魔石の老人と赤い石
露店の老人に言われた通りに進んできているのだが、どうもおかしい。何しろ、みるみる大通りを外れて路地に入っていっているのだ。
「はぁ.....騙されたわけね。」
思わずため息交じりにそう呟く。
と、はやとちりをしてしまったわけだが、まだ騙されたとは決まっていないだろう。何もすべての店が大通りに沿っているとは限らない。
ちらほらではあるが、この路地にも店はある。どれも人気はないようだが.....。
そして老人に言われた場所につく。
確かにここのはずなのだが.....とてもこれが店だとは思えない。その建物は、あちらこちらに傷の入った木造で、窓は一切ついておらず、光を中に入れるためだろう小さな穴が建物の側面についているだけだ。
外からは中の様子は見えない。入口には木の扉が取り付けられているが、やはりそこからも中は想像もつかない。
仕方がない.....
ともかく眺めていても仕方がないので、とりあえず中に入ることにする。木の扉に手をかけてゆっくりとその扉を開ける。
中は外見通りといったところだ。外壁と同じように、あちこちに傷の入った木造で構成された室内。天井にはランタンがぶら下げられており、なんとなく温かみを感じる雰囲気だ。
室内にはいくつもの棚が設けられており、そこには青や、紫といった光を持った多彩な石が飾られていた。これらもみんな魔鉱石というやつだろうか。
棚の一つに他よりもずっと小さな、しかし存在感を放っている赤い石があるのを見つけた。他が青や紫の光を放っている中、一つだけ赤というのは嫌でも目につく。
「おや、随分と可愛らしいお客さんだ。」
突然声が聞こえた。一見、人がいる様子もなかったのだが。
声のした方を見ると、そこには白いあごひげを伸ばした細見の老人が立っていた。どうやら棚の陰になっていて見えなかっただけらしい。
「こんな店へわざわざやってくるというのは.....まさか偶然寄りかかったということもなかろう。ストールから言われた来たのか?」
「ストール?」
「通りで露店をやっている男だ。お嬢さんもその男に言われて来たんだろう?ここに来るようなのは奴が認めた者だけだからな。」
認められたというのはよく分からないが、ともかくあの露店の老人がストールという男というのは間違いないだろう。
私は魔鉱石を出して、ここに来た理由を老人に話す。
「ほう.....確かにストールが言っていたようにこれは奴の手には余るだろう。一体これをどこで手に入れた?」
同じことを一度聞かれた気がするが.....正直に答えることはできないので、私は黙り込むことにした。
「ふむ.....まあよい。だがこれをすべてうちに売るというわけか。こちらとしてはよい魔鉱石が手に入るのはよいが。」
「.....何か問題でもありますか?」
「あぁ大ありだ。これは質がかなり良い上に量が多い。今うちにある金ではこれに見合う代金をお嬢さんに払うことはできない。」
「.....どのくらい足りないんですか?」
「金貨4、5枚ってところだ。」
人間の通貨の価値が分からないので、どれくらい足りないのかはよく分からない。とにかく、老人が言うには、この魔鉱石の価値が以外にも高かったらしく、買い取り金額を支払うことが出来ないらしい。
それにしても、この老人の行動には理解できないところがある。
「.....どうしてそれを私に話したんですか?もしも正当な金額よりも低く支払っても気づかなかったのに....。私にはこれの価値は分かりません。」
「ふむ.....。まあ世の中にはそういうことをする輩もいるが、わしはそんなことはしない。いい加減な仕事はしない主義なんでな。」
変わった考えを持っている老人だ。どうも人間の考え方には理解が及ばない.....。
となれば、買い取ることが出来るものだけ売ることにするか.....ただこれ以上魔鉱石を持っていてもしょうがない。
「ところで.....。その棚に並べてある石.....魔鉱石とは違うのですか?」
「ああ。それは魔石だ。簡単に言えば魔鉱石を加工して利用しやすくしたものだ。」
やはり違うものか.....。魔力の流れが魔鉱石とは若干違う。どちらかというと、魔石の方が無駄に流れ出る魔力が少ない。
「では、あそこにある赤い魔石を足りない代金の代わりとしてもらえますか?」
そう言って私が指さしたのは、ひときわ存在感を放っていた赤い魔石だ。
「ほう....アクセリウムか。随分と変わったものを選んだものだ。なるほど、足りない分の代わりということか。本来なら少し足りないが.....まあ特別にしてやろう。あれを欲しがる者などいない。」
「誰もいない....というのは?」
「うむ.....このアクセリウムは別名、血の水晶とも呼ばれている。触れた者の血に応じて輝きが変わると言われている。」
そう言って老人がアクセリウムに触れると、わずかに赤い光が強くなった。
「まあこんなところだ。お嬢さんも触れてみるか?」
老人がそう言うので、私は老人からアクセリウムを受け取る.....。その瞬間、アクセリウムが光り輝いたと思うと、店中に赤い光が広がっていく。
光とともに強い魔力を一緒に放っているが.....私は妙にその魔力に懐かしさのようなものを覚えた。
「こ....これは!?」
横目に老人がひどく驚いている様子が見える。そうこうしているうちに、アクセリウムが放っていた光がだんだん弱くなり、それからしばらくしてまた普段通りの光に戻ってしまった。
「これは驚いた....。随分とこの石と波長が合うようだな、お嬢さん。それで、その石はどうするつもりだ?」
「特にこれといった目的は....。ただ、これに妙に惹かれた.....というだけです。」
「そうか.....。なら少し待っていろ。少しわしが手を加えてやろう。」
そう老人は言うと、アクセリウムを持って店の奥へと続く扉の前へ向かう。
「十分ほど時間をもらえるか?」
「ええ....いいですよ。」
それだけ確認すると、老人は店の奥へと消えていった。
それからちょうど十分ほど.....
