老人の客
あれから遠くに見える大図書館に向けて、歩き続けている.....つもりなのだが、一向に近づいてくる気配がない。むしろ遠ざかっていっている気さえする。
空を飛んでいけるのならそのまま直線的に進むだけなので問題ないのだが、道に沿って歩いて行くのがここまで焦れったいものとは思わなかった。
確かに視界には映る周囲とは一線外れた外観の大図書館を見つめながら、私はふと大通りへと視線を戻す。そこにはいくつもの露店が立ち並び、賑わっている様子の光景が広がっていた。
人間の国で行動するのに関して、人間の用いる通貨は必要不可欠のものだろう。そのため、何らかの手段でそれを手に入れる必要があった。
それに関して、私は魔鉱石を売る事で解決しようと考えている。魔鉱石というのは、その名の通り魔力を有している石のことだ。そのため、いくつかそれに当たるであろうものを持って気はしたのだが.....。
何しろ石ころ同然に道端に落ちていたものを拾ってきただけなので、とてもこれが売れるとは思っていない。一つだけ、洞窟内で拾ったクリスタルを持ってきている。しかしこれも洞窟の中でも魔力が小さめの、透明度の低いクリスタルである。
とは言え、人間の間では魔力を有したものは高値で取引されるという話なので、恐らくは問題はない....と思う。
私は多くの露店から、ある一つの露店に向かって迷わず進んでいき、店主の前に立ち止まった。
「おや、お嬢ちゃん?もしかしてこのわしに用かの?」
店主の老人はそんなことを言うと、何故か少し驚いたような顔を向けてくる。
「それ以外何があるんですか.....。」
自分の正面にわざわざ来ているのにもかかわらず、そんな確認が必要なのか?
「いや少し気になっての?わしの物を買おうとするものはめったにいないものでねぇ....。どうしてまっすぐわしのもとへ来たのかと思ったんじゃが.....。」
どうしてまっすぐこの老人のもとへ向かってきたのか。そんなことは見ればすぐに分かるのだが....。
私にはどうしてこの老人の売っている物の人気が無いのかが不思議なのだ。人間の国では魔力を有したものは高く売れるのではなかったのか....?
....と一瞬思ったがすぐにその理由に気づいた。おそらくは人間たちには魔力を感じることが出来ないのだろう。当然、私のように目に見えるということはないわけで....。
「正確には買いに来たのではなく、こちらから売りたいものがありまして....。」
私がそう話すと、老人は興味深そうな顔を浮かべる。
「うむ....確かにこの露店街では客から露店側が何かを買い取るということはよくあることじゃが.....それが目的でわざわざわしのもとへやってきたということは、それなりの理由があるのじゃな?」
それなりの理由....とは言ってもたいしたことではない。ただ、この老人が一番良い物を売り物として出していたので、人間の国では高価であるという魔鉱石でも買い取ってもらえると思ったからだ。
買い取るということは、それに見合う金額を払えるだけのお金を持った人物でなくてはならない。良い物を出しているということは、出している本人もそれなりにお金を持っていると考えたわけだ。とはいえ、向こうが提示してくる金額が妥当であるかは私には判断はできないので、結局は適当と大して変わらない。
「ほう....これは魔鉱石じゃな?一体どこで見つけたんじゃ?」
正直に答えると、地面に落ちていたものを拾ったなのだが、正直に答えるのはなんとなくまずい気がしたので、私が黙り込んでいると。
「あぁ、別によいわい。わしも無駄な詮索はするつもりはない。それで結果から言うと....わしがこれを買い取ることはできんの。」
.....まあ予想はしていたが、やはり道端の石ころ同然のものでは、いくら魔力を有していても結局石ころは石ころ....というわけか。
「なに、わしが言っているのは何も質が低くて買いとれんということを言っておるのではない。少々わしの手には余るのでな....。代わりに専門家を紹介しよう。わしの知り合いじゃ。信用はしていいとおもうぞ......」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「全く.....不思議なお嬢ちゃんじゃ....。」
少女がその場を去ったあと、老人はボソリとつぶやいた。
「まさか.....あんな子供にこいつらを見抜く目があるとは....。」
こいつら.....すなわち自分の売っている、このボロボロの売り物は全て魔力の込められた魔道具である。とは言っても、見た目だけならゴミにしか見えない。
わしは長年、この場所で店を開き続けてきていくつか気づいたことがある。
まず、客の見る目のなさだ。
どこを見ても、人気のあるものはただ見た目の良いだけのガラクタばかりだ。
その内面を見れば....作りは手抜き、材質は適当....。問題点などいくらでも出てくる。
そのため、わしは客を選ぶことにした。わざとボロボロの見た目の品を置き、その内面の価値を隠す....。
そのうえで、わしに話しかけて来たものは見る目があるわしの客....ということだ。
このやり方を初めて、かれこれ十年以上....。何度か自分に話しかけてくる見る目のある者はいるのだが....それでも大多数は見る目の無い奴らばかりである。そしてその見る目のある客というのは、いずれもわし同様、長年商売をやってきたものが多い。間違ってもあんな子供がわしに話しかけてきたことはなかった....のだが。
あの年の割には大人びた様子....そこから考えられるのは、どこかの貴族の令嬢か?
