ヴェルドの覚悟
「.....は?」
予想もしなかった応答に、思わず私の声が漏れた。
こちらとしては、何とヴェルドが言おうと、問答無用で殺すつもりだったのだが.....実際のヴェルドの反応は全く理解が出来ないものだった。
なぜ、今そんなことを言うのか?
今の私を前に、自分の血を少し与えることで助かると思っているのか?当然そんなことがあるわけがない。言うまでもなく、私はこいつのすべての血を吸いつくすだろう。
一体何を考えているのか分からないが、こちらとしては願ったり叶ったりだ。こいつは人間ではないが、亜人.....。人間には近いものだろう。魔物の血ほどは不味くないだろうし、私の喉も少しは癒えるかもしれない。
「.....そう。......それはどうも。」
当然感謝など一ミリもしていない。ただ、これから死ぬこいつを皮肉ってそう言っただけだ。
そうして....私はヴェルドの首筋めがけて、歯を突き立てた。
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すっかり日は落ち始めた.....。
あれから、露店で出会った嫌味な老人の言っていた通りに道を行ったつもりだったのだが、吸血鬼様が見つかることはなかった。
あの老人が私を騙したのか.....いや、考え直してみれば、あの老人は何かを言いかけていた気がしなくもない。
とにかく、過ぎてしまったことだ.....。
それから、私はそのあたり周辺をくまなく探し、彼女を探した。人間たちに話を聞こうともしたが、そもそも私の話を聞くものなどいない。みんな私の顔を見て、逃げ出すか、獣だと罵るか.....それだけだ。
私が今立っているのは、ちょうど大図書館の目の前だ。彼女は確か、吸血鬼に関して調べるためにここに行くと言っていたはずだ.....。
しかし、もうすでに日は落ちており、図書館も閉館時間を過ぎているようだ。もうここにはいないだろう.....。
一体どうすれば.....。彼女の様子はこの国に来てから、明らかに違った。どこか、冷静さが欠けたような.....余裕がないようにも思えたのだ。
早く彼女を見つけなくては.....!?
ふと、私はあることに気づいた。感覚器官の優れた狼人であるからこそ気づくことが出来るような、そんな小さな魔力の乱れ.....。それを感じた方向に.....確かに彼女はいた。
人混みの中を歩いていく彼女の姿を確かに私の目は捕らえたのだった。
すぐに後を追おうとする。しかし、夜になっても相変わらず人通りが絶えることはなく、私の行く先の邪魔をする。そうこうしているうちに、彼女はどんどん先へと進んで行ってしまう。
彼女の姿を見失いながらも、魔力のわずかな乱れを頼りに後を追う。そして、たどり着いた場所は....なんと貴族街であった....。
ちょうど私が立っているのは、普通の平民の暮らしている平民街と貴族の暮らす貴族街のちょうど境界線にあたる場所だ。
「なんですの!どうして平民がこんな場所にいるんですの!?」
貴族街に入ってすぐ聞こえてきたのは、そんな声だ。その声につられるように、次々と貴族たちは一つの方向へ向かって歩いていく。
「やれやれ、平民ですと.....。」
「全く身の程知らずな輩がいるものですなぁ。」
すれ違った貴族たちから、そんな話し声が聞こえる。
とても居心地の悪い場所だ。万が一、私が亜人だなどということが分かれば、すぐさま彼らは私を捕らえ、奴隷にするなり、殺すなりということを平気ですることだろう。
そして、人気のない方へと進んで行ったところ、再び魔力の乱れを感じた。そして、それは先ほどよりも明らかに大きくなっている.....。
これは.....殺気だ。
急いで私は向かう。彼女が人間を殺そうとしている。そんなことがあれば、間違いなく王国は大混乱。そして彼女がその後何をするのか.....考えたくもない。
そうして私が着いたのは、大きな噴水のある広場だ。円状の広場からは四つの通りが伸びており、中心からはかなり広い範囲が見渡せるだろう。
そして.....噴水の縁。私からも見える範囲に、吸血鬼様と兵士が二人。そして、貴族であろう人間の男が向かい合っている姿が見えたのだった。
彼女が殺気を向けている方向は......間違いなくあの三人だ。
とにかく彼女を止めなくてはいけない。私はとにかく彼女と三人を離そうと、彼女に思い切りぶつかって吹き飛ばした。
