの言葉だ...。言葉の真意はよく分からないが....私は嘘偽りなくその質問に答えた。
「考えたこともないです。自分にも利益があるならば考えますが....あなたはそういうことではないんですか?」
「...いえ.....。自分の利益なんて....私はヴォンのために...。」
「はぁ....もし本当にそうなら....私には理解できませんが....。私にはあなたに、自分の息子を守りたいという願望があるように思えるのですが....。」
「...それは....。」
「質問はそれで終わりですか?....私に何か期待してるならやめた方がいいですよ。私は自分のためにあなたを助けるだけです....。」
その後は特にヴェルドと会話を交わすことはなかった....。最後までヴェルドの質問の真意は分からなかったが.....。
私が質問に答え終わった後....なぜかシロがどこか悲しそうな顔をしているように思えた....。