再び老人が扉を開いて戻ってきた。その手には赤い光を放つアクセリウム。形が若干整えられ、首飾りになっている。
「これで持ち運びやすいだろう。」
そう言って、老人は私にアクセリウムの首飾りと金貨、銀貨を合わせて20枚ほどを渡した。
「随分と気前がいいですね....。何か企みでも?」
「企みなどはない。わしは魔石に命を懸けているただの老人だ。」
「そうですか.....ならいいですが.....。」
老人には敵意は感じない。こちらに敵意を向けている相手というのは、殺気をはじめとした負のオーラを感じるものだ。私には否応にも見えてしまう。
この老人は私の右目をしても特に害意はない。
私がこの場を後にしようと外への扉へ向かうと、老人が呼び止めてくる。
「ところでお嬢さん。あんたこの国のものじゃないな。」
ふと足が止まる。私のこの老人への警戒心が高まった。
「.....なぜそう思うのですか?」
「そんなに警戒することはない。その黒いローブの素材を見る限り、ここらでは見ないと思っただけだ。違うならいい。」
この老人、このローブの素材を見てそう思ったと言っているが.....おそらく半分はそれが理由だろうが、もう半分は私の反応を見て判断したわけだ。そういう意味では私のミスだろう。
「もしそうならアドバイスだ。王城の周りの貴族街には近づかない方がいい。あそこはろくなことがない.....。」
老人はそう話すと、何事もなかったように店の奥へと消えていった。
貴族街か.....。
別に王城付近に行くつもりはない。私の次の目標は大図書館だ。ただ、心のどこかでは気に留めておく価値はあるだろう。
店を出て再び路地へ戻ってくる。
ここに入ってきたのは向かって左だったが.....図書館の見える方向は右だ。大通りを通っていく方が道を見失わないで済むだろう。
この狭い路地.....。右目を通して見たところ、かなり枝分かれをしていそうだ。
ただ、迷う心配を考えるよりかは、近道を選ぶことにしよう。何しろ、私の右目は薄い壁なら透視してみることが出来る。迷う心配はあまり考えなくてよいだろう。
そうして、私は右へ進んで行くことにした。
路地をしばらく進んで行くと、心なしか、左右を覆う家々の壁がみすぼらしくなってきている気がする。いや、明らかにボロボロになっている。壁はヒビだらけで木造の家の壁は変色している。
しばらく進んで行くと、露店などが広がっていた大通りほどではないが、広がった道に出た。そこは、先ほどまでの大通りの明るい雰囲気とはうって変わって、薄暗い雰囲気の漂う通りである。
家が乱雑に密集しており、家の外にもあふれ出る生活感。活発に動いている者、死にかけのような顔をしている者等様々ではあるが、少なくともここに居る人間は、あの大通りにいた者たちとは別の生活をしている人間であることは明白だ。
人間の密集具合はちらほら。あの大通りほどではないだろう。
しばらく歩いていると、一人の老人に声をかけられる。
「...おぅ、そこのお嬢ちゃん....。この哀れな老人に何かを恵んではくれんかのぅ.....。」
また老人だ.....。しかし、この老人は今まで会ってきた二人とは違い、弱弱しく.....今にも死にそうである。
別に無視してもよいのだが、この老人は私のローブの裾にしがみついてきて離れようとしない。
はぁ.....面倒くさい。
一刻も早くこの場所は後にしたいので、私は老人に向かって金貨を1枚投げ捨てる。
「おおぉぉ.....!!き....金貨!?あぁ....ありがたや.....。」
何か老人が私に向かって拝むようなポーズをしている気がするが....。
私はそれを完全無視すると、再び人気のない路地に入った。
ここを進んで行けば、ちょうどまた大通りに出ることが出来るはずだ.....。そこから図書館までは歩いてすぐ。
どうやら歩いてでも着くことが出来そうだ。
そう思った矢先、私の前に二人の人間が立ちはだかった。
「おっとお嬢ちゃん、待ちな。見てたぜ?さっきジジイに金貨を渡しているところを....な。」
「ここで有り金全部置いていけば、命だけは助けてやる。」
そう言って男の一人が短剣を取り出し、私に向けてくる。
「.....お粗末な剣ですね....。」
「な.....なんだとぉぉぉぉぉ!!!」
勢いよく襲い掛かってきた男に向かって、私は最大限の加減をしながら、男の首に向かって蹴りを撃ち込んだ。