本来ならば、こんなことをすれば彼女の怒りを買って私が殺されかねない.....としないのだが、今はそんなことを考えている暇はなかった。
「私の娘が申し訳ありません!!ふと目を離したすきに.....。どうかお許しを!!」
もちろん、彼女は私の娘などではない。そもそも種族が違うのだから。
しかし、今この状況で、突然割り込んできて吹き飛ばすなどということが自然なものを考えた結果、これが一番自然だと私の頭は結論を出した。
「なっ.....魔物がどうして街にいる!衛兵を読んで来い!」
兵士二人の後ろにいた人間が声を荒げる。
これも予想はしていたことだが.....ただですら亜人は獣扱いされるのに、何せここは貴族街だ。魔物と言われても不思議ではなかった。
私はすぐさま倒れていた彼女を抱えると、逃げるようにその場を後にした.....。
「はぁ.....はぁ.....。」
かなりの距離を全速力で走った.....。
ここまでの疲労も相まって、もう体は動きそうもない。
私が走っている間、抱えられた彼女からは何の反応もなかった。まさか、私がぶつかったことで怪我をしたわけでもないだろう。
そう思って、ふと彼女を見た.....。
その瞬間....本能的に寒気が走った気がした....。
彼女は相変わらずの無表情であったが、まっすぐと私を見つめていた。その目には光がなく、表情からは何の感情も読み取れない。
しかし、そこには今まで私を見つめるときには必ずあった.....感情がない。気分が良い時、苛立っているとき.....。今までの彼女には若干ではあるがそういった感情を読み取ることが出来た。
いや.....もしかすると、私がただ知らなかっただけなのかもしれない......。
本当に私を殺す気でいる彼女の顔など.....これが初めてなのだから.....。
「どうして.....邪魔を....した。」
彼女が呟いた。
感じ取ろうとも思わずとも、嫌でも感じてしまう.....私に対する殺気。明らかに今の彼女は異常だ。今までの彼女には、力をすべてと考えるはずの吸血鬼とは思えない冷静さがあった。そう、本来であれば、吸血鬼というのは、血と戦いを好む存在......。
そう考えると、力で解決できたはずの事をわざわざ遠回りにしてでも戦いを避けていた今までの彼女が異常であったのかもしれない。
彼女の瞳は、今や両方とも赤く光っている。確か普段の彼女の瞳は青っぽかったはずなのだが.....。
これが村長の恐れていたことだったのだろう。吸血鬼には吸血衝動が存在する。それは、どう頑張っても避けることはできない.....我々生物に必ずある、本能というものだ。
すなわち、人間と吸血鬼の対立は必然的なものなのである。
そうして、村長とサビ様は私に人間の血を渡した。これを予期してのことだろう。そのため.....私の答えに迷いはなかった....。
「吸血鬼様.....。私の血で....よければ.....。」
迷わず.....とはいっても、私の声は震える。
当然だろう.....これから死ぬのだから。
「.....?」
彼女が何かを呟いたが、私の耳には届かなかった。そんな余裕は私の心にはなかったのだろう。
「.....そう。......それはどうも。」
そう言って、彼女は私の首筋に顔を近づける。
あぁ.....これから死ぬのだ....。
思えば、こうなったのもすべて私が原因なのかもしれない.....。わざわざこの旅についてきたのは私の勝手だ。別に義理はなかった。何か彼女にお礼をしたかっただけだ。
しかし、集落に残したヴォンや私の妻.....そして親友のウェン.....。それだけが心残りだろう。
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村長とサビ様から人間の血を受け取ってからしばらく.....。
私はウバラ様の入った棺桶の前にいた。すでに村長とサビ様は集落へ戻っていった。私だけが聖地に残っている。
「......。」
なぜ私がこの場に残ったのか.....。それは、私に本当にこれを受け取る価値があるのか.....ということだ。これは、我々狼人と人間が初めて交流した証だ。
ウバラ様はいつも、人間と亜人が分かりあうことを望んでいた。結局それは叶わずじまいだが.....この証はいつまでも残るものだ。
