血と錯乱
気の抜けた声が後ろからしたため、慌てて後ろを振り返る。そこにいたのは、またまた一人の老人だ。
紫と青の模様が入った高級そうなローブを身に着け、白い髭を腰のあたりまで伸ばしている。随分と変わった見た目だが、何より驚いたのはその魔力量だ。
今の私には、魔力の流れが鮮明に見えるのだが、その量が凄まじい。あの森の、どの魔物よりも多いだろう。勿論、ドラゴンと比べると大したことはないようには思えるが、人間としては規格外だろう。
そして、何より魔力の流れに淀みがない。透き通っているだけでなく、流れも緩やかだ。
「魔眼....?」
先ほどの老人で気になった言葉を問い返す。
「そうじゃ。お前さんのその片目の事じゃよ。なかなか強い魔力を灯しておるのぅ。」
「魔眼が一体何なのかも気になりますが.....そもそもあなたは誰ですか?」
ちょうど知りたいと思っていたことをピンポイントで聞いてきた。この老人からはかなり情報を得られるだろう。そして、この老人の正体も気になる。
「わしか?わしはクルーク。一応この図書館の管理をしとるが.....まぁほとんど他の者に丸投げしとるがなぁ.....ふぉふぉふぉ。」
そう言って、賢者クルークは笑う。なるほど、それなら納得も行く。どれほどのものなのかとは思っていたが.....まさかここまでとは.....。
「それで.....賢者様が何の用ですか....?」
「なんじゃつまらない反応じゃのぅ....。わしは結構有名なつもりだったんじゃが.....。」
そう言って賢者クルークは肩を落とす。
「まぁよい。お前さんが知りたいのはその魔眼のことじゃろう。それは特別な眼じゃ。人間であれば、一万人に一人いるかといったところじゃな。魔眼を持つものに人間、魔物は関係ない。」
それに関しては同意だろう。私は人間ではないからな。そう考えながら、私は右目をもとに戻す。
「ほう?もうすでにコントロールが効くとは.....。その年では大したものじゃ。それに.....赤い魔眼は初めて見るわい。」
「それで.....この魔眼は一体どんな力が?」
「なんじゃ随分と積極的じゃのぅ。わしが知っとるのは、魔力を増大させたり知覚能力を増大させたり.....。そもそもわしよりお前さんの方が詳しかろう?」
「......そうですか。」
「魔眼を持つ者には以前にもあったことはあるが.....そう深く考えんでもよいじゃろう。ただ少しだけ人より目が良いくらいの認識じゃ.....と、もう日も落ちるころじゃろう。ここも今日は閉館じゃ。」
どうやら本を読んでいるうちに夜になってしまったらしい。ヴェルドを完全に忘れていたが....まあそれは後で考えることにしよう。
とにかく今は.....。
「本日は、ご来館ありがとうございました。」
職員が図書館を後にする私に挨拶する。正直そんなことはどうでもいい.....。どうでも....。
「........」
夜になって、少し人間の数が減ったといったところか....。これでは獲物が減って.....て何を考えているんだ....。
まずい......。周りの人間が餌にしか見えない....。不用意に魔眼を使うべきではなかった。あれは魔力をかなり消費する。吸血鬼は血と魔力が密接に関係しているため、当然魔力を使うと体は血を欲する。
どうするか.....もうこれ以上我慢はできないだろう。今からヴェルドを探す必要もある。とりあえず、一人になった人間でも狙うか....。危険は伴うが、もうそれ以外考えられない.....。
私はふらふらと歩きながら、人の少ない方、人の少ない方.....へと向かって進み続けた。もうすでに周りはほとんど見えない。あの時と同じ、私の視界は真っ赤に染まっている。
ふと、我に返って周りを見渡してみる。そこは先ほどの街並みとはまるで違う、高級そうな屋敷が多く立ち並び、歩く道さえも高級感にあふれている。そして何より目につくのは、すぐ近くに見える、巨大な城だろう。
ああ....もしかすると、ここが貴族街というやつか.....。
「なんですの!どうして平民がこんな場所にいるんですの!?」
静かな街並みに突然、甲高い声が響き渡る。
「どうしてもなにも.....平民が貴族街を通ってはいけないなんて決まりは.....。」
「はぁ....。汚らわしい平民の分際で.....私たち貴族に逆らうなんてことは許されない....。そんなことも分からないんですの!?」
真っ赤なドレスを着た人間が、大量の荷物を持った男に対して声を荒げている。
「なんだね?どうして平民がこんなところに?」
「汚らわしい.....。早くどこかに捨ててきてほしいわ。」
しばらくすると、周囲からもぞろぞろと高そうな服を着た人間たちが集まってくる。どうやら荷物を持った男の方を擁護する声は一切聞こえない。
あの老人が貴族街に行くなといった理由がなんとなく分かった。貴族とかいうやつだ。強いわけでもないが権威というもので優位に立っている。とにかく関わりたくはない。とても....嫌なものを見た気分だ。