貴族の家で生まれた子供というのは、幼いころから礼儀作法を叩き込まれる。そういう点では、あの少女がそうであるというのは正しいのだが、貴族というのは特に見た目でものを見る、見る目のない者が多い。何より、子供がそこまでの考えに至るとは思えない。
ともかく、これ以上考えてもきりがない....。久しく出会えた貴重な客だ。大切にしなくては.....もしもまた会うことがあったらの話だが....。
変わらず行き交う人の波を眺めながら、相変わらず買おうとする者のいない自分の売り物を見ながら、老人は深く息を吐いたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜の暗闇に閉ざされた広大な平原.....。
ここはアルステン地域の一角、アルジオ平原。ここからセリオン王国までは数日はかかるであろう場所だ。そこに王国からまっすぐ伸びる道を走る、一つの馬車があった。
「夜の平原を進むなんて....少し危険じゃないか?」
「いや、馬車での移動に関しては夜の方が安全だろう。魔物の行動は夜の方が穏やかだからな。」
二匹の馬が引くその馬車は今にも壊れそうな様子で、そこで二人の男は会話を交わす。一人は馬を動かし、もう一人は周囲を照らして周りを窺っている。
「しかし....侯爵様も人使いが荒いな....。本来ならこれは専門家がいるだろうに....。」
「どうもその雇った専門家がいなくなったらしく.....侯爵様も荒れてたなぁ...。」
「全くなんだって.....俺たちが亜人の誘拐だなんて....。」
彼らはセリオン王国の有力貴族、ワー=ルイーン家に仕える....というと聞こえがいいが、もっとも...使用人などでは決してない。
一部の貴族....特に力の強いところでは特に多いのだが、闇につながっていることがしばしばある。それらが、膨大な財産になっているわけだ。それはないにしても、自身の領地の民から過度な税を取るなど....貴族が力を持つ背景にはそういったものが多い。民からの信頼も大事だが、結局財力が物を言うわけだ。
そんなわけで彼らはワー=ルイーン家に雇われた闇の人間である。
彼らは専門家がいる、などとは言っていたが、そんな彼らも盗みなり詐欺なり....中にはもちろん誘拐もあるだろう。ただ、それほど経験がない....というだけだ。
「それで....俺たちに仕事が回って来た....てわけか。断れなかったのか?」
「無理だな...。何しろワー=ルイーン家のゴドリー侯爵って言ったら.....そりゃあ悪い噂が絶えないもんだ。爵位こそ公爵に比べれば低いがかなりの権力を持ってる。特に闇に関してはな....。」
「それにしても....亜人の誘拐なんて。随分と難しい仕事を持ってきたもんだよ...。」
「大人は....まず無理だな。あいつらは知能のある獣だ。俺たち人間じゃあとても相手にならん....」
「となると....。やはり子供か....。」
「そうなるが....危険だな。大人にばれればただじゃあ済まない。」
「うまく一人になってくれるもんかね....と、そろそろ近くだ。魔物除けの魔石は持ったか?」
「もちろんだ。魔物どもに暗闇で襲われるなんて御免だ。」
そうして二人を乗せた馬車はゆっくりと速度を落とす。二人は指示を出すと、馬に待機を命じる。
依然として広がる暗闇の中.....二人の男は道を外れ、ある方向へ向かって歩いて行った。
ちょうど、狼人の集落がある方向であった....。