「.....ウバラ様。これは狼人にとって.....そしてあなたにとってとても大切なもの.....。私一人の命とどちらが大切でしょうか.....。」
そう言って、私は証をウバラ様の棺桶の上に置いた。後悔はない。そもそもこれは私一人の問題だ。最後まで私自身でやり遂げなければならないことだ。
「これがなくたって.....自分の体にたくさんあるじゃないか.....。」
勿論、人間の血ではないが.....血ならある。
こうして、もう一度ウバラ様に一礼をすると、私は集落へと戻っていったのだった.....。
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思考が麻痺する.....。
もうすでに考えることを止めた私の頭は、ふと動き出す。
ヴェルドに突き立てた歯から、私はひたすら血を吸う。美味しくはないが.....不味くもない。少なくとも魔物の血と比べればこれほどおいしいものはないだろう。
乾ききっていた喉を潤す赤い血。あぁ.....ずっとこれを飲んでいたい....。
....いや。
私はヴェルドの首筋から口をはなす。ヴェルドは......疲労困憊のようだが、まだ生きていた。
「な....どう...して?」
ヴェルドが途切れ途切れに言葉を発した。
私は一体何を考えていた....?
よく思い出せない。
私はどうかしていたらしい。まさか、ヴェルドを殺そうなどと考えていたとは.....。
もう少し正気に戻るのが遅かったら、私はヴェルドの血をすべて吸いつくしていただろう.....。
「......忘れてください....。いや.....おかげで助かりました....。」
ヴェルドはよろよろと倒れこんだ。疲労しきっていたところに私が追い打ちをかけたのだ....。当然だろう。ヴェルドの首筋にはいまだ大きな噛み傷が残っており、血がダラダラと流れている。
私が傷口に手をかざすと、傷口はスゥっと消えていった。
「....なにが....!?」
「どうやら、私の血を分け与えると再生能力が上がるようですよ.....。立てますか?」
そう言って、私はヴェルドに手をかす。もう夜は更けている。そしてすでにこの国での用は済んでいる。
「これから.....どうしますか。どこかに止まるのであれば、一応少ないながらお金は用意してありますが.....。」
どうやらこの国に一日以上滞在することも考えてくれていたらしい。通貨を使わない亜人が持っている人間の通貨など少ないものだろう。
「いえ、お金なら私が持っています.....。それに、この国からはもう出るつもりです。」
「....ですが....。今からでは.....。私は....動けそうにも.....。」
「問題ないです......これを持っていてくれますか?」
そう言って、私は身に着けていた黒いローブをヴェルドに渡す。そうして、ローブの中にずっと押し込められていた黒い翼を広げる。久しぶりの感覚だ。
「一体何をするつもりですか....?」
「すぐ分かりますよ。」
そう言って、私はヴェルドを掴んで空高く舞い上がった。みるみるうちに、貴族街が小さくなり.....人間の国が見渡せる高さにまで上がった。
「こ.....これ!?まさか落ちるなんて.....!?」
「それはないです.....私が離さないので。」
「ですが....!?人間たちに見つからないのですか?」
「今日は月が出ていないので.....。地上からじゃ私たちの姿は見えないですよ。」
このまますぐにこの場を後にするのも味気ないので、しばらく眼下を見回していると、何やらあわただしい様子がうかがえる。
あれは.....確か冒険者組合だったか.....。昼間に見たが、あそこまでではなかったな....。
一体何があったのかは気になるが、今はとりあえずいいだろう。とりあえず私はすぐにでもここを後にしたい。人間を見ていると、ついつい血のことを考えてしまう。
翼に魔力を込める.....。
魔力の制御が上達したことで、魔力を以前よりも無駄なく込められるようになった。とりあえず加減が分からないので、全力の半分くらいにしておくか.....。何か翼の周りに稲妻が走っている気がするが.....気のせいだろう。
「吸血鬼様.....。魔力を込めすぎでは?魔力がかなり漏れ出しているように見えるのですが.....。」
何かヴェルドが言っているが.....今更遅い。
そして、私は勢いよく飛び出したのだった....。