私はその場を後にする。
この騒動を聞きつけて、周囲から貴族たちが集まってきたためか、この辺りは閑散としている。私はすぐ近くにあった噴水の縁に腰を掛けると、しばらく人間がやってくるのを待つ。
ここで殺すと死体が目立って面倒だが.....もう何も考える気力もない.....。とにかく血が飲みたい....。なんでもいい。
次にこの近くを通った人間を殺すことにしよう.....。
それから一分もしないうちに......通りの向こうから、3つの影が見え始めた。
「そちらの方はどうなった。」
「問題なく.....無事捕らえることに成功し、明日にはこちらにつくそうです。」
「ハッハッハ!どうやら風向きはこちらに向いてきたようだ!それで?奴はどうしたんだ?」
「いまだ連絡つかずです。」
「チッ、やはり下衆の組織の奴らなどそんなものか.....。まあ本来の目的はうまくいったのだから問題ない。この次も、分かっているな。」
「勿論です。すでに私の部下にも命令は出してあります。どんな邪魔な虫も入れません。」
中心にいる貴族らしき男は、横に随分と大きい.....。そしてその左右に男を囲むようにして歩いてくるのは、検問所にいた兵士と同じ格好をしているので、やはり兵士だろう。
「む....。騒ぎがあったから誰もいないと思ったが.....。あそこにいるのは誰だ!」
「様子を見る限り.....どうせまた迷い込んだ平民でしょう。」
「チッ、平民ごときが、とっとと追い出せ!」
そう言って二人の兵士がこちらにやってくる。
「おい!そこの平民!ここは貴族街だぞ!」
「なんだガキか.....。それにしては不相応な宝石をしているな?平民に不相応なものはこちらが没収しなくてはな。」
何か言っているようだが.....私の耳には届かない。
当初考えていた状況とは違うが.....まあいい。まずは近くの二人.....次はあの男だ。
私が行動に移そうとした瞬間.....横から強烈な衝撃が走り、私は吹き飛ばされてしまった。そして、倒れた私の前に立ちはだかるようにしているのは......ヴェルドだ....。
「私の娘が申し訳ありません!!ふと目を離したすきに.....。どうかお許しを!!」
そう言って、ヴェルドは地面に頭をうずめるようにひざまずいて頭を下げている。
「なっ.....魔物がどうして街にいる!衛兵を読んで来い!」
男が大声で怒鳴り散らす。
そのすきにヴェルドは私を抱えて逃げるように男から離れていく。後を兵士が追いかけてくるのが分かる。しかし、やはり身体能力に差があるようで、兵士はヴェルドに追いつけない。
そのままヴェルドは走り続け、兵士が見えなくなったところで、貴族街の中の路地に身を潜めた。
「はぁ.....はぁ.....。」
ヴェルドが息を切らしている。今のでかなり疲れたようだ......。
いや.....そんなことはどうでもいい.....。
こいつは私の邪魔をした......。
せっかく念願の人間の血が飲めると思ったのに......!
「どうして.....邪魔を....した。」
私は怒りに声を震わせながらそう問いただす。
別に何と答えようが関係ない.....。
どうせ何と答えようと.....こいつは殺す....。
そして、ヴェルドは.....震える声で答えた。
「吸血鬼様.....。私の血で....よければ.....。」
「.....は?」
予想もしなかった応答に、思わず私の声が漏れた。
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「ほぉ.....とんでもない者が王国に入り込んでしまったのぉ.....。」
老人は静かにため息をつくと、先ほどまで様子をうかがっていた路地へと足を踏み入れる。そこには、綺麗に首を切断された女性の死体、それとこちらも無残な状態になっている男二人の死体が転がっている。
「あの恐ろしい速度の蹴り.....若いころのわしでもあれほどだったかどうか.....。」
何よりも老人の心に留まったのは、この容赦のなさだろう。突っかかってきた男二人に関してはまだしも、ただ目撃しただけの女性に対しても一瞬の迷いもなしに殺して見せた.....。この時点で、まともな世界を生きてきた者とは考えられない。
「もしや.....近頃話題に上ってくる.....血の宴とかいうやつかのぅ.....。」
血の宴.....。最大規模の暗殺組織として有名であるが、その実態は謎に包まれている。
ただ一つ言えることと言えば......そこの構成員たちは、恐ろしく強いということだけだ....。
「何も起こらなければよいがのぅ.....。わしとしては、この処理は若いもんに任せたいところじゃ.....わしもそろそろ引退じゃからのぅ.....。」
そう言って、老人は路地を後にする。
その後、これらの死体は、老人の言う若いもんに発見されることになるのだが.....老人の痕跡は全く残っていなかったようだ.....。
しかし、これは少し後の話.....。




